57 / 102
「ちゃんちゃら」57話
しおりを挟む
「ちゃんちゃら」57話
海斗は指輪から大地の顔に視線を移す。頭は真っ白で、なにも言葉は出てこなかった。何も返事が無いことに焦りを覚えたのか、大地が慌てて付け加える。
「あ、結婚指輪じゃなくて婚約指輪だから!結婚指輪は一緒に決めよう!いや、そもそも受け取ってくれるか!?」
心の声が駄々漏れの大地の様子に笑いが込み上げてくるが、指輪を見ると徐々に笑いは消えていった。
海斗はまだ何もない頭の中で何とか状況を考えようとする。
受け取らないという選択肢は無かった。指輪は綺麗で欲しかったし、大地の気持ちも嬉しかった。
それなのに、中々指輪を直接触れられなかった。手が動かなかった。自分の置かれた状況がよく分からず、動揺しながらも、小さく首を縦に振る。その様子に大地の焦りはさらに増幅したようだった。
「付けたくなければいいんだ。無理しなくても。」
海斗は急いで被りを振った。しかし、首は動くが、手は動かせなかった。
「その、急でごめんな。海斗、明日から仕事だろ?それで、今しかないと思ったんだ。」
「仕事で?なんで?」
海斗はあまりにも自然に口が動いたので、そんな奇妙な自分の体に驚く。 どうやら手以外は普通に動かせるようだった。
「ほら、Ωだと狙ってくるような人間もいるからさ。その、魔除け?みたいな意味合いでも付けといた方がいいと思ったんだ。」
海斗は頭にまるで鈍器で殴られたような衝撃を受けた。雫との話を何度も反芻する。ずっと出社するまで緊張していたが、それは初めてだからという緊張であって、自分がどう見られるかという緊張ではなかった。
ーそうだ。もう自分はβじゃないんだ。
そう考えていると、気がつけば海斗は指輪を手に取っていた。大地は安心した表情でこちらを見ていたが、海斗は胸が痛かった。
自分が指輪を手に取った理由が嬉しさからではなく、危機感からであることに罪悪感を覚えた。
大地は釈然としない様子だったが、「仕事、頑張れよ。」と一言だけ言っていた。そして足早に海斗は自分の部屋へ戻っていった。
海斗はベッドに横たわり、テーブルの上に置いたリングケースを見遣る。自分がどうしてこんなに優柔不断なのか、不思議であり、苛立ちも感じた。大地と結婚することに何故こんなにも躊躇いが生じるのか暫く考えたが、答えは見つかりそうになかった。
諦めて本格的に寝る準備をすると、枕の横に鎮座しているクマが目に入る。あの水色のテディベアだった。海斗はふとさっきの大地との会話を思い出す。
ーそういえば、このテディベアも持っていった方がいいのかな。大地と離れるわけだし。
海斗はそっとテディベアの頬を撫でる。今日は抱きしめる気は起きなかったが、テディベアに触れると自然と安心感を覚える。
海斗はこの安心感が心からのものなのか、それともΩの本能的なものなのか判断が出来なかった。
海斗は高鳴る鼓動を無理矢理抑えつけながら朝日を迎えることになった。
海斗は指輪から大地の顔に視線を移す。頭は真っ白で、なにも言葉は出てこなかった。何も返事が無いことに焦りを覚えたのか、大地が慌てて付け加える。
「あ、結婚指輪じゃなくて婚約指輪だから!結婚指輪は一緒に決めよう!いや、そもそも受け取ってくれるか!?」
心の声が駄々漏れの大地の様子に笑いが込み上げてくるが、指輪を見ると徐々に笑いは消えていった。
海斗はまだ何もない頭の中で何とか状況を考えようとする。
受け取らないという選択肢は無かった。指輪は綺麗で欲しかったし、大地の気持ちも嬉しかった。
それなのに、中々指輪を直接触れられなかった。手が動かなかった。自分の置かれた状況がよく分からず、動揺しながらも、小さく首を縦に振る。その様子に大地の焦りはさらに増幅したようだった。
「付けたくなければいいんだ。無理しなくても。」
海斗は急いで被りを振った。しかし、首は動くが、手は動かせなかった。
「その、急でごめんな。海斗、明日から仕事だろ?それで、今しかないと思ったんだ。」
「仕事で?なんで?」
海斗はあまりにも自然に口が動いたので、そんな奇妙な自分の体に驚く。 どうやら手以外は普通に動かせるようだった。
「ほら、Ωだと狙ってくるような人間もいるからさ。その、魔除け?みたいな意味合いでも付けといた方がいいと思ったんだ。」
海斗は頭にまるで鈍器で殴られたような衝撃を受けた。雫との話を何度も反芻する。ずっと出社するまで緊張していたが、それは初めてだからという緊張であって、自分がどう見られるかという緊張ではなかった。
ーそうだ。もう自分はβじゃないんだ。
そう考えていると、気がつけば海斗は指輪を手に取っていた。大地は安心した表情でこちらを見ていたが、海斗は胸が痛かった。
自分が指輪を手に取った理由が嬉しさからではなく、危機感からであることに罪悪感を覚えた。
大地は釈然としない様子だったが、「仕事、頑張れよ。」と一言だけ言っていた。そして足早に海斗は自分の部屋へ戻っていった。
海斗はベッドに横たわり、テーブルの上に置いたリングケースを見遣る。自分がどうしてこんなに優柔不断なのか、不思議であり、苛立ちも感じた。大地と結婚することに何故こんなにも躊躇いが生じるのか暫く考えたが、答えは見つかりそうになかった。
諦めて本格的に寝る準備をすると、枕の横に鎮座しているクマが目に入る。あの水色のテディベアだった。海斗はふとさっきの大地との会話を思い出す。
ーそういえば、このテディベアも持っていった方がいいのかな。大地と離れるわけだし。
海斗はそっとテディベアの頬を撫でる。今日は抱きしめる気は起きなかったが、テディベアに触れると自然と安心感を覚える。
海斗はこの安心感が心からのものなのか、それともΩの本能的なものなのか判断が出来なかった。
海斗は高鳴る鼓動を無理矢理抑えつけながら朝日を迎えることになった。
11
あなたにおすすめの小説
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
この手に抱くぬくもりは
R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。
子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中――
彼にとって、初めての居場所だった。
過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。
ふた想い
悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。
だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。
叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。
誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。
*基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。
(表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる