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第84話:本能寺の変 前編
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1567年10月、京都御所。
「まだか・・・まだ私は将軍になれぬのか・・・」
苛立ちを隠せない足利義秋。
「まだ義栄公も候補として健在でありますが故にしばしお待ちを。」
朝倉義景は必死になだめていた。
「私は義輝の弟ぞ・・・私が先に第十四代将軍にならねば・・・」
「お願いでございます。お待ちくだされい!!」
義景は御所の義秋の部屋を出ると拳を握り憤ていた。
こうまで器が・・・度量が狭いとは思わなかった。
だが、ワシには義秋公も義栄公も主君なのじゃ。
「殿・・・浅井の動きが妙ですぞ。」
そこに控えていた朝倉家家臣堀江景忠が声をかける。
「そうか・・・そうなるじゃろうな・・・。」
「既に加賀に援軍を要請し、万が一の備えはしております。」
「うむ、おぬしを信頼して良かった。景鏡の讒言は目に余る。」
「はッ・・・朝倉景鏡様の動向も我らは用心しております。」
「頼む。」
義景は景忠にそう言い残すと御所の自室に入った。
北近江の小谷城。
浅井長政の前に座るのは風魔忍軍頭領風魔小太郎。
その背後には廖鬼と蠣鬼が控えていた。
「どうにかしてお市を我がモノにしたいのだ・・・。」
浅井長政は岳人とお市の結婚のせいでやつれきっていた。
「現状では浅井家の力では山田家には及ぶまい。」
小太郎が言う。
「わかっておる。」
長政は血気盛んに自らの父をも隠蔽に追い込み、六角氏を追い詰めた頃が嘘のようである。
家臣団もその姿に半ば失望を隠せなかった。
「越前との国境では既に磯野員昌殿が兵を率いて待機しております。南の六角に対しても海北綱親様が兵を率いて牽制しております。あとは殿の采配一つですぞ。」
浅井家家臣遠藤直経が長政に進言する。
「そのような面倒なことはせんでも良い。」
「貴様・・・無礼ではないのか!!」
小太郎の態度に直経は怒りを露わにした。
浅井家当主に対しても不遜な態度を繰り返す風魔小太郎。
「既に手は打ってある・・・面白いことが起こるぞ。事と次第によれば浅井家が天下を取れるかもしれぬぞ。」
「・・・なんだとォ・・・」
小太郎の言葉に鋭く反応する長政。
全てはあのお方の思うがまま・・・
小太郎は薄ら笑いを浮かべていた。
多聞山城では
私のもとに都から勅使がやってきた。
大和国守護職の任命と天皇への謁見が許されたのである。
三好・松永勢力の駆逐に正親町天皇が喜ばれて是非会いたいとのことだった。
「父上。織田や上杉よりも先に謁見を許されるとは名誉なことですよ。」
「さすが義父上♪」
岳人とお市に褒められて私は嬉しかった。
「あなた・・・気を付けてね・・・。」
「わかっている・・・お土産は八つ橋だろ?」
私は朋美を抱きしめる。
「この時代にはまだないよ。」
岳人のツッコミ。
「留守は任せてよ。」
美佳が岳人の両肩に手を乗せると後ろからギュっと抱きしめた。
京へは私と光秀、五右衛門、純忠と慎之助、そして慶次と兵二百。
岳人とお市は六兵衛と清興、元規、英圭、鉄心と兵五百で上洛することとなった。
