マイホーム戦国

石崎楢

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第67話:導火線のように

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越前国一乗谷。
猛々しくも美しい一乗滝の前で一人佇む男。
越前国守護大名の朝倉義景である。

山田がまたもやりおったか・・・

山田大輔の軍が山城国勝竜寺城に奇襲をかけたことは畿内全域及び周辺にもすぐに知れ渡った。
三好の勢力に怯えていた畿内及び周辺諸国の諸大名にとって勇気づけられるものになったのである。

そこに一人の家臣がやって来た。

「殿・・・本願寺との和睦を取り付けましたぞ。」
朝倉家家臣堀江景忠がしたり顔を見せている。
「うむ・・・。」
「義秋公のお力添えのおかげでございます。」

本来、正史上ではこの1567年3月に堀江景忠が加賀一向一揆と通じて謀反を企てるはずであった。
それ以前より内通疑惑があったが、松永久通を山田家が討ったことが義景に力を与えたのである。
堀江景忠を信頼し、加賀との外交を一任したことによりこの結果となった。
足利義秋の仲介も大きかった。本来の和睦は12月であり9ヶ月早い成立となった。

そして何より義景を奮い立たせるものがあった。
義秋から内密に打ち明けられたこと・・・

義輝公が生きておられる・・・必ずまたお会いして変わらぬ忠誠を・・・
あのとき何もできなかったワシではない・・・
都を三好から解放する機会がくる・・・必ずな・・・上洛じゃ!!。

義景は刀を抜くと一乗滝に向かって斬りつけた。
義景は弓の達人であったが、基本は風流を愛する男で武人ではなかった。

殿・・・殿の太刀筋は全くキレがありませぬ・・・

景忠は何とも言えない表情でそれを見守っているのだった。


若狭国後瀬山城。
若狭国守護大名武田義統は病に侵されており余命幾ばくも無かった。

ああ・・・どうしよう・・・東は朝倉、西は逸見、南は三好・・・。

武田家次期当主である武田元明はまだ十五歳。
その姿に家臣団は不安を感じていた。

「今こそ我らも再び力を取り戻さねばなりませぬ。」
若狭武田家家臣の粟屋勝久が口を開いた。
若狭東部の守りの要である国吉城城主にして幾度となく朝倉軍と渡り合っている勇将である。

「東は拙者にお任せくださればよろしい。西の逆賊逸見を攻めるのが重要ですぞ。」
そんな勝久の言葉に元明は戸惑うばかりである。
「我が軍で逸見に勝てるのか・・・?」
「若君・・・時期を見定めるのですぞ。」
「・・・?」
「三好が大和を攻めるのは確実。そのときこそ我らの攻め時!!」
勝久は家臣団を見回す。

「おおッ!!」
家臣団は一様に声を上げて拳を突き上げた。

よくわからないから勝手にしてよ・・・

元明はただ頭を抱えているだけであった。

このように三好と松永の大和攻めの際の隙を伺う大名たちもいる中、
山城国木津では・・・

「さあ急げ!!いつ岩成が攻めてくるかわからんぞォ!!」
清秀が激を飛ばしている。
先日の勝竜寺城攻めの際に落とした木津城を改修しているのだ。
更に木津城が立つ城山の麓に幾つもの砦を築いていた。

その様子を遠くから見つめるのは久しぶりの景兼である。

この手際の良さ・・・柳生殿がおっしゃられていた通りだ・・・


傷は癒えたものの柳生に滞在し続けていた景兼。
そこに宗厳が帰って来たのだ。

「大輔殿の配下に加わった男・・・あれは危険だ。」

武勇にも優れ、策謀にも秀でて、その佇まいは一介の侍ではない。
穏やかな顔を見せているが、本質は山田大輔とは相反する者だ。

柳生殿があそこまで警戒されるとは・・・
気をつけねばならぬ。

景兼は険しい表情でその場から立ち去った。


多聞山城城下町、茶屋娘劇場。

物凄い行列が出来ている。
「お町ちゃんが加入してから更に客足が倍以上じゃ♪」
支配人の十市遠勝はほくほく顔。

そこに一人の侍が並んでいる。
木下藤吉郎秀吉である。
主君である信長、お市兄妹を探し続けて一か月。
その表情はやつれきっていた。

「癒されるという話だが・・・。」

そして劇場に入ると茶屋っ娘。の舞台が始まった。
可愛らしい娘が手を振りながら舞台に次々と現れる。

可愛いではないか・・・ヤバいぞォ・・・

秀吉は湧き上がる興奮を抑えることができなくなってきていた。
特に5人目に現れたおりんの姿に目がハートになっていた。

おりんは秀吉と目が合う。

あら・・・イケメン・・・

おりんは美佳から教えてもらった敬礼ポーズでウィンクをする。

ウオォォォッ!!

