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裏公務はじめました
⭐︎追加新話 奥多摩の姫巫女
しおりを挟む「そなた、このままだと神の裁きが下るぞ!借金だらけになって、ご飯も食べられなくなって、子供たちが路頭に迷うのじゃ!」
髪の毛を頭の後ろにまとめ、ポニーテールを揺らしながら少女が立ちあがり叫ぶ。白い上衣、赤い袴の巫女服を纏い、その手には不釣り合いなほどの大きな水晶を抱えていた。なるほど、この子が〝姫巫女〟か。
目の前に座した老爺が狼狽えて、震えながら答える。
「そ、そんな…どうしたら良いのでしょうか?」
「お金への執着を捨てよ。我が灯火の館で浄化して進ぜよう」
「は…あ、寄進をしろと……?」
「執着を捨て、善行をなさいと言っているのじゃ。妾がそなたに宿った病の穢れを祓い、百歳まで生きられるようにしてやるぞ」
「……百…ですか?ううむ」
現時刻 10:00 ここは、東京の端っこにある村。電車で2時間、途中からバスで約半日…東京というよりも埼玉に食い込んだ場所にある『奥多摩』。
大きな建物の中にある畳敷きの部屋には、数十人の人達が集まっている。
お揃いの白い作務衣を着たここに住んでいるだろう人達がたくさん居て、スーツ姿や一般的な洋服を着た外部からの来訪者を取り囲んでいる
かなりの山奥なのに、こんなに人がいるとは正直驚いた。
『奥多摩に生まれた救いの姫巫女』――そう呼ばれ、神をその身に宿し、人々を救済しているという…俺達裏公務員と同じ仕事の女性が存在すると言うことで、俺たちは調査のためにやってきた。
彼女が率いる団体の人数は数百人と言ったところ。宗教団体としての届出はなく、税申告は『灯火の館』と言うただの法人としてらしい。事前の資料には多額の納税者だとあった。
神様の依代を務めている裏公務員としては、そんな情報誰一人として神様から聞いてない、颯人ももちろん知らないと言っている状態で。神を騙る由々しき事態か?…と調査潜入した裏公務員が複数人帰ってこなくなった。
裏公務員が宗教に感化されたか、もしくは――。
「颯人、どう思う?俺は…彼女から神様の気配を感じないんだが」
「真幸の言う通り神ではない。おそらく妖怪だ。それこそ穢れて姿形が変わっている。大物ではないが名の知れた者だろう」
「妖怪か…人の恨みっぽいものは感じないし、黒モヤもいないな…」
「あぁ、死者の匂いはしていない」
姫巫女と呼ばれる少女は、おそらく17.8歳と言ったところ。高校生くらいのはずだが、平日の昼間からこういう対応をしているって事はおそらく学校に行っていないんだろう。
両親らしき人は見当たらず、姫巫女と同じ巫女服姿の老婆たちが彼女の周りを固めている。
「病気の治癒など、本当に可能なのでしょうか…」
「まずは確かめたいという事じゃな?姫巫女たる妾の力を」
「あ、はい…」
「無礼者!!姫様のお力を頼りにやって来て、面談までしてやっているというのに!!」
「姫巫女様の面談が叶わぬ者もあると言うのに!」
「何と言う物言いだ!」
巫女服姿のおばあちゃんが複数人立ち上がり、スーツ姿の老爺に詰め寄る。沢山いる白い作務衣姿の人たちは信者さんっぽいな。みんな同じように怒りの形相だ。
対してしょんぼりした顔をしてる老爺の彼は、かなりの富豪者のようだが…病気を抱えているのか頬が痩せこけている。
「皆鎮まりなさい。初めて異能者と相見えたのだ。わからぬのも仕方あるまい。病気平癒を施せば理解できよう」
姫巫女が憤ったおばあちゃんの肩を叩いて下がらせる。ふむ、術が見れるなら真相が分かりそうなものだし、静かにしておこう。
「術を見破るには、腹に力を入れて体の軸を立て、目に霊力を集めるのだ。それから、ここにもな」
颯人がとん、と指先で心臓の上に触れる。
