マイホーム戦国

石崎楢

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第65話:渦

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1567年3月。
松永弾正久秀は久しぶりに信貴山城へと帰って来た。

「首尾は上々じゃ。」
久秀は疲れ切った顔で座り込む。
「では三好の御三方と・・・」
聞くのは松永家家臣結城忠正。
「それだけではない・・・次の将軍になられる御方とも久々に会うことができたぞ。」
「ほう・・・義栄様でしたか・・・?」
「相変わらず残念な男だった。」

しかしその後に久しぶりに会った三好の跡継ぎは・・・

久秀は思い出していた。


河内国高屋城

「なるほどな・・・大和での復権を求めるか?」
平伏する久秀の前に座するのは三好義継。

なんとも・・・わずかな歳月でここまで変わられるとはのう・・・

久秀は顔を上げて、義継を見つめる。

現在の家中の実権はあの三人が握っておる。この義継は名目上の三好家当主だが、十分に器があるように思えるぞ。

「久秀。」
「はッ。」
「大和を手中に収めたとして、その次はどうなのだ?」

久秀はすぐに答えられなかった。
大和での復権はあくまで己の道義上、ただ平蜘蛛を取り戻したい。平蜘蛛を私用しているであろう山田家が憎い。
そしてその先には天下がある・・・しかし鋭利な刃物のような義継の視線を受けて怯んでいた。

「私は傀儡のままでは終わらんぞ!!」
義継は立ち上がると大広間の柱を拳で殴りつける。
その拳から飛び散る鮮血・・・しかし義継はニヤリと笑った。

「義父上が亡くなられてからの恥辱の日々・・・痛みなど忘れてしもうた。」
その鬼気迫る表情に久秀は言葉を失う。

「大和はオマエに与えよう。だからその次は私の下で戦え・・・奴らから三好を取り戻す。その次は都だ・・・。」
義継は拳から流れる血を舐めると大広間を出ていった。


三好好継・・・天下を考えておるか。

久秀は九十九茄子を撫でまわしながら、信貴山城天守閣から広がる大和平野を眺めるのだった。



宇陀秋山城。

「なんということじゃ・・・」
秋山直国は力なくへたりこんでいた。

「山田殿への手土産じゃ。我らの力を示せィ!!」
越智家広は自ら陣頭に立って兵たちを鼓舞する。
宇陀秋山城は越智軍によって完全に包囲されていた。

「越智がやっと動いたね・・・岳人の思い通りだよ。」
沢城にてその報を受けた高山重友。
既に高山軍は越智への増援として兵二百を送っていた。

あとは松永の残存勢力を叩き、信貴山のみにするか・・・

そして宇陀秋山城は陥落。
秋山直国は何処かへと敗走していった。


大和国畑城。
松永久秀の家臣奥田忠高の居城。
既に火の手が上がっていた。
攻めているのは楠木正虎。かつての僚友であるが故に降伏勧告をしていた。

「楠木殿恐るべしじゃな・・・致し方あるまい・・・。」
奥田忠高の命で城内から笠が次々とあがった。

奥田殿すまぬ・・・これも私にとって岳人様からの信頼の証なのだ・・・。
正虎は少ない犠牲で戦いを終えたことに胸をなでおろしていた。


大和国岡城。
同じく松永久秀の家臣岡国高の居城。
布施行盛の軍が囲んでいるが、落ちる気配が感じられない。
むしろ、ひと思いに攻め落とすことができる状態でありながら、先延ばししているかのような戦いぶりに岡国高は戸惑っていた。

「布施は何を考えておるのか・・・」

それに対し布施行盛は別の思惑があった。

山田大輔め・・・筒井家を乗っ取るつもりであろうがそうはさせんぞ。
既に高田とも話がついておる。
このまま引き延ばして・・・時を待つ!!


