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女心
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馬車は合計で五つ。すべてに荷物が限界まで積まれていた。
「圧巻だな、こんな量は」
レストランの正門を全開にして、帰ってきたメリア一行を迎え入れた。
近くを通る馬車が地面ごと揺らして進んでいく。
いくつかある馬車の一つを操縦していたのは、大男のマグナムだった。マグナムは俺に気付くや否や、馬から飛び降りて俺の元へやってきた。
「いやいや! 馬を放って来るなよ!?」
「あいつは利口な俺の愛馬だ。一人でもしっかり仕事をしてくれるから問題ねぇよ! むしろ俺より頭が良いかもしれねぇ! がっはっは!!」
相変わらず加減の知らない勢いで俺の背中を叩いてきた。朝食べたものが出てきそうになるのを必死に堪える。
「にしてもプロト! お前、スーツ似合うじゃねぇか。イケメンは何でも似合うんだな!!」
「スーツなんて、誰が来ても形になるもんさ」
「バカ野郎、俺が来たら弾け飛んじまうのがオチだ!」
そう言うマグナムは、確かに筋肉が大きすぎて体格が一般人と比べて異質なものになっている。よく言えば逆三角形、悪く言えばゴリラの擬人化だ。むしろ人間のゴリラ化か?
「マグナム、お前はゴリラか人間か、どっちなんだ」
「だったらゴリラにしてくれ。人間としては知能が低いかもしれんが、ゴリラとして考えるなら、間違いなく俺が最強の知能を持ってることになるからな!」
こざかしい知能を持ったゴリラだな。
「マグナム、プロト! 積み荷を降ろすわ! 手伝って!」
馬車から降りたのは、俺の主人であるメリアだった。ただの買い物のはずなのに、メリアは腕や腰など、軽度ではあるが甲冑のようなものを嵌めていた。しかも腰にはサーベルも所持しており、少なくともただの買い物という雰囲気では無かった。
「メリア、お前なんだその装備は」
「おはようプロト。この装備がどうかした?」
動きやすいようにまとめられたお団子ヘアをほどき、メリアが首を傾げた。
「ただの買い物にしては重装備だろう。そんな危険な所に行って来たのか?」
「危険というか、そもそも荷物や金目の物は狙われるから。町に出る時は、最低限の鎧を纏うのが常よ」
「そんな物騒な所なのか、ここは」
「まぁ、私が特別狙われやすいってだけだけどね。強盗とかには、私はお金持ちだし女だしで価値が高いだろうから」
平気な顔で答えながら、腕の装備を外した。近くにいた雑用係の男にそれを渡し、腰の剣も外す。
「まぁ、今回はマグナムがいてくれたから誰も襲ってこなくて、余計な心配になったけど」
「がっはっは! 俺はこの町の悪い奴とは大概殴り合ってきたからな! 俺の強さを知ってる奴は襲ってこねぇさ!」
見せつけるように腕の筋肉を隆起させた。
確かに、俺でも少し戦うのを躊躇ってしまいそうだ。護衛専用アンドロイドが、何を竦んでいるんだ、恥ずかしい。
「護衛なら俺がいるだろうに」
「あんだけうなされていたら、流石の私も起こせないわよ」
「そんなにうなされていたのか俺は……」
「お酒は程々にね。体に毒よ、あんなに飲んだら」
「がっはっは! アンドロイドが二日酔いたぁ、傑作じゃねぇか。もう完全に人間だぜ。機械の進歩だな!」
「マグナム、あなたもお酒は程々にね。あなたは二日酔いまではしない人だけど、馬車の中が酒臭くて大変だったわ」
「おっと、それはすまねぇ。おこちゃまなお嬢には、酒の匂いはキツかったな」