「結界は我が施す。術をもって見破るとなれば、術返し…要するに反動・反射を受ける可能性もある。妖怪ならば神たる我に怯えて攻撃が来るやも知れぬ…気を引き締めよ」
「はい」
何事をやるにしてもまずは『霊力の操作』が必要みたいだ。颯人の言う通りに目と胸を意識して熱を集める。
この前颯人の血を口の中にずぼっと突っ込まれた時に感じた、体の中の血の流れがそのまま霊力操作のイメージとして正しいらしい。
もやもや集まってきた熱の中、距離の離れた姫巫女の姿がはっきり見え出した。何となくだけど、結構綺麗な感じの気配だ…瘴気や禍々しいものは見えない。
病気だと言う老爺はモヤッとした赤黒い煙が背中側に漂ってる。お腹の下あたりにそれが絡みついて…あれが病の気配か。……内臓の病気だろうか。
それにしても前髪が邪魔だな…。ポケットの中にあった輪ゴムで縛り、視界を広げた。
「病とは穢れじゃ!それを断ち切り、まずは痛みを消してやろうぞ」
「は、はい!お願いします!!」
姫巫女の脇からおばあちゃんが黒塗りのトレーを持ってきて、彼が差し出した白い封筒を受け取って捌けていく。
ああやって商売をしてるってことか…なるほどな…。
姫巫女は水晶を片手にゴニョゴニョ何かを唱え始めた…んー?祝詞でもないし、お経でもないし…何だろう。
「我は光刃を宿す者なり!其方の穢れを祓い、病との縁を切って断つ!…あっ…コレを持つのじゃ。忘れていた、すまぬな」
「は?はい」
何だか間が悪いやりとりだな。段取りが決まってないのだろうか。姫巫女は思い出したように胸元から紙を取り出して、老爺に手渡した。
「ふむ?あれは西洋の悪魔祓いの紋様に見えるな」
「えぇ…どっちなんだよ…和風で貫いてくれよ……」
その悪魔祓いの紋を老爺が掲げて、姫巫女がちょいちょい位置調整をしている。……うーん、うーん。
「よし、では参る!」
姫巫女が九字切りを始めた。指をピースの形にして網かけを形取るタイプの、陰陽師たちがよく使う護身法なんだが。
色んなやり方があるとしても、手印…仏教上の悟りの内容や誓いの象徴であるそれを手で表したり、呪言という決まった文句を唱えるのが普通なんだけど、そのやり方じゃない。そもそも何故護身を施すんだろう。お祓いするんだよな?
もしや簡単に禊をしてる感じか…?ホワホワと冷たい清浄な空気が広がってくる。
「清きその力を顕現し、断絶せよ!陰陽和合、急急如律令!!」
刹那、真っ黒の塊が姫巫女の背後から現れてスパッと赤黒いモヤを断ち切った。
悪魔祓いの紋も一緒に切れてるけどいいのか…パフォーマンス目的って事なのか?みんなにはあの黒い塊は見えないだろうし。
狙い通りに観衆からどよめきが起こり、切れた紙に視線が集まる。
九字切りは彼女自身への術反動を和らげるためだったみたいだな。
結果的に赤黒いモヤ自体はなくならなかったものの、老爺のお腹に絡みついたそれが断ち切れて、霧散していく。
「「うーん……」」
颯人と二人でそれを眺め、唸る。この前銀座で神起こしした『縁切りの神様』がやったのと似てるな。
でも、あれよりも若干弱いような気がする。縁切りの神様は悪縁を完全に容赦無く断ち切ってたし。縁切りをすれば縁の根源ごと掻き消えるはずだ。
病気の完治とはそもそも人が直面する問題で、神様が手助けしてくれるのは…その人が病に立ち向かえるように支えるという感じだし。
今やったのは、一時的に病との縁を切って進行を妨げたってところだな。
「あ!あぁ!!痛みが消えていきます!!」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
「コレで病気が治ったんですか!?」
「一度ではなかなか妾とて難しい。其方が金への執着を切り、何度か祓いを受ければ完治するじゃろうて。病院にはちゃんと通うのじゃよ」
