遠響の魔女エクラ

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遠方へ嫁ぐ娘

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「ああ、相性は悪くはない、のか」
「良い方だね、珍しいくらいだよ」
 んー、といささか他人事じみた仕草で日焼けした若い女はかがみ込む。
その視線の先には年も背格好もバラバラな女達の後ろ頭と年季の入った大きな紙がある。星のめぐりの写しだ。
 相性を調べたい複数の人間の、あるいは国や集落、多くは未婚の男女の、互いの生まれた日の星の配置からその資質や方向性の噛み合いを読み取る技術そのものは、特に珍しいものではない。
 しかし既にいくつもの国では、民草がその生活のために使うことは罷りならぬ、迷信ゆえに信じるな、ということにされてしまっていた。なお民草扱いの者のみ禁止なので、そうでない者には該当しない。
 何で禁止なんよ、みんな困るっしょ。そう声を上げたのは末席の、まだ子供と言っていい年のおかっぱ頭の娘だった。
 うんうん困る困ると座り込んだ女達全員がざわつく。ふんわりした白いドレスのもの、体の線に滑らかに沿う赤紫の下着のような格好のもの、寝間着のような無造作な格好のもの、各々じつに好き勝手かつ様々である。
「イミわかんねえー、困ってどうすんのさー」
 ねえ、とおかっぱ頭に見上げられた日焼け娘も、腕組みして己のあごを掴んだポーズで、うん、と重めにうなずく。
 皆の生活に欠かせない情報を共有せず一部で囲い込んで混乱を起こし、火事場泥棒をやらかしておいて、それを儲けだのそれがないと飢えて死ぬだの言う気持ちじたいが、もうさっぱりすっぱり理解し難かった。
 大事な代々の肥えた野山を焼いておいて飯が足りねえだあ?枯れた古井戸に逆さに投げ込んで蓋すんぞテメエとしか言いようがない。
「んなヒマあったら畑を耕せそして水を撒けアホンダラ」
 口を閉じていたつもりが怒りのあまり全部ダダ漏れていたようである。無理もない、彼女が嫁すことを求められている先は、そのアホンダラの総大将のボンクラ息子のところなのだ。

 日焼けの彼女はいささか特殊な星回りの生まれである。
 村の内や近隣には、夫婦として長く深く噛み合うほどの相性のものはおらず、今後は特に誰とも連れ合わねば産婆兼星読み兼巫女、要するに村長の補佐役予定であったが、嫁するのであれば条件の合った遠くであろうと長老たちは読み取っていて、たしかに彼女はそれに向く質に生まれついていた。
 細かいことに気がつく割にあまり気にかけず物怖じしない性格もそうだが、気質さえ合えば遠くのものともよく「響く」のである。
 この場合の遠くとは、距離や質やその他もろもろ、あらゆる意味の「遠く」になる。
 彼女が殊更に日に焼けているのもこのためで、表で風や地脈と「響き」合ってうっかり時間を忘れがちだからだ。そのぶん近辺の実りは多く深くなり収集される情報も増えるので、彼女の職業はその性質そのままとされた。
 性質や好みそのままが生業なのは、彼女だけではない。
 資材のある限り布を織る者、売るものがある限り行商におもむく者、きれいに畑を作り収量と蓄えを細かく記録する者、突出した特技はないが隙間仕事をいくつも埋めるのが好きな者、薬草をあらん限り集めて仕分けて使い勝手よく整えたがる者、可愛がられることの得手な者。などなど。
 こういった各自の資質をまとめ整えるには「響き」を感じ取り、それに添っておくのが一番ムダがない。それがこの集落や近縁の村の在りようだった。
 集落と縁深き周辺においては、人ならば、否、すべてのものなら規模の大小はあれど当たり前に「響く」ものとされている。
 しかしそれが感じ取れず、記録が取れない・証拠がないと存在しない扱いにしてしまった勢力は、いつの頃からか野火のようにじわじわとあるいは一気に領土を広げてきていて、今や周囲のいくつかの国境に散らばる村落を残し、世界の有り様を説明し利用するために、何か全く別のやり方を模索していた。
 その途上で呑まれ食われ蹴散らかされたものたちの末裔も、この集落には何家族もいる。日焼けの彼女も祖母の代からの参入者だ。
 つまり既に消したはずの知識や技術や体質が、結果的にとは言えここへ集まってしまったことになる。
 そしてその中でも(ただ資質を活かしお互い好きにやっている村での実際とはかけ離れて)特殊な生まれの特異な質で次世代のトップと勝手に目された日焼けの彼女を、跡取りの妻に寄越せ、でなくば敵対したとみなす、との申し入れがあったのがつい先日のこと、なのである。

「嫁に来いつっといて喧嘩腰とか、なんなんアイツら」
 ああもうマジで意味不明、とおかっぱ頭の少女が正直極まりなくのたまうのへ、当事者は「んあー」と呻く。
 あのテのビビリのあんぽんたんどもは、情報源としての自分を確保したらイチャモンつけて残りの知恵や人ごと村を焼き、自分を確保したことで知識と技術の独り占めを図れたとするに違いない。
 そんなことに何の意味があるのが本気でわからないが、「遠く」からの情報に頼らずとも何となく読めはする。
 村の者の中にはそういう事を読むのに向かない者もいる以上、やはり自分は村の外と関わり合うのと向いている。そう彼女は自覚を新たにするも、読める先といえば。
「とりあえず、この娘と入れ違いに流行り病で全員ぶっ倒れたことにして、縁のあるとこにバラけて移動、交代でちょいちょい畑と山の手入れに戻りつつ、ほとぼりが冷めたら立て直しでどうかね」
「見張りぁ抱き込んどいて近所のモンとだんだん交代さそうか」
「たらし込むなら、わっちがすりゃあ」 
 あはははははと何てことないように皆笑っていられるのは、近隣へのこの集落の根の張り方の深さと広さが半端じゃないからだ。
 彼ら「響き」に添う者たちの訪い逗まる先は、いつだって何もかもが深く大きく整って確実に豊かになる。その在り方をわざわざ学びに来る者さえいるほど、知る者には知られていることだ。そしてこの地は、今はたまたま居心地がよく「響き」やすいだけのこと。ずっとかというと、おそらく違う。
 とはいえ。
 クッソ面倒くせええええ。
「相性良かろうとボンクラはボンクラじゃんよー!」
 髪をまとめていた布を解いて頭をガシガシかき回した日焼け娘に「エクラ」と初老の女が声をかけた。
「嫌なら行かんでよろし」
「流行病いでポックリ逝ったことにしとくけえ、顔でも塗ってそこらに紛れておりゃあエエ」
「あんたぁさして目立たんのも得意じゃろうが」
「ああ、…うん」
 ちょっとしんみりしかけたところへ、
「まあほんでも、この先ナンボでも逃げられようから。いっぺん行っとくがええわ」
「じゃわな、村にゃ合う相手ぇおらんけえの」
「こんなじゃけえ嫁入り道具は大して用意でけんわえ、ぼちぼちワレで揃えんしゃい」
 彼女ではなく、おかっぱの娘が「…うええー…」と渋いものを吐き出すような顔をして非常かつ異常な事態に抗議する。
 祈る、寿ぐは当たり前だが、滞りなく送り出すのに物資面では整わない。彼女には、そして彼女に対する村の衆としては、それだけのこと。
 とはいうものの。
「クッソ!!面倒!!くせえわあ!!!」
 もー!!と喚く彼女を囲んで、皆はどっと笑った。
 
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