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キッカケは人それぞれ
ヒビが入る
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加奈からの連絡は頻繁だった。
私は学校や道場があるから休み時間しか返信できないのだが、家に帰ってからスマホを確認すると、明らかに学校であろう時間に昼ご飯の写真などが送られてきたりするのだ。しかも、台所で撮った写真だ。なぜ家にいるのだろう。
それが一日二日の話でもないのだ。
姉妹仲も複雑な加奈には、私が想像してないような何かを背負っているのかもしれない。
「……明日は学校も道場も休みだし、一緒に遊ぶのもありだな」
放課後、道場に行く前に簡単に加奈へメッセージを送った。
『明日休みだし、ちょっと出掛けない?』
『嬉しいです! お昼ご飯を食べたら行きましょう!!』
やはりすぐに返信が来た。謎もあるが、やはり可愛い妹分なのには変わりない。
「……よし、今日の道場も頑張るか!」
いつもより少しだけ軽くなった足取りで、学校から離れた道場へと向かった。
☆
道場に入った途端、入り口で待ってた師範に平手打ちを食らった。
生徒の声と竹刀の打ち合う音が鳴り響く道場で、何よりも大きな音だった。
あんなに騒がしい道場から、音が消えた。
「師範……いきなり何なんですか……?」
叩かれた左の頬が焼けるように熱い。それでも、痛みよりも驚きの方が強かった。
長い剣道経験で、怒られることはあれど、師範が誰かを暴力で叱る姿を見たことがない。私が見たことないのだ。今私達を遠目で見ている皆も、見たことは無い。
道場は、奇妙な沈黙に飲み込まれた。
「猪川、私は猪川の剣道が好きだった。勝ちに貪欲で、どれほど劣勢でも反撃の一手を探し尽くす勝負師の心意気。そして、それと共生する礼儀と正々堂々の精神。これらを両方とも持ち合わせた、猪川の剣道がな」
師範が語り始めた。だが、私には師範の気持ちではなく、理由が知りたかった。
「師範、前置きは要りません。なぜ私をいきなり平手打ちしたのか、お答えいただけますか……? 私には、まったく心当たりもなく、不愉快極まりないのですが」
「ならば単刀直入に言おう。猪川は剣道を嗜む人間としての掟を破ったからだ」
そう言い放ち、師範は私にあるものを突き出した。
「受け取れ」
師範の大きな手に包まれたものが何か分からなかったが、言われた通りに手を差し出した。そして、その何かが私の手の上に置かれた。
それは、あの日の夜、不良を殴った時に折れた竹刀の先だった。
「これ……」
「これは、猪川の物で間違いないよな?」
「はい……ですが、なぜこれを」
「お前に殴られたという少年が持ってきたのだよ。額に痛々しい包帯を巻いてな」
師範の言葉は、本当に残念そうな吐息が混ざっていた。その落胆の大きさから、今更になって師範が私にどれほど期待と信頼をしていたか思い知らされた。
「し、しかし師範、私は間違ったことをしたとは思っていません!」
「剣道をしている人間が竹刀を他者に振るうことが、間違っていないと?」
「彼は刃物を持っていました! 少女を刃物で脅し、手下も従えていたのです!」
「…………猪川、よく聞くんだ」
「私が間違っていたと言うんですか!」
頬を打たれた痛みが心に響いてきた。
みんなが見ているのが恥ずかしくなってきた。
師範の言葉が冷たいものに思えた。
私だって怖かったんだ。
何人もの男が少女を襲っていたんだぞ。しかも刃物を持って。
いくら私が剣道をしていようとも、そこにはルールがある。怪我をしないように防具も着けるし、そもそも怪我をさせるために竹刀を振るうわけではない。
でも、あの夜にルールなんて無かった。ギブアップしたら辞めてくれる? そんなことは無い。蹂躙されるだけだ。
本当なら、加奈が私の前で泣いたように、私だって泣きたかった。
それでも、我慢したんだ。
それを……どうして責められないといけないの……?
