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第196話:姉川の戦い
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1570年7月30日、近江国姉川付近。
浅井軍の数は一万。それに対し美濃山田軍は一万、六角軍も一万。
「およそ倍の数か・・・」
浅井軍の先鋒を担う浅井家家臣磯野員昌はつぶやく。
「あの程度・・・どうということはない。」
そこに現れた全身を鎧に包んだ男が言い返す。
「・・・大した自信だな。」
「この島に剛弓を使う者がおらぬ。この鎧を射抜くほどのな。だが我らには剛弓使いしかおらぬ。鉄砲など届かぬ距離から狙い撃てば良い。」
この男の名はダルハン。大陸から流れてきた集団の首領である。
越前に流れ着いたところを朝倉軍によって捕縛され、温見金山に送られたが脱走したのである。
その際にはわずか二百人で誰一人死ぬことなく、追手の朝倉軍一千を全滅させていた。
これを恥として朝倉家が隠蔽したことにより、北近江に逃れて浅井家に雇われたのであった。
この男はワシでも足元に及ばぬ剛の者。それでいて何やら気高ささえ秘めておる。
何故、大陸から流れてきたのかは定かではないが・・・
磯野員昌をも認めさせるダルハンという男は遠い目で山田軍を見据えていた。
「なんだ・・・あの奇妙な集団は・・・まるで中世の重騎兵のようだ・・・」
岳人の目には対岸の浅井軍に馬も鎧を纏った騎馬隊が見えていた。
「馬さえも鎧とは・・・まるで機動力を捨てたかのように思えます。近づけば鉄砲の餌食・・・一体何を考えているのでしょうか・・・」
考高には重騎兵というものが理解できなかった。機動力を失った騎馬隊はただの的に過ぎないと思っていた。
接近戦・・・何をする・・・もしや僕らのように現代から流れてきている者がいる? そんな訳はない。重騎兵という選択肢をする時点で無能だ。連発銃の射程に入れば鎧など無力なんだ。
岳人も平静を装いつつ焦りを感じていた。
自分の中に描いていたシナリオと異なる展開である。
何か・・・鉄砲を無力化させる秘策でもあるというのか? それ程の智者が浅井にいるというのか?
考高もただその人馬共に鎧を纏った重騎馬隊を見つめると不安が募るばかり。
そしてその不安は的中することとなる。
浅井軍の重騎馬隊が進軍を始めた。
それに対し、美濃山田軍は盾隊を展開し鉄砲隊が迎え撃つ準備を整える。
「ぐえッ!?」「ガッ!!」
そのとき、声を上げながら鉄砲隊の兵たちが倒れていく。
それぞれの身体には長い矢が刺さっていた。
「この距離で矢が届くだと・・・」
岳人は思わず立ち尽くしてしまう。
重騎馬隊の背後に現れた軽装の兵たちが矢を放っていたのだ。
「長弓?・・・ロングボウ?・・・あれはヨーロッパじゃない・・・モンゴルだ・・・間違いない。」
岳人はそうつぶやく。考高は明らかに動揺している岳人の姿に驚いていた。
「距離を取るんだ、下がれ!!」
岳人の声により、盾隊と鉄砲隊が後退を始めた瞬間、
「今だ!!」
ダルハンの声と共に重騎馬隊の背後から軽装の騎馬隊が飛び出していった。
その手には鉄砲を持っている。
「よし、我らもゆくぞ!!」
「おう!!」
浅井軍の右翼の遠藤直経と左翼の浅井正澄率いる部隊が山田軍めがけて襲い掛かってくる。
混乱状態の山田軍の本陣で岳人はただ立ち尽くしていた。
考高が必死に兵をまとめているが、完全に後手に回っている。
それを見ていた六角義定は大声を上げた。
「岳人様が危ないぞォ!! 賢秀ェ!!」
「はッ、お任せを!!」
蒲生賢秀が三千の兵を率いて山田軍の陣へと救援に向かう。
「ならば我らはこのまま姉川を渡り、浅井の横っ腹を突くぞ!!」
六角義定率いる七千の本軍が浅井軍の本陣めがけて進攻を始めた。
「なるほど、六角義定は我らを優先するか・・・」
浅井長政は六角軍の動きを察知すると本陣を動かしていく。
まるで誘い出すかのような動きに見事に釣られていく六角義定。
「今か・・・」
そのとき山田軍を攻めていた浅井正澄の部隊が反転すると六角軍本軍へ向けて突撃を開始する。
