竹刀と私の包帯と

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私はあなたが嫌いです

1-1:赤く染まるあなた

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暴力、それは誰も救うことのない虚しい行為。

 殴れば人は傷つくし、殴った拳も赤く腫れる。

 そこに、何の生産性があろうか。そもそも人は言葉を持つ。思考を共有し、理解し合える。

 そんな風に進化してきた、素敵な種族だ。だから、平和は必ずやってくる。言葉が通じない人なんていないのだ。

 だから私、天音結衣はあなたが嫌いです。大嫌いです。







 私立関ヶ原高校。少し地元では有名な高校に、私は入学しました。偏差値が低くない学校だったので、受験期間は自分でも頑張ったと自負しています。

 学校まではバスで二十分。朝の、まだ眠たげな時間に揺られるこの時間が私は好きですね。窓の外に思いを馳せながら、毎朝登校をしています。

 今はもう五月になり、クラスメートとも仲良くなりました。

 私は教室で廊下際の一番前の席なのですが、隣の席の女の子がとても面白い子で、いつも私を笑顔にさせてくれるのです。



「可愛いね! 朝ご飯は何食べたの?」

 出会って最初の言葉がそれでした。少し距離感に驚きましたが、正直にご飯と卵焼きだと答えました。

「思ったよりつまらない食生活だね!」

 面白い食生活とは何なのでしょうか。

「私はシチューとカレーを混ぜて食べたよ! 時間短縮だね!」

 想像していたよりも凄い子です。なんというか、思考回路が。

「それは……美味しかったですか?」

「オススメしないし、二度としないよ!」

 後悔はしているみたいでした。



「あ、そういえば自己紹介がまだだったね!」

 そこまで言って、その子は急に黙ってしまいました。満面の笑みのまま、小さく小首を傾げてみせるだけです。

「……あ、私の名前はあれ! 高梨雀!」

「名前をど忘れしたのですか……?」

「よくある、よくある!」

 屈託のない笑顔を浮かべる高梨さんに、私は自分の名前と最寄りの脳外科を教えました。

「よろしくね、守屋病院ちゃん!」

「そちらは病院の名前です。私の名前は天音結衣です」

 少し苦労はしましたが、早い段階で高梨さんは私の名前を覚えてくれました。



「天音ちゃんはどうしてこの高校に入学したの? 私はね、家から近かったから!」

 近かったからという理由で入れる高校ではないと思うのですが……高梨さんの偏差値ってどうなっているのでしょう。

「私は、夢があってここに来ました」

「夢?」

「世界平和です」

「それはまた大きく出たね。初詣と七夕くらいでしか聞かないよ、最近」

「でしょう? それが、私は嫌なのです」



 恥ずかしながら、私が世界平和へ影響されたのは、某女児向けアニメでした。日曜の朝にある、あれです。

 主人公は敵と、仲間を守るために戦います。ただ、この主人公は敵を倒すのではなく、悪い気持ちだけを撃ち砕き、優しい心を取り戻す戦いをするのです。

 敵にも良い心がある。いわゆる性善説を唱えたアニメに、私はすぐに心を奪われました。

 アニメの世界と違って、私には主人公のような力は無い。でもアニメと同じように悪い心は存在する。

 その悪い心を癒せる人間に、私はなりたい。そう思うのです。



「でも、そう思うならこの学校って合わなくない?」

 高梨さんが机に頬を付けながら呟きます。

「だってここ、結構治安悪いじゃん?」

「そうですね。噂はよく聞いています」



 私が今日から通う高校、関ヶ原高校は地元でも有名な進学校であり、泣く子も黙る不良校なのです。

 進学校と不良校の両立は全国でも類を見ないでしょう。私も、この高校以外に聞いたことがありません。



 情報によれば、元々不良高校だった関ヶ原高校が、ある年にいきなり偏差値切りという恐ろしい行為を実行したそうな。いわゆる集団退学です。当時の不良は慌てふためき、学校から課せられた猶予として、再入学をかけた勉強を半年ほど叩きこまれたらしいです。今では考えられない横暴っぷりですが、そのかいあって、現在のような偏差値の高い学校としての再建を遂げたのでした。



 ただ、それでも元有名な不良高校。不良を目指す者として、この学校の看板は大層魅力的なもので、ここに入学するために勉学に励む不良が続出。結果、その年代からうちの県の偏差値が大きく上がってニュースにもなったみたいです。



「乱暴者が多いこの学校で、よく世界平和だなんて言えたね~。あ、もしかして『不良を全員ねじ伏せて、絶対的な力の元に平和と言う地盤を作り上げる……』的なやつ?」

「そんな独裁的な平和は望んでいません。私が望むのは、純粋な平和です。皆が笑い、助け合い、手を取り合う。利害でしか考えない人間関係をなくし、慈愛の精神で語り合えるような世界を望んでいるのです」

