ちゃんちゃら

三旨加泉

文字の大きさ
86 / 102

「ちゃんちゃら」番外編2話

しおりを挟む
「ちゃんちゃら」番外編2話


 そんな昔のことを思い出しては苛立ち、頼んだアイスティーに入っている氷をストローで突く。なぜここまで空島が苛立っているかというと、今日は例の男と会わなければならないからだ。もう好きでも何でもない人だ。

「や、やあ。」

 昔は良いと思っていた声は頼りなく、何も心に響かなかった。木待先輩はスーツ姿で空島の向かいの席に座った。彼も飲み物を頼んでいる。しっかりしたスーツを着ているのをみると、どうやら木待建設は今日も絶好調のようだ。
 木待先輩は席につくなり、早口で話し始める。
「大学に通ってるんだって?楽しいかい」
 まるで久々に会う親戚のおじさんのような聞き方だった。
「まあ、それなりには」
 それから暫く沈黙が続いた。木待先輩はずっと手を組んだり離したりとまごつかせている。特に話すこともないので黙っている空島を見るなり、木待先輩は本題に入り始めた。
「これ、保育園の運動会なんだけど」
 彼は徐に自分のスマホの画面を見せつけてくる。特に見たいわけでもなかったが、目の前にこれでもかと見せてくるので、嫌でもそれは視界に入った。
 そこには五歳くらいの幼い男の子がはちまきをつけて、他の子と懸命に走っている様子が写真に写っていた。それを無感情で空島は眺める。
「翔(かける)。一位だったんだ。凄いだろう!」

 まるで他人の家族の親バカ話を聞かされてるようだった。自分には似ていない翔という子ども。本当に自分が産んだのかと全く実感が湧かなかった。ずっと黙っている空島を見て木待先輩は苛立たしげに言ってきた。

「空島の子どもだろ。何とも思わないのか?」
 そんなことを言われても空島は困った。なにしろ一切連絡が無かったと思えば、突然子どもの写真を見せられても空島はピンとはこなかったし、この子どもに愛着も湧かなかった。
「いや、別に。」と空島は無表情で言うと木待先輩は声を荒げた。
「それでも君はこの子の親か!?随分と冷たい男だな。そんな奴だとは思わなかった。」
 空島は目をぱちくりさせた。飲んでいたアイスティーの氷がカランと強く鳴る。
「一度も会ったことが無いのに、どう感じろって言うんすか?」
 木待先輩は視線を逸らす。
「俺や両親も一応連絡しましたよね?子どものその後のこととか聞きましたけど、会わせる気無かったじゃないすか。」
「そ、それは」
 木待先輩は分かりやすくしどろもどろし始める。分かっている。この人はただの木待家の操り人形でしかないっていうことも。中学の時に憧れていた先輩は、一回りも二回りも小さく見えた。ただ、空島が腹立たしいのは、そんな彼が父親面をしてあたかも自分は親の役目を果たしているかのように意気揚々と子どもの話をしているからだ。
 恐らく、生まれてきた子どもは英才教育というやつを受けさせられているのだろう。しかし、木待家のような最近になって油が乗ってきた企業では見様見真似の教育といったものだろうな、と金城大地という本物の大企業の御曹司と会ってしまった空島は苦笑していた。
「俺、もう帰っていいすか?」
 そう冷たく言い放って空島は立ちあがろうとする。焦った木待先輩は思い詰めた表情でこちらを見ていた。

「俺、結婚するんだ。」
 空島は椅子をテーブルの下まで入れる。
「両親がようやく大企業のご令嬢との見合いに漕ぎつけることができてね。その人と結婚することになった。その人は俺に子どもがいても受け入れてくれた。」
 空島がお金を置きながら顔を上げる。
「そうですか。良かったっすね。」
「いいのか?」
「何がっすか?」
 空島が怪訝な表情を向ける。
「もう俺と結婚できなくなるぞ。子どもにも会えない。」
 空島は鼻で笑った。
「本当に自分勝手っすね。」
 空島が出口へ向かおうとすると、先輩は後を追うように口を開く。
「あ、あとお前!短髪似合ってないぞ!」

 空島は何事もなかったかのようにカフェのドアを開けた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

この手に抱くぬくもりは

R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。 子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中―― 彼にとって、初めての居場所だった。 過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。

ふた想い

悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。 だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。 叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。 誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。 *基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。 (表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...