秘めごとは突然に ~地味な同僚くん、実はヤクザでした~

橘ふみの

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ヤクザは突然に

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 ── 文哉と別れてから数週間

 私はとくに代わり映えのしない日常を送っていた。とはいえ周りからは「え!? ようやくあのクズ男と別れたの~? いやぁ、本当によかったね~! あんな男に美波ちゃんは勿体ないってマジでみんな思ってたからさ~」なんて言われて、破局をお祝いされる日々がちょっと続いていた。破局祝いが『ちょっと嬉しいかも』なんて内心で思っているのはここだけの話。よかったねって声をかけらるたびに、会社のみんなも結構心配してくれてたんだなって、そう思うと本当にありがたいことだよね。

 会社は違えど文哉がうちの会社まで来たりしてて、なんだかんだ周りは文哉の存在を把握してたし、そんな状況下で普通にうちの会社の子と関係を持ったりしてたから、会社では色んな意味で有名だった私達カップル。

 会社の人達から何度も『別れなよ』『俺にしとけば?』とか告白されたっけな。でも、文哉と同じ土俵に立ちたくなかった私は、一度だって浮気なんてしたことなかった。ほんっと健気すぎない? いや、そういうことでもないか。きっとどうかしてたんだと思う。あぁやだやだ本当にアホくさい、憂鬱になるわ。

「今日は定時で上がってクレープでも食べて帰ろうかな」

 ── 賑わしい街中

 ちゃんと定時で上がって帰りにクレープ屋さんに向かっている、しかもひとりで。まぁ悪くはないでしょ? 別に寂しくなんてないし。こうなったら一番高いの買っちゃお~、あとタピオカも捨てがたい。

「糖分糖分~」
「オイ、そこの姉ちゃん」

 後ろから肩を強く掴まれて声をかけられた。驚きながらも後ろへ振り向くと、明らかに柄の悪そうな男が険しい顔をして私を見ていた。

 えっと、どなた? この展開、嫌な予感がしてならないんだけど。ていうか、いきなり女の肩を掴む男に常識ってあるのかな? ないよね、たぶん。

 私、なにかやらかしたっけ? こんな柄の悪い男を怒らせるようなことした覚えもなければ、関わった覚えも一切ないんですけど、どうしましょう。

「オマエ、篠宮美波だな?」
「いえ、違いますけど。人違いじゃないですか?」

 私はしらこい顔をして平然と嘘をついた。こんなのバカ正直に答えるわけがないでしょ。ほら、もうどっか行ってよ。知らないよ、篠宮美波なんて。今だけは自分の名を捨てます。

「尾関文哉の女だろ、オマエ」

 そう聞かれて一瞬、ほんの一瞬だけ動揺が隠せなかった。

 あいつ、何やからしたのよ。

「違いますけど」
「あ?」
「だから、違いますけど?」

 間違ったことは言ってない。もう文哉あいつの女ではないから。文哉の女ってレッテルを貼られてるのが癪に障るっていうか、本当に不快でしかない。まじでいい加減にして。

「あ? 調べはついてんだよ」
「ははっ、随分と甘い調べなんですね」
「あ"?」

 眉間にシワを寄せて、ここぞとばかりに睨みを利かせてくる柄悪男。そもそも怒りたいのはこっちなんですけど? “文哉の女”なんてそんな不名誉、いつまで背負わなきゃいけないわけ? だいたい、いつまで私の肩握ってんのよ。痛いんですけど、力加減ってものを知らないのかしら? 私は肩に乗ってる男の手をパンッ! と払いのけて睨みつけた。

「いつまで触ってんのよ」
「テメェ、女だからって何もされねえとか思ってんだろ? 言っとくけどなぁ、そんな甘い世界じゃねえんだわ」

 あいつと別れて、ようやくストレスから解放されたと思ったのに、またあいつのことで苦しまなきゃいけないの? 理不尽にもほどがあるでしょ、なんなのこれ。

 苛立ちが隠せない……というかもう、隠す気もさらさらないわ。

「あなたの生きてる世界線なんかに興味ないんですけど。私には関係のないことなんで」

 私っていつの間にこんな逞しい女になってたんだろう。いつからこんな強気女子になっちゃった? 一昔前の私だったら、こんな柄の悪い男に対して、こんなふうに言い返したりはしなかっただろうに──。良くも悪くも文哉クズという存在が皮肉にも私を強くしちゃったのかもね。