「ゆくぞ!!」
ダルハン率いる重騎馬隊も続いていった。
「こっちが本命じゃ!!」
動いていなかった磯野員昌の先鋒隊も六角義定の本軍へと向かっていく。
「浅井長政・・・なかなかの策士だね・・・」
岳人は苦笑する。混乱する軍の体勢を整えようとするも収集がつかない。
所詮は美濃の寄せ集めの兵。大和の兵のように何年も鍛錬を続けたわけじゃない。
それに元からこの戦いは勝つのが目的じゃない。
ただこの兵の犠牲は想定外だったけどね・・・まあ仕方ないか。
「いたぞ。あの若造が山田岳人だ!!」
そこに遠藤直経率いる浅井軍の部隊が迫ってきていた。
「美濃の国人衆のみなさん・・・簡単に破られ過ぎでしょう。」
岳人は槍を手にすると馬に乗る。
「若君。ここは私が・・・」
考高が声をかけるも
「ここで総大将が強さをアピールしておけば士気は上がるから・・・」
岳人はそう言うと笑みを浮かべて遠藤直経に立ち向かっていった。
「ふんぬ!!」
蒲生賢秀の前に浅井軍の騎馬武者たちが次々と打ち倒されていく。
六角軍の本軍が囲まれていくのを見た賢秀は馬首を転じて義定のもとへと向かっていた。
申し訳ございませぬ、岳人様。我が殿の窮地でございます・・・
しかしそこに立ちはだかったのは浅井軍のダルハン配下の軽装騎馬隊だった。
一人一人の腕前が並外れており、あっという間に賢秀配下の騎馬武者たちが逆に討ち取られていく。
日本では見られない剣技に戦慄を覚える六角軍の兵たち。
「何をしておる!!」
蒲生賢秀は打ち合いの末に一騎の軽装騎馬兵を真っ二つにすると大声を張り上げた。
「おおッ!!」「ウオォォォ!!」
その勇姿に再び士気が上がった賢秀の配下の兵たちは突撃をかけていった。
蒲生賢秀を先頭に一気呵成に軽装騎馬隊を力づくで打ち破る。
「殿ォ!! お助けに参りましたぞ!!」
だが、その声は届くことはなかった。
六角義定の本軍は兵力で上回りながらも総崩れ状態と化していた。
逃げ惑う兵たちの絶望的な表情。その真ん中を割るように一人の騎馬武者が姿を現す。
「き・・・貴様・・・」
蒲生賢秀は憤怒の形相を浮かべる。
目の前には鎧を脱ぎ捨てた上半身裸のダルハンが討ち取った一つの首を手にしていた。
「殿を・・・殿をやったのかァァァァァァ!!」
賢秀の目にはその首の顔がはっきりとわかった。主君六角義定の首であった。
怒りにまかせてダルハンに襲い掛かるとするも、賢秀の前に重騎馬武者が二騎立ちはだかる。
敗色濃厚な六角軍の兵たちは逃げ惑うばかりであったが、そのときであった。
銃声が二発鳴り響くと賢秀の前の重騎馬武者たちが落馬していった。
「賢秀殿・・・ご無事で・・・」
連発銃を手にした黒田官兵衛考高がやってきた。
そしてその背後から岳人が姿を現す。
「六角軍の者共よ、落ち着け!!」
岳人の声が戦場を貫いていく。
「宿敵、浅井の重臣遠藤直経は、この山田岳人が討ち取った。次は六角義定公の仇討ちだ!! その意思がある者は私に続け!!」
岳人は遠藤直経の首を高く掲げるとそのままダルハンめがけて投げつける。
なんという佇まい・・・面白い・・・このような男がこの島におったのか・・・
ダルハンは何故か身震いをしていた。この日ノ本で戦慄を覚えたのは初めてであり、その眼は岳人にただ向けられている。
このモンゴルの者・・・僕に・・・そうか・・・やはり・・・僕は持っている。
「ゆくぞ!! 者共、続けェェェ!!」
岳人の声に六角軍の兵たちは息を吹き返した。
怒りの形相で浅井軍に対し逆襲していく。
その激しい戦いは、まるで終わることなどないかのように続いていった。
「もはや単なる消耗戦になりつつあるな・・・」
考高はそうつぶやくと岳人を見る。
「官兵衛。わかっているよ。」
岳人は馬上から次々と敵兵を突き伏せながらうなずいた。
やがて昼も過ぎると両軍の兵は疲労の色が濃くなってきていた。
そして互いに一旦兵を引くと姉川を挟んで再び対峙することとなったのである。
主君を失った六角家家臣団は悲嘆にくれていた。
蒲生賢秀は取り返した義定の首を前に地面に頭を打ちつけている。
六角義定の戦死も想定外。この引き分けは予想通り。そして・・・
岳人はダルハンのことを思い出していた。