「そうですか!!さ、早速そのようにさせていただきます!!」
「うむ…老婆や、この方に契約書を……」
姫巫女がこちら側に居るおばあちゃんに視線をよこして、俺と目が合う。
本能的に俺は扇を抜いて両手で掴み、目の前に掲げた。
ずしっと重たい感触と共に、ギィン!!という大きな音が響き渡る。
黒いモヤが何度か刃を振り上げて斬撃を遣し、すうっと消えた。
颯人の結界がなければ切れてた気がする…怖いな。
「びっくりしたな…」
手がビリビリ痺れてる。扇には傷一つついていないが、斬撃を受け止めた俺の手はプルプルしていた。
「うむ、大変良くできたぞ。正体も分かったな」
「え?そうなの?」
「妾の刃が!?」
「姫巫女様の神が押し負けたのか?」
「扇で受け止めたぞ……」
ザワザワと広がる囁きと驚いた顔の人たち、颯人のニコニコ笑顔…姫巫女の困惑した顔…色んな人の色んな意思が伝わってくる。
「あ…これ、やっちまった感じ?」
「まぁ、そうなるだろう」
場違いな間延びしたやり取りの後、俺はさーっと血の気が引く気がした。
━━━━━━
「申し遅れましたが、こういう者です」
「裏公務員…営業課、何故名前がAshiyaなのじゃ。日本人ではないのか?」
「あーあのー、なんか渡された名刺がそれで…すいません。」
「そういえばこれを持つ者が何人も来ていたな」
「そう、みたいですね。同僚が戻って来ないんで俺が派遣されたという事です」
「あぁ…そうか。茶を飲んだら案内しよう。仕事を手伝ってくれているからの。昼時は山頂の神社でお祓いをしてくれるのじゃ」
「……ええぇ……」
現時刻 11:30 俺と颯人は施設の食堂に案内されて、お茶を啜っている。
俺が知ってる展開じゃない。あの場合『ひっ捕えよ!』みたいになるのかと思ったら、姫巫女に『茶でもしばくか』と言われて。美味しいお茶を文字通りいただいてしまっている。おまんじゅう付きの好待遇だ。
「お饅頭は美味いか?今度売り出す予定なんじゃよ。中のあんこにいちごのジャムを仕込んであってな」
「あぁ…驚いたけど美味しいです。ジャムとあんこが合うとは知らなかった。でも、甘いから飽きそうです。クリームチーズが欲しくなる…」
「クリームチーズ!あんこと合うのか?ここいらでは牛も育てているのじゃ!美味いのか!?」
「美味しいですよ。クリームチーズの酸味と塩っけ、あんこの甘さがとんでもないハーモニーです。
昔から人気のあんこバターも美味しいですけど、クリームチーズは爽やかで飽きないですよ」
「なんと!!…それは良いことを聞いた。商品開発部門に投げてやろう!そなたはいい奴じゃ!」
「き、恐縮です……」
姫巫女に肩をペシペシ叩かれて、満面の笑みをいただいてしまった。
コレも知らない展開だぞ。『無礼者め!』って座敷牢とかに入れられるパターンじゃないのか…何でだ。
鼻歌を歌いながらスマホをぽちぽちしている姿は、年相応に見える。切れ長の瞳がキラキラ輝いて…神を騙って人を騙すような子には見えないんだが。
「アシヤ、その前髪のゴムは何なのじゃ?野暮ったいのう」
「え?あ、あー。髪の毛邪魔だなぁ、と思って…」
「そう言う時はヘアワックスを使うのじゃ。持っておらんのか?」
「おしゃれに無頓着で生きてきたんで持ってません」
「では妾がしてやろう。あぁ…輪ゴムなんぞで縛るから絡んでいるではないか。仕方のない奴じゃ…」
姫巫女が俺の前髪から輪ゴムを取って、袖の中からクリームを取り出した。それを両手に広げてさっさっ、と髪を整えてくれる。
おぉ…女の子に髪の毛やってもらうなんて初めてのことだな。ちょっとドキドキするぞ。いい子だな。
「うむ、これでよし。…こう見ると吉兆のある顔じゃのう。への字眉毛が情けないが、目の色が良いし、可愛らしい」
「へ?ありがとう…ございます?」