多聞山城を出ていく私たちを見送る朋美と美佳。
「真紅さん。」
「はい、奥方様。」
朋美が呼ぶと真紅はすぐに姿を現した。
「あの人をお願い・・・何か悪い予感がするの。」
「わかりました・・・命に代えても!!」
立ち去っていく真紅の後ろ姿。
「ママ・・・大丈夫?」
「大丈夫よ・・・少しナーバスなのかな・・・休むわ。」
そんな朋美を心配そうに見つめる美佳。
こういうときのママの悪い予感って当たるんだ・・・
途中、勝竜寺城。
「お初にお目にかかります。拙者、近江国守護の六角義定でございます。」
「私は山田大輔です。お会いできてうれしいです。」
私は六角義定に名刺を差し出した。
「なんですかこれは?」
「名刺です。」
そして私と義定は色々なことを語り合った。
「では織田が二千の兵を都に常駐させるということですな。」
「はい。三好もまだ三好義継と岩成友通が健在です。讃岐や阿波も含めれば非常に厄介ですから。」
「それは助かります。」
私の言葉に喜ぶ義定。
「織田の兵を率いるのは私の親友である木下藤吉郎秀吉殿。素晴らしい男です。」
「それはまたお会いしたいものですな。」
こうして私たちは1567年10月18日に都入りした。
「ほ・・・本能寺?」
岳人は思わず驚きの声を上げる。
私の宿舎は本能寺だった。
「由緒ある寺でございます。」
光秀が嬉しそうな顔でうなずいている。
いや・・・光秀さん。あなたは正史では本能寺を攻める人ですよ。
というか、私が本能寺に泊まるのですか・・・
岳人とお市たちは妙覚寺を宿舎にすることとなった。
その日の晩、朝倉義景が私に会うために本能寺を訪れた。
「山田大輔殿。私が越前国守護朝倉義景でございます。」
「朝倉殿、私が山田大輔でございます。」
私は朝倉義景に名刺を差し出した。
「何ですかこれは?」
「名刺です。」
こうして私と義景は日ノ本の行く末について語り合った。
織田信長も六角義定もこの朝倉義景も一つの答えしか持ち合わせていなかった。
『戦乱の世の終結。』
やり方や考え方はそれぞれ異なるが、その辿り着いた答えは同じなのだ。
これならば話し合えば分かり合える。
そう・・・このときはそう思っていたのだ。
「光秀。」
義景が光秀に声をかける。
私に仕える前は朝倉家に仕官していたのだ。
「なんでございましょうか?」
「大輔殿の配下になったお前の顔は晴れやかだな。ワシも満足じゃ。」
「ありがたきお言葉・・・このまま山田と朝倉が共に歩めればこの上ない喜びです。」
「ワシもじゃ・・・あの大輔殿は野心の一つもないこの乱世では希有な存在じゃ。光秀よ、命に代えても守り抜くのじゃ。」
「ははッ!!」
平伏する光秀を優しい眼差しで見つめる義景であった。
その頃、近江国内の関所。
織田軍が都を目指して進んでいた。
「おかしいのう・・・話では二千程の兵のはずだが・・・」
「ああ・・・この大軍は一体?」
守兵たちは驚きの表情で通過する織田軍を見送っていた。
そう・・その兵の数はおよそ一万五千程の大軍である。
険しい表情の柴田勝家や丹羽長秀、坂井政尚といった家臣団。
その真ん中には無表情の信長の姿があった。
意味がわからん・・・何故、殿自身が兵を連れて上洛するのか・・・
藤吉郎殿や又左殿は一体何処に消えたんだ?
