マイホーム戦国

石崎楢

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第44話:永禄の変

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1565年6月17日京都二条御所。
取り囲む三好軍、その数は一万。

「・・・。」
室町幕府第十三代将軍足利義輝は一人静かに佇んでいた。

こうなるか・・・全ては踊らされていたということか・・・。

「義輝様・・・お逃げになるという選択肢は?」
少し離れた所で控えている少年が聞く。
摂津糸千代丸・・・義輝の家臣である摂津晴門の子である。

「逃げる・・・? 俺は退くことはせぬ。もう退きはせぬ。」
そこに家臣たちがありったけの武器を集めてやってきた。

「御所の武器はあるだけ集めておきましたぞ。」
奉公衆の一人、一色淡路守は既に具足も装着していた。

「うむ・・・あやつらは取次ぎなどと戯言を言っておるが、俺の首を獲りに来ているのはよくわかる。」
義輝は薙刀を手にした。

「ワッハッハッハッハ!!我ら数百に対し一万ですからな・・・義輝様の武を恐れておるのじゃろう。」
淡路守は豪胆な笑い声を上げながら槍を手にした。

しかし、一人の家臣の姿がないことに義輝は気がついた。
「晴舎はどこへ行ったのだ・・・。」

その頃、奉公衆の一人である進士晴舎は御所の門へと急いでいた。

なんとかせねば・・・このままでは義輝様が殺される。


二条御所を取り囲む三好軍。

「まるで貝よのう・・・訴訟の取次ぎと言っておるのじゃが、まるで出てこんわ。」
三好三人衆筆頭の三好長免はため息まじりにぼやいていた。

「話し合う余地もないということですかな・・・。」
同じく三好三人衆の一人、岩成友通が相づちを打つ。

よく言うわ・・・こやつら。
話し合う気なぞ、ハナからないであろうが・・・

三好三人衆の一人、三好政康は二人を横目に見ると天を仰いだ。

反吐が出る・・・こやつらも、そしてこやつらに従わざるを得ないワシ自身もな・・・

「おい、三好のオッサン達・・・まだ攻めないの?」
そこに戦斧を構えた若き武将がやってきた。
松永弾正久秀の子である松永久通だ。

「将軍様と戦いたいんだよね♪ 本当にどれだけ強いのかわからんっしょ。」
久通は御所を見つめる。

「久通? 弾正殿はこのことを知っておるのか?」
政康が聞く。
「知らないよ・・・言ったら反対するだろ・・・そうだよね長免殿、友通殿?」
久通は横目で二人を見る。

「我らは三好ぞ・・・何故、事細かに弾正殿に何もかも伝えねばならぬ?」
「ワシは弾正殿よりも久通にいち早く松永を継いでもらいたいぞ。」
長免と友通は政康を牽制するように睨んだ。

「だよね~♪武だよ武!! 俺が斧なんて使えんのを得物にしているのも武なの。俺って強すぎるからね♪政康殿もわかるっしょ?」
久通はノリノリで御所の門の前に近づいた。

武か・・・あの若造は真の武というものをわかっておらぬ・・・
才はあるのだが・・・残念よ・・・。

そんな政康に長免が声をかけた。
「政康殿・・・此度の混乱に紛れて久通を討ち取るのはどうじゃ? おぬしの武はワシらには嫌なほど沁みついておるからの。」
「義輝の次は・・・弾正じゃて・・・」
友通は笑みを浮かべながら久通の後姿を見つめていた。

腐っておる・・・

政康はただ天を仰いで嘆息するしかなかった。

門の前に立つ久通。
すると門が開き始めた。

「三好の御三方・・・訴訟を承ろう。」
出てきたのは義輝奉公衆の進士晴舎だった。

「はい、ご苦労さん♪」
「!?」
その瞬間、久通の戦斧で晴舎は真っ二つになった。

「はい・・・合図して・・・突撃すんぞ!!」
久通は戦斧を天に掲げると一騎で御所の中に突撃していく。

松永軍の兵が合図の法螺貝を鳴らす。
すると御所の他の三つの門を打ち破り、松永軍の兵が次々と御所に侵入していった。

「続けい!!」
長免の号令と共に三好軍も御所に雪崩れ込んでいった。

御所の中は地獄と化していた。
その中で修羅の如く、敵兵たちを斬り倒していく一色淡路守。
しかし・・・目の前に鉄砲隊が現れた。
「撃て!!」
鳴り響く銃声・・・

無念・・・

全身に銃弾を浴びた淡路守は倒れ伏した。

「貴様らァァ!!」
そこに義輝が飛び込んでくる。
「ウオオオォ!!」
その薙刀が舞うように虚空を斬り裂く・・・鉄砲隊の兵たちの首が次々と飛んでいく。
更に薙刀を放り投げると刀を抜いた。

