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「ちゃんちゃら」44話
「ちゃんちゃら」44話
「大原、美味いか?」
「はい、とても。」
案の定、料理は余ったので残りは大原に食べてもらうことになった。普段、大原は別室で食事を摂るのだが、海斗が「お世話になってるし、大原さんにも食べてもらいたい。」と提案したところ、彼も喜んでその提案を受け入れた結果である。
空になった皿を海斗は見つめながら洗い場に持っていく。今までに感じたことのない感情が海斗の心を満たしていった。見上げると、大地と大原が自分が作った料理について何やら大袈裟に高く評価しているのが窺えた。それがどこか擽ったく、愉悦感を覚えた。
ここ最近は時間が流れていくことに恐怖心があったが、今の流れゆく時の流れを愛しく思った。
食器も片付けてそろそろ就寝しようという時に、海斗は大地を呼び止めた。階段へ上がろうとしている大地の腕を海斗が掴む。大地は少し驚いている様子だったが、海斗に向き直り、耳を傾けてくれた。
「どうしたんだ?」
彼の温厚な表情を海斗はなぜか直視できなかった。少しずつ鼓動が速くなるのを不思議に思いながらも海斗は大地に宣言した。
「俺、就職しようと思ってるんだ。」
さっきまで軽やかに階段を登っていた体が硬直しているの海斗が見ても分かった。大地は震える手で海斗の腕をそっと掴む。
「本気か?ついこの間まで体調悪かっただろ。無理すんなって」
「体調は大丈夫。それに、俺がやってみたいからさ。」
大地は黙って腕から手を離す。
「やってみたいっていうなら俺、応援するぞ。でも、もし気遣っての行動なら、出来れば、いや、嫌じゃなければ、この家にいて欲しいって思ってる。」
大地が強要しないよう必死に言葉を選んでお願いしているのが伝わってきた。
「大地もあんまり俺に気使わなくて大丈夫だからな。急に出て行ったりしないって。」
大地は納得がいかない表情をしていたが、最終的には力なく頷いた。
「しかし、意外だったな。俺、初めて海斗を見た時、絶対働くの嫌いなタイプだろうなぁって思ってた。」
海斗が吹き出すように笑う。
「どういう意味だよ。」
「ほら、なんつーか、おまえ、ちょっと怠そうにしてるっていうか、無気力に見えるっていうか。恋人にも対応が雑そうで」
大地はそこまで言って口を噤んだ。海斗が態とらしく頬を膨らませていたからだ。
「そんな風に俺のことを見てたんだな。」
大地は慌てて首を左右に激しく振る。
「違う違う!最初の!第一印象の話だよ!今は全然そんなこと思ってません!」
海斗は険しくなった眉をしてジロリとこちらを睨んだが、次第に堪えきれずに腹を抱えて笑い出した。その様子を見て大地はほっと胸を撫で下ろした。
「代わりに俺の第一印象を言ってもいいから、な?」
そう言うと、海斗は腕組みをして頭を捻り始めた。
「うーん、どうだったろうな。いつも自信に溢れててカッコよかったかもな。」
予想外の発言に先程の自分の発言を直ちに撤回したくなったが、率直に海斗にカッコいいと言われて有頂天になっている自分の方が勝った。そんな大地を他所に海斗は客室の方へ歩を進める。
「なあ、履歴書書くから、できたら見てくれるか?」
その言葉に我に返り、大地は勢いよく首を縦に振った。
大地が部屋に戻っていくのを海斗は見届けてから自分が寝泊まりしている客室のドアノブに手を掛ける。しかし、その瞬間、視界全体が水色になった。ほんの一瞬の出来事だったので、海斗はなにかまた体調に変化が起きたのではないかと不安になったが、すぐにその正体を思い出した。
「あ、ぬいぐるみ」
海斗はリビングへ戻り、棚の上に置かれたままの水色のテディベアを手に取った。数時間ほったらかしにされたというのに、テディベアの口角は上がったままだった。