そんな中、多聞山城での評定において事件が起こっていた。

「瀬戸殿・・・正気でございますか!?」
光秀が取り乱している。
「元より正気でございます。待つよりも攻めの一手でございます。」
清秀は言うと岳人を見つめた。

・・・面白い・・・その手があったか・・・戦力差ばかり気にしていたけど、これならば先の展開が有利になるかも。

岳人の表情が明るくなった。

「岩成友通の勝竜寺城を攻める・・・現状でこの畿内において自ずから三好三人衆を攻める者はおりますまい。勝竜寺城を攻め落とせば三好の家中の均衡が確実に崩れるでしょう。」
清秀の発言は内容以上に説得力を感じさせる。
その佇まいといい只者ではない・・・光秀はそれを警戒しつつあった。

「なるほどです。ではどのぐらいの兵で?」
「二千もあれば十分。」

岩成を相手に二千・・・二千の兵で勝竜寺城を落とす?
岳人の明るい表情と裏腹に光秀はただ驚くばかりであった。

「その為には・・・」
清秀は岳人に策を授けた。


評定終了後、歩いている清秀に光秀が後ろから声をかけた。
「あなたは一体・・・一体何者なのです。」

鋭いな・・・やはりこの男も只者ではない。
俺の部下に欲しいが、今は信長ではないしな・・・

「拙者はただの尾張国浪人瀬戸清秀でございます。先程は出過ぎた真似を致しまして誠に申し訳ございませぬ。」
清秀は頭を下げる。
「・・・」
光秀はじっと清秀の顔を見つめる。

まさか・・・この顔は・・・この御顔は・・・

そんな光秀の様子を察すると清秀はニヤリと笑って光秀の肩を掴みささやいた。

「頼む・・・俺がここに何故いるかは内密にしてくれ。」
「では何故ここにいるかを教えてくだされ。」

その二人のやり取りを岳人は遠くから見つめていた。
宗厳がその隣に立つと口を開いた。
「あの瀬戸清秀という男は単なる浪人風情じゃないぞ・・・。」
「そうですね。三好三人衆が一枚岩でないことも見抜いている。」

岳人は清秀という男の持つカリスマ性に惹かれつつあった。
しかし、それとは別に一つの予感を感じていた。

多分・・・この清秀(ひと)とは戦うことになる・・・
そんな気がするんだ・・・。


その翌日、生駒山麓の千光寺に光秀と清秀はやって来た。
「ここに殿がおります。」
光秀の案内で清秀は山道を上がっていく。
しばらく歩いていると

「明智殿・・・待たれい!!」

その声と共に数人の忍びが現れた。

「藤林殿・・・いかがされた?」
光秀たち二人を呼び止めたのは藤林長門守正保だった。
千光寺で修行という名の罰を受けている私の護衛をしている。

「何故、この者を連れておられる?」
正保は刀を抜く。
「・・・どうやら拙者はどこぞの誰かに似ているようだな・・・。」
清秀は苦笑いを浮かべると刀を抜いて身構える。

そりゃ忍びの者にはバレるであろう。特に藤林殿は北畠や神戸との関係もある。信長殿の顔を知っていてもおかしくはない。だがとりあえず止めねば・・・

「藤林殿、この者はつい先日に仕官された山田家家臣の瀬戸清秀と申す者故、あなたに面識があるとは思えませぬ。」
光秀は制止するも正保は全く信じていない様子で清秀を睨む。
その表情を見て清秀は思い出した。

この男・・・桶狭間の・・・今川の忍びか・・・

1560年尾張国桶狭間。

「ここまで邪魔立てするとはな、厄介な忍びよ。」
信長は刀を構えている。
「ハァ・・・ハァ・・・殿を守る・・・この命に代えても・・・」
全身傷だらけの正保は折れた刀を投げ棄てるとクナイを手にした。

そのときであった・・・
「今川義元討ち取ったりィィィ!!」
毛利良勝の声が戦場に響き渡った。
織田軍から怒号のような歓声が巻き起こる。

なんということだ・・・
正保は思わずクナイを落とすとひざまずく。

「フッ・・・。」
信長は正保を一瞥すると刀を鞘に収めそのまま横を素通りしていった。

貴様のせいで今川は・・・義元様は・・・

正保は部下の忍びたちに指示を出す。
一斉に清秀を取り囲む忍びたち。

まあ・・・こういう死に方も悪くはないのう・・・
織田は濃がどうにでもしてくれるであろう。
だが・・・お市の白無垢姿は見たかったものだな・・・

「この人数を相手に拙者では歯が立たぬ。斬りたくば斬ってくだされ。」
清秀は刀を鞘に収めるとそのまま座り込んだ。

「藤林殿・・・この方は・・・」
「うるさいぞ・・・明智殿ォ!!」
光秀の制止を振り切って正保は刀を振りかざした。


果たして清秀はこのまま斬られてしまうのであろうか・・・
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