信長の脇で槍を手にした毛利秀頼は信長の顔をチラ見する。
「秀頼・・・次にワシを見たら命はないぞ。」
信長は冷たく言い放つ。
「はッ・・・も・・・申し訳ございません。」
秀頼は震えながらその場で平伏した。
その頃、小牧山城の地下牢。
「藤吉郎・・・どうするんだ!!」
「・・・。」
前田利家と秀吉は地下牢に押し込められていた。
「このままじゃ山田の殿様が・・・織田家が畿内を敵に回すことになるぞ!!」
「わかっている・・・殿は乱心じゃ・・・いや・・・むしろまるで別人の如くじゃ。」
秀吉と利家は京へと出陣しようとしていたが、信長に止められた。
そして信長自身が一万五千の兵を率いて上洛すると告げられたのだ。
「殿・・・この期に及んで一万五千もの兵を都に? この尾張はどうされるのですか?」
秀吉は思わず信長に言い返してしまった。
「猿・・・ワシに口答えとは偉くなったな・・・。」
信長は腰の刀に手をかける。
「父上!! 藤吉郎を斬ってはなりませぬぞ。」
まだ齢十二の信長の長男である織田信忠がそれを止める。
「恐れながら殿・・・殿のお考えがさっぱりわかりませぬ。都へは我らが。」
利家も勇気を出して信長に進言するも
「又左よ、相変わらず噛みつくのう。猿と犬は牢獄行きじゃ!!」
その信長の一言で小牧山城の地下牢に二人は入れられたのだった。
そして信長たちの出陣前夜のこと。
地下牢に信長が一人でやってきた。
「殿・・・私の命を差し上げます。それでこの出兵をお止めください。美濃の斎藤に攻められればこの城では持ちませぬ。」
秀吉は地面に頭を打ちつけながら説得を試みる。
「ワシは山田大輔を討つ。そして朝倉と六角を都から追い払うことにしようと思うのじゃ。」
信長は笑みを浮かべながら言い放った。
「な・・・なんですと・・・」
秀吉はその言葉を聞くと力無くへたり込む。
「殿ォ!! 市姫はどうされる? アンタの妹君だろうが!!」
利家は思わず信長を怒鳴りつけた。
「お市・・・? ああ・・・どうでも良い・・・都にて天子を守るのがワシの役目じゃからな。」
信長はそう言うと地下牢を出ていった。
そのことを思い出した秀吉と利家は行き場のない思いに震えていた。
「どんなに荒れ狂ったときでも殿は市姫にだけは優しかったのだ・・・何があったのじゃ・・・。」
秀吉は目に涙を浮かべると地面に拳を叩きつける。
するとそのとき
「藤吉郎、又左!!」
一人の少年が地下牢に忍び込んできた。
「若君!!」「若!!」
信長の長子である信忠である。
地下牢の鍵を取り出すと秀吉と利家を解放した。
「若君・・・」
「あれは父上ではない。最早、別の人間だ。」
三人は地下牢を出ようとしたときだった。
その中に蓋のされた井戸があった。
そこからかすかに異臭が漂っている。
「・・・なんだ・・・この井戸は?」
「死臭だぞ・・・。」
秀吉と利家は思わず冷や汗を流していた。
信忠は鼻を抑えて表情を曇らせる。
そして三人が蓋を開けて恐る恐る井戸の中を覗き込むと・・・
「ば・・・馬鹿な!?」「うわあ!!」「ち・・・父上?」
井戸の中に信長の死体が浮かんでいた。
「ど・・・どういうことだ!!」
秀吉と利家には全く理解ができない状況である。
「ち・・・父上ェェェ!!」
信忠は大声で泣きだす。
「とにかくまずは逃げるぞ!!」
秀吉は外へと駆けだす。
利家も信忠を抱きかかえ後に続くも
「見てしまったならばいた仕方あるまい・・・若君諸共死んでもらうぞ。藤吉郎、又左。」
そこには佐久間信盛が兵を引き連れて待ち構えていた。
「・・・理解できぬ・・・一体何がどうなっておるのだ!!」
秀吉の悲痛な叫び声が城内に響き渡った。
1567年10月21日の夜更け頃、織田軍は都へと近づいていた。
「織田は大軍だな・・・。」
「ああ・・・驚きだ。一応、殿に報告せねばなるまい。」
都の入り口を固めていた朝倉軍は織田軍に道を開けた。
そのときだった。
「皆の者・・・敵は本能寺にあり!!」
信長が大声で叫んだ。
そして織田軍は怒涛の勢いで都の中へとなだれ込んでいく。
