マイホーム戦国

石崎楢

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第218話:矛先

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1571年3月、甲斐国躑躅ヶ崎館。

「いかがされますか、殿?」
武田家家臣内藤昌豊の言葉に力無くうなだれる武田信玄。
後継者であった武田勝頼を失ってからというものの、かつての覇気は失われていた。

「・・・」
武田家家臣穴山信君、小山田信茂は互いにけん制し合っている。
春日虎綱は嘆息して天を仰ぐばかりという有様。

義父上・・・武田はこのまま終わるのでしょうか?

名軍師山本勘助の後を継いでいる山本菅助は1人の男に目をやった。
顔に大きな傷を負っているが無事に生還した土屋昌続の姿。

とりあえずは大輔様から阿古丹を頂いて御館様のお命は長らえているが・・・

昌続と菅助は視線を合わせるとうなずき合う。

「上杉からの援軍要請に逆らう訳にはいきますまい。」
小山田信茂は昌豊から書状を受け取ると信玄に差し出す。

「・・・この誇り高い武田が上杉に・・・ただ単に言いなりになると?」
穴山信君はそれを信玄の眼前で遮る。

「うぬぬぬ・・・」
「させんぞォォォ・・・」

いがみ合う両者の間に割って入ったのは真田幸隆。

「差し出がましいようじゃが・・・ワシの意見も聞いてくれぬか?」
「わ・・・分かり申した。」

小山田信茂から書状を受け取った幸隆はそれを一瞥すると破り捨て始めた。

「いくら真田殿とはいえ無礼であろう!!」「御館様は目を通しておられぬ!!」
「たわけ共・・・下がれ!!」

息巻く信茂と信君を突然一喝する春日虎綱。

「・・・弾正(幸隆)・・・策でもあるのか?」
重い口を開けた信玄。

「賭けではございますが・・・」
真田幸隆は信玄の前で平伏するとそのまま話し始めた。

「山田家と我ら武田が兄弟になるということでございまする。」
幸隆の声に家臣団一同がどよめく。

「御館様の天下取りの夢が潰える・・・山田に歩み寄るということか?」
内藤正豊は思わず幸隆に詰め寄った。

「天下取り・・・それよりも今はこの武田の家を守ることこそが上策。私は真田幸隆殿に賛成いたす。」
武田家家臣一条信龍が声を上げる。

「同意いたす。山田家は我らに心底友好的じゃ。あの山田岳人を除けばじゃが。」
春日虎綱は昌豊をなだめるとそのまま元の位置に座らせた。

「ただ難題ではございまする。どのような形を・・・とるかとられるか・・・それに関しては・・・義理立てせねばならぬことがありますゆえ・・・」
幸隆は伏し目がちになりながら信玄に目をやる。

「むう・・・」
「御館様の御命をさらけ出して行かねばならぬと・・・」
そんな幸隆の言葉に家臣団一同は嘆息するばかり。
しかし当の信玄の眼には久しぶりに光が宿っていたのだ。

「四郎(勝頼)も亡き今となっては天下も求められん。大輔殿にはワシ自らが出向くのは当たり前のことじゃ。昌続、菅助。供をせい。」
「ははッ!!」
土屋昌続と山本菅助は喜色満面で平伏する。
それを見た小山田信茂、穴山信君は安堵の表情を浮かべていた。

我らは御館様の御心に従うのみでございます・・・

その翌日、武田信玄一行は物売りの一団に扮して大和へと旅立っていった。
あえて護衛の数も少なくしているその真意は・・・

突然のこと・・・まかり通ると思えないのはわかっておる。
だからこその運試しじゃ。
我らが無事に大和に辿り着ければきっとワシの願いも叶うじゃろうて・・・


駿河国府中館。
「なるほどな。武田の入道が直々に大和へと・・・」
いち早くそれを知ることとなった徳川家康。
その前に控えているのは藤林長門守正保である。
真田幸隆からの書状を家康に手渡していた。


「殿のお考えはいかに?」
「大輔殿とワシは同じじゃ。見果てぬ夢よ。争いのない日ノ本を目指すというな。」
「見果てぬ夢ではございますまい。」
「ああ・・・わかっておる。だが大輔殿には実の御子を斬ることが出来るとは思えぬ。」
「殿も斬れますまい・・・。」

正保の言葉を受けた家康は天を仰ぐ。
正史上では家康の嫡男信康は8年後の1579年10月に織田信長の命で切腹となる運命が待ち受けているはずだった。
しかし改変の中で既に信長は死んでおり、この結末からは回避出来ていた。


「正保、入道を頼むぞ。」
にならぬように気を付けまする。」
家康の言葉を受けると正保は姿を消すのだった。

「我らに敗れたからとはいえ、武田の没落には胸が痛みますな。」
そばに控えていた酒井忠次は寂しげな表情を見せるも、
「いや、これは起死回生の策だ。。入道が名より実をとった。これはあの美濃の麒麟児も予測できまいて。」
家康の眼光が鋭く輝く。

今後の経過次第だが、大輔殿は更に名も実も得るということが可能じゃ・・・
ワシが大輔殿ならば・・・是か非を問われれば・・・


越後国春日山城。

「出陣!!」
上杉輝虎の声と共に進軍を開始する上杉軍。

「いよいよじゃのう・・・遂に殿の天下取りの始まりじゃ。」
小島弥太郎はそう言うと輝虎を見る。

「天下・・・天下か・・・それを言うならばワシは大輔殿に帰順せねばならぬ。」
「!?」
輝虎の思わぬ返答に弥太郎や直江景綱を含めた周囲の者たちの表情が固まってしまう。

「そうであろう。大輔殿は足利から直々に、そして帝から直々に将軍職を賜っておる。言うことを聞くのが当たり前のことではないか。」
輝虎はそう言うと笑みを浮かべた。

「ただ大輔殿は何も言ってこぬ。いずれは。」
「それを多聞山の城の大広間で聞くか、それとも戦場で聞くかということですね。」
輝虎の養子である長尾顕景(後の上杉景勝)が口を挟む。

「その通りだ。ただその前にやっておくことが多い。尾張・・・そして美濃。」
輝虎は岳人の暗躍の全てを知り得ていた。

大輔殿には済まぬが、日ノ本の後事の憂いを取り除くためにも
徳川、武田だけでなくワシをも翻弄しようとするとはな。
だが、を果たせば、さすがの大輔殿もワシを許さぬだろうな。
その後、果たして我らが上杉の行く末は・・・
待て・・・これでははなから負けると・・・

「いかんな・・・ワシも色々と世迷い事ばかり考えおるわ。」
思わず苦笑する輝虎であったが、

「我らはただ殿についていくだけでございますぞ。常に殿の御決断は正しい。それだけでございます。」
直江景綱たち家臣団、そして周囲の者達はただ真っ直ぐに輝虎を見つめている。

「その言葉だけでワシは百万の軍勢を得たに等しいわ。ワハハハ!!」
輝虎はその光景を見ると満足そうに高らかに笑い声を上げるのだった。

遂に上杉輝虎自身が動き出した。
改変上の日ノ本における重要な戦いの一つへと・・・
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