秀吉の理性が崩壊する・・・そのときだった。

お町が笑顔で手を振りながら舞台に現れた。

「ぶはッ!?」
秀吉はお町の顔を見た瞬間、意識が遠のいていった。

い・・・市姫・・・

ヤバ・・・秀吉だよォ・・・

お町の顔が瞬間的にひきつるもすぐに何事もなかったかのように笑顔を振りまいたのだった。

舞台終了後・・・

「どれだけ探したと・・・何をされてるのでございましょうかァ!!」
秀吉の物凄い剣幕にお町は圧倒されていた。

「わらわは帰らんぞ。ここが気に入った。兄上もきっと帰らんぞ!!」
お町は圧倒されつつも言い返す。
「ぬうう・・・」
秀吉は唇を噛み締めて怒りに震えている。

「お町さんってあの市姫だったのね・・・」
「そりゃ美しいわよ・・・。」
おりんたちはひそひそ声で会話をしている。

そこに岳人が一馬と義成を伴って駆け込んできた。
秀吉から事情を聴いた遠勝からの連絡を受けたのだ。

「岳人様・・・。」
「お町さん・・・いや市姫殿。私には理解できませぬ。どうして一国の姫君が・・・そして天下に轟く織田信長公という方がこのようなことに・・・」
岳人は顔を赤らめながらも必死に穏やかな口調で話しかける。
「・・・帰らないよ・・・絶対にわらわは帰らん!!」
お市(お町)は岳人を見つめるとはにかみながらも強気に言い返した。

「木下様・・・至急、我が父と信長公をここにお呼びしますので今しばらくお待ちを。」
岳人は秀吉に頭を下げる。
「山田の若君・・・拙者に頭を下げるなど・・・こちらこそ無礼を申し訳ございませぬ。」
秀吉は慌てて平伏するも

この御方が山田岳人・・・なるほど・・・となるとその父である山田大輔とはどれほどの傑物なのだ・・・

岳人の人柄に感服しつつまだ見ぬ私に畏怖さえ感じていたのだった。


翌日、私は久しぶりに多聞山城に呼び戻された。
大広間では景兼、光秀、宗厳たち主だった家臣団が集結していた。

私と対面して清秀が座っている。
その後ろにはお市と秀吉が控えていた。

「織田信長殿、何で私の下に来たのですか?」

「ぶはッ!?」「なんとォ!!」「えぇッ!?」
景兼たちは私の言葉を聞いて卒倒しかける。

織田・・・織田信長だったとは・・・

そして光秀は頭を抱えていた。

これでは信長を消せぬではないか・・・

「いや・・・そのな・・・疲れてしもうたのじゃ。」
信長(清秀)は苦笑いを浮かべている。
「わかりますよ。殿様業務は大変ですもん。」
私は思わず相づちを打ってしまった。

「なんもしてねえだろ・・・オッサン・・・。」
誰かが小声で言った。

「あの~何もしてないわけじゃないんですけど・・・」
私は言いながら家臣団を見回す。

「ほとんど若君と疋田殿と明智殿じゃねえか・・・」

あ・・・六兵衛・・・やはり貴様かァ!!

六兵衛がうつむきながら腹話術風に声を出していた。

「六兵衛・・・そんなこと言わないでよ。妖怪呼ぶぞ。」
「それだけはお許しを・・・」

そんな私と六兵衛のやり取りを見て秀吉は茫然としていた。

こんな君主と家臣・・・ありえんぞ・・・

「ワハハハ!!」
信長は笑い出す。つられてお市も笑っている。
「いいのう・・・山田殿。俺には到底できぬ・・・その懐の深さ。」
「ホント、織田家の評定なんてお通夜状態だものね。」
ひとしきり笑うと信長は表情を一変させた。
「山田殿・・・俺の中にもう一人の違う俺がいるのだ。どうしてもそいつが現れると抑えられんのじゃ。」
「・・・。」
秀吉とお市が複雑そうな表情を見せる。

「だが、ここにおる間は一度もそいつが現れなかった。幸せだったぞ。」
信長は満面の笑みを浮かべていた。
その笑顔に私も景兼たち家臣団も飲み込まれそうになった。

カリスマだ・・・まさしくこれこそ織田信長・・・

岳人は感嘆するも

危険だね・・・こいつは魔物のようだ・・・

五右衛門は信長を睨んでいた。


多聞山城大手門前

「お町ちゃん・・・いや市姫。もっと仲良くなりたかったわ。」
美佳が名残惜しそうにお市に語りかける。
「こんなに綺麗なコなら岳人のお嫁さんにも・・・」
「母さん!!」
朋美は言いかけるも顔を真っ赤にした岳人に怒られた。
その様子を見てクスクスと笑うお市。

「美佳姫、きっともっともっと仲良くなれると思うわ♪」
お市が美佳に抱きつく。そして横目で岳人を見つめる。
「ふむ・・・なるほどな・・・。」
信長はお市を見つめると一人うなずいている。

「では我らが責任を持って尾張と伊勢の国境まで護ります。」
一馬と義成、源之進と腕利きの兵五十名が信長たちを護衛する。

「大輔殿。」
信長が去り際に私に声をかけた。
「何でしょうか?」
「また神戸の時のようにぶつかり合うときが来るかもしれぬ。まあ出来れば避けたいものじゃ。」
「私も清秀さんとは戦いたくないですよ。」

そんな私の洒落の利いた返答に信長は笑みを浮かべる。

殿がこれだけ他者に対して笑われるとは・・・

秀吉が私を見つめてくる。

後の豊臣秀吉さんですよね? よく見ると背も高いしイケメンだし強そうだし・・・なんで仇名が猿なの?

私は思わず秀吉に手を差し伸べた。
秀吉も満面の笑みで私と握手を交わす。

そして信長たちは多聞山城を去っていった。
信長が清秀として改修した木津城が後の戦において重要な役割を担うことになる。
そしてこの信長やお市・秀吉と私たちの間に生まれた縁が、複雑に縺れ絡み合うことになるとは、このとき誰もが思いもしなかったのであった。
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