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嫡男エルデミル
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しおりを挟む「ああ、そっちやのうて、もう一つ井戸あるじゃろ」
水を汲んで戻ったエルデミルにそう言うと、古い道具箱から取り出した釘抜で木箱を分解中のエクラは深々と息を吐いた。
「夫婦で初めての共同作業がゴミと物置小屋の片付けか。先が思いやられるわ」
「イヤイヤイヤまだ許嫁っしょ、気が早いって」
言ってしまってから、彼は何となく気恥ずかしくなる。そりゃ取りやめにするかって言われて引き留めたのこっちだし、そうなるよな。
それにしても手際良すぎなのでは、とあっという間にバラされ簡易家具に姿を変える木箱や古道具に見入っていたら、サボリと思われたのか横目で睨まれる。
「水。早よ行け。済んだらゴミ燃やして埋めるぞ」
あ、うん。と頷きつつも彼は尋ねる。指摘された井戸は実は馬用で、抵抗がないわけではない。
「この水じゃ駄目な理由は?」
「金気の毒が入っとる、それ」
「!?」
「ここ、水はええのに惜しいな。その水はそこらの木に撒いといて。桶も洗っとき」
「撒く!?どっ毒って」
「人が毎日飲むには向かんだけじゃ、ちいと頭がボケよる。なんぼか前に枠の補強に、手抜きしたか知らんかったかで何ぞを色々使ったんじゃろ。男はかえって血の気が増えるかも知らんが、女は難産になりやすいかもな」
頭がボケて血の気増えてもエエことないが、と立ち上がる彼女は、もう曲がった釘や余った板切れをまとめている。
「難産はなあ、後がこわいからな。ならんように、ならんように、せないかんのんよ」
村の産婆もしていた彼女の言葉は心なしか重い。
「難産…」
そういえば母の不調は自分を産むときのお産がひどく重かったせいだと聞いたことがある。
そんなものはワガママなお嬢様が実家に逃げ帰るための言い訳だ、離縁が無理なら他の女を作ればいい、と誰かが言うのを父親の足元を見下ろしながら何かの集まりで聞いた。そのあと新しい乳母が来てまた変わって、子守りが来て結婚したとかで去って家庭教師が来てしばらくしたら学校に入れられ、回りの話から例外はあってもどこもそうらしいと気にしていなかった。
最初の乳母の記憶がないことが、急に引っかかる。
指摘された井戸の補強はかなり大がかりだったと誰かに聞いた。
母の嫁入りに合わせてあちこち大改修したらしいのに、それが気に入らないとは世間知らずにも程があるだの、これだから没落なんとかはだの、その母の不在に呆れるような声で言われていたように思う。声の主の覚えはないが、おそらく父方の親戚のような。同じ声か似た声から漏れ聞いた言葉が他にもあって。
味見。
声にも出していないものを、彼は口を塞がれたようにつぐむ。
潜り込んだ古道具の陰で昔、若い乳母がいなくなってしばらくして、あまり良くないものごとを語る口調で話されていたことが浮かび上がる。
『ありゃ味見されたんじゃないのかって話が』
『赤んぼの生れ月が早すぎるって、なあ』
『そういや相手の親が息子の嫁を』
『この辺じゃ昔から、領主さんが』
いい加減にしな、旦那さんの耳に入ったらお前らタダじゃすまんぞ。
…そこで、なぜ、父の話が出たのか。
『俺にも味見させろ』
という、砕けた間柄の男同士にだけ通じる言い回しがある。父や父の悪友の口癖として何度も聞いたことがある。
相手の伴侶を誉める言葉だからとさもまことしやかに言い含める酔った大男に肩を叩かれていた若い男も見ていてあまり楽しくないような笑い方をして浴びるように酒を飲み、父も同じように笑っていたが、お前も男なら今から慣れろと飲まされた苦い酒のせいか吐き気が込み上げて、嘲られながら寝床に追いやられた。
あの夜も乳母はいなくて、一人で厨房に入り込んで探して飲んだ水は、水瓶の底の金気くさいものだった。
このお屋敷の大井戸は立派なんだけどさあ、と水汲みのあとでしばらく大がめに汲み置きをしているのを見た覚えがある。確か今でもそうしているはずだ。
………
急に何かがつながりかけたような得体のしれない不快感が湧き上がった彼は、慌てて桶を下げ直して朽ちそうな木枠で囲まれた馬用の深く小さな井戸へ向かった。
「ところでアンタさん、ここの養子かなんかかね」
ぶぱ。とエルデミルは飲みかけの白湯を吹き出した。
「なっ、どっ」
むせる彼とは対照的に、落ち着き払った態度のエクラは、廃材を燃やして沸かした白湯を木箱だった椅子に腰掛けてすすりながら、更に突っ込んだ指摘をする。
「アンタの父親て聞いてたけど、アレ叔父さんじゃろ、アンタのお父さんはあっちで寝とるジイサン、…じゃろかな」
「!?」
待って待って待って!?