「……あなたの奥さんに言っとこうかな?」
「お前、その切り札はズリィぞ……親父に似てきたな、そういうとこ……」
メリアに聞こえないように小さな声で愚痴るマグナムは、大きな体をめいっぱい小さくして口を尖らせていた。
「愚痴るくらいなら、積み荷を早く運んでもらうわ。それが終わるまで、お昼ご飯はお預けだからね」
「へいへ~い」
メリアは最後に、俺に軽く手を振ってレストランへ去っていった。
山のような積み荷は、雑用係の手によってどんどん建物内に運ばれて行く。大きな蟻を観察しているようだ。
「お嬢も立派になったよ……良くも悪くも」
両手の人差し指で頭に角を作り、楽しそうに笑っていた。
「昔は親父さんの後ろをついて歩く可愛い子供だったのに、今となっては立派な経営者の顔になったんだからな……俺の扱い方も嗜んじまったよ……」
「よほど嫁が怖いんだな」
「怖いと言うか、せっかくなら楽しい話をしたいじゃねぇか。惚れた女を困らせて喜ぶ男はいねぇって」
渋々といった表情で、マグナムは積み荷で一番大きなものを選び、軽々と持ち上げてしまった。
「そういえば、マグナムはメリアの父親を知ってるのか?」
「当然だ。このレストランを立ち上げたのは、お嬢の親父さんと俺の二人なんだから」
初期からマグナムはこのレストランにいたのか。なら、相当長い期間、ここにいるのだろう。見た目そこまで老体には見えないが、実際の年齢は思っているより遥かに上なのかもしれない。
「待て、なんでマグナムはこのレストランにいるんだ?」
「なんでって、普通に働いてるからだろ?」
「違う。なんで『まだ』このレストランにいるんだ?」
強調して質問すると、マグナムの足が止まった。
「誰かから話を聞いたか?」
「立派なメイド長様に、ここ半年の経緯をざっくりとな」
「ん~、まぁ話してやってもいいが。まずは積み荷を運ぶぞ。仕事が先だ。早く話の続きを聞きたかったら、さっさと運ぶぞ」
マグナムは再び運び始めた。その歩調は、少し早めだ。
俺は、返事はせずに、近くの積み荷を持ち上げるのだった。
☆
積み荷を運び終わったのは、それから一時間後ほどのことだった。
荷物が多いのと、保管場所の違い、食材の品質チェックなど、様々な工程をしているだけで、大きく時間をとられてしまった。それでも一時間程度に収められたのは、むしろ上々だと思う。若い雑用係の指揮を執り、どんどんと軽快に作業を果たしていく様子は、カリメロに似たものを感じた。どいつもこいつも、馬鹿なのに優秀だ。
全てを運び終わって、雑用係たちと一緒に大広間に向かうと、全員分のテーブルにすでに昼食用の料理が並んでいた。これはシチューだろうか。
最初に運んだものに、たしか大きな牛乳の樽があったはず。獲れたて新鮮な牛乳を使って作ったシチューの味は、大広間中に漂うそれの香りが物語っている。絶対に美味い。他にもニンジンのグラッセやポテトサラダ。香ばしい香りのバケット。これまた贅沢な食事になりそうだ。
「みんなご苦労様だ! 昼食をすでに用意してある。存分に食べてくれ。おかわりもしっかり用意してあるからな!」
「よっしゃ食うぞぉ!!」
マグナムの咆哮に呼応し、みんな一目散にテーブルについて食事を始めた。朝から長距離の運転に重労働の連続で、疲弊が頂点に達していたのだろう。一心不乱にご飯にかぶりついていた。
かくいう俺も、テーブルに座った時には急に空腹に襲われてしまった。朝の料理も美味かったが、特にこのシチューはその何倍も俺の食欲を誘ってきた。ここの調理人は、食べ物を出す度により美味いものを作っていく天才なのか?