ひょっとすると想定外の僕の剣が手に入るかもしれない・・・
この後、両軍は睨み合いと小競り合いを繰り返しながら膠着状態を続けることとなる。
浅井軍の数は一万。それに対し美濃山田軍は一万、六角軍も一万。
「およそ倍の数か・・・」
浅井軍の先鋒を担う浅井家家臣磯野員昌はつぶやく。
「あの程度・・・どうということはない。」
そこに現れた全身を鎧に包んだ男が言い返す。
「・・・大した自信だな。」
「この島に剛弓を使う者がおらぬ。この鎧を射抜くほどのな。だが我らには剛弓使いしかおらぬ。鉄砲など届かぬ距離から狙い撃てば良い。」
この男の名はダルハン。大陸から流れてきた集団の首領である。
越前に流れ着いたところを朝倉軍によって捕縛され、温見金山に送られたが脱走したのである。
その際にはわずか二百人で誰一人死ぬことなく、追手の朝倉軍一千を全滅させていた。
これを恥として朝倉家が隠蔽したことにより、北近江に逃れて浅井家に雇われたのであった。
この男はワシでも足元に及ばぬ剛の者。それでいて何やら気高ささえ秘めておる。
何故、大陸から流れてきたのかは定かではないが・・・
磯野員昌をも認めさせるダルハンという男は遠い目で山田軍を見据えていた。
「なんだ・・・あの奇妙な集団は・・・まるで中世の重騎兵のようだ・・・」
岳人の目には対岸の浅井軍に馬も鎧を纏った騎馬隊が見えていた。
「馬さえも鎧とは・・・まるで機動力を捨てたかのように思えます。近づけば鉄砲の餌食・・・一体何を考えているのでしょうか・・・」
考高には重騎兵というものが理解できなかった。機動力を失った騎馬隊はただの的に過ぎないと思っていた。
接近戦・・・何をする・・・もしや僕らのように現代から流れてきている者がいる? そんな訳はない。重騎兵という選択肢をする時点で無能だ。連発銃の射程に入れば鎧など無力なんだ。
岳人も平静を装いつつ焦りを感じていた。
自分の中に描いていたシナリオと異なる展開である。
何か・・・鉄砲を無力化させる秘策でもあるというのか? それ程の智者が浅井にいるというのか?
考高もただその人馬共に鎧を纏った重騎馬隊を見つめると不安が募るばかり。
そしてその不安は的中することとなる。
浅井軍の重騎馬隊が進軍を始めた。
それに対し、美濃山田軍は盾隊を展開し鉄砲隊が迎え撃つ準備を整える。
「ぐえッ!?」「ガッ!!」
そのとき、声を上げながら鉄砲隊の兵たちが倒れていく。
それぞれの身体には長い矢が刺さっていた。
「この距離で矢が届くだと・・・」
岳人は思わず立ち尽くしてしまう。
重騎馬隊の背後に現れた軽装の兵たちが矢を放っていたのだ。
「長弓?・・・ロングボウ?・・・あれはヨーロッパじゃない・・・モンゴルだ・・・間違いない。」
岳人はそうつぶやく。考高は明らかに動揺している岳人の姿に驚いていた。
「距離を取るんだ、下がれ!!」
岳人の声により、盾隊と鉄砲隊が後退を始めた瞬間、
「今だ!!」
ダルハンの声と共に重騎馬隊の背後から軽装の騎馬隊が飛び出していった。
その手には鉄砲を持っている。
「よし、我らもゆくぞ!!」
「おう!!」
浅井軍の右翼の遠藤直経と左翼の浅井正澄率いる部隊が山田軍めがけて襲い掛かってくる。
混乱状態の山田軍の本陣で岳人はただ立ち尽くしていた。
考高が必死に兵をまとめているが、完全に後手に回っている。
それを見ていた六角義定は大声を上げた。
「岳人様が危ないぞォ!! 賢秀ェ!!」
「はッ、お任せを!!」
蒲生賢秀が三千の兵を率いて山田軍の陣へと救援に向かう。
「ならば我らはこのまま姉川を渡り、浅井の横っ腹を突くぞ!!」
六角義定率いる七千の本軍が浅井軍の本陣めがけて進攻を始めた。
「なるほど、六角義定は我らを優先するか・・・」
浅井長政は六角軍の動きを察知すると本陣を動かしていく。
まるで誘い出すかのような動きに見事に釣られていく六角義定。
「今か・・・」
そのとき山田軍を攻めていた浅井正澄の部隊が反転すると六角軍本軍へ向けて突撃を開始する。
「ゆくぞ!!」
ダルハン率いる重騎馬隊も続いていった。
「こっちが本命じゃ!!」
動いていなかった磯野員昌の先鋒隊も六角義定の本軍へと向かっていく。
