竹刀と私の包帯と

2R

文字の大きさ
6 / 33
私はあなたが嫌いです

1-6:学級のために

しおりを挟む
 次の日から、本格的な高校生活が始まりました。
 朝、登校すると各机に教科書が山積みになっていました。高校生になって社会科が公民や歴史など分散化されたり、数学が数A・数Ⅰなど段階分けされたりと、教科書の量が大幅に増えていきます。1日で持ち帰るのは困難であろう教科書を引き出しと鞄に詰め、1日が始まります。

 昨日と変わったこと、それは登校人数でした。
 昨日はクラスの席が埋まるほどいた生徒が、1時間目が終わる段階で半分ほどしか埋まっていません。先生に気絶させられた男子生徒もいませんでした。勿論、猪川さんもいません。せっかく受験で頑張ってまで入学しただろうに、勿体ないです。
 なのに、先生は何食わぬ顔で一時間目の授業を行いました。
 今日の1時間目は数学です。私は、先生が説明される公式や問題を淡々とノートに書き写すのが精いっぱいで、終わりのチャイムが鳴る頃にはかなり疲労を感じていました。

「これが高校の授業なのですね……」
 今はまだ中学の復習と言う面が大きいので何とかなりますが、これがどんどん進んで少しでもついていけなくなったら……かなり厳しいかもしれません。学力重視のこの高校を授業は電車のような勢いで進みます。
 つまり、取り残されたらもう追い付くことは無いでしょう。
「初めての授業、かなりハードでしたね、高梨さん」
 話しかけてから、反省しました。案の定、高梨さんは私の問いかけに答えることがありませんでした。
 高梨さんは、授業開始数分後にすやすやと眠っていたのですから。
「大丈夫なのでしょうか……これで……」
「一応、学年主席レベルの学力はあるみたい、だし……大丈夫なんだと思うけどね」
 津田さんが困り顔で笑いながら言いました。それはそうなのでしょうが、なんでしょう。友達として心配になってしまいます。

「天音、ちょっと良いか」
 次の授業の準備をしていると、授業を終えた霧島先生が私の机の前に立って話しかけてきました。
 昨日の威圧的な声ではなく、話しやすそうな雰囲気の声色です。失礼ですが、逆に驚いてしまいました。
「はい、何でしょうか」
「次の授業は担当教師の都合で自習となっている。始業のチャイムが鳴ったら職員室まで来てほしい」
「はい、分かりました」
「よろしく頼むぞ」
 それだけ言い残し、モデルのような姿勢で教室を出ていきます。
 その後ろ姿を見ながら、私は緊張していました。
「早々に職員室に呼び出しされてしまいました……」
「怒られるわけじゃないと思うから、大丈夫だよ」
 津田さんはそう言ってくれました。私もそう思っています。口調も怒っていませんでしたし。
 でも、純粋に緊張してしまうんですよ。呼び出しって。

 ☆

「天音、お前に学級委員長を務めてもらいたい」
 職員室へ向かい、開口一番に言われたのがそれでした。
 安心感と拍子抜けで、少し呆けてしまいます。
「私がですか?」
「そうだ。天音は入学時の成績も良いし、授業態度もまともだ。まぁまだ初日だから判断材料としては乏しいが、すでに悪評が付く奴はいる。その点、しっかりと授業に参加し、言葉遣いも気を付けられる器量もあるお前なら、適任だと思うのだが、どうだろうか?」
 缶コーヒーを一口含み、私の目をまっすぐ見つめてきます。
「私は構いません。ただ、学級委員長の責務にどういったものがあるのか、受ける前にそれだけは把握しておきたいです」
「責務は簡単だ。提出書類の回収と、成績不安者への声かけ。これくらいだろう」
「成績不安者への声かけ、ですか?」
 提出書類の回収は、いわば宿題を出させるということなのだろう。
 だが、成績不安者への声かけとは何でしょうか。私が勉強を教えろということでしょうか。
「簡単なことだ。『次のテストで平均点以下なら、お前は退学だ』と言えば良い」
「それ、私は殴られませんか……?」
「殴られたら私に言え。相応の指導はしてやる」
 真顔で答えてくださりますが、出来ることなら殴られたくありません。