「お前は器が大きいな。」と言って自分の部屋へテディベアを持ち帰る。まさか自分がぬいぐるみを持って歩く日が来ようとは数ヶ月前の自分では想像もつかなかっただろう。うるさくならないようにスリッパを床から必死に浮かせながら歩く姿は、まるで歩けたばかりの子どものようだった。
海斗はベッドまで移動すると、テディベアと目が合った。テディベアは相変わらず口角を上げ、微笑んでいる。その表情は今日の大地に似ているような気がした。
ー大地、怒らなかったな。怒るどころか、たくさん褒めてた。
海斗はハムスターのように自分の作った料理を幸せそうに頬張ってる姿を思い出しては笑みを浮かべる。
すると、徐々に顔が火照っていくのが分かり、海斗は手のひらを自分の頬にくっつける。熱でもあるのかと不安になった。体温計でも大原から借りようかと思ったが、今度は全身が擽ったく感じた。心臓の鼓動は速まり、呼吸も荒くなる。これは明らかに異常な事態だと察し、海斗はベッドから立ちあがろうとしたが、上手く身体が動かなかった。
どんどん自分の身体が熱くなっていくのを海斗は緊張と恐怖でどうにかなってしまいそうだった。
せめて顔だけでも動かそうと頑張って顔を上げる。
すると、視界の端に水色の物体が映った。
あのテディベアだった。
海斗はどうにか手を伸ばし、テディベアを手に取る。すると、テディベアからさっきまで上機嫌に自分と話をしていた男の匂いがした。
その匂いを嗅ぐと、不思議と海斗の中にあった感情は全て穏やかなものになった。ずっと鼓動は相変わらず頭の中で響いているというのに、なぜかそれさえも心地良い音を奏でているように思えた。その音と共に頭の中には一人の男の笑顔で食事を摂る風景が強く張り付いて離れなかった。
「大地」
その夜、初めて海斗はぬいぐるみを抱いて眠った。
「大原、美味いか?」
「はい、とても。」
案の定、料理は余ったので残りは大原に食べてもらうことになった。普段、大原は別室で食事を摂るのだが、海斗が「お世話になってるし、大原さんにも食べてもらいたい。」と提案したところ、彼も喜んでその提案を受け入れた結果である。
空になった皿を海斗は見つめながら洗い場に持っていく。今までに感じたことのない感情が海斗の心を満たしていった。見上げると、大地と大原が自分が作った料理について何やら大袈裟に高く評価しているのが窺えた。それがどこか擽ったく、愉悦感を覚えた。
ここ最近は時間が流れていくことに恐怖心があったが、今の流れゆく時の流れを愛しく思った。
食器も片付けてそろそろ就寝しようという時に、海斗は大地を呼び止めた。階段へ上がろうとしている大地の腕を海斗が掴む。大地は少し驚いている様子だったが、海斗に向き直り、耳を傾けてくれた。
「どうしたんだ?」
彼の温厚な表情を海斗はなぜか直視できなかった。少しずつ鼓動が速くなるのを不思議に思いながらも海斗は大地に宣言した。
「俺、就職しようと思ってるんだ。」
さっきまで軽やかに階段を登っていた体が硬直しているの海斗が見ても分かった。大地は震える手で海斗の腕をそっと掴む。
「本気か?ついこの間まで体調悪かっただろ。無理すんなって」
「体調は大丈夫。それに、俺がやってみたいからさ。」
大地は黙って腕から手を離す。
「やってみたいっていうなら俺、応援するぞ。でも、もし気遣っての行動なら、出来れば、いや、嫌じゃなければ、この家にいて欲しいって思ってる。」
大地が強要しないよう必死に言葉を選んでお願いしているのが伝わってきた。
「大地もあんまり俺に気使わなくて大丈夫だからな。急に出て行ったりしないって。」
大地は納得がいかない表情をしていたが、最終的には力なく頷いた。