「テメェの男が俺の女にちょっかい出したんだわ。テメェにも責任っつーもんがあんだろ?」

『ねぇよ』この一言に尽きる。

 はぁーあ。なーんであんな男がこうもモテるのかなー。まあ、ルックスは悪くないし? 甘え上手で甘やかすのも上手なタイプだったし、なにより“かわいそう”を演じるのがピカイチだったもんなー。

 ああ、だめだめ。少し思い出しただけでもムカムカしてくるわ。一発くらい殴っておけばよかったな、本当に。

「話すだけ無駄そうな女だな。まぁいい、その体に分からせてやるよ」

『文哉は無事なの? 大丈夫なの?』なんて一切聞かないよ? もう本当にでどうでもいいし、何かあったとしても『そんなの当然の報いでしょ』としか思えない。酷い女だって、そう思いたいならご勝手にって感じ。そんな酷い女にしたのは、紛れもなく""元カレ""ですから。

 元カレのいざこざなんて私には関係なくない? こんな理不尽な報いを受けるのなんて、まっぴらご免なんですけど。

「本当に……どいつもこいつも、いい加減にしてよ」
「あ?」
「これ以上、私の人生をめちゃくちゃにするのはやめてって言ってんの! あいつのこともあんたのことも知ったこっちゃないわ! 本っ当にどうでもいい! 無関係な人わたしを巻き込まずに勝手にやってくれない!? いい加減にしてよ!」
「よく吠える女だな、オマエ。俺が誰だか分かって口利いてんのかぁ?」

『知らねぇよ』この一言に尽きる。

 まあ、どっからどう見ても半グレとか893の類いでしょうね。ヤクザは突然に──ってやつ?

 あぁあ、もう終わった、私の人生。色んな男に回されたりするんだろうな。いっそのこと死んだほうがマシなのかもしれない……いや、死んだほうがマシだなんて、そんなこと言っちゃだめだよね。でもさ、なんだったんだろうね……私の人生は。

 あれもこれもそれも全っ部“モ ト カ レ”のせい。心の奥底から出た本音は『頼むから死んでくれ』だった。あいつと幼なじみで、成人式で再会して、恋仲になったのが私の人生最大の過ちよ。

「にしても、あの男の女にしとくには勿体ねえな? 見た目は好みだぜ?」

 あぁそう、そりゃどうも。というか、あいつの女ではないんですけどね。大事なことだから声を大にして言いたい。

「泣いて懇願すれば特別に俺の玩具にしてやるよ」

 ニタニタしながら私に手を伸ばしてくる男。もう少しで私の頬に男の手が届く、その時だった──。

 背後からはっきりと、身震いするほどの何かを感じる。これは“殺意”……? いや、今まで殺意なんて感じたことも無いから、これが殺意なのかは不明だけど、間違えなくそれに近い何かだと感じざるを得ない。もお、なんなの? 次から次へと事態がややこしくなっていく一方じゃん。

 異様な圧迫感にジリジリとじんわりじんわり押し付けられるようで、すごく息苦しい。柄悪男もこの殺気じみた何かを感じのか、私から素早く離れて辺りを見渡してる。

 男が私から離れた瞬間、その殺意に似た圧力がスッと消えた。今のは一体、なんだったの?

「篠宮さん」
「ひっ!?」

 え? 聞き馴染みのある声が背後から聞こえて振り向くと、そこにいたのは同じ会社の人で──。

「み、宮腰くん……?」

 私の同僚だった。

「どうしたの、何かあった? 大丈夫?」

 いや、いやいやいや! 状況が悪化する気しかしないよ、この展開は! なんで宮腰くん乱入してきちゃったの!? 雰囲気でだいたい分かるでしょ、察してよ! 宮腰くんには到底無理だよ。さっさと逃げて、お願いだから!