「勝家と長秀は五千の兵で妙覚寺へ向かえ!! 山田岳人を必ず生け捕りにせい!!」
「ははッ!!」
そして本能寺。
「・・・。」
私は何やら遠くから歓声のような声が聞こえてきた気がして目が覚めた。
「殿・・・一大事でございます!!」
そこに光秀が駆け込んできた。
「どうしたんですか? ま・・・まさか!?」
私はこの本能寺に泊まっているというシチュエーションから直感で悟った。
「どこの兵? 三好?」
「お・・・織田です。織田信長自らです。」
光秀は力なくうなだれた。
おかしいだろ・・・
私は信じられなかった。
正史では明智光秀に本能寺で討たれる織田信長である。
それが本能寺に織田信長が攻めてくる。
しかも私の家臣に明智光秀がいるのだ。
「絶対に殿の首を敵に渡すなよ。」
「わかっているって!!」
純忠と慎之助は既に臨戦態勢に入っていた。
「俺と慶次で五百ずつといったところか・・・。」
「一千は斬らねばなるまい・・・それにしても俺が織田と戦う羽目になるとはな。」
「寝返ってもかまわんぞ。」
「誰が寝返るか・・・それに死ぬ気も毛頭ないぞ!!」
「ああ・・・斬って斬って斬りまくって殿の命を守るってことだぜ!!」
五右衛門と慶次はお互いに腕をガッチリと合わせると刀を抜いた。
「鉄砲隊・・・死ぬ気で撃ちまくれよ。」
光秀は必死の形相でわずか二百の兵をまとめていた。
完全に本能寺は織田軍に囲まれていた。
「こんな本能寺の変ってありかよ・・・。」
私は思わずぼやいてしまった。
そして何故か笑みがこぼれてくる。
この時代に何故かやってきて気がつけば守護大名か・・・
そして本能寺で織田軍に・・・織田信長に襲われるというのも運命かもな。
やれる限り・・・やってみるさ。
ただ・・・岳人とお市が心配だ。
でも運命ならばな・・・
切り開けよ・・・岳人、お市!!
私は黒漆剣を手にすると寝床を出ていった。
遂にこのイレギュラーな本能寺の変の幕開けである。
果たして私たちは生き残ることができるのであろうか・・・。
「まだか・・・まだ私は将軍になれぬのか・・・」
苛立ちを隠せない足利義秋。
「まだ義栄公も候補として健在でありますが故にしばしお待ちを。」
朝倉義景は必死になだめていた。
「私は義輝の弟ぞ・・・私が先に第十四代将軍にならねば・・・」
「お願いでございます。お待ちくだされい!!」
義景は御所の義秋の部屋を出ると拳を握り憤ていた。
こうまで器が・・・度量が狭いとは思わなかった。
だが、ワシには義秋公も義栄公も主君なのじゃ。
「殿・・・浅井の動きが妙ですぞ。」
そこに控えていた朝倉家家臣堀江景忠が声をかける。
「そうか・・・そうなるじゃろうな・・・。」
「既に加賀に援軍を要請し、万が一の備えはしております。」
「うむ、おぬしを信頼して良かった。景鏡の讒言は目に余る。」
「はッ・・・朝倉景鏡様の動向も我らは用心しております。」
「頼む。」
義景は景忠にそう言い残すと御所の自室に入った。
北近江の小谷城。
浅井長政の前に座るのは風魔忍軍頭領風魔小太郎。
その背後には廖鬼と蠣鬼が控えていた。
「どうにかしてお市を我がモノにしたいのだ・・・。」
浅井長政は岳人とお市の結婚のせいでやつれきっていた。
「現状では浅井家の力では山田家には及ぶまい。」
小太郎が言う。
「わかっておる。」
長政は血気盛んに自らの父をも隠蔽に追い込み、六角氏を追い詰めた頃が嘘のようである。
家臣団もその姿に半ば失望を隠せなかった。
「越前との国境では既に磯野員昌殿が兵を率いて待機しております。南の六角に対しても海北綱親様が兵を率いて牽制しております。あとは殿の采配一つですぞ。」
浅井家家臣遠藤直経が長政に進言する。
「そのような面倒なことはせんでも良い。」
「貴様・・・無礼ではないのか!!」
小太郎の態度に直経は怒りを露わにした。
浅井家当主に対しても不遜な態度を繰り返す風魔小太郎。
「既に手は打ってある・・・面白いことが起こるぞ。事と次第によれば浅井家が天下を取れるかもしれぬぞ。」
「・・・なんだとォ・・・」
小太郎の言葉に鋭く反応する長政。
全てはあのお方の思うがまま・・・
