裏公務の神様事件簿 ─神様のバディはじめました─

只深

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裏公務はじめました

⭐︎追加新話 奥多摩の姫巫女3

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「あはは、大騒ぎだな」
「こんな深く切れてるんですから、当たり前ですよ!なんで平気な顔してるんですか!」
「そんなに痛くないけど…帰ったら伏見さんに怒られそうなのはいやだなぁ……」

 俺の顔に絆創膏を貼って、手やら足に包帯を巻きながら裏公務員のみんなが怒ってくれる。
 俺はカマイタチを膝に乗せてもふもふを楽しみつつ、傷から湧いてしまった虫をピンセットで取ってるところ。


  
「こりゃだいぶ前の傷みたいだなぁ…消毒だけじゃなくて…颯人、どうにかできないか?」
「神や妖怪は人の傷とは根本的に違う。穢れがなくなれば、自然から力を得て治るのだ」
 
「そうなのか…だとしても、痛いだろ?妖怪は痛み止めって効くのか?俺のあげようか?」

「芦屋さんこそ飲んでください!」
「一個しかないからさ、効くならカマイタチにあげたいんだ。」
「芦屋さん……」

「人の薬は効かぬ。先日火の神に息吹を吹きかけてやっただろう。同じことをすれば良い。傷が多少は塞がるし、穢れも完全に取れるだろう」
「お、そうなのか?じゃあ虫取ったらやろうかな、いいか?カマイタチ」
 
「うん、良いよ。おまえさんに任せる」

 カマイタチは背中をピッタリ俺のお腹に半身をくっつけて、目をつぶってされるがままになってる。随分甘えん坊なんだな。本当に可愛いぞ。
 
 

「……カマイタチ殿はそのような姿だったのだな…」
「姫巫女は初めて見たのか?あっ、見たんですか?」
「もう良いじゃろ?そのままにしてくれ。……其方を傷つけてすまなかった」
 
「大丈夫だよ、怖かっただけなんだから。突然来たんだもんびっくりしたよな、ごめんな、カマイタチ」
「おいらこそごめん…オマエの神様が怖くて。だってス……」

 何かを言いかけたところで、颯人がカマイタチの頭にとん、と人差し指を置く。笑顔なのに、ものすごい圧力を感じる……。怖いんだが。
 


「……だだだ、ってか、かっこいいだろ?な?」
「カマイタチ、無理しなくて良いよ。颯人もそんな顔で見ないの。よくわからんけど怖がってるじゃないか」
 
「ふん、この慈愛に満ちた顔のどこが怖いのだ。それにしても、裏公務員達は誰も回復の術が使えぬのか。結局翻訳もせねばならぬし…不甲斐ない」
「「「すみません」」」


 そう、カマイタチの話も理解できないようで、裏公務員たちには結局翻訳の術を施した。颯人の言葉を柔らかく変換しなくていいのは、助かるけど。
 しかし、回復の術に関しては陰陽師でも使えない人の方が多いらしい。神様自身もそうみたいだし。
なかなかそうウマイ話は無いってことだな。
  

「俺だって使えないし、颯人もだろ?そのうち使えるようになりたいが、そうそう傷を癒す術がないって初めて知ったよ。」
「ぬぅ」
 
「すみません…私達の神は水系の属性なので修練をすれば、できるかもしれませんが…」 
「ま、まだ三年目なので、モニョモニョ」
 
「何を言っている。真幸は我が降りてからようやく一週間経ったところだ。そなた達が本来成すべき仕事を、其方達よりも慣れておらぬ我の依代が成したのだぞ。」
「「「ハイ…」」」


 目をまんまるにしたカマイタチと姫巫女が小さな声で「えぇ…?」と囁いた。うん、裏公務員も色々あるんとは思うよ…俺はまだ全然わかってないけど。
 俺は颯人に習えているから、仕事ができてるだけだと思うし。鬼一さんが言っていたように神様に師事するってのは珍しいみたいだしね。
  


 
「さて、取り終わったぞ。じゃあ仕上げに…」 
「待て待て。虫は潰さねばならぬじゃろ」
「えっ?」
「こう言うものは始末まできっちりしてやるのだ。よくもカマイタチの肉を食ろうてくれたな。この。この。」