「ちなみに、このシチューは私が作った。口に合えば嬉しいのだが」
耳を疑った。この美味いシチューはメリアが作ったのか? 確かに技術の取得や微細な調味料の数など、覚えて実践するくらいのことなら実力で出来そうな気がする。
純粋に、エプロン姿のメリアが俺のネットワークを駆使しても想像に難かった。でもそれを言ったら悪い事が起きる気がしたので、黙っていることにしよう。
スプーンでシチューを掬うと、ドロッとした感じで野菜にしっかりまとわりついてた。口に運ぶと、舌の上で乳製品特有の優しい甘さが疲れた脳まで貫いてくる。味覚の遠い場所から出汁が良い仕事をしていて、甘いはずなのにおかずにもなる最高の味となっていた。これは鶏出汁だろうか。きっと満腹でも、これなら食えるかもしれない。
朝と同様にバケットも用意されていた。これの美味さはすでに把握してある。
ただ、シチューを付けたバケットは朝の美味さを簡単に超越してきた。なぜこうも簡単な組み合わせでここまで他者を満足させられるのだろう。
「美味しい? プロト」
一心不乱に食っている俺の隣に、メリアが自分の配膳を持って腰を下ろした。
「美味い。本当にメリアが作ったのか?」
「そうよ。このレストランのレシピは全て把握してるから」
「何種類あるんだよ」
「まだ三桁には行ってないくらいかな?」
「それ全部作れるってことか……?」
「私の店だからね。どこか欠けても、補えるようにしてるわ」
メリアはしっかりと手を合わせてから、自分のバケットをちぎった。零れたパン粉がシチューの上に、雪のように舞う。
「もし調理人が当日欠勤になったら、コックコートを着てキッチンに立つことだってあるんだから」
「何でも出来るんだな。じゃあメイドが欠勤したら、メリアがメイド服を着て配膳したりするのか?」
「余計なことに頭を回さないで」
顔を赤らめながら俺の皿に、自分のバケットを乗せた。これでこの話を終わりにしろということだろうか。まぁ、その件についてはカリメロにでも聞いておこう。面白い話を聞けそうだしな。
「お嬢! 今日のシチューは格別だな!!」
バケットをちぎらずそのままかぶり付くマグナムが、無精髭にパン屑をつけながら歩いてきた。
「ありがとうマグナム。シチューが美味しいのは、あなた達が汗水流して食材を運んでくれたおかげよ」
「これで酒もあれば、最高なんだけどな!!」
「太陽が出てる時間の飲酒は許さないって言ってるでしょ? 酔ってる気分は楽しいんだろうけど、常に酔った状態だと、大切なことが起きた時にすぐ忘れてしまうんだから」
「俺くらいの歳になると、忘れたいことも出来てくるんだよ! がっはっは!」
マグナム、ちょっと遠めの席で食ってるはずなのに、隣にいるかのように会話してくる。あいつの隣に座ってる部下は鍛えられてるなぁ、鼓膜。
「そうだ。午前中に掃除をしたんだ」
「初仕事ね。お疲れ様」
食後のコーヒーを二人で飲みながら、窓から入ってきた風を浴びる。心地よい涼しさが、腹が満たされた体を優しく労わってくれた。
「このレストランの最上階に飾られている絵の掃除をしたんだよ」
「あぁ、あれ最近手入れが中々出来てなかったのよ。ありがとね。埃すごかったでしょ?」
「まぁそこそこな」
コーヒーで唇を改めて湿らせた。
「あの絵はなんだ?」
「知らない」
やけにあっさりとした返事だった。
「知らないってことは無いだろ? お前がここの支配人なんだし」
「本当に知らないのよ。私は子供の頃からずっとここに住んでいるけど、物心つく頃には既にあったし。だから、少なくとも二十年以上はあそこに飾られてるのよね」
言葉に嘘は無い。
知っているのは、メリアの親父さんか。
「メリアの親父さんは、今どこにいるんだ?」
「パパは、馬車で三日くらいの所にある小さな村で新しくレストランをしているわ。カリメロあたりが、その辺のことを教えてたと思ってたけど」
「あいつ、中途半端に隠しやがるんだ。性格悪いよな」
「あら、そういう所も可愛いじゃない?」
クスクスと笑い、窓の淵に肘を置いた。
「あの子、明るいし仕事も出来るしで、結構モテるのよ。美人だしね」
「一応な」
「何それ」
また笑った。
「一応、うちは社内恋愛禁止ではないから安心してね」
「あいにく、俺は恋愛はしないから安心しろ」
「誰だって、恋は無自覚からよ」
「知った口だな。誰か想い人でも?」
「そう思ってないと、心配なだけよ。自分にその手の話がないからね」
「メリアだって十分綺麗じゃんか」
「私もそう思う」
メリアはコーヒー先にを飲み干し、そのままキッチンの方へ向かった。
「もう少しゆっくりしてて良いわよ。私は先に行くから」
「あ? おう」
なんか、急にさらっと行ってしまった。なんだ?
