竹刀と私の包帯と

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キッカケは人それぞれ

安息の地は無くなった

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 一日学校を休んでしまいました。
 入学早々での欠席は厳しいですが、良くも悪くも授業は始まったばかり。まだ挽回は出来るはずです。
「体が軽い……健康とは、不健康な時にしか実感できないから勿体ないですね」
 肩を回してみる。一日寝たきりで固まった体がポキポキと音を立てた。
 目覚まし時計は六時半を指している。そろそろ起きて朝ご飯を作らなければいけません。昨日も本当は私の当番だったのに作れなかったのです。今日くらいはとびっきり美味しいのを作ってあげたい。
 布団から立ち上がると、部屋の扉がゆっくりと開きました。

 そこからひょっこり顔を出したのは、妹の加奈です。
「お姉ちゃん、もう風邪は治った?」
「うん、もう元気だよ。看病ありがとうね、加奈」
 歩み寄って加奈の頭を優しく撫でてあげると、猫みたいに目を細めて嬉しそうに微笑んでくれました。
「元気になってくれて良かったぁ。心配したんだからね!」
「ごめんごめん。これからは気を付けるね」
 私はこんな可愛い妹に心配をかけてしまったのですね。本当に反省をしなければ。

 2人で部屋を出ると、リビングの方から味噌汁の良い匂いが漂ってきました。さっきまでお腹は空いていなかったのに、途端に食欲が湧き上がってきてしまいます。
「もしかして、今日も加奈が朝ご飯を作ってくれたの?」
「当然だよ! 病み上がりの人に家事なんてさせられないんだから!」
 腰に手を当てて胸を張る加奈は、いつの間にかこんなに頼れる妹になっていたのですか。お姉ちゃん、感動で泣きそうです。
「加奈~ありがとう! 私は最高の妹をもった幸せ者だよ~!」
 たまらず抱きしめると、すぐに加奈は抱きしめ返してくれました。
「そこまで喜んでくれて、妹冥利に尽きるね!」
「今後とも宜しくお願いします、加奈様~」
「あっはっは、良きに計らえ~」
 久しぶりに二人で、リビングでご飯を食べました。今日の味噌汁は、私史上最高のお味噌汁でした。



「おはようございます」
「あ! 天音さん! 風邪治ったんだね!!」
 学校に着くと、いつもの席に座っていた高梨さんが文字通り飛び掛かってきました。
「元気になったみたいで安心したよ!」
「高梨さんもいつも通り元気そうですね。なんか安心します」
「でしょ! よく言われるよ!」
 本当に楽しそうな人だなぁ。見ているだけで元気になってきます。
「でも、もしかしたら今日も欠席すると思って、お見舞い持っていくつもりだったんだよ~」
 高梨さんは自分の席に戻り、引き出しをゴソゴソと漁り始めました。
「せっかく持ってきたから、天音さんにあげるね!」
「そこまで気を使っていただかなくても良かったのに……有難う御座います」
「気にしない気にしない! これね、私の手作りなんだよ~?」
 手作りということは、何かお菓子でしょうか? 高梨さんのお父さんは、ラーメン屋でありながら素敵なスイーツを作られる方でしたし、ちょっと甘いものを期待しても良いのでは……!
「はい、これ! 妹ちゃんと一緒にどうぞ!」

 渡されたのは、お風呂に入れるとシュワシュワするタイプの入浴剤だった。
「……これは?」
「レモンの香りだよ!」
 そんなこと、この状況で冷静に質問できませんよ。
「風邪ひいてたらお風呂とかは入れないだろうし、必要かなって!」
「私、何か匂いますか……?」
 朝ちゃんとシャワーは浴びたのですが……。
「というか、よくこれを手作りしましたね」
「何となく作り方は想像できるからね!」
 そこまで想像できるなら、もっと看病に合ったものも想像していただきたかったです。お菓子とか。
「お菓子と言えば、この間はアイスを有難う御座います。妹にもいただいたみたいで、とても喜んでおりましたよ」
「お菓子と言えば……?」
 おっといけない。お菓子の事は私が勝手に期待していただけでしたね。
「まぁ、あの日は私が無理してちょっと買い物に付き合ってもらった節もあるからね! お礼だよ~」
「それでも、妹はとても嬉しそうに話してくれましたよ。『お姉さんにアイスを買ってもらった』って」
「なんだろうね。加奈ちゃんは何故か可愛がりたくなる何かがあるんだよ」
「分かります。あの子は可愛くて愛嬌があって素直で健気な良い子なので、その気持ち凄く分かります」
「おっと、天音さんってっ重度のシスコンなの……?」
 高梨さんの表情が少しだけ固まっていました。あまり表には出さないようにしていた妹愛が顔を出してしまったようです……。