「「「「「…………」」」」」

 姫巫女が傷から湧いた虫を長靴でメッタメタに潰している。…そうだね、さっきキャベツにいた青虫さんも容赦なくやってたもんね。


「これでよし。それで、アシヤが息を吹き掛ければすれば傷が治るのか?」
「うむ、真幸の息吹には我の神力も宿る。さらに我が手ずから力をやれば、回復が早くなるだろう。祝詞を聞いた山神の機嫌も良い故、手伝ってくれそうだ」


 颯人がカマイタチの傷の上で指先を擦り、塩を振るみたいにすると…七色の光がこぼれ落ちる。
 みんながわぁー、と声をあげて夢中で見てるな。

「何をぼうっとしているのだ。はよう息吹をかけてやれ」
「いや、だってみんな顔が近いだろ。息が臭かったら嫌じゃん」
「臭くなどない。身の内で常に清められるものが匂うはずもないだろう」
「そうなのか…じゃあ…」


 
 カマイタチの腕をとって、ふぅーっと息を吹きかけると、七色の光の粒が弾けて溶けていく。…何これ面白いぞ。

「颯人、トッピング追加して」
「らあめんのとっぴんぐのような物言いはやめよ。」

 颯人が落とす七色の粒を散々溶かしてフーフーしていたら、この前と同じくくらっとめまいがやってくる。
 カマイタチの傷は半分ほど肉が盛り上がってきてきたところだ。


「もうちょいやったら治りきるんじゃないか?」
「その前に霊力が尽きるぞ」
「ぐぅ…未熟な身の上が悔しい…カマイタチ、痛みはどうだい?」

「はぅん…お前の吐息はなぜこんなにも甘いのだ…たまらない。」
「そ、そうなのか?痛くは…なさそうだな」
「うん…」

 カマイタチは俺のお腹にぎゅうっと抱きついてきて、顔をすりすりしてる。
頭を撫でると『もっとやれ』と言わんばかりに頭突きして来た。やっぱりわんことかニャンコに似てるな……。

 

「…我のばでぃにベタベタするでない」
「あっ、颯人…もうちょっとだけ撫でたかったのに……」


 不機嫌な顔になった颯人に摘まれて、カマイタチが姫巫女の元へ渡される。
 しょんぼりしたカマイタチを受け取って、彼女のふくふくした手が小さな頭を撫でて…目を細めたカマイタチが『キュウ』と鳴いて姿を消した。

「アシヤは真幸というのだな。とても良い名だ。…カマイタチと二人でそなたの名をずうっと覚えておく。誠にお世話になり申した。ありがとう」
「どういたしまして。……姫巫女、俺も君の名前を知りたい。教えてくれるか?俺もずっと…覚えておきたいんだ」


 姫巫女が頬を赤らめて、口端があがっていく。目が溶けるように細くなって、ほっぺにエクボが浮かんだ。
 目一杯笑うと、こんな顔するのか…眩しいな。太陽みたいだ。

  
「陽向に咲くと書いて咲陽さやという。」
「さや…咲陽さやか。…抱きしめたいって言ったら、嫌かな」
「……よ、よいぞ。其方とカマイタチだけには許す」


 真っ赤になった姫巫女…咲陽さやに向かって手を伸ばし、小さな体を抱きしめる。
 力一杯抱きしめると、彼女からはお日様の匂いがした。
 

 
「また、必ず会いにくるから。絶対それまで生きててくれよ。寂しくなったらいつでも呼んでくれ。颯人の転移術で来ればあっという間だからさ。一回くれば長距離移動も可能なんだ」
 
「ふ…真幸は忙しくなるだろう。このようにたった1日だけで妾を掬い上げてくれたのじゃ。有能な裏公務員としてさぞ名を馳せるだろうな……」
「そうだといいけどね。」
 
「必ず、そうなる。妾が独占してはならぬ人じゃよ。そなたは手紙を書いておくれ。
 1日でも多く生きて、真幸の手紙を読みたい。そして…妾の最後は、其方に送ってほしい。頼まれてくれるか」
「……わか…った」

 涙が堪えきれなくて、じわじわと滲んでくる。咲陽の手がカマイタチを撫でた時と同じく優しい手つきで俺の頭を撫でて、抱きしめられた。
 背筋が伸びて、しゃんとした彼女の肩に顔を埋めるように導かれて…とめどなく雫が溢れてくる。咲陽さやも同じようにして、俺のシャツに涙を滲ませた。
 
 彼女の覚悟を、人のために賭した命を、俺が最後は送るからな。
忙しくなったって、咲陽が呼べば、必ずここにくる。絶対寂しい思いなんか、させないから。……約束する。

 