「ふふ。其方は妾よりも年上じゃろう。畏まらずともよい。…本当に神の依代でもあるのじゃ、妾よりも尊い人であろう。国からの調査で来るような御仁じゃ」
「……わかってたんですね」
「うむ。妾に憑いているのは神ではない。じゃが…人はキャッチーな単語に反応するのじゃ。〝妖怪に取り憑かれた少女〟よりも〝神に選ばれし姫巫女〟の方がキャッチーじゃろ?」
「……どうして、そんな事を?結構危ないやり方だと思いますが」
手についたワックスをティッシュで拭いながら、彼女はほんのり寂しそうな笑顔を浮かべる。
「……そうじゃの、説明するために我が荘園に案内しよう。其方も、納得してくれるじゃろう。他の裏公務員たちと同じくな」
颯人と顔を見合わせた後、静かに歩く姫巫女を追いかけた。
━━━━━━
山へ向かう一角、広大な敷地の中にポツポツと小屋が建ち、たくさんの作物が植えられている。
小屋は休憩所のようになっていて、中では農作業の道具を持った人たちがお茶を飲んでいた。
「姫巫女さま、お迎えもせずにすみません」
「よい、休憩しておれ。客人の案内をしているだけじゃ」
『はい』と答えたおじいちゃん達は、ベンチに座ってお茶を啜っている。お弁当のおにぎりを齧って汗を拭いて、いい笑顔だ。
「ここでは元々農家の者が多かった。山奥の村じゃ、大した産業が無くての。
ここに来るまでの道路が細く、大きなトラックが入ってこれぬ故運搬が思うように出来ぬ。金を稼ぐのに苦労しておった」
「もしかして新しく道路をひいたんですか?バス停の標識も新しかったですね」
「そうじゃよ。寒村であるここは、大きな問題でなければ解決してもらえぬのじゃ。
小より大が優先されて当然じゃし、寒村の貧乏な暮らしを改善するにも今の世の中では難しかろう。金のある都会が復興もままならぬのじゃから。
ただ待つだけではゆるゆると死を迎えるしかない。地方の財源は少ないのじゃ、人口も少ないからのう」
「……そう、ですね」
サクサクと農地を歩く姫巫女は、ちゃんと長靴を履いて袴をその中にしまっている。整備された畦道を雑草を引き抜きながら進み、畑歩きに慣れた様子だ。
「ここはキャベツ。そこからナス、シシトウ、ピーマン。トマト、サヤエンドウもある。コンパニオンプランツといって仲の良い作物達じゃ。害虫をうまく避けて、生育が良くなるんじゃよ。ミントもあるのう」
「へぇ…オーガニックとかではないんですね。虫食いはそんなに見当たりませんし」
「農薬は必要な物じゃ。できるだけ使わぬように努力をしてはいるが、野菜に穴が開けば売れぬ。色々と文句を言う者はおるが、妾が知っている限りでは歳をとっても農薬の被害に遭った者はおらぬ。
農作業の煩雑さを防ぎ、金を稼ぐのには必要な物じゃよ。オーガニックとやらも結局特定の農薬は使っておるじゃろう?無農薬など趣味の範囲でしか意味がない」
「おっしゃる通りです」
「なんじゃ、まだタメ語はできぬのか?重たいのう」
「ど、努力します……」
姫巫女の話は、さっきからずっと至極真っ当な物だ。理想ばかりを語る妙ちくりんな蘊蓄ではなくて、農業の知識も常識も持ち得ていて達観している。
すごい子だ。こんなに若いのに産業のノウハウをきちんと学んでいる。。
「特定農薬しか使えぬオーガニックは逆に微妙じゃとも思う。アブラムシ対策に効く焼酎は登録されておらぬから、それを使えばオーガニックではない。おかしな話じゃ、焼酎こそ人の口に入る物じゃろうに。」
「本当に、仰る通りですね」
緩やかな斜面を歩き、畑の天辺に到達して眼下に広がる緑の海を眺めた。
大きな畑に高地独特の乾いた風が渡っていく。ここは風が冷たいが気温は暖かく、まるで春のようだ。冬の作物でなくとも育つ、温室のような気候になっている。天変地異もたまには良い仕事するんだな。