「女性に綺麗と言うなんて、プロト様も隅に置けませんね」
「お前は当然のように現れるな、カリメロ」
本当にいつの間に居たんだ。
「プロト様、私は可愛いですか?」
「外見はな」
「メリアお嬢様は可愛いですか?」
「外見はな」
「なるほど、分かりました」
カリメロはニコニコとしたまま俺に背を向けてしまった。
「あなたは良くも悪くも正しいですね。女性の扱いに苦労しますよ」
「え、いやどういう事だよ!」
何度呼び止めても、一切止まらずに行ってしまった。
「え……なんだよ、マジ……」
立ちすくむ俺の肩を、マグナムは無言で叩いて親指を立てていた。
「青春してるか、プロト!」
「お前らはなんだ、瞬間移動でも出来んのか」
お前らの事、何も分からないよ、もう。
「圧巻だな、こんな量は」
レストランの正門を全開にして、帰ってきたメリア一行を迎え入れた。
近くを通る馬車が地面ごと揺らして進んでいく。
いくつかある馬車の一つを操縦していたのは、大男のマグナムだった。マグナムは俺に気付くや否や、馬から飛び降りて俺の元へやってきた。
「いやいや! 馬を放って来るなよ!?」
「あいつは利口な俺の愛馬だ。一人でもしっかり仕事をしてくれるから問題ねぇよ! むしろ俺より頭が良いかもしれねぇ! がっはっは!!」
相変わらず加減の知らない勢いで俺の背中を叩いてきた。朝食べたものが出てきそうになるのを必死に堪える。
「にしてもプロト! お前、スーツ似合うじゃねぇか。イケメンは何でも似合うんだな!!」
「スーツなんて、誰が来ても形になるもんさ」
「バカ野郎、俺が来たら弾け飛んじまうのがオチだ!」
そう言うマグナムは、確かに筋肉が大きすぎて体格が一般人と比べて異質なものになっている。よく言えば逆三角形、悪く言えばゴリラの擬人化だ。むしろ人間のゴリラ化か?
「マグナム、お前はゴリラか人間か、どっちなんだ」
「だったらゴリラにしてくれ。人間としては知能が低いかもしれんが、ゴリラとして考えるなら、間違いなく俺が最強の知能を持ってることになるからな!」
こざかしい知能を持ったゴリラだな。
「マグナム、プロト! 積み荷を降ろすわ! 手伝って!」
馬車から降りたのは、俺の主人であるメリアだった。ただの買い物のはずなのに、メリアは腕や腰など、軽度ではあるが甲冑のようなものを嵌めていた。しかも腰にはサーベルも所持しており、少なくともただの買い物という雰囲気では無かった。
「メリア、お前なんだその装備は」
「おはようプロト。この装備がどうかした?」
動きやすいようにまとめられたお団子ヘアをほどき、メリアが首を傾げた。
「ただの買い物にしては重装備だろう。そんな危険な所に行って来たのか?」
「危険というか、そもそも荷物や金目の物は狙われるから。町に出る時は、最低限の鎧を纏うのが常よ」
「そんな物騒な所なのか、ここは」
「まぁ、私が特別狙われやすいってだけだけどね。強盗とかには、私はお金持ちだし女だしで価値が高いだろうから」
平気な顔で答えながら、腕の装備を外した。近くにいた雑用係の男にそれを渡し、腰の剣も外す。
「まぁ、今回はマグナムがいてくれたから誰も襲ってこなくて、余計な心配になったけど」
「がっはっは! 俺はこの町の悪い奴とは大概殴り合ってきたからな! 俺の強さを知ってる奴は襲ってこねぇさ!」
見せつけるように腕の筋肉を隆起させた。
確かに、俺でも少し戦うのを躊躇ってしまいそうだ。護衛専用アンドロイドが、何を竦んでいるんだ、恥ずかしい。
「護衛なら俺がいるだろうに」
「あんだけうなされていたら、流石の私も起こせないわよ」
「そんなにうなされていたのか俺は……」
「お酒は程々にね。体に毒よ、あんなに飲んだら」
「がっはっは! アンドロイドが二日酔いたぁ、傑作じゃねぇか。もう完全に人間だぜ