マイホーム戦国

石崎楢

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第171話:駿河の命運 新・手越河原の戦い 前編

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山田家が播磨を平定し、黒田官兵衛を得たのと同じ頃、1569年8月1日駿河国手越河原。
かつて新田義貞と足利直義が戦った南北朝ゆかりの古戦場。

ここに遠江から東進してきた徳川軍と武田軍が相対していた。
徳川軍は一万五千。武田軍は二万。
233年の歳月を経てここで新たなる歴史を刻むことになる。
改変後の歴史において『新・手越河原の戦い』と名を残す戦が始まるのだ。


既に駿河国はこの安倍川を挟んで東が武田、西が徳川の勢力下に置かれていた。
守護である今川氏真は徳川家の庇護に入っており、この戦にも従軍させられている。

「氏真殿。このような立場から見る駿河はいかがですかな?」
徳川家重臣酒井忠次の言葉に氏真は何も答えなかった。

そんな今川氏真の側にはかつての今川家家臣である大沢基胤が控えている。

「殿・・・いや・・・氏真様。今は堪えるときでございますぞ。」

わかっておるわ・・・ワシの人生は我慢ばかりじゃからな・・・

「家康様はいずれは駿河をお返しくださると申されてます。」

別にもういらんぞ・・・面倒じゃ。静かに暮らしたいものだ・・・


「さあ・・・三河の田舎侍共に甲斐の虎の恐ろしさを存分に味わってもらおうかのう!!」
武田家家臣河窪信実は騎馬隊を率いて今にも突撃するかのようにいきり立っていた。
信玄の実弟であり、武田軍の先鋒を担っている。

「闇雲に攻めては危険ですぞ・・・これから先を考えれば今まで通りの騎馬戦術は通じませぬ。」
土屋昌続がそこに進言してきた。

「兄者や山県も馬場もよく口に出す山田大輔のことか・・・だが徳川は違うじゃろうて。」
「いえ・・・我ら同様に徳川も山田と繋がりがございます。それに・・・」

土屋昌続は大武道会の際に岳人から聞かされたことがあった。

「織田は武田最強の騎馬隊を打ち破る術を持っている。我らも同様・・・新たなる戦術を考えるように信玄に伝えておいてよ。」

油断などできぬ・・・まして徳川は遠江を制してここまで攻めてきているのだ。
あの三河の小領主が・・・わずかな期間で。山田に通じるものがあると思うのが筋道だ。


「まあ良い・・・確実に勝てる戦術ならばな。ワシらとて早々に死にとうはないからな。」
河窪信実の背後には騎馬隊が控えていた。それぞれが鉄砲を握りしめている。

新しき力、武田家騎馬鉄砲隊・・・北条の軍を殲滅させたその強さを存分に味わうがよい。

それに対し徳川軍は小型の大砲を十門準備していた。
これは服部半蔵正保によって山田家から譲渡されたものである。

武田の騎馬隊もこのような飛び道具には驚くであろう。
平常心を失った騎馬など雑魚も同然。

酒井忠次は既に幾重もの柵を陣の前に張り巡らせて武田騎馬隊に備えていた。
その作戦は武田の騎馬隊を柵の前まで誘導したところで大砲を浴びせるというもの。

ある程度の犠牲は致し方あるまい・・・それよりも武田を打ち破ることで我ら徳川の勇名は日ノ本に轟くであろう。
駿河の後は相模・・・この海沿いを我らが制することによって山田家との交渉も有利に働くのじゃ・・・

そんな忠次の背後には本多平八郎、榊原康政が控えていた。

「平八郎・・・どうした?」
「武者震いだ。何とも気持ちが高ぶって仕方がない。」

本多平八郎は槍を振り回しながら気合を入れている。

「ただ先走るなよ。あくまで我らの出番は鉄砲や大砲の後だ。個々の強さだけでは最早勝てぬ戦もある。それがこの戦だ。戦術や戦略なるものがなくば勝利へ辿り着けん。」
「小平太の言う通りだ。無駄な兵同士の殺し合いにならぬように気を付けること。大輔殿から言われてたことがあるのじゃ・・・。人の命は失って補えるものではない。兵の一人一人が国の礎であり財産であると。忍びの方々も紛れもなく人・・・大切な存在であると。」
服部半蔵正成が姿を見せると馬上の平八郎の腿を軽く叩く。

「山田の殿様らしいな・・・。甘ちゃんだが・・・言っていることは間違えてはいない。」
康政はほくそ笑むと馬上の人となった。

「忠次様の第一陣がどれだけ引き付けておけるか・・・そのあとの大砲、鉄砲、弓攻撃の後が我らの出番だ。平八郎、小平太・・・高ぶっておけよ。」
そう言い残すと正成は大砲のもとへと駆けて行った。