「たまに天音ちゃんみたいなことを言うおばあちゃんが家に来るよ」

「私は仲間を集めたりはしていないので大丈夫……だと思いますけど」

 私の家にもたまに来ます。嫌いでは無いのですが、忙しい時は控えていただきたい。



「ま、天音ちゃんなら出来る気がするよ~。良い子だし、可愛いし」

「可愛い……ですか?」

「うん、可愛いと思うよ? そんな女の子から『喧嘩は辞めて!』とか言われたら、三人に一人は辞めるだろうね~」

 妙にリアルな数字を出されると何とも否定がしづらいです。



 高梨さんは自分の鞄をごそごそと漁り、何かを探し始めた。

「え~と、あった! これ天音ちゃんにあげるね!」

 満面の笑みで唐突に渡された物。それは消しゴムでした。まだフィルムも外されていない新品な。

「えと、なぜです?」

「初めましての証だよ! なんか本でね、友達には手作りの物をあげると仲良くなれるって書いてあったからさ」

「え、いや、凄く嬉しいですけど、私はお返し出来るものないし__いや待ってこれ手作りなのですか!?」

 スリーブもフィルムも、どう見ても既製品なのですが。

「本当はお菓子とかの方が良いんだろうけど、私料理は難しくて苦手でさ」

 えへへ、と恥ずかしそうに笑う高梨さん。

 消しゴムを作る方が格段に難しいと思います。そもそも作り方知りませんよ。

「ありがとう、天音ちゃん。これ受け取ってくれたの天音ちゃんだけだよ」

「みんなに配ろうとしたのですか?」

「うん。全学年に」

 高梨さんの家は文房具屋さんでしょうか。

「でもみんな要らないって言って私を無視するんだよ。みんな不良なのかな?」

「どうでしょうね……」

 私も開口一番に渡されていたら、断っていたかもしれません。黙っておきますが。



「でもでも、隣の席が天音ちゃんで良かったよ本当に! ガラの悪い不良だったら泣いてたよ私」

「そんなことを言ってはいけません。人を見た目で判断するなんて悪い事ですよ?」

「でも、このクラスの人ってガラが悪そうな人多くない? ただの悪人面かな?」

 どうして高梨さんは大きな声で言うのでしょう。周りの視線が気にならないのでしょうか。

「ほら! 見た天音ちゃん? 教室の後ろの男子が睨んできたよ!」

「それに関しては高梨さんが悪いと思いますよ……」

 誰が聞いても怒りますって、流石に。

 むしろ睨む程度で許してくれて優しい方です。

「そうしえば、知ってる? 今年はヤバい人も合格したんだって」

 さっきまで大声で悪口を言っていた高梨さんが、途端に小声になって私に耳打ちしてきました。

「ヤバい人、というと?」

「知らない? 『血だらけ伝説』」

「知りませんね」

 高梨さんから告げられた、いかにも物騒な肩書の噂ですが、本当に聞いたことがありません。

「それはどんな作り話ですか?」

「人の話を勝手に空想扱いするのは辞めてくれよ」

 少しだけ高梨さんの声が潤んだ。

「えっとね、『血だらけ伝説』っていうのは……」



 高梨さんの声が、教室の扉が開く音に遮られた。誰か投稿してきたのだろう。

 誰であれ、皆さん入学式初日のお友達。一度席を立って、その方に挨拶をしなければ。

「初めまして、私は天音結衣と……」

「退け、邪魔だ」

 私は、挨拶を途中でやめてしまうくらい驚いてしまいました。

 なんというか、いかにも不良少女。

 耳に小さめですがピアスを付け、首元には十字架の銀色のネックレス。肩まで伸びた髪は金色に輝き、着崩した制服はむしろテンプレとも言えましょう。異常に短いスカートにジャージのズボン。出したいのか隠したいのか分かりません。それに薄っぺらい鞄。何も入ってないのならいっそ家に置いてくればいいのに。

 ぱっと見は背伸びをした不良に見えるのですが、背が私より少し高い分、威圧感があります。

「退けって言ってんのが聞こえないのか?」

 ドスを効かせた声が彼女の口から零れてきます。よく見れば綺麗な顔をしているのに、その言葉の雰囲気が如何にも悪そうな雰囲気を醸し出し、非常に勿体ない。



 そして、彼女は顔の右側が血で真っ赤に染まっていた。



「あ、天音ちゃん逃げて!!」

 振り返ってみれば、高梨さんは教室の端っこまで避難し、誰のか知らない鞄でその頭を守ろうとしていました。

 高梨ちゃんだけではありません。クラスの全員が、高梨さん程ではないにせよ、怯えているのが見てとれました。クラス全員が息を飲み、静寂が耳に響きます。

「天音ちゃん、逃げて!」

 静まり返った教室で、高梨さんだけが叫んでいました。

「その人が『血まみれ伝説』だよ!」

「『血まみれ伝説』だぁ?」

「ひぃぃ! 私は何も言ってませんよ! 寡黙な少女、高梨です!」

「よく喋るじゃねぇか」

 不良少女は少しだけ面倒そうに呟き、また私に視線を戻しました。

「とっとと退け」

 もう一度言われた。口調は怖めだが、怒鳴ってこない分はまだ常識のある人なのでしょう。

「退きますけど、それよりも」

 私はスカートのポケットからハンカチを取り出して、血が付いた顔をそっと吹きました。

「怪我をしてるならまず保健室ですよ?」

「……はぁ?」

「ハンカチなら心配いりません。新品なので」

「何なんだ、お前……?」



 不良少女は、私が顔を拭き終わるまで、驚いてはいたが、じっとしてくれた。



 それが、私とあなたの出会いでしたね。
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