 夕陽の光を受けて顔を上げた。咲陽の肩を叩いて、ふたりで涙を拭いながら沈んでいく陽の光を受けて心の中に刻む。夕空は儚い薄桃色に染まり、落陽が真っ赤に燃えて……炎のような紅に全てを染めていく。
もう直ぐ夜がやって来て、やがて満天の星空が1日の終わるを告げるだろう。

 命もまた、こうして必ず消えゆくものだとは思う。彼女が1日でも長生きしてくれるように、苦しまないように、幸せであれるようにと心から祈った。


━━━━━━


「よし、報告書終わりっと。…さて次だ、怪我の申請書なんてあるんだな」
「面倒なことこの上ない。一々このような煩雑なものを書かねばならぬのか」
「伏見さんがいないからしゃーなし。えーと、怪我をした場所…右腕・頬・足…」


 現時刻22:30 奥多摩から帰投して、今回の報告書を書き上げたところ。移動に時間がかかる割にはシンデレラタイムを越さずに帰って来られたな。
 何でもかんでも転移したら伏見さんが渋い顔するし、帰りも公共交通機関を使ったから若干腰が痛い。
 
 数日音信不通だった三人はお説教部屋行きになり、帰るなり伏見さんが連れていった。
お説教するのは彼の役目で確定らしい。

 

「けっ、またこれ見よがしに残業かよ」
「おい……やめろって」


「……うーん。傷の深さ…颯人、どのくらいだった?ちゃんと見てないからわからん。というかどう書けば良いんだ?切り傷…いや、カマイタチで切れたんだから裂傷?違うよな……」
「……」
 
「颯人、どう思う?」 
「ふん。傷は神経に達する寸前だ。医者に行ったのだから何針塗った、で良いのではないか」
 
「んじゃ、そうするか…腕は32針縫いました、と。治療費と…医院の名前と…書くことが多いな。」


 さっき、小声で囁いてった人たちはエレベーターに乗って居なくなった。夜の部の人たちももう任務に出掛けてったから、営業部に残っているのは俺たちだけだ。颯人はまだ、エレベーターの方を睨んでる。

「…雑音は気にしないんだろ?」
「其方が悪様に言われるならば別の事だ。何故あのように憎まれ口を叩くのか理解に苦しむ」
 
「それこそ気にしなくて良いよ。俺はなんとも思わない。なぁ…咲陽に出会えてよかったな…あんなに真っ直ぐに生きてる人に出会えて嬉しいよ。
 あと少ししかこの世に居られない、ってのはキツイけど…それでも、彼女の覚悟を知れてよかった。報告書に書けば記録にも残るだろ?口伝で伝えて行ってくれないかな。
 あの地に住む人達には、いつまでも忘れてほしくない」
「そうだな、いつしか神として祀られるだろう。それこそ救いの姫巫女として。日の本の民はそのようにするのが常だ」
 
「そうなったら、また会えるかな?」
「あぁ。手紙を出すならば式神も教える。其方の便りは生きる力となる。
 郵便ではなく式神ならばその日のうちに届く。今の霊力では足らぬゆえ、霊力貯蔵庫を早く増やさねば。」
 
「式神か…聞いたことあるな。よし、じゃあさっさと仕事を終わらせて、帰って寝よう。早速手紙を書いて、明日も朝から祝詞の練習しないとな」
「応」


 
 ケガの報告書は書く項目が多い。これを申請すれば医療費も出してもらえるみたいだ。面倒だけど、やっておかなくちゃ。どうせこれから沢山出すようになるんだから。
 
 今回はかなりの収穫があった。翻訳の術も会得したし、颯人と協力して息を吹き掛ければ神様を少しは治癒できるし…。時と場合によるからなんとも言えないけど、何もできないよりはマシだと思う。
 何より、対象の攻撃を自分の体に受ければ…どんな気持ちでそうしてきたのかがわかる。これは、大きな収穫だと思う。
 

 
 ふいに颯人が俺の顔に手を伸ばした。カマイタチがつけた切り傷を覆う、大袈裟なガーゼに指先でそうっと触れてくる。眉根を寄せて、颯人が痛いみたいな顔して。


「どした?」
「…其方に傷を負わせてしまった」
 
「仕方ないだろ。あの時は姫巫女も護身法してなかったし、守ってくれて嬉しかったよ。彼女を傷つけたくなかったからさ」
 
「…………」
「相手がどんな気持ちで俺に向かってくるのかわかったし、怪我もちゃんと意味があるものだろ?俺は男だし怪我くらいなんてことない。痛いのは慣れてるから大丈夫だよ」


