ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」57話

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「ちゃんちゃら」57話


 海斗は指輪から大地の顔に視線を移す。頭は真っ白で、なにも言葉は出てこなかった。何も返事が無いことに焦りを覚えたのか、大地が慌てて付け加える。
「あ、結婚指輪じゃなくて婚約指輪だから!結婚指輪は一緒に決めよう!いや、そもそも受け取ってくれるか!?」
 心の声が駄々漏れの大地の様子に笑いが込み上げてくるが、指輪を見ると徐々に笑いは消えていった。
 海斗はまだ何もない頭の中で何とか状況を考えようとする。

 受け取らないという選択肢は無かった。指輪は綺麗で欲しかったし、大地の気持ちも嬉しかった。

 それなのに、中々指輪を直接触れられなかった。手が動かなかった。自分の置かれた状況がよく分からず、動揺しながらも、小さく首を縦に振る。その様子に大地の焦りはさらに増幅したようだった。
「付けたくなければいいんだ。無理しなくても。」
 海斗は急いで被りを振った。しかし、首は動くが、手は動かせなかった。
「その、急でごめんな。海斗、明日から仕事だろ?それで、今しかないと思ったんだ。」
「仕事で?なんで?」
 海斗はあまりにも自然に口が動いたので、そんな奇妙な自分の体に驚く。 どうやら手以外は普通に動かせるようだった。
「ほら、Ωだと狙ってくるような人間もいるからさ。その、魔除け?みたいな意味合いでも付けといた方がいいと思ったんだ。」
 海斗は頭にまるで鈍器で殴られたような衝撃を受けた。雫との話を何度も反芻する。ずっと出社するまで緊張していたが、それは初めてだからという緊張であって、自分がどう見られるかという緊張ではなかった。
ーそうだ。もう自分はβじゃないんだ。

 そう考えていると、気がつけば海斗は指輪を手に取っていた。大地は安心した表情でこちらを見ていたが、海斗は胸が痛かった。
 自分が指輪を手に取った理由が嬉しさからではなく、危機感からであることに罪悪感を覚えた。

 大地は釈然としない様子だったが、「仕事、頑張れよ。」と一言だけ言っていた。そして足早に海斗は自分の部屋へ戻っていった。
 海斗はベッドに横たわり、テーブルの上に置いたリングケースを見遣る。自分がどうしてこんなに優柔不断なのか、不思議であり、苛立ちも感じた。大地と結婚することに何故こんなにも躊躇いが生じるのか暫く考えたが、答えは見つかりそうになかった。

 諦めて本格的に寝る準備をすると、枕の横に鎮座しているクマが目に入る。あの水色のテディベアだった。海斗はふとさっきの大地との会話を思い出す。
ーそういえば、このテディベアも持っていった方がいいのかな。大地と離れるわけだし。
 海斗はそっとテディベアの頬を撫でる。今日は抱きしめる気は起きなかったが、テディベアに触れると自然と安心感を覚える。
 海斗はこの安心感が心からのものなのか、それともΩの本能的なものなのか判断が出来なかった。

 海斗は高鳴る鼓動を無理矢理抑えつけながら朝日を迎えることになった。


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