「よく聞きなさい、猪川」
視界がうっすらと涙で揺れる私の肩を掴んで、師範がゆっくりと話しかけてくる。
「なんですか……」
「猪川の竹刀で、少年が死んでいたらどうするつもりだったんだ?」
「…………」
死んでも良いような男だった。後悔は無い。
「殺人という罪は、確実に猪川の人生を汚し続ける。それは考慮したか?」
「……していません」
「突然の窮地に気が動転していたのだろう。その折れた竹刀が証拠だ」
言われて、改めて折れた竹刀を見る。少し涙が零れ落ちた。
「本来の竹刀の振り方は、振り下ろすのではなく当てる打ち方だ。長年やっている猪川なら分かるだろう。当てた瞬間に引くんだ。だが、この竹刀は折れた。その理由が分かるか?」
「……力任せに振り下ろしたから、竹刀が折れたということですか」
師範は無言で頷いた。
「いつものような動きが出来ていたようで、出来ていなかったんだ。冷静な判断が出来る状態で無かったのは理解した。だが、そんな時に怪我をさせてしまっても、逆にこちらが加害者となってしまう。実際、襲われた猪川は無傷で、襲った少年は竹刀で怪我をさせられた。襲われたという、誰も見ていない事実よりも、目の前にある結果だけが理解されやすい世間の目は、猪川を称賛はしないだろう」
言いたいことは分かる。でも、少しぐらい私の気持ちに寄り添ってくれても良いじゃんか。
「さっきの平手打ちは、まだ未熟な精神への喝だ」
「ありがとう……ございます」
「しばらくは道場に顔を出さなくて良い。落ち着いたら、また来なさい」
「分かりました……」
練習後よりも足取りが重い。
誰の目も見ずに、そのまま踵を返した。
少し歩いて、道場の扉が閉まる音がした。
「なんなんだよ……マジで……」
こんな惨めな思いをする自分が嫌になった。
こんなことなら助けなきゃ良かったのかな。
アイスなんて買わずにさっさと帰っていれば、こんな気持ちになることも無かった。罪悪感を感じるかもしれないが、そもそも事件を耳にしなければ何かを思う事もない。そもそも『私がそこにいれば……』より『そこに出くわさなくて良かった』と思うはずだ。
スマホに一通の連絡が来た。
『明日のお出掛け、どこに集まりますか? 楽しみなのです!』
加奈からのものだった。
「……ごめんね、ごめん……」
涙が溢れて止まらなかった。
助けたことを後悔した自分が、一番嫌いだった。
私は学校や道場があるから休み時間しか返信できないのだが、家に帰ってからスマホを確認すると、明らかに学校であろう時間に昼ご飯の写真などが送られてきたりするのだ。しかも、台所で撮った写真だ。なぜ家にいるのだろう。
それが一日二日の話でもないのだ。
姉妹仲も複雑な加奈には、私が想像してないような何かを背負っているのかもしれない。
「……明日は学校も道場も休みだし、一緒に遊ぶのもありだな」
放課後、道場に行く前に簡単に加奈へメッセージを送った。
『明日休みだし、ちょっと出掛けない?』
『嬉しいです! お昼ご飯を食べたら行きましょう!!』
やはりすぐに返信が来た。謎もあるが、やはり可愛い妹分なのには変わりない。
「……よし、今日の道場も頑張るか!」
いつもより少しだけ軽くなった足取りで、学校から離れた道場へと向かった。
☆
道場に入った途端、入り口で待ってた師範に平手打ちを食らった。
生徒の声と竹刀の打ち合う音が鳴り響く道場で、何よりも大きな音だった。
あんなに騒がしい道場から、音が消えた。
「師範……いきなり何なんですか……?」
叩かれた左の頬が焼けるように熱い。それでも、痛みよりも驚きの方が強かった。
長い剣道経験で、怒られることはあれど、師範が誰かを暴力で叱る姿を見たことがない。私が見たことないのだ。今私達を遠目で見ている皆も、見たことは無い。
道場は、奇妙な沈黙に飲み込まれた。
「猪川、私は猪川の剣道が好きだった。勝ちに貪欲で、どれほど劣勢でも反撃の一手を探し尽くす勝負師の心意気。そして、それと共生する礼儀と正々堂々の精神。これらを両方とも持ち合わせた、猪川の剣道がな」
師範が語り始めた。だが、私には師範の気持ちではなく、理由が知りたかった。
「師範、前置きは要りません。なぜ私をいきなり平手打ちしたのか、お答えいただけますか……? 私には、まったく心当たりもなく、不愉快極まりないのですが」
