あやかしお悩み相談所 〜付喪神少女は、宿主のおっさんとまったりしたい〜

藍墨兄貴

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からかさの恋

からかさの恋 五

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「大丈夫? 怜ちゃん」
「……ぉぅ」
「声ちっさ! ちょっと休もうか?」
「だいじょうぶ……まだ生きてる……」

 俺たちは今、奥多摩の山の中を歩いている。
 何が少し起伏があるので、だ。
 普通に山登りじゃねえか。
 別に体力がないわけじゃないが、準備ってものがあるだろう。
 普段使いのくたびれたスニーカーで、このぬるんぬるんした土の斜面をひょいひょい登っていけるわけがない。
 なんなら折れた枝に足を取られて、すでに2回ほどすっ転んでいる。
 だいじょうぶ、などと強がっては見たものの、俺はもうすぐにでも足を放り出して休みたい衝動に駆られていた。

「この辺りで一旦休憩しましょう。あやかし使いの説明もしなければいけません」
「助かります……」
「あやかしの足にここまで付いてくるっていうのも凄いんだけどね。無理しちゃだめなのよ?」

 おっしゃる通りで……。
 息がだいぶ落ち着いたところで、猩々さんが話し始めた。

「元来、魂を奪うあやかしというのは、実はそう多くはありません。日本では死神、一部の邪鬼、他数種といったところです。それも、魂を食糧にしていたり、黄泉に連れて行くためだったりと、集めて融魂させるのを目的としたあやかしはいません」
「そうねー、死神ちゃんはプライド高いから、仕事以外では魂を奪うことはしないよねー」
「そうですね。邪鬼もその場で踊り食いが身上ですから。なので、あやかし使いの正体は、」
「日本のあやかしじゃないってことですか?」
「可能性、ですけどね。……それから、最悪のケースがもうひとつ」
「最悪?」
「ええ。実はこれが一番濃厚なのでは、と思ってるんですが」

 猩々さんの小鼻がちょっとふくらんでる。
 いや、我慢しないでドヤ顔なさいよ。

「あやかし使いが人間ってことでしょ? 陰陽師とかそういう。そんで、魂を抜く術とか、そういうあやかしを操ってる的な?」

 サラッと言ってやるなよ小梅。無慈悲か。
 案の定、猩々さんはちょっとしょぼんとした顔になっている。眉と口角が同じ角度で下がっていた。

「そう……なんですけど……」
「小梅、そこは言わせてやろうよ……」
「あ、ごめん……つい顔がウザくて」

 分かるけども。
 だが、もしそれが本当だとしたらだいぶ厄介なことになる。
 人間、殊に相手が陰陽師だった場合、背景バックには組織が存在する可能性がある。
 俺は、ここまで大人しくしているクライアントの意向を訊くことにした。

「ヤンス」
「へ、へいっ!」
「そんな訳なんだけど……どうする? 帰る? そうしようか、な?」
「いやいやいや! ここまで来てそれはないっすよミスター! ……確かにとんでもない大ごとになってる感じはしやすけど、そこはひとつあっしの顔に免じて!!」
「からかさの顔って……」
「目と口の付いてるところですよ。つまり胴体」
「ぞっとしねえなぁ……」

 まあ、そう答えるとは思ったけどさ。
 聞くだけは聞いておきたいじゃん? 万が一ってこともあるし。

「ただ、あやかし使いが人間だったとしたら、今回は会うことはないと思いますよ」
「え?」
「だって、向こうから感じるのは妖気だけですから」

 そういえば。
 意識をした途端、俺のうなじの辺りに激痛が走る。

「っ痛っ!!」
「怜ちゃん!?」
「痛みますか、ちょっと失礼……む」

 後ろに回った猩々さんが唸る。

「所長、まだ痛みますか?」
「え、ええ……最初ほどの激痛ではないですが」

 最初に感じた、引き裂かれるような痛みはすぐに引き、今は引っ掻き傷が空気にさらされたような、疼くような痛みが続いている。
 くっ付いている小梅の手が、そっと俺の頬を包んだ。

「怜ちゃん……少し霊気が減ってる。補充・・する?」
「ここでおっ始めるわけにはいかねえだろ。まあ大丈夫だよ、今は疼く程度だし」
「帰ったらいっぱいしようね? いつもいつもあたしたちの問題に巻き込んじゃってごめんね?」
「ばぁか」

 少し涙目の必死な小梅の頭に、俺の手が自然と伸びる。
 サラサラの髪に優しく触れながら小梅の頭をたぐり寄せ、額同士をこつん、とくっ付ける。

「今更だっていつも言ってんだろ。それにこれはお前のせいじゃねえんだ、気にすんな」
「……うん」
「俺は結構、今の環境も気に入ってるんだ。気に病むくらいなら楽しく生きてくれ。ばあちゃんだってそう言ってたろ」
「うん、うん」
「……あの、お楽しみのところ申し訳ないんですが」
「あっ」
「あっ」

 いかんいかん。
 雰囲気に呑まれておっ始めるところだった。
 見ると、猩々さんとヤンスがこっちをジトッとした目で眺めている。

「いいなぁいいなぁ、あっしもお絹さんとイチャコラしてぇなぁこんちくしょい」
「なるほどね、そういう感じで雰囲気作っていくんですね。今度キャバ行ったら試してみます」
「あやかしがキャバクラ行くんじゃねえよ……あと多分参考にならないぞ」
「……まあ、ともかく」

 猩々さんが俺から離れながら続けた。

「この先にどれくらいの大きさの魂溜まりたましいだまりがあるか分かりませんが、お絹さんの魂はそこにあると思っていいでしょう。当然そこには今回の犯人もいます。ちなみに犯人は十中八九、一人です」
「なぜ分かるんです?」
「においがね。感じるんですよ、生臭い妖気をひとつ。なので、そちらは小梅さんと所長にお任せします。私とヤンス氏は魂溜まりからお絹さんの魂を引き剥がします」
「そんなこと、本当に出来るんでヤンスか……?」
「それはまあ」

 猩々さんがニッコリとヤンスに笑いかける。やだ可愛くない。

「あなた次第です。というか、あなたとお絹さんの絆次第、ですかね」
「! ……気合い、入れやす」
「そうして下さい。私が魂の在処を特定します。あなたはそれに向かってありったけの想いをぶつけて下さい」
「怜ちゃんはあたしが守るからね、安心してねっ」
「心配なんかしてねえよ。それより、遠慮しないでいいからな」
「じゃ、そろそろ行きましょう。大捕物のにおいがしてきましたなぁ! あっはっは!」

 それから10分ほど歩き、俺たちは注連縄しめなわで囲まれた、3メートル四方ほどの小さな空き地を見つけた。

「ここですね」
「……何も見えませんけど」
「縄の外ですからね。入れば異空間です。広さも全く異なります」

 小梅と猩々さんから濃い妖気が発せられる。
 ヤンスも彼らほどではないが、明らかに妖気が強くなっていた。

「所長、首の痛みは」
「さっきよりは強いですけど、大丈夫です」

 そういうと猩々さんは小さく頷いた。

「では、きましょう。いのちだいじに!」
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