その翌日である8月2日、朝日が昇るのと同時に徳川軍の第一陣が川沿い姿を見せた。

「なんと徳川は名臣と名高い酒井忠次が先陣を任されておるのか・・・」

武田軍の陣内では山県や馬場、真田信綱といった猛将たちが息巻いていた。

出来ればおぬしらに先陣を任せたいが・・・

武田信玄はそう思いながらもただ穏やかな顔で徳川軍を見つめていた。
そこに向かっていく実弟の河窪信実の姿に一抹の不安を覚えながら・・・


先陣を切る徳川軍の将の一人本多忠真。

この戦で勝利を収めることこそ、徳川の・・・この本多の名を刻むことになる。
平八郎・・・見ておれ・・・

突撃してくる武田騎馬隊に対し、柵を張り巡らし足止めへの準備は万端に見えた。
しかし予想だにせぬ展開が徳川軍を窮地に追いやる。

「なんだと・・・まさか・・・」

迫ってくる武田の騎馬隊は槍を背にすると鉄砲を手にしたのだ。
圧倒的な迫力の騎馬隊はそれぞれが鉄砲を構えると隊列を組んで突撃をかけてきた。

最初の列の騎馬隊が鉄砲を撃つとそのまま旋回して逃げていく。
すぐに次の騎馬鉄砲隊が現れて徳川軍を狙い撃ちにする。

「馬上で鉄砲だと・・・しかも・・・撃っては退くを繰り返し・・・!?」

酒井忠次が思わず感嘆してしまった。
これならば途切れることなく鉄砲を弾のある限り撃ち続けることができると。

「ぐわあッ!?」「ギャアァァ!!」

柵の裏で次々と撃ち殺されていく兵たちの姿に本多忠真は唇を噛み締める。

一人でも・・・あの鉄砲隊を討ち取らねば・・・

槍を手に覚悟を決めると

「忠真、貴様一人で何ができる?」
「この様相じゃ戻るも叶わん・・・だが全滅は避けねばならぬ。」
「鉄砲如きを恐れては三河武士の名が廃るわ!!」

夏目吉信、鈴木久三郎、成瀬藤蔵といった名うての命知らずが集まってきた。

「我らの突撃と共に若き者たちを率いて退却するのだ。」
夏目吉信は島田重次に言い放つ。

「嫌でございます。我らも三河武士!!」
「殿のためにも命を繋いでいけ・・・頼む・・・平八郎によろしく伝えておいてくれ。」
本多忠真は笑顔で重次の背中を強く叩く。
気が付けば兵の中でも老兵たちが集っていた。

「我らは先代宏忠様からのお付き合いですぞ。」「どこまでもお供致します。」


再び武田の騎馬鉄砲隊が突撃をかけてきた。

「ゆけィ!!」

その声を残して本多忠真たちは騎馬鉄砲隊に飛びかかっていた。
銃声と怒号が響き渡る中、島田重次は残兵を引き連れて退却していく。

「くだばれ!!」
鉄砲の直撃を受けて左腕を吹っ飛ばされた忠真だったが、そのままその騎馬武者にしがみつくと脇差をその太腿に突き刺した。
悲鳴を上げて落馬した騎馬武者の首を斬り落とすと今度は槍を手にして別の騎馬武者に投げつける。

「ぎゃあああ!?」
槍で片目を貫かれた騎馬武者は落馬する。

「ただでは死なぬ・・・!?」

次の瞬間、忠真はその全身を撃ち抜かれていた。
絶命するその姿を目の当たりにした夏目吉信は銃弾が飛び交う中、大将格の者を探して武田軍へと一人特攻していった。

いた・・・あやつか・・・

「我こそは徳川家康が家臣夏目吉信なり!!」

名乗りを上げて見据えるその先には河窪信実の姿があった。
しかし、その手にした刀が信実に届くことはなかった。

「御免!!」
土屋昌続が立ちふさがる。
夏目吉信は刀を振るって襲いかかるも、昌続の刀の前に血飛沫を上げて倒れ伏した。

既に幾つもの銃弾を受けて・・・何という執念だ・・・

その圧倒的な死に様に戦慄を覚える土屋昌続。

立ち尽くす昌続を横目に突撃をかける河窪信実。
武田軍は騎馬鉄砲隊を先頭に徳川軍へとなだれ込んでいく。

その先には徳川軍の第二陣が見えていた。
第一陣の生き残りが必死に駆け込んでいるのを見た武田軍の勢いが増した。
そのときだった。

「撃てェェェ!!」
怒りに目を真っ赤に染めながら叫ぶ服部半蔵正成。

天をも貫くような轟音と共に武田軍の騎馬鉄砲隊が次々と起こる爆発で吹っ飛ばされていく。

「・・・これは・・・天罰なのか・・・」
思わず訳も分からぬ言葉をつぶやきながら河窪信実は爆風の中で絶命した。

「くううッ・・・ダメだ・・・退け・・・一旦、退け!!」
追いついた土屋昌続は声を上げて兵を撤退させようとするも

まるで・・・地獄ではないか・・・

大砲の爆風とその合間を撃ち抜く徳川軍の鉄砲隊の攻撃で武田軍の先陣三千の兵は壊滅的状態に陥っていた。

そんな昌続の近くに大砲が着弾した。
爆音と共に自分の身体が宙を飛んでいることに気づいた昌続。

これが・・・これが・・・死ぬってやつか・・・

地面に叩きつけられると意識が遠のいていく中で様々な過去の出来事を思い出していた。
武田家の面々の他にも上杉の北条景広や山田家の面々の顔を浮かんでくる。

戦などなければ・・・友でいられたのだろうな・・・このクソみたいな世の中じゃなければ・・・



こうして8月2日の戦いは終わった。
徳川軍は一千、武田軍は約三千の兵を失った。
共に優れた将兵を多数失うという痛み分け。しかし家康も信玄も諦めることはない。
更に激しい戦いが続くのである。

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