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 空に一番星が浮かぶ頃、メリアが俺の部屋まで呼びに来てくれた。
「プロト、ご飯よ」
「あぁ、済まない。手伝いくらいするつもりだったんだが」
「今日はお客さんとして扱ってあげるわ。気にせず降りてきて」

 メリアについていく。廊下は照明で明るく照らされ、お互いの影が小さく揺れた。
「部屋に何か娯楽でもあれば良かったんだけど。暇だったでしょ」
「いや、考え事をしていたらあっという間だったよ」
「へぇ」
 そっけない返事だ。
「お前が考えろって言ったんだろうが」
「そだね~」
 それだけだった。ただ、機嫌が良さそうに鼻歌を歌っていた。

 下に降りると、大広間が大勢の人で賑わっていた。
「流石は夕食時のレストランだな」
「まぁね。従業員が一流だから、当然よ」
「俺はどこで飯を食うんだ? 裏か?」
「まぁまぁ、入りましょ」
 メリアは大広間に繋がる扉を勢いよく押し開けた。

 直後、いくつもの破裂音が大広間から響き渡り、俺の肌までビリビリと震わせてきたのだ。
 突然のことに怯み、つい一歩下がってしまった。
「おい! 護衛が逃げ腰たぁ、先が思いやられるなぁ!!」
 大広間から大声が上がり、それに呼応してたくさんの笑い声が響き渡った。
「な、なんだ!? 悪漢か!?」
 改めて身構え、店内を見回すと、そこには火薬の匂いとは別に、甘いデザートの香りや、香ばしい肉の焼ける匂いも充満していた。

 そして、壁に大きな垂れ幕が掛かっていた。
 そこに書かれていたのは、誕生日おめでとうの文字と、俺の名前だった。

「誕生日……?」
「そうよ。今日はあなたが生まれた日なんだから、盛大に祝わないとね」
 メリアはいつの間にか用意していたグラスを掲げ、大広間の人たちに向けて声高らかに言い放った。
「今日は記念すべき日よ! みんな、盛り上がりましょう!! 乾杯!!」
「「乾杯~!!」」
 その掛け声で、宴が始まった。
 コックの姿をした者や、メイド服を着た者、頭にタオルを巻いた作業員のような者が皆、グラスを片手に談笑や料理を楽しみだしていく。
 一体、何が起きてるんだ?
「メリア……彼らは客じゃないのか?」
「違うよ。みんなは、このレストランの従業員。今日はあなたのお祝いがしたくて、臨時休業をしたの。当然、お祝い目的で来てくれた人は喜んで参加してもらってるけどね」
 一気に自分のグラスを飲み干したメリアは、俺の腕を引っ張って料理の並んだテーブルまで連れて行こうとする。
「待て、どこに連れていくんだ……」
 みんなが俺を見て、笑いかけてくる。手を振ったり、祝いの言葉を投げかけてくれた。みんな、俺の事なんて何も知らないはずなのに、なぜこんなに俺の誕生日ってだけでここまで盛り上がれるんだ。