「のう、裏公務員殿。妾はここに生まれ、たまたま巡り会った妖怪に力を借りて…悩める者達に手を差し伸べ、その対価でこの村を生かしている。
妾は何かの罪に囚われるだろうか」
「…………」
「神を騙るのは申し訳ないとは思うておるよ。ただ、死にゆく故郷を…立ち行かせたかっただけなのじゃ」
「それは、よくわかりました。ただ、一つ問題があります」
颯人と話した結果、彼女に憑いているのは傷ついて穢れを持った妖怪である事が分かった。俺を見て攻撃してきたのは颯人が力のある神様で、祓われるんじゃないかと怯えたからだ。
そして、今の状態は…彼女の命に悪影響を及ぼしている。
「あなたの命が危ないんです。妖怪の穢れを払えばマシにはなりますが。元々霊力がなかったはずの姫巫女様が超常を宿していると、寿命が縮まります」
「そうじゃな、そう聞いた」
「……妖怪にですか?」
「あぁ、依代になる際に言われておる。それでも構わぬとお願いしたのじゃ。元々短い命故、役に立てるならと妾から頼んだ」
「元々…何か病気なんですか?」
「あぁ。二十までは生きられん。余命は後2年くらいじゃのう。生まれつきのもので、何をしても治療にはならぬ。
発症するまではこのように歩けるのが不幸中の幸いと言うわけじゃ。」
「そうでしたか……」
「うむ、ここまで出来れば、あとは自然とやって行けるじゃろう。宗教法人化しないのはそのためよ。妾が泡沫の灯火を灯す姫巫女としての役割を終えれば……ここはただの農村に戻る。そこからが勝負となろう。
基盤は完成しておるから、いつ死んでも大丈夫じゃが、もう一稼ぎしておきたい。農作物は天候の被害を受けやすいからのう」
からからと快活に笑う少女に、俺は何も言えなくなった。
この人は全てわかっていて、自分の故郷の貧困を救うために命を賭している。彼女の覚悟に胸が打たれて、息もできない。
「そのような顔をせずとも良い。其方は優しいな、妾の命を思うてくれた。ここにおる皆が同じように親のない妾を慈しんでくれる。妾は生まれてすぐに山の奥の社に捨てられておってな『山神がよこした姫巫女じゃ』と言われたのが始まりよ。
そんな育ちじゃからの、こんな喋り方なのじゃ。妾は生まれた時から姫巫女という仮面をかぶって居た」
「仮面…あなたはそれでいいんですか?」
「よい。妾にとってはこの村の民が親じゃ。死ぬまでに恩を返したい。あと5年はもたせたいが厳しかろう。自分の身に宿る病穢れは祓えぬ。
あの老爺は完治する。優秀な医者がついているからの。完治する頃には生前贈与で揉めた事も懐かしく思えるじゃろう。金を搾り取った主犯は天の国に渡った後治る予定じゃ」
「下調べも、しているんですね」
「当たり前じゃ。其方のようにイレギュラーで来るものは難しいがの。特に、秘匿されている国家公務員ならば尚のこと。
ああ、お仲間は山頂の社におるぞ。行こうか」
「お願い、します」
緩やかな斜面には、畑の区切りに木が生えている。全部を畑にしてしまうと地滑りが起きた時に下の街に被害を及ぼすからだ。
元々そうだったとは考えにくい。寒村の…貧しい村ではここまでの開拓はできなかっただろうから。
これもきっと、彼女が成したことだ。
足が地面を踏み締める度に胸がズキズキと痛む。
(颯人、この子の病気は…)
(余命の宣告通りあと二年だ。眠るようにしてこの世を去ることになるだろう。
妖怪を祓っても同じこと。妖怪の穢れを背負っていては姫巫女自身に負担がある。日々の生活が辛かろう…それだけでも、祓ってやれば助けになる)
(……わかった)
颯人が口にしないってことは、彼女の病は本当に治せないってことだ。唇をかみしめて、山道を登っていく。
あまりにも大きなものを背負っている姫巫女の小さな背を見つめた。
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