小太郎は薄ら笑いを浮かべていた。
多聞山城では
私のもとに都から勅使がやってきた。
大和国守護職の任命と天皇への謁見が許されたのである。
三好・松永勢力の駆逐に正親町天皇が喜ばれて是非会いたいとのことだった。
「父上。織田や上杉よりも先に謁見を許されるとは名誉なことですよ。」
「さすが義父上♪」
岳人とお市に褒められて私は嬉しかった。
「あなた・・・気を付けてね・・・。」
「わかっている・・・お土産は八つ橋だろ?」
私は朋美を抱きしめる。
「この時代にはまだないよ。」
岳人のツッコミ。
「留守は任せてよ。」
美佳が岳人の両肩に手を乗せると後ろからギュっと抱きしめた。
京へは私と光秀、五右衛門、純忠と慎之助、そして慶次と兵二百。
岳人とお市は六兵衛と清興、元規、英圭、鉄心と兵五百で上洛することとなった。
多聞山城を出ていく私たちを見送る朋美と美佳。
「真紅さん。」
「はい、奥方様。」
朋美が呼ぶと真紅はすぐに姿を現した。
「あの人をお願い・・・何か悪い予感がするの。」
「わかりました・・・命に代えても!!」
立ち去っていく真紅の後ろ姿。
「ママ・・・大丈夫?」
「大丈夫よ・・・少しナーバスなのかな・・・休むわ。」
そんな朋美を心配そうに見つめる美佳。
こういうときのママの悪い予感って当たるんだ・・・
途中、勝竜寺城。
「お初にお目にかかります。拙者、近江国守護の六角義定でございます。」
「私は山田大輔です。お会いできてうれしいです。」
私は六角義定に名刺を差し出した。
「なんですかこれは?」
「名刺です。」
そして私と義定は色々なことを語り合った。
「では織田が二千の兵を都に常駐させるということですな。」
「はい。三好もまだ三好義継と岩成友通が健在です。讃岐や阿波も含めれば非常に厄介ですから。」
「それは助かります。」
私の言葉に喜ぶ義定。
「織田の兵を率いるのは私の親友である木下藤吉郎秀吉殿。素晴らしい男です。」
「それはまたお会いしたいものですな。」
こうして私たちは1567年10月18日に都入りした。
「ほ・・・本能寺?」
岳人は思わず驚きの声を上げる。
私の宿舎は本能寺だった。
「由緒ある寺でございます。」
光秀が嬉しそうな顔でうなずいている。
いや・・・光秀さん。あなたは正史では本能寺を攻める人ですよ。
というか、私が本能寺に泊まるのですか・・・
岳人とお市たちは妙覚寺を宿舎にすることとなった。
その日の晩、朝倉義景が私に会うために本能寺を訪れた。
「山田大輔殿。私が越前国守護朝倉義景でございます。」
「朝倉殿、私が山田大輔でございます。」
私は朝倉義景に名刺を差し出した。
「何ですかこれは?」
「名刺です。」
こうして私と義景は日ノ本の行く末について語り合った。
織田信長も六角義定もこの朝倉義景も一つの答えしか持ち合わせていなかった。
『戦乱の世の終結。』
やり方や考え方はそれぞれ異なるが、その辿り着いた答えは同じなのだ。
これならば話し合えば分かり合える。
そう・・・このときはそう思っていたのだ。
「光秀。」
義景が光秀に声をかける。
私に仕える前は朝倉家に仕官していたのだ。
「なんでございましょうか?」
「大輔殿の配下になったお前の顔は晴れやかだな。ワシも満足じゃ。」
「ありがたきお言葉・・・このまま山田と朝倉が共に歩めればこの上ない喜びです。」
「ワシもじゃ・・・あの大輔殿は野心の一つもないこの乱世では希有な存在じゃ。光秀よ、命に代えても守り抜くのじゃ。」
「ははッ!!」
平伏する光秀を優しい眼差しで見つめる義景であった。
その頃、近江国内の関所。
織田軍が都を目指して進んでいた。
「おかしいのう・・・話では二千程の兵のはずだが・・・」
「ああ・・・この大軍は一体?」
守兵たちは驚きの表情で通過する織田軍を見送っていた。
そう・・その兵の数はおよそ一万五千程の大軍である。
険しい表情の柴田勝家や丹羽長秀、坂井政尚といった家臣団。
その真ん中には無表情の信長の姿があった。
意味がわからん・・・何故、殿自身が兵を連れて上洛するのか・・・
藤吉郎殿や又左殿は一体何処に消えたんだ?