「いや、その気持ちは良く分かるよ……」
 高梨さんと話していると、津田さんも登校してきました。私の話がどこから聞こえていたのか分かりませんが、一番恥ずかしい所は聞かれていたみたいです。
「天音さん、風邪治ったんだね。よかったよ」
「はい、御心配おかけしました」
 津田さんは鞄を自分の席に置き、そのまま話を続けた。
「やっぱり兄弟って可愛く思えるものだよね」
「津田さんも兄弟がいらっしゃるのですか?」
「うん。僕も妹が一人ね。来年で中学生になるんだけど、可愛いんだよ……」
「そうなんですよ。家族愛なんでしょうね、これが」
「うわどうしよう、1人っ子の私には全然分かんない話の展開だ」
 困惑する高梨さんを他所に、津田さんとの妹談義が盛り上がった朝になりました。



「いや~それにしても天音さんは凄いね。病み上がりだってのに、しっかり授業は起きてるんだもん」
「ただでさえ休んで遅れていますからね。むしろ、毎回授業中爆睡している高梨さんの方がよほど凄いですよ。訳が分かりません」
 なぜこの人はこんなに授業中に眠るのでしょうか。誰よりも成績不安に思えてなりません。
「え~だって聞かなくても分かるもん。時間が勿体ないじゃん?」
 マンガみたいな台詞を吐かれました。羨ましいです。言ってみたいものですね。
「私も高梨さんみたいな天才に生まれたかったですよ」
「他人の芝生は真っ青だからねぇ」
 ニコニコしながら机の上を片付け、邪魔なものが無くなった机に再び突っ伏して顔だけこちらに向けてきます。
「てかさ、天音さんに聞きたいことがあるんだけど良い?」
「何ですか?」
「家にプリント持って行ったじゃん、私」
「はい、その点は感謝してます」
「手紙、入ってなかった?」
「入ってましたね」
「中身読んだ?」
「読まずに捨てました」
「何で!?」
 あんまり高梨さんが大きな声を出すので、一瞬だけ教室の注目を集めてしまいました。

「そんなに大きな声を出さないでくださいよ!? どうしたんですか、急に!」
「どうしたもこうしたも無いよ!? あれどう見てもラブレターだったじゃん!?」
「え、そうだったんですか?」
「いや、中身を見たわけじゃないから確信はないけど、学校で渡される私用の手紙ってラブレターくらいしかないでしょ」
「今まで貰ったこと無かったので、全然考えもしませんでした」
「天音さん可愛いのに意外だなぁ。貰い慣れてる側の人間かと思ってた」
「一度は貰ってみたい気もしますが、まだ未経験ですね」
 しかし、本当にあれがっラブレターかもとは考えもしませんでした。
 きっと高梨さんのイタズラかと思い、そのまま捨ててしまったんですよね……。
「まぁ、家のゴミ箱に入ってるなら帰ってから拾い直せばいいよ」
「今日はごみ収集の日なので、今頃焼却炉の中ですね……」
「おぉ、恋心は燃えて灰になったか、御愁傷様だね……」
 遠い空に手を合わせる高梨さん。冗談交じりにしていますが、私は純粋に罪悪感が込み上げてきます。
「渡してくれたお相手は、どなたでしょうか?」
「え~とね……」
 その後、高梨さんは一分近く、ピクリとも動かなくなってしまいました。高梨さんって、本気で考えだしたら瞬きすらしなくなるみたいです、何回か顔の前で手を振ったのですが、最後まで反応ありませんでした。
「忘れちゃった!」
「一応思い出そうとしてくれたことは感謝しますね」
 今すぐ思い出すことは無くても、いつか廊下ですれ違った時などに思い出してくれるかもしれません。お相手には悪いですが、それを待つことにしましょう。