混乱している彼にもエクラは容赦ない。
「アンタらの偉いさんとこと縁者はなあ、親やら領主やらが若いもんの嫁に婿より先に手えつけるちゅう噂、昔からあるん。アンタの親もそんなん言うとるようならシメんならんて思うとってんけども」
「シメいや待って待って俺の父親が祖父さんならあの親父は俺の兄では」
「そのまた先代がおるじゃろう」
「…代々!?代々の負の遺産!?」
「アンタここの子にしてはマトモやねー」
助かるわあ、と白湯のおかわりを割れかけた土瓶のようなものから継ぎ足されてエルデミルは呻く。己の生育歴から鑑みて、可能性としては、やたらに腑に落ちる。てことは。
「えーと、遠響の魔女、の、エクラさん?」
「誰が魔女じゃい、しばくぞワレ」
「……二つ名じゃないの?」
「悪口やろ。他人様にむかって魔ぁてなんじゃいな」
控えい、と睨まれたエルデミルはソウデスネと沈黙した。そのまま状況の整理にかかる。
兄ですらなく叔父、てことは、祖父さんと親父が兄弟で、と。ひい祖父さんの子供が祖父さんと親父。祖父さんの子供が俺。俺が直系なら親父が傍系。のはず。
……アレ?
「この家、お家騒動の上に、既に乗っ取られ済み?」
「じゃろな」
「親父の、てか叔父さんか。の、嫡男、は、他にいる…し…?」
「アンタのいとこに当たるじゃろな」
「……俺なんでまだ死んでないのかな?」
「アンタの祖父さんと母親が生きてるからじゃろ。アンタの母親ぁええとこの子らしいし回りの目えが気になるんじゃないか。いまアンタが病気で死んだら、そのへん全部片付くと思うけども」
ガックリと肩を落とした彼は、とりあえず聞いてみる。
「うちの連中、あなた側へ、どういう結婚の申し込み方をしましたか…」
んー、と目を細めたエクラは無礼極まる伝文と武器を携えた集団の言い分を要約する。
「平たく言えば人質に寄越せ、じゃわな。アンタとは相性エエから行ってこいやて星読みさんらぁに言われて来たけども」
「…つまりとてもスリリングな政略結婚企画デスネ?」
「嫁に刺殺されたやら毒殺されたやらに比べたら、業病もろうて病死のほうが聞こえはエエんじゃろう、うち方に全部おっつけられるしな。病気もわざとかからしとったら一緒やけど、武器やら毒は他のもんがしたのどうのが混ぜっ返しやすい思うたんかもな」
お家乗っ取りとしては、もう仕上げにかかっとるんと違うか。
との妥当な指摘に対し、ソウデスネと持ち手の欠けたカップから白湯を干したエルデミルに「まあまあ飲みんさい」とエクラは、おかわりを注いでやった。
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