信長の脇で槍を手にした毛利秀頼は信長の顔をチラ見する。
「秀頼・・・次にワシを見たら命はないぞ。」
信長は冷たく言い放つ。
「はッ・・・も・・・申し訳ございません。」
秀頼は震えながらその場で平伏した。
その頃、小牧山城の地下牢。
「藤吉郎・・・どうするんだ!!」
「・・・。」
前田利家と秀吉は地下牢に押し込められていた。
「このままじゃ山田の殿様が・・・織田家が畿内を敵に回すことになるぞ!!」
「わかっている・・・殿は乱心じゃ・・・いや・・・むしろまるで別人の如くじゃ。」
秀吉と利家は京へと出陣しようとしていたが、信長に止められた。
そして信長自身が一万五千の兵を率いて上洛すると告げられたのだ。
「殿・・・この期に及んで一万五千もの兵を都に? この尾張はどうされるのですか?」
秀吉は思わず信長に言い返してしまった。
「猿・・・ワシに口答えとは偉くなったな・・・。」
信長は腰の刀に手をかける。
「父上!! 藤吉郎を斬ってはなりませぬぞ。」
まだ齢十二の信長の長男である織田信忠がそれを止める。
「恐れながら殿・・・殿のお考えがさっぱりわかりませぬ。都へは我らが。」
利家も勇気を出して信長に進言するも
「又左よ、相変わらず噛みつくのう。猿と犬は牢獄行きじゃ!!」
その信長の一言で小牧山城の地下牢に二人は入れられたのだった。
そして信長たちの出陣前夜のこと。
地下牢に信長が一人でやってきた。
「殿・・・私の命を差し上げます。それでこの出兵をお止めください。美濃の斎藤に攻められればこの城では持ちませぬ。」
秀吉は地面に頭を打ちつけながら説得を試みる。
「ワシは山田大輔を討つ。そして朝倉と六角を都から追い払うことにしようと思うのじゃ。」
信長は笑みを浮かべながら言い放った。
「な・・・なんですと・・・」
秀吉はその言葉を聞くと力無くへたり込む。
「殿ォ!! 市姫はどうされる? アンタの妹君だろうが!!」
利家は思わず信長を怒鳴りつけた。
「お市・・・? ああ・・・どうでも良い・・・都にて天子を守るのがワシの役目じゃからな。」
信長はそう言うと地下牢を出ていった。
そのことを思い出した秀吉と利家は行き場のない思いに震えていた。
「どんなに荒れ狂ったときでも殿は市姫にだけは優しかったのだ・・・何があったのじゃ・・・。」
秀吉は目に涙を浮かべると地面に拳を叩きつける。
するとそのとき
「藤吉郎、又左!!」
一人の少年が地下牢に忍び込んできた。
「若君!!」「若!!」
信長の長子である信忠である。
地下牢の鍵を取り出すと秀吉と利家を解放した。
「若君・・・」
「あれは父上ではない。最早、別の人間だ。」
三人は地下牢を出ようとしたときだった。
その中に蓋のされた井戸があった。
そこからかすかに異臭が漂っている。
「・・・なんだ・・・この井戸は?」
「死臭だぞ・・・。」
秀吉と利家は思わず冷や汗を流していた。
信忠は鼻を抑えて表情を曇らせる。
そして三人が蓋を開けて恐る恐る井戸の中を覗き込むと・・・
「ば・・・馬鹿な!?」「うわあ!!」「ち・・・父上?」
井戸の中に信長の死体が浮かんでいた。
「ど・・・どういうことだ!!」
秀吉と利家には全く理解ができない状況である。
「ち・・・父上ェェェ!!」
信忠は大声で泣きだす。
「とにかくまずは逃げるぞ!!」
秀吉は外へと駆けだす。
利家も信忠を抱きかかえ後に続くも
「見てしまったならばいた仕方あるまい・・・若君諸共死んでもらうぞ。藤吉郎、又左。」