「しかし、意外だったな。俺、初めて海斗を見た時、絶対働くの嫌いなタイプだろうなぁって思ってた。」
海斗が吹き出すように笑う。
「どういう意味だよ。」
「ほら、なんつーか、おまえ、ちょっと怠そうにしてるっていうか、無気力に見えるっていうか。恋人にも対応が雑そうで」
大地はそこまで言って口を噤んだ。海斗が態とらしく頬を膨らませていたからだ。
「そんな風に俺のことを見てたんだな。」
大地は慌てて首を左右に激しく振る。
「違う違う!最初の!第一印象の話だよ!今は全然そんなこと思ってません!」
海斗は険しくなった眉をしてジロリとこちらを睨んだが、次第に堪えきれずに腹を抱えて笑い出した。その様子を見て大地はほっと胸を撫で下ろした。
「代わりに俺の第一印象を言ってもいいから、な?」
そう言うと、海斗は腕組みをして頭を捻り始めた。
「うーん、どうだったろうな。いつも自信に溢れててカッコよかったかもな。」
予想外の発言に先程の自分の発言を直ちに撤回したくなったが、率直に海斗にカッコいいと言われて有頂天になっている自分の方が勝った。そんな大地を他所に海斗は客室の方へ歩を進める。
「なあ、履歴書書くから、できたら見てくれるか?」
その言葉に我に返り、大地は勢いよく首を縦に振った。
大地が部屋に戻っていくのを海斗は見届けてから自分が寝泊まりしている客室のドアノブに手を掛ける。しかし、その瞬間、視界全体が水色になった。ほんの一瞬の出来事だったので、海斗はなにかまた体調に変化が起きたのではないかと不安になったが、すぐにその正体を思い出した。
「あ、ぬいぐるみ」
海斗はリビングへ戻り、棚の上に置かれたままの水色のテディベアを手に取った。数時間ほったらかしにされたというのに、テディベアの口角は上がったままだった。
「お前は器が大きいな。」と言って自分の部屋へテディベアを持ち帰る。まさか自分がぬいぐるみを持って歩く日が来ようとは数ヶ月前の自分では想像もつかなかっただろう。うるさくならないようにスリッパを床から必死に浮かせながら歩く姿は、まるで歩けたばかりの子どものようだった。
海斗はベッドまで移動すると、テディベアと目が合った。テディベアは相変わらず口角を上げ、微笑んでいる。その表情は今日の大地に似ているような気がした。
ー大地、怒らなかったな。怒るどころか、たくさん褒めてた。
海斗はハムスターのように自分の作った料理を幸せそうに頬張ってる姿を思い出しては笑みを浮かべる。
すると、徐々に顔が火照っていくのが分かり、海斗は手のひらを自分の頬にくっつける。熱でもあるのかと不安になった。体温計でも大原から借りようかと思ったが、今度は全身が擽ったく感じた。心臓の鼓動は速まり、呼吸も荒くなる。これは明らかに異常な事態だと察し、海斗はベッドから立ちあがろうとしたが、上手く身体が動かなかった。
どんどん自分の身体が熱くなっていくのを海斗は緊張と恐怖でどうにかなってしまいそうだった。
せめて顔だけでも動かそうと頑張って顔を上げる。
すると、視界の端に水色の物体が映った。
あのテディベアだった。
海斗はどうにか手を伸ばし、テディベアを手に取る。すると、テディベアからさっきまで上機嫌に自分と話をしていた男の匂いがした。
その匂いを嗅ぐと、不思議と海斗の中にあった感情は全て穏やかなものになった。ずっと鼓動は相変わらず頭の中で響いているというのに、なぜかそれさえも心地良い音を奏でているように思えた。その音と共に頭の中には一人の男の笑顔で食事を摂る風景が強く張り付いて離れなかった。
「大地」
その夜、初めて海斗はぬいぐるみを抱いて眠った。
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