「ならば単刀直入に言おう。猪川は剣道を嗜む人間としての掟を破ったからだ」
そう言い放ち、師範は私にあるものを突き出した。
「受け取れ」
師範の大きな手に包まれたものが何か分からなかったが、言われた通りに手を差し出した。そして、その何かが私の手の上に置かれた。
それは、あの日の夜、不良を殴った時に折れた竹刀の先だった。
「これ……」
「これは、猪川の物で間違いないよな?」
「はい……ですが、なぜこれを」
「お前に殴られたという少年が持ってきたのだよ。額に痛々しい包帯を巻いてな」
師範の言葉は、本当に残念そうな吐息が混ざっていた。その落胆の大きさから、今更になって師範が私にどれほど期待と信頼をしていたか思い知らされた。
「し、しかし師範、私は間違ったことをしたとは思っていません!」
「剣道をしている人間が竹刀を他者に振るうことが、間違っていないと?」
「彼は刃物を持っていました! 少女を刃物で脅し、手下も従えていたのです!」
「…………猪川、よく聞くんだ」
「私が間違っていたと言うんですか!」
頬を打たれた痛みが心に響いてきた。
みんなが見ているのが恥ずかしくなってきた。
師範の言葉が冷たいものに思えた。
私だって怖かったんだ。
何人もの男が少女を襲っていたんだぞ。しかも刃物を持って。
いくら私が剣道をしていようとも、そこにはルールがある。怪我をしないように防具も着けるし、そもそも怪我をさせるために竹刀を振るうわけではない。
でも、あの夜にルールなんて無かった。ギブアップしたら辞めてくれる? そんなことは無い。蹂躙されるだけだ。
本当なら、加奈が私の前で泣いたように、私だって泣きたかった。
それでも、我慢したんだ。
それを……どうして責められないといけないの……?
「よく聞きなさい、猪川」
視界がうっすらと涙で揺れる私の肩を掴んで、師範がゆっくりと話しかけてくる。
「なんですか……」
「猪川の竹刀で、少年が死んでいたらどうするつもりだったんだ?」
「…………」
死んでも良いような男だった。後悔は無い。
「殺人という罪は、確実に猪川の人生を汚し続ける。それは考慮したか?」
「……していません」
「突然の窮地に気が動転していたのだろう。その折れた竹刀が証拠だ」
言われて、改めて折れた竹刀を見る。少し涙が零れ落ちた。
「本来の竹刀の振り方は、振り下ろすのではなく当てる打ち方だ。長年やっている猪川なら分かるだろう。当てた瞬間に引くんだ。だが、この竹刀は折れた。その理由が分かるか?」
「……力任せに振り下ろしたから、竹刀が折れたということですか」
師範は無言で頷いた。
「いつものような動きが出来ていたようで、出来ていなかったんだ。冷静な判断が出来る状態で無かったのは理解した。だが、そんな時に怪我をさせてしまっても、逆にこちらが加害者となってしまう。実際、襲われた猪川は無傷で、襲った少年は竹刀で怪我をさせられた。襲われたという、誰も見ていない事実よりも、目の前にある結果だけが理解されやすい世間の目は、猪川を称賛はしないだろう」
言いたいことは分かる。でも、少しぐらい私の気持ちに寄り添ってくれても良いじゃんか。
「さっきの平手打ちは、まだ未熟な精神への喝だ」
「ありがとう……ございます」
「しばらくは道場に顔を出さなくて良い。落ち着いたら、また来なさい」
「分かりました……」
練習後よりも足取りが重い。
誰の目も見ずに、そのまま踵を返した。
少し歩いて、道場の扉が閉まる音がした。
「なんなんだよ……マジで……」
こんな惨めな思いをする自分が嫌になった。
こんなことなら助けなきゃ良かったのかな。
アイスなんて買わずにさっさと帰っていれば、こんな気持ちになることも無かった。罪悪感を感じるかもしれないが、そもそも事件を耳にしなければ何かを思う事もない。そもそも『私がそこにいれば……』より『そこに出くわさなくて良かった』と思うはずだ。
スマホに一通の連絡が来た。
『明日のお出掛け、どこに集まりますか? 楽しみなのです!』
加奈からのものだった。
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