「そんなことより、猪川さんは今日も学校に来ていないんですね」
「まぁ不良だからね~。皆勤賞なんて興味も無いだろうし」
「あ……でも、昨日は学校に来てたよ。高梨さんが早退した後に」
 津田さんが教えてくれました。
「そうなの? じゃあ、猪川さんも見たのかな? 机の手紙」
「え、猪川さんも手紙を貰ったのですか?」
 私も猪川さんも貰うなんて、なんとも浮足立った学校です。高校とは、どこもそういうものなのでしょうか。
「しかし、猪川さんは静かにしていれば素材は良いですもんね」
「天音さんも同じだと思うけどね!」
「え、素材が良いですかね……照れるじゃないですか」
「うんうん、それで良いよ~」
 津田さんと高梨さんが何か目で意思疎通していました。仲が良さそうで何よりですが、言葉に裏を感じて仕方ありません。

「でも、猪川さんの様子がおかしかったんだよね……。手紙を見た途端、いきなり手紙を乱暴に破いて、捨てちゃったんだよ」
「容赦ないね~。興味ないんだろうね、恋愛とか」
「う~ん……どうなんだろう……」
「どうなんだろう、とは?」
「僕にも分からないけど、無関心というより、怒ってた気がするんだ」
「ほほう。これは思ったよりドラマがあるかもね! 興味ないけど!」
 高梨さん、きっと本当に興味ないんだろうなぁ。
「それに、怖がってたようにも見えたんだけど……気のせいかなぁ?」
「気のせいじゃない? そんなことより今日の放課後、私の家で勉強でもしない? 天音さんも休んで理解が曖昧な部分があるかもだし!」
 高梨さんの興味がとうとう猪川さんから離れてしまいました。まぁ、私としても何だか会うのはまだ抵抗があるので、それに乗りましょう。
「良いですね。お邪魔させていただきます」
 加奈に帰りが遅くなると連絡をしなければ。
「高梨さんのお父様のスイーツは、お持ち帰り出来るものありますか?」
「あるよ~加奈ちゃんに持ってってあげればいいよ!」
「それは喜びます! 有難う御座います!」
「うんうん、加奈ちゃんが喜んでくれると私も嬉しいからね! 津田君も来るでしょ?」
「ううん。僕は今日は遠慮するよ。放課後は用事があるんだ」
「そっか。女の子の家に行くのは緊張するから来れないってことね?」
「い、いやいや……! 本当に用事だから……!」
 津田さんの反応を見て、高梨さんが楽しそうに微笑みました。
「病院に行かないとなんだ。家族が入院しててね」
「そっか。じゃあ仕方ないね! 今日は二人だ!」
「はい、よろしくお願い致します!」

「待て、お前ら」
 声の迫力で、背中から刃物を突き立てられたような緊張が私を襲い掛かりました。あまりの驚きに、声も出ず動けなくなってしまいました。
「あ、猪川さんじゃん。おはよ」
「お前は普段ビビるくせに、なんで普通に話せるんだ、マジで」
 猪川さんの声でしたか。
 振り返ると、思ったより近い距離に猪川さんが立っておりました。背の関係で見下ろされる形になるのですが、このアングルは屋上のシーンを思い出してしまい、少し冷や汗が制服の中を伝います。
「お、おはようございます……」
「……おう」
「ところで、猪川さんが私たちに何か用かな?」
 高梨さんが淡々と話を進めていきます。
「あぁ」
 猪川さんは私から視線を外し、こちらも淡々と答えました。

「私も高梨の家に行かせろ」
「え…………嫌なんだけど…………?」
 高梨さんの表情があからさまに困惑しました。
 ちなみに私も、津田さんも、開いた口が塞がりませんでした。

 私は今日、どうなってしまうのでしょう……。
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