「浅井長政・・・なかなかの策士だね・・・」
岳人は苦笑する。混乱する軍の体勢を整えようとするも収集がつかない。
所詮は美濃の寄せ集めの兵。大和の兵のように何年も鍛錬を続けたわけじゃない。
それに元からこの戦いは勝つのが目的じゃない。
ただこの兵の犠牲は想定外だったけどね・・・まあ仕方ないか。
「いたぞ。あの若造が山田岳人だ!!」
そこに遠藤直経率いる浅井軍の部隊が迫ってきていた。
「美濃の国人衆のみなさん・・・簡単に破られ過ぎでしょう。」
岳人は槍を手にすると馬に乗る。
「若君。ここは私が・・・」
考高が声をかけるも
「ここで総大将が強さをアピールしておけば士気は上がるから・・・」
岳人はそう言うと笑みを浮かべて遠藤直経に立ち向かっていった。
「ふんぬ!!」
蒲生賢秀の前に浅井軍の騎馬武者たちが次々と打ち倒されていく。
六角軍の本軍が囲まれていくのを見た賢秀は馬首を転じて義定のもとへと向かっていた。
申し訳ございませぬ、岳人様。我が殿の窮地でございます・・・
しかしそこに立ちはだかったのは浅井軍のダルハン配下の軽装騎馬隊だった。
一人一人の腕前が並外れており、あっという間に賢秀配下の騎馬武者たちが逆に討ち取られていく。
日本では見られない剣技に戦慄を覚える六角軍の兵たち。
「何をしておる!!」
蒲生賢秀は打ち合いの末に一騎の軽装騎馬兵を真っ二つにすると大声を張り上げた。
「おおッ!!」「ウオォォォ!!」
その勇姿に再び士気が上がった賢秀の配下の兵たちは突撃をかけていった。
蒲生賢秀を先頭に一気呵成に軽装騎馬隊を力づくで打ち破る。
「殿ォ!! お助けに参りましたぞ!!」
だが、その声は届くことはなかった。
六角義定の本軍は兵力で上回りながらも総崩れ状態と化していた。
逃げ惑う兵たちの絶望的な表情。その真ん中を割るように一人の騎馬武者が姿を現す。
「き・・・貴様・・・」
蒲生賢秀は憤怒の形相を浮かべる。
目の前には鎧を脱ぎ捨てた上半身裸のダルハンが討ち取った一つの首を手にしていた。
「殿を・・・殿をやったのかァァァァァァ!!」
賢秀の目にはその首の顔がはっきりとわかった。主君六角義定の首であった。
怒りにまかせてダルハンに襲い掛かるとするも、賢秀の前に重騎馬武者が二騎立ちはだかる。
敗色濃厚な六角軍の兵たちは逃げ惑うばかりであったが、そのときであった。
銃声が二発鳴り響くと賢秀の前の重騎馬武者たちが落馬していった。
「賢秀殿・・・ご無事で・・・」
連発銃を手にした黒田官兵衛考高がやってきた。
そしてその背後から岳人が姿を現す。
「六角軍の者共よ、落ち着け!!」
岳人の声が戦場を貫いていく。
「宿敵、浅井の重臣遠藤直経は、この山田岳人が討ち取った。次は六角義定公の仇討ちだ!! その意思がある者は私に続け!!」
岳人は遠藤直経の首を高く掲げるとそのままダルハンめがけて投げつける。
なんという佇まい・・・面白い・・・このような男がこの島におったのか・・・
ダルハンは何故か身震いをしていた。この日ノ本で戦慄を覚えたのは初めてであり、その眼は岳人にただ向けられている。
このモンゴルの者・・・僕に・・・そうか・・・やはり・・・僕は持っている。
「ゆくぞ!! 者共、続けェェェ!!」
岳人の声に六角軍の兵たちは息を吹き返した。
怒りの形相で浅井軍に対し逆襲していく。
その激しい戦いは、まるで終わることなどないかのように続いていった。
「もはや単なる消耗戦になりつつあるな・・・」
考高はそうつぶやくと岳人を見る。
「官兵衛。わかっているよ。」
岳人は馬上から次々と敵兵を突き伏せながらうなずいた。
やがて昼も過ぎると両軍の兵は疲労の色が濃くなってきていた。
そして互いに一旦兵を引くと姉川を挟んで再び対峙することとなったのである。
主君を失った六角家家臣団は悲嘆にくれていた。
蒲生賢秀は取り返した義定の首を前に地面に頭を打ちつけている。
六角義定の戦死も想定外。この引き分けは予想通り。そして・・・
岳人はダルハンのことを思い出していた。
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