「メリア嬢! そいつがお嬢の護衛だろ? 腕っぷしが強そうには思えないが、本当に大丈夫なのか?」
 メリアと料理のテーブルに着くと、その付近で酒を瓶ごと煽っていた大男が絡んできた。無精髭を手入れせず生やし、常人ではないガタイの良さは、普段から力仕事をして鍛えられているのだろう。猛獣ですら素手で立ち向かいそうな面構えもあり、熊みたいな男だが、その笑顔はどうも人が良さそうで嫌いにはならなかった。
 ただ、酔って加減を忘れたのだろう。顔をしかめたくなるほどの力で何度も背中を叩いてくる。悪意が無いのは伝わるが、人によっては怪我するんじゃないか?
「マグナム。また飲みすぎたら奥さんに言いつけるからね?」
「お嬢! それは辞めてくれ! あいつ怒ると怖いんだ!!」
 マグナムと呼ばれた大男は、一瞬で縮み上がり、身を震わせながら、また酒の瓶に口を付けていた。
「新人、お前も気を付けろよ。女は男より強いもんだからな」
「そんなことは無い。特に俺は、人より強く作られている。女どころか、あんたよりも強い自信があるぜ?」
「バカ野郎、女の強さは腕っぷしじゃない! うちの嫁なんか、抱きしめたら折れてしまいそうなほど儚い女なんだ。それでも怖いものは怖い」
「あんたが抱きしめれば、巨木も折れてしまいそうだけどな」
「それは違いねぇ」
 マグナムはまた豪快に笑いながら、近くにあった酒瓶をとり、俺の胸に押し付けてくる。
「お前、酒は飲めるタイプか?」
「俺に酒を勧めていいのか? 俺は今日生まれたばかりの、ゼロ歳ちゃんだぜ?」
「酒は母乳みたいなもんだ! 飲め飲め!!」
 マグナムが新しい酒瓶を開けて、俺の酒瓶にカツンと打ち付けた。俺も酒瓶の蓋を親指で弾き飛ばし、一気に飲み干す。
「おぉ!! お前、いける口じゃねぇか!!」
「これが酒か。体に悪そうだが……嫌いじゃないな」
 二人で高笑いし、また新しい酒瓶に手を伸ばした。
「あなた達……自己紹介もせずに良く盛り上がれるわね……?」
 隣でメリアだけが、不思議そうにワインで唇を濡らしていた。

「あらイケメン! メリアお嬢様、その方はフィアンセですか?」
 マグナムと談笑していると、今度はメイド服の女が俺とメリアの元へ歩み寄ってきた。立ち居振る舞いや服の着こなし方、雰囲気まで貴族ではないかと思わせる迫力にも似たものを漂わせるメイドは、長い銀髪を揺らしながら馬鹿丸出しの発言をした。
「プロトはフィアンセではないわ。ただの護衛よ」
「お嬢様に護衛なんて、魚にシュノーケルくらい不必要でしょうけどね」
 クスクスと笑いながら、今度は俺の方に身を寄せてきた。
「初めまして、プロトさん? 私はメイドのカリメロと申します。好きなものはイケメンです。強いて言うなら、あなたみたいな!」
「それは有難い話だが残念だ。俺はアンドロイドだから人間と恋愛なんかしない」
「あら、最新のアンドロイドの癖に思考は古臭いのね。今時、恋愛に壁なんて無いわ。アンドロイドと結婚した人なんて、多くはないけど少なくもないわよ」
「そうなのか?」
 つい聞き返してしまった。それに気を良くしたカリメロは満点の笑顔で俺の胸に飛び込んできた。
「そうです。だから、プロトさんが私と恋に落ちても、何もおかしくないのです」
 背の低いカリメロは、俺を胸の高さから見上げてきた。メリアより少し小さい。
「なんなら、今晩二人で楽しむのも、もはや当然の結果では……?」
 必死に密着してくるカリメロの体の熱が、俺の体にも伝わって来る。お世辞にも立派とは言えない胸から伝わる鼓動が、いかに興奮しているのか証明していた。
「ほら、こうやって体を重ねると、お互いの鼓動が……」
 そこまで言って、カリメロは途端に体を離した。
 そして、俺の胸に耳を押し当ててきた。
「今度はどうしたんだ……?」
「どうして……あなたは私に密着されても興奮してないの!?」
 ……どうやら、カリメロは口を開く度にIQが零れ落ちていくようだ。
「どうしても何も、恋愛感情はそもそもインプットされてないからな」
「そんな……なんて憐れな……!」
 今にも泣きだしそうなカリメロを見ながら、酒瓶を一口飲む。
「そこまでか?」
「そこまでですよ!! そもそも恋愛感情とは生き物としての核とも呼べる重要な感情です。旧時代のロボットなら露知らず、あなたのような現代のアンドロイドなら感情も人並みに持ち合わせて当然なのです! 逆に聞きますが、あなたは恋をしたいと思わないのですか? 愛されたい、自分を理解されたい、相手を独占したいという、生物が故のエゴは無いのですか!!」
「無い」
「二文字で返事されました! 私は沢山喋ったのに!!」
 カリメロがその場で膝をついてしまった。感情豊かな奴だ。

