幻を追い求めて

「幻を追い求めて」14話

「幻を追い求めて」14話


　今日聞いた憎たらしい声が後ろから聞こえる。
　成瀬は後ろを振り返らなかった。振り返ったら終わりな気がしたからだ。答えを確認してはいけないと身体が訴えている。
　しかし、竹田が指を差して答えを言ってしまった。

「あ！追田紡求！」
　
　成瀬は大きく溜息をついてジト目で振り返る。
ーなんでここにいる。

「成瀬くん。何だか大変そうだね。」
「お前に付き纏われるより大変なことなんて無い。」

　休憩時間の出来事を思い出して、思わず強く言い返してしまった。
　竹田は「なんでここに追田紡求が？」と不思議そうに首を傾げている。

「成瀬くん、帰る家が無いなら僕の家に泊まりなよ。ほら、出勤も車に乗せて連れてってあげるよ。」とアパート近くの駐車場に停められてある白いセダンが不自然に目立つ。

「いや、残念だけど俺、実家に帰ろうと思って」
「あー、君の実家にはさっき僕が連絡を入れておいたよ。僕の家に泊まるって。安心してたよ、お母さん。」

　そうだった。母たちはこいつと俺が仲の良い友人だという盛大な勘違いをしたままだったんだ。

　淡い希望を抱いて振り返ると、先程まですぐ隣にいた竹田は数歩後ろに後ずさっていた。
　思わず成瀬は叫んだ。

「裏切り者！」
「いや、だって。」
「あんなについてきて欲しそうな目で見てただろう！」
　竹田は追田を一瞬だけ見てすぐ言い返した。
「俺だって兄貴に呼ばれてるのも嫌ですけど、あんなヤバそうな人に目をつけられるとか最悪じゃないすか！」と本人の前だというのに正直に訴える。

「いやー、良かった良かった！みんな泊まれる場所が見つかって。」
「あんたは対応が減って喜んでるだけだろう！」
　思わず大家さんの発言に口を挟んでる間に竹田が一目散にその場を走って逃げ出してるのが視線の端に見えた。

「本当に良かったね。じゃあ、荷物運ぶのは明日にして、今日は一旦家に戻ろうか。」
　追田の頭の中ではすでに自分の家は成瀬の家にもなっているようだった。
　
　追田は強く成瀬の腕を引っ張り、駐車場まで連れて行った。
　そして、徐にセダンのフロントドアを開けた。

「今日の晩御飯なにがいい？途中スーパーでも寄る？」
　まるでずっと同棲しているカップルかのような発言に苛立ちを覚えたが、退路を断たれている為、成瀬は渋々と助手席に座った。

　サイドミラーにはこの状況にはあまりにも場違いな、元気良くこちらに手を振る大家さんの姿が見えた。