竹刀と私の包帯と

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キッカケは人それぞれ

出会った二人

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加奈の涙が収まる頃には、もう空は完全に夜になっていた。

 遠くを走る車の音、帰るサラリーマンの声、優しく吹く風。

 全てが遠くに聞こえた。



「落ち着いたか?」

 加奈が泣き止むまで、ずっとその頭を撫でていた。いくつ年下か分からないが、泣き虫だった頃の自分を思い出すようで、なんか目を離せなかったんだ。

「落ち着きました……」

 まだ濡れるまつ毛を拭い、私の顔をそっと見上げる加奈。

「えと、お名前は……?」

「私か? 私は奏良。猪川奏良だ」

「奏良さん、ありがとうございます。私の名前は、加奈なのです」

「そうかそうか。しっかり自己紹介ができて偉いな」

「……感謝はしていますが、あんまり子供扱いはしてほしくないのです……恥ずかしいので……」

「あ、それは悪い。加奈ちゃんはいくつなんだ?」

「中二です」

「…………そっか」

 あの時は驚いた。まさか私の一個下だなんて想像もしてなかった。



「奏良さん、あの人たちは大丈夫なんでしょうか……」

 加奈は自分にナイフを向けた相手に、そんな言葉を向けたのだ。

「あんな奴ら、ちっと痛い目にあった方が良いんだよ。なんたって、悪い事をしたんだから」

「でも……」

 心配そうな表情を浮かべる加奈を、またそっと撫でてあげた。加奈はそれを恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに受け入れてくれた。

「むしろ『もっと殴っておけばよかった!』って思うべきだ」

「でも、お姉ちゃんが『暴力だけは絶対にダメ』って」

「これまた立派なもんだなぁ」

「でも、私はお姉ちゃんが嫌いなのです」

「お姉ちゃんが嫌いなのに、お姉ちゃんの言葉には従うのか?」

「…………分かんないのです」

「そか、じゃあアイスでも買って、食べながら話をすっか」

 さっき買ったアイスは半分以上をダメにしてしまったし、良いだろう。運動も、ここまで全速力で走ったから大丈夫なはずさ。

「でも、加奈はお金が無いから」

「それくらい、私が奢るって」

「ほ、本当ですか!」

「おう、どーんと甘えなさいな」

「奏良お姉ちゃん……!」

 羨望の眼差しが心地よかった。何個でも買ってやろうかと思った。



 公園に戻るわけにもいかないので、ちょっと歩いた所にある川の土手に、二人でアイスを買って立ち寄った。夕方は散歩する年寄りとかで賑わっているが、この時間は誰もいない。この広い空間を、私と加奈で貸し切りだ。

「で、そういえば何でこんな時間に、1人で公園になんかいたんだ?」

 夜とは言わないが、特に用のない中学生が歩き回るような時間ではなかった。特に不良にも見えない加奈が、一体なぜ。

「お姉ちゃんの顔を見たくないから、逃げてきたのですよ」

「なんだ、喧嘩か?」

「喧嘩ではないのです」

「じゃあ何だ?」

「寂しいのです。ずっと」

 加奈はバニラのソフトクリームを舌先で舐めながら、また瞳を潤わせた。

「わかった。お姉ちゃんが構ってくれないからか」

「違うのです」

「……難しいな。私は一人っ子だし、姉妹の何たるかは分からないんだが、構ってくれるにも関わらず、寂しいのか?」

「…………」

 加奈が黙ってしまった。表情からして、きっと自分でも説明できないような感情なんだと思う。だからこそ、家を飛び出してしまうくらいに不満が募ったのだ。



「お姉ちゃん、最近頑張りすぎなんです。料理も出来るようになって、嫌いだった勉強もするようになって、好きだったテレビも観ないようになって」

「おぉ、偉いな。加奈のお姉さん、頑張り屋さんなんだな。どんなテレビが好きだったんだ?」

「日曜の朝にある、女児アニメとかです」

「加奈のお姉さん、面白い趣味してんな……」

 何歳か知らないけど、いくつまで観てるんだよ、そのアニメ。

「今は全く観なくなってしまったんですけどね」

「それはそれで良いんじゃない? 大人になったってことなんだよ」

「お姉ちゃんは、まだ子供でも良いのです……」

 その時の加奈の顔は、夜空よりも暗く感じた。

 

「悩み多き年頃よな」

「奏良お姉ちゃんと大して変わらないですよ、私は」

 表情の暗さが消え、柔らかそうな頬をまん丸に膨らませた。

 その頬を指で押し、最初は不機嫌だった加奈も、すぐに笑顔になってくれた。

「あんま暗い顔すんなって。何があったか知らないが、辛いことから少し離れるために外に出てきたんだろ? 私といる時くらい、のんびりすりゃいいさ」

「うぅ……はぁい」

「今日はもう遅い。私も早く帰らないとこっぴどく怒られるだろうな」

「えぇ、帰っちゃうのですか?」

「連絡先を教えておくよ。時間があれば、また会おうや」

「良いんですか! すっごく嬉しいのです!」

 いよいよ満月よりも明るくなった加奈の笑顔は、本当に晴れやかだった。こんな女の子を泣かせたあいつらは許せないけど、この子に出会えた今日は本当に良い日だったに違いない。

 

 私の携帯に、設定されていないアドレスからLINEが届いた。本文に一言『加奈ですよ! 奏良お姉ちゃん!』と書かれていた。

「おっけ。じゃあ私も登録しておくね」

 私のアドレス帳に、加奈の名前が増えた。これから、このアドレスは沢山使われていく気がしてならない。

「加奈ちゃん、家まで帰れる? こっからの道分かる?」

「大丈夫です! きっと!」

「『きっと』って……」

 めちゃくちゃ心配なんだよなぁ。

「迷子になったら連絡よこすんだぞ。迎えに行くから」

「分かったのです! じゃあね、奏良お姉ちゃん!!」

 元気いっぱいに手を振って、見えなくなるまで街頭に照らされた道を走り去っていってしまった。

 あんだけ元気だけど、帰り着いたらこっぴどく怒られるんだろうな。



 親に怒られてる加奈を想像して、本人には申し訳ないが笑ってしまった。

「おっと、人のことを言える立場じゃないわな」

 私だって怒られる時間だ。

 まるで剣道の試合前のような緊張感を味わいながら、私も帰路につくのだった。

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