そこには佐久間信盛が兵を引き連れて待ち構えていた。
「・・・理解できぬ・・・一体何がどうなっておるのだ!!」
秀吉の悲痛な叫び声が城内に響き渡った。
1567年10月21日の夜更け頃、織田軍は都へと近づいていた。
「織田は大軍だな・・・。」
「ああ・・・驚きだ。一応、殿に報告せねばなるまい。」
都の入り口を固めていた朝倉軍は織田軍に道を開けた。
そのときだった。
「皆の者・・・敵は本能寺にあり!!」
信長が大声で叫んだ。
そして織田軍は怒涛の勢いで都の中へとなだれ込んでいく。
「勝家と長秀は五千の兵で妙覚寺へ向かえ!! 山田岳人を必ず生け捕りにせい!!」
「ははッ!!」
そして本能寺。
「・・・。」
私は何やら遠くから歓声のような声が聞こえてきた気がして目が覚めた。
「殿・・・一大事でございます!!」
そこに光秀が駆け込んできた。
「どうしたんですか? ま・・・まさか!?」
私はこの本能寺に泊まっているというシチュエーションから直感で悟った。
「どこの兵? 三好?」
「お・・・織田です。織田信長自らです。」
光秀は力なくうなだれた。
おかしいだろ・・・
私は信じられなかった。
正史では明智光秀に本能寺で討たれる織田信長である。
それが本能寺に織田信長が攻めてくる。
しかも私の家臣に明智光秀がいるのだ。
「絶対に殿の首を敵に渡すなよ。」
「わかっているって!!」
純忠と慎之助は既に臨戦態勢に入っていた。
「俺と慶次で五百ずつといったところか・・・。」
「一千は斬らねばなるまい・・・それにしても俺が織田と戦う羽目になるとはな。」
「寝返ってもかまわんぞ。」
「誰が寝返るか・・・それに死ぬ気も毛頭ないぞ!!」
「ああ・・・斬って斬って斬りまくって殿の命を守るってことだぜ!!」
五右衛門と慶次はお互いに腕をガッチリと合わせると刀を抜いた。
「鉄砲隊・・・死ぬ気で撃ちまくれよ。」
光秀は必死の形相でわずか二百の兵をまとめていた。
完全に本能寺は織田軍に囲まれていた。
「こんな本能寺の変ってありかよ・・・。」
私は思わずぼやいてしまった。
そして何故か笑みがこぼれてくる。
この時代に何故かやってきて気がつけば守護大名か・・・
そして本能寺で織田軍に・・・織田信長に襲われるというのも運命かもな。
やれる限り・・・やってみるさ。
ただ・・・岳人とお市が心配だ。
でも運命ならばな・・・
切り開けよ・・・岳人、お市!!
私は黒漆剣を手にすると寝床を出ていった。
遂にこのイレギュラーな本能寺の変の幕開けである。
果たして私たちは生き残ることができるのであろうか・・・。
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おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
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アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
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帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
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