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「幻を追い求めて」1話
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「幻を追い求めて」1話
「見てー!蜃気楼!」
信号待ちのバスの車内、近くに座っている小学生くらいの子どもの声に青年は顔を上げる。見ると子どもが隣に座る母親らしき女の人に、自慢げに窓の向こうを指差して話している。子どもが指差す方を向くと、遠くに広々とした海が見えた。ぼやけて幻想的で、全てが曖昧に見える。
今の季節だと近くの道路脇に植えてある桜が咲き、海に風で飛んだ桜の花びらが舞って綺麗だと人気の観光地だ。
ーそういえばあの時も、海に桜の花びらが舞っていたな。
「そういえば、あの時も海に桜の花びらが舞っていたよね。」
すぐ隣を見るとまるで宗教画に出てくる天使のような、細い毛がくるりと巻いてる茶髪の青年が座っていた。
「懐かしいなぁ。こうやってバスで通学してたよね。ほら、反対側にも僕たちが通ってた学校がそろそろ見えてくる頃合いだよ。」
そう言うや否や、彼の癖っ毛の頭の向こうに、少し薄汚れた校舎がぼんやりと目に入る。
青年はぼんやりとそれを眺めた。その時、今まで何の感情も湧かなかった心が霞がかり、ゆっくりとあの時の記憶を紡ぎ始めた。
「はじめまして、僕、隣の席の追田っていうんだ。よろしくね。」
顔を上げると一人の少年がこちらを覗き込んでいた。俺は持っていた鉛筆を机の上に置く。
「成瀬。よろしく。」
「成瀬くんだね!分からないことがあったら聞くと思うから、よろしくね!」
朗らかに笑う少年は自分の隣に静かに座ったかと思いきや、また突然こちらを覗き込んだ。
「うわぁ、すごいね!成瀬くんの絵!」
追田は目をキラキラさせて自分の描いた絵を上から下までじっくり見る。
ーそりゃそうだろう。ここはデザイン科のクラスなんだから。
自分がこの学校に入学したのはこのデザイン科のクラスがあったからだ。家からは少し遠いが通えなくもない。それにこの学科出身のデザイナーや画家が生まれることもあると評判の良い学校で、進路希望を聞かれた際には即答した程だ。
デッサンには自信があった。
始まりは保育園で近くの原っぱを描いた風景画を母が褒めてくれたことからだ。
「静は絵が上手なのねぇ。将来は画家になるのかしら。」
母の屈託の無い笑顔を見て、単純だが絵を描くのが楽しくなった。小学生の頃も中学生の頃も、画力に関して自分の右に出る者などいなかった。実際にコンクールで賞も取ったことがあるくらいには自分の絵は認められていることを子どもながら自負していた。周りから凄いと言われることには慣れている。
「席に座れー授業始めるぞー」
俺は抑揚の無い教師の声を聞いて、意気揚々と座り直した。俺は、今日が自分の人生において絵の道の第一歩となる貴重な日になると微塵も疑わなかった。
「じゃあ、まず最初だからレクリエーション感覚で試しに隣の人の顔をデッサンしてみろー。」
えー、と周りから小さな声が漏れる。成瀬は特に不満は無かった。何でも形に出来る自信があったからだ。
隣を見るとさっきまで自分の絵を覗き込んでいた追田の顔が見えた。
ーちょっと癖っ毛を描くのは大変だが、まあいいか。
俺は素早く鉛筆を手に取り、白くザラザラした画用紙に手を滑らせた。
「見てー!蜃気楼!」
信号待ちのバスの車内、近くに座っている小学生くらいの子どもの声に青年は顔を上げる。見ると子どもが隣に座る母親らしき女の人に、自慢げに窓の向こうを指差して話している。子どもが指差す方を向くと、遠くに広々とした海が見えた。ぼやけて幻想的で、全てが曖昧に見える。
今の季節だと近くの道路脇に植えてある桜が咲き、海に風で飛んだ桜の花びらが舞って綺麗だと人気の観光地だ。
ーそういえばあの時も、海に桜の花びらが舞っていたな。
「そういえば、あの時も海に桜の花びらが舞っていたよね。」
すぐ隣を見るとまるで宗教画に出てくる天使のような、細い毛がくるりと巻いてる茶髪の青年が座っていた。
「懐かしいなぁ。こうやってバスで通学してたよね。ほら、反対側にも僕たちが通ってた学校がそろそろ見えてくる頃合いだよ。」
そう言うや否や、彼の癖っ毛の頭の向こうに、少し薄汚れた校舎がぼんやりと目に入る。
青年はぼんやりとそれを眺めた。その時、今まで何の感情も湧かなかった心が霞がかり、ゆっくりとあの時の記憶を紡ぎ始めた。
「はじめまして、僕、隣の席の追田っていうんだ。よろしくね。」
顔を上げると一人の少年がこちらを覗き込んでいた。俺は持っていた鉛筆を机の上に置く。
「成瀬。よろしく。」
「成瀬くんだね!分からないことがあったら聞くと思うから、よろしくね!」
朗らかに笑う少年は自分の隣に静かに座ったかと思いきや、また突然こちらを覗き込んだ。
「うわぁ、すごいね!成瀬くんの絵!」
追田は目をキラキラさせて自分の描いた絵を上から下までじっくり見る。
ーそりゃそうだろう。ここはデザイン科のクラスなんだから。
自分がこの学校に入学したのはこのデザイン科のクラスがあったからだ。家からは少し遠いが通えなくもない。それにこの学科出身のデザイナーや画家が生まれることもあると評判の良い学校で、進路希望を聞かれた際には即答した程だ。
デッサンには自信があった。
始まりは保育園で近くの原っぱを描いた風景画を母が褒めてくれたことからだ。
「静は絵が上手なのねぇ。将来は画家になるのかしら。」
母の屈託の無い笑顔を見て、単純だが絵を描くのが楽しくなった。小学生の頃も中学生の頃も、画力に関して自分の右に出る者などいなかった。実際にコンクールで賞も取ったことがあるくらいには自分の絵は認められていることを子どもながら自負していた。周りから凄いと言われることには慣れている。
「席に座れー授業始めるぞー」
俺は抑揚の無い教師の声を聞いて、意気揚々と座り直した。俺は、今日が自分の人生において絵の道の第一歩となる貴重な日になると微塵も疑わなかった。
「じゃあ、まず最初だからレクリエーション感覚で試しに隣の人の顔をデッサンしてみろー。」
えー、と周りから小さな声が漏れる。成瀬は特に不満は無かった。何でも形に出来る自信があったからだ。
隣を見るとさっきまで自分の絵を覗き込んでいた追田の顔が見えた。
ーちょっと癖っ毛を描くのは大変だが、まあいいか。
俺は素早く鉛筆を手に取り、白くザラザラした画用紙に手を滑らせた。
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