ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」32話

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「ちゃんちゃら」32話


 大地がリビングのドアを開けると、そこには大原の他に継父がいた。継父とは普段滅多に話さないのに加え、今は自分の置かれた状況も相まっていつもより気まずさを感じた。
 しかし、それよりも大地が目についたのは、椅子に座っている海斗の隣の椅子に腹違いの弟の大知が堂々と座っていた事だった。
「お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」
 視線は海斗たちを捉えたままで大地は雫に聞いた。雫は、デリバリーしたであろうピザを皿に移していた。大原はピザを切り分けている。
「急にごめんね。大知が別荘近くのハンバーガー屋に行きたいって言ったから、お邪魔させてもらったんだ。」
「ハンバーガー屋。」
 大地は海斗を見た。
「大知くん、ハンバーガーも食べて、ピザも食べるのか?胃、痛くならないの?」
「え?痛くないよ?お兄ちゃんは痛くなっちゃうの?」
「わ、若いなぁ」と苦笑しながらも感心した様子で海斗は大知を見ていた。あまりにも大地が家を出る前と雰囲気が変わっていたので思わず大原を見る。大原は微笑んでいた。大知の面倒を見ているからか、大地に気づく様子の無い海斗を見て少し、いや大分嫉妬心を煽られていた。
 それにしても、海斗が子どもの世話をしているのは新鮮で、意外に見えた。大学で一緒に過ごしていた時では想像がつかない光景だった。
 すると、ピザを切り分けた大原が大地に近寄り耳打ちしてきた。
「今は体調が良いみたいですが、実は今日のお昼に体調を崩されまして、あまり食事を摂れていないんです。」
「え!?」
 大地の大きな声で海斗たちが声の方を振り向く。そこでようやく海斗と目が合った。
「あ、おかえり。」と海斗は笑っている。
 大地は驚いて海斗の顔をまじまじと見た。海斗が朗らかに笑う姿を見たのはここの別荘に来てから初だった。すぐ表情がまた暗く変わってしまうのではないかと思い、目に焼き付けようと凝視した。
 しかし、すぐに女神のような微笑みを浮かべる海斗の前に子どもの顔が現れる。
「大地お兄ちゃん、おかえりー」
 癒しの時間を邪魔され、大地は心の中で不機嫌になったが、大原の言葉が心配だったので、海斗を呼んで廊下に出た。

「どうしたんだよ、急に」と不思議そうに海斗は大地を見ている。
「いや、お前お昼ご飯食べれなかったんだって?大丈夫か?」と心配のあまり海斗の肩を掴んでしまい、慌てて手を引っ込めた。
 てっきり海斗は浮かない顔をするものだと思っていたが、先ほどと同じように美麗な笑顔をしたので大地はまたも釘付けになった。
「あぁ、具合悪くなっちゃって、雫さんたちに迷惑かけちゃったけど、今は大丈夫。雫さんと色々と話してたら気が楽になった。」
 大地は仰天した。まさか海斗が大知だけでなく、雫とも仲良くなっているとは思わなかったからだ。大地から見た雫は底が見えない、親父のお気に入りという印象でしかなかったからだ。
「ど、どんな話したんだ?」
 海斗は少し言い辛そうにもじもじしていたが、やがて大地の顔色を窺いながら話し始めた。
「その、妊娠した時のこととか、雫さんがどんな経緯で結婚したのか、とか。案外、俺の時と似た状況でさ、なんか、ホッとしたっていうか」と腕を後ろに回してはにかんでいる。はにかんでいる海斗の様子が可愛らしかったので、ずっと眺めていると、海斗が大地の魂胆に気づいたのか、いないのか、口を尖らせた。
「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
 大地が慌てて頷いたのを見て、海斗は小さく溜息をついて大地に雫と話した事を喋ってくれた。
 大地は話を聞き終わって、ようやく自分がどれほど雫という人間を思い込みとただのやっかみで見ていたのかを痛感した。
 信じられないが、自分は父を雫に取られると思い、勝手に焦りを覚えていたのだ。母もいなくなり、父もいなくなるのではないかと。だが、父と雫、どちらも大きな覚悟を決めて今の決断をしていたのだ。それを知った今では、雫を責めるような子供染みた真似をしていた自分に嫌気がさした。

 大地は海斗を見つめた。海斗は「また話聞いてないとか言わないよな?」と口を尖らせているが、そこには今日の朝に感じた危うさはどこにも無かった。
 大地が微笑むと海斗もまるで鏡のように不思議そうに微笑み返している。

 悔しいが、自分一人の力では絶対に見れない顔だった。
 意地ばっかり張って自分がいかに小っぽけで頼りない人間なのかを思い知らされた気分だ。

 すると、海斗が不思議そうに眉を顰めたので、慌てて表情を和らげた。どうやら眉間に皺が寄っていたようだ。
 そんな百面相をしていると、海斗が何か思い出したように、どこか悪戯っぽく笑った。大学ではよく見かけた顔だが、ここでは初めて見る、懐かしいけど新鮮な顔だった。
「どうしたんだ?」
 海斗は困り眉で笑う。
「いや、怒らないで聞いて欲しいんだけどさ。」
「怒らない怒らない。」
 海斗はよっぽど面白かったのか、思い出し笑いをしている。楽しそうな海斗を見て大地も嬉しそうに耳を傾ける。

「あのさ、その、大地の親父さんも、相手のことΩだって気づかなかったんだって。親子だなぁって思って…あぁ、悪い悪い!怒らないって言っただろ!?」

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