「そのように、言うな。我の心が痛む」
 
「……な、なんだよ。そんな顔しなくたっていいだろ?運動に慣れてないからやたら大怪我になっちまったけど。次は最小限で済むようにする」
 
「我が其方を治せればよかったのだ。傷を癒やし、痛みを和らげられる存在であれたら良かった。いや、守れなかったのがよくない…我も課題が見えた日だった」


 意気消沈している颯人に目線を合わせて、真っ黒な瞳を見つめる。俺は…人に心配された事が今までなかったから、何だかニヤけてしまう。
 真っ黒な瞳は揺らぎ、心許なさそうだ。今にも泣きそうな顔をしている。
……俺のバディは俺のことを心配してくれる奴なんだ。

 胸の中に生まれた熱がじわじわ広がって、ペンを握る指先まで暖かい気がする。心配されるって、幸せな事なんだな…。颯人には申し訳ないと思いつつニヤけが止まらなくなってしまった。


 
「もう、痛くないよ。」
「そう言うことではない。何故そのように笑みをこぼす?」
 
「俺の傷を心配してくれるバディが居るだけで救われるんだ。怪我もいいもんだな。俺って承認欲求が強いのかも知れん。誰かに認められたいし、心配されたい。……ふふ」
「其方は……はぁ。伏見にも説教をしてもらおう。そのような心がけでは困る」
 
「えっ、やだよ…あの人ねちっこそうじゃんか」

 

「はい、お疲れ様です!噂の伏見です!」
 
「ゲッ」
「芦屋さん、報告書はそこまでで結構です。お怪我の場合は診断書を提出してください。あとはあずかりで記載しますから」



 噂をすればなんとやら、伏見さんが部屋のドアをバーン!と開け放って現れた。若干ツヤツヤしてるが、説教で鬱憤を晴らしたのか。イメージとしてはとても似合うぞ。


「伏見、其方に説教をしてもらおうと思っていたのだ。いいところに戻ったな」
「そう致しましょう。お夕飯を購入して参りましたので、食べながらでいいですよね。牛丼ですよ」
「えっ!牛丼は嬉しいけど…説教はやだなぁ…」


 伏見さんが苦笑いをしながら隣のデスクに座り、俺が書いている途中の報告書を取り上げて目の前に大きな丼が置かれる。
 おぉ…今月の新作じゃないか。激辛牛丼…!いい匂いだ!


「やけに赤いのだな」
「えぇ、寒い日は辛いものがいいんですよ、お腹の中から温まりますから。芦屋さんのは控えめにしてあります。怪我に良くなさそうなので」
「お気遣い痛み入ります?助かるよ、お腹ぺこぺこだったんだ」

「そうでしょうね、早速いただきましょう」

 

 三人で手を合わせ、揃っていただきます、と手を合わせる。お肉が醤油で煮付けられた甘辛い香りと唐辛子の匂いがつん、と広がった。
 あっ、そうだ…裏公務員たちと話してた事を先に伏見さんに伝えないと。

「伏見さん、奥多摩の『灯火の館』にちょっとした憑き物とか、危なくない案件とか…回せたりしない?裏公務員の仕事って忙しいだろ?手伝って貰えば…その……」
 
「もう手配済みです。私の繋がりで簡単な物はあちらに優先する形にしました。
 …三人とも説教に辟易していたのに懇願されましてね。芦屋さんも姫巫女に絆されましたか?」

 
「そっか、あの人たちも伝えてくれたのか。……うん、絆された。生き様に惚れたんだ。出会えたことが嬉しかった位に」
「そう、ですか。芦屋さんまでそうおっしゃるのなら、今後はなるべく正しいお仕事をできるよう差配しましょう。危ない橋渡を避ければ、彼女にも危険は及びませんから」

「本当にありがとう、伏見さん」
「はい。ところで、怪我についてですが。いいですか芦屋さん」
「う、ハイ」
 
 伏見さんの照れたような顔をみながら、みんなでワシワシ牛丼をかき込む。
 
 ひとりぼっちで食べた時よりも暖かく、優しいその味をしっかり噛み締めながら伏見さんのありがたーいお説教を聞くことにした。
 
 




 
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