「委員長の肩書は一人の物だが、作業に関しては当然友人と行なって構わない。自己紹介の席で同じだった高梨や津田は、協力してくれると思うぞ。あと猪川も」
「猪川さんですか……」
 たしかに高梨さんと津田さんは、頼めば手伝ってくれるでしょう。
 ただ、猪川さんが手伝ってくれるなんて、想像すらできません。
「あいつは中学時代から力をふるっている有名な不良らしい。我々も入学する生徒を事前に確認するのだが、あいつを手懐けるのは困難だろうな。誰とも群れない一匹狼だったと聞く」
 一匹狼と言えば少し格好良くも聞こえます。でも、猪川さんの言動や態度は見るに堪えないレベルで好きになれないのですよね……。
「あいつにも協力してもらえれば、殴られることは無いだろうな」
「猪川さんにお願いする時点で殴られそうな気がするのですが」
「そうかもしれないが、どうせこの高校じゃ、誰に頼んでも殴られる可能性は出てくる。そういう学校だ、ここは」
 救いのない一言を告げ、また缶コーヒーを一口。ブラックコーヒーです。私は飲めません。
「まぁ、誰かに頼むのは一つの案として言ったまでだ。責務を全うしてくれればどんな手段でも構わん。置手紙を机に置くなり、携帯で連絡するなりな。どうせ退学になろうが、そいつが選んだ道なのだから」

 引き出しをあけ、折りたたまれた小さな紙を取り出しました。
「とりあえず、今回の通達者はこの紙に書いてある。今月末の学力確認テストで退学になる可能性がある者だ」
 差し出された紙を受け取って広げます。そこには4名の名前と顔写真が載っていました。
 3人の男子生徒と、猪川さんの写真が。
「引き受けてもらえないか? 正直な話、天音くらいしか頼める人材がいそうにない」
 先生はそう言いますが、この名簿を見ると断りたくて仕方なくなります。だって猪川さんが載っているんですから。
 でも、あの強くて格好いい霧島先生が私に懇願している。いつもまっすぐな目で前を向き、美しい姿勢で歩く霧島先生が。
 ……悪くない気分になっている私は、悪い子です。
「分かりました。引き受けます」
 出来るだけ真面目な顔で、しっかりと答えました。
 上手く表情が作れていたようで、先生も快く頷いてくれた。
「感謝する、天音。学級委員長として、よろしく頼むぞ」
 最後に霧島先生は、未開封の缶コーヒーを引き出しから取り出し、私にくださいました。買ったばかりなのか、まだほんのり温かかったです。

 教室に戻ると、1時限目と同じ格好で寝る高梨さんがいました。肩を叩くと、のっそりと顔を上げてくれました。
「あれ……天音ちゃん、今何時?」
「2限目が終わりそうですよ」
「ビックリだぁ」
 まだまだ眠そうな高梨さんに、霧島先生からもらったブラックコーヒーを渡しました。かなり苦いでしょうが、これで目は覚ますでしょう。
 高梨さんには悪いですが、強引に起きてもらいます。授業中に寝るのは良くないので。
「ありがとう、天音ちゃん」
 高梨さんはウトウトしながら、缶コーヒーをやっと開け、一気に飲み干して、そのまま寝てしまいました。

 何が悔しいって、自分が飲めないブラックコーヒーを普通に飲み干されたのが悔しかったです。
 私も飲めるように練習しよう……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい

沢尻夏芽
恋愛
 自他共に認める陰キャ・真城健康(まき・けんこう)は、高校入学前に宝くじで10億円を当てた。  それを知る、陽キャ幼馴染の白駒綾菜(しらこま・あやな)はどうも最近……。 『様子がおかしい』 ※誤字脱字、設定上のミス等があれば、ぜひ教えてください。  現時点で1話に繋がる話は全て書き切っています。  他サイトでも掲載中。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...