「宮腰くん」
「うん」
「逃げて」
「ん?」
「逃 げ て」
「え?」
「いいから、早く!」
「なんで?」

 あぁもうっ! 説明なんてしてらんないでしょ、雰囲気で察してくれないかな!? だいたい宮腰くん喧嘩なんてできないでしょ!? 喧嘩したことある? ないよね!? いや、私もしたことないけどさ! 宮腰くんには無理だよ、絶対に。だって私の同僚 宮腰くんは、紛れもない陰キャだからぁぁ!!

 えー、ここで宮腰くんの紹介を簡潔にしてみよう。私は宮腰くんの同期だからある程度のことは把握済み。えっとね、宮腰くんは── 背はまぁまぁ高いかな? というより結構高い。多分180センチくらいあると思う。スーツは一切気崩すことなくしっかり着てるタイプ。あ、でも、ちょっとブカめなスーツを着てる印象。サラサラの黒髪で重めなマッシュヘア。ちなみに前髪が長くて宮腰くんの目は見えない。

 いつもマスクしてるから顔全体が把握できないというか、宮腰くんの顔をちゃんと見たことがない。飲み会とか絶対に来ないし、食事をしてるところすら見かけたことないかも。四六時中ヘッドホンをしてて、休み時間はいつもスウィッチでゲームかスマホいじってるイメージしかない。

 あ、ちなみにうちの会社は仕事をちゃんとしてれば何でもあり! なんでもオッケー! みたいな感じの自由な会社だから、ヘッドホンを付けてようが浮かない。普通にヘッドホン首に掛けてる人とか多いし? で、宮腰くんと仲の良さそうな同僚は……多分いない──。

 ま、ざっくり説明するとこんな人かな、宮腰くんは。あまり深掘りすると宮腰くんの陰キャ具合が露呈しちゃって、ちょっと可哀想になっちゃうからこの辺でやめておこう。まぁでも、いつだって宮腰くんは堂々としてるし、オドオドしてるところも見たことはない。それにめちゃくちゃ陰キャって言うよりは“陰キャ風”という表現のほうがしっくりくるかも……?

「宮腰くん、喧嘩とは無縁の世界で生きてきたよね? これからも無縁の世界で生きたいよね? もちろん」
「……ああ、そういうこと?」
「この状況、そうでしかなくない?」
「ああ、まあ……そうかもね。そんなこと言ったら篠宮さんだってそうでしょ?」
「ま、まあ、そうだけどさ」

 すると、あろうことか宮腰くんが私の前に出た。そう、私を庇うようにね。

「ちょっ、宮腰くん!?」

 ねえ、宮腰くん……多分アニメの観すぎじゃないかな!? このシチュエーションは! 女子を守るために自分が盾になるみたいな!? いやいや、それ漫画の読みすぎだよぉ、怪我するって! 危ないってば!

「ああ、篠宮さんはもう帰っていいよ? お疲れ様」
「え、はい? ちょ、な、なに言ってるの!?」

 ひょこっと宮腰くんの背後から顔を覗かせて見てみると、柄悪男が恐怖に怯えた顔をしながら小刻みに震えていた。

 えーっと、なんで? どうしたの、急に。

「……お、俺は何もしてねえ!!」

 そう言って走り去った柄悪男に疑問符しか浮かんでこない私。

「あらら、行っちゃったね。ごめん篠宮さん、また明日会社でね」

 振り向き様にそう言いながら私を見て、再び前を向くとスタスタ歩いて行ってしまった宮腰くん。

「え? あ、ちょ、ちょっと宮腰くん……って、えぇっ!?」

 スタスタ歩いてる……と思ったらいきなりガンダして、既に姿が見えなくなった宮腰くんに驚きを隠せない私は放心状態。

 え? えっと、いや、え? ちょ、まじでどういうこと!? もしかして、あの柄悪男ヤクザを追いかけた……とかじゃないよね?

「いやぁ、ははっ、ないでしょ。それはさすがに……ね?」

 んあぁあもうっ! そのちょっとした可能性が捨てきれないじゃん!

「突然中二病発動させるのやめてよ、宮腰くん! 君はそういうタイプじゃないでしょうが!」

 私は宮腰くんを追うべく、街中を駆けるはめになった──。
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