「ゆくぞォ!!」

成す術もなく三好・松永の兵たちは斬り倒されていく。
刀が折れたら兵から奪い取りひたすら斬り続ける、鬼神如き姿に徐々に三好・松永の兵たちは恐怖を覚え始めていた。

「撃て!!」
次は弓隊が現れて義輝めがけて次々と矢を放っていく。
「!!」
瞬時、義輝は畳を上げて矢を防いだ。

そのとき・・・
「なんだ!?」
義輝は後方に飛び退く。

すると畳が真っ二つになり、その向こうから戦斧を手にした男が現れた。
「見つけた♪」
満面の笑みを浮かべた松永久通だった。

更に久通のもう片手には首があった。
その首を見て義輝は茫然となる・・・。

「糸千代丸・・・」

義輝の身体から闘気のようなものが出てくる。
目に見えぬ闘気だが、久通は感じ取っていた。

「おっ・・・将軍様は本当に強そうじゃん♪」

久通が挑発的な笑みを浮かべた瞬間だった。
「あ・・・れ?」
戦斧が真っ二つになり久通は肩口から血が噴き出ている自分に気がついた。
無意識に反応して致命傷は免れたが、あまりの激痛に倒れ込む。

「うおおお!!痛えー!!」
のたうち回る久通に歩み寄る義輝。
「やめて・・・た・・・助けて・・・!!」

そのとき信じられない声が聞こえてきた。
「足利義輝討ち取ったり!!」

それに反応した義輝はとどめを刺すのを止めてその場から立ち去った。
御所の中をただ彷徨う義輝。
近づいてくる敵兵を無意識に斬り倒すも表情に生気はなかった。

「足利義輝公を討ち取ったぞ!!」
また敵兵たちの声と歓声が聞こえる。

義輝は奉公衆たちが自分の影武者となって次々と討ち取られていたのがわかった。
わかっていても何もできない・・・それ以上考えられない。
気がつくと義輝は部屋の中にいた。
その部屋の中では一人の女性が自刃して死んでいた。

母上・・・

義輝はその場にひざまずいた。
涙が溢れて止まらなかった。

俺は何をどこで間違えたのか・・・
きっと妻や子も助からんじゃろう・・・


義輝は自刃する覚悟を決めた。
しかし・・・あやつらにこの首は渡さん。

部屋に火を放ち、母の亡骸を見つめる。

俺の母でなければもっと幸せであっただろうに。
あの世で親孝行するから許してくだされ・・・

自刃しようと座り込む義輝。
しかし、目を閉じたまま声を上げた。
「何奴じゃ・・・。」

気がつくと義輝の周りに七人の男が立っていた。

「足利義輝様・・・まだ死なれるのは早い。」
その中の一人の声と共に妖しい香りが辺り一面に漂う
「・・・。」
義輝は意識が遠くなっていった。

何だ・・・何だこれは・・・死なせてくれ・・・



そして義輝は山城と大和の国境に立っていた。
京の都に背を向けて立っていた。

何故・・・俺は生きている?
生かされた・・・ということか・・・。

やがて義輝は歩き出した。
その足取りは重くとも当てもないままに歩いていく。

生かされたならば・・・
そうか・・・やるべきことは一つか。

沈んだ眼差しに光が宿りはじめた。

三好三人衆と松永久通に復讐を・・・



筒井城の大広間。

「こうして今に至るのだ・・・。」
義輝は永禄の変で生き残った理由を順慶に伝えた。

「・・・何故にもっと早く言ってくれませぬのか!!」
順慶は大声で義輝を怒鳴りつける。
「早く言ってくだされれば山田との無駄な血も流さずに・・・。」
「すまぬ・・・。混乱を避けたかったのだ。俺が死んでいることは日ノ本全域に伝わっている。ただでさえ戦乱の世において、俺が生きているとなれば・・・。」
義輝は頭を下げた。
「それ故の山田義輝ということですか・・・。」

「ああ・・・それに本当のところを言うと山田家が心地良いのだ。」
顔を上げた義輝は笑みを浮かべていた。

「・・・。」
順慶は義輝の表情を見て驚く。

こんな清々しい顔した義輝様は初めてだ・・・。

将軍時代の義輝は常に張り詰めた表情であった。
笑顔を見せるときもあったがその目は笑ってはいなかった。

そこから義輝は山田家の話を始めた。

可愛い美佳のこと、聡明な岳人のこと、優しい朋美のこと、モフモフしたサスケのこと・・・そして私のことであった。
更にその優れた若き家臣団のことも楽し気に話す義輝。
その義輝の話にいつの間にか順慶も笑ってしまっていた。

いつ以来だろう・・・こんなに笑ったことは・・・。

大広間の外で控える筒井の家臣団。
中から聞こえる順慶の笑い声に驚いていた。

「殿は齢二つで筒井の家督を相続された。ずっと苦しかったじゃろう。」
慈明寺順国は涙を流す。
「我らも一枚岩ではなかった。我らに振り回されて大変であっただろうな。」
松倉重信もうなずくしかなかった。
「その殿が声を上げて笑っておる・・・殿の幼き頃を思い出すのう・・・いつからじゃろうな、殿が笑わなくなったのは。」
筒井家重臣森好之が嘆息する。

そして家臣団は順慶の笑い声に一様に涙するのだった。

翌日、筒井城大広間にて
「我ら、義を持って将軍義輝公を討った逆賊である松永久通を攻める。」
順慶は家臣団を前にして言った。
「ははッ!!」
平伏する家臣団。

しかし、一人の男だけは納得することができていなかった。
布施行盛であった。

松永を討つために山田と手を結ぶだと・・・ありえん。


義輝は一人、筒井城を後にした。

良い天気だ・・・

その晴れやかな顔が再び悲しみに覆われることになる・・・
この多聞山城攻めにおいて悲劇が待ち受けているとは知る由もない義輝であった。


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