「というか、あんた」
 俺も膝をつき、カリメロの肩に優しく手を置いてやった。
「俺の事、微塵も好きじゃないだろ?」
 あからさまに顔を俺から背けた。
「…………イケメンだなとは思ってますよ?」
「そりゃ作られたからな。わざわざ不細工に作るわけないだろ」
 カリメロに手を貸し、立たせる。スカートの膝が少し汚れてしまった。
「イケメンなら、恋心より先に欲求が来ちゃうタイプなんですよ~」
「嘘つけ」
「ちぇ~、詰まんないの」
 カリメロは口を尖らせながら、メリアの元へ行ってしまった。
「お嬢様~プロトさんが虐めてきます~」
「あいつはそういう奴よ。よしよし可哀想に」
「いや待て見てたろ、今の!?」
 納得いかないが、反論しても無駄なのかもしれない。

「おいプロト! こっちに来い! ほかにもお前に挨拶したい奴らが山ほどいんだよ!!」
 マグナムが俺を小脇に抱えて、人攫いのように別のテーブルまで連れていく。どんだけ腕力あんだ、こいつは。
「待てマグナム! メリアとはぐれる!」
「あら、行ってきなさいよ。私はこっちで楽しくやってるわ」
 メリアはカリメロが持ってきてくれた料理を食べながら、行ってらっしゃいと手をヒラヒラさせてくるだけだった。

 そうか、今日はそういう日か。
 自分のアルコール限界値までは把握していない。今晩は、それの確認には最も適した夜になるのかもしれない。



「最後まで潰れないのは、流石アンドロイドって所かしらね?」
「いや……俺がここまで酔うまで付き合ったあいつ等が化け物なんだよ……うっぷ」
 視界が回る。足取りがおぼつかない。まぶたが異常に重たい。
 もはや自力で自室に戻れない俺は、メリアの肩を借りながら、やっとのことで部屋に辿り着いた。
 倒れるように布団に沈むと、少しだけ気分が良くなった気がする。
「まさか生まれた日に酒を飲むとは思いもしなかった……」
「帰ってからすぐ皆に言ったんだけど、みんなどうしても歓迎したいってことで急いで準備してくれたのよ」
「それは……まぁ有難いよな……」
「うん、有難いね」
 隣で布団が沈む。メリアが座ったようだ。
 そして、頬に優しい温かさが伝わってきた。
「何してる……」
「顔を撫でてる」
「は……なんで……?」
「暇つぶし」
 メリアはすぐに手をどけ、今度はベッドの下をまさぐり始めた。

「これ、あなたにあげるわ」
 耳元に、雑に小さな紙袋が投げられた。
 なんとか起き上がり、フラフラしながら紙袋を開ける。

 その中にあったのは、何も書かれていない日記帳だった。
「それ、私が使おうと思って買ったものなんだけど、まだ予備あるからあげるわ」
「俺に日記をつけろってか……?」
 煽り気味に聞いたが、普通に頷かれた。
「あのな……アンドロイドの記憶は、インターネット上にデータとして残るようになってるんだ……自動バックアップってやつよ……日記に書くまでもなく、記憶が消えることは無い……」
「良いから、書きなさい」
「…………」
 もう喋るのも辛いのに、何なんだ、この女。
「あの……」
「書きなさい」
「えっと……」
「一日の事を書くという事は、記憶するだけじゃないわ。出来事を振り返ることで、新しい発見もあるの。そして、その新しい発見を記録する。日記に大事なのは、記憶より記録なの。分かる? これ」
 くどくどと語るメリアに、もう何も答えることは出来なかった。
 こうなったメリアは面倒だ。書かなかったら怒るのだろう。
 今日を振り返り、どんな発見があるか。

 酒は飲み過ぎると、想像以上にしんどい。
 初めての日記はこれだな、うん。

 書くのは明日の俺に任せて、そのまま眠りにつく。
「おやすみ、プロト」
 眠る寸前に聞こえた声は、何故か心地よかった。不思議な感覚だ。これも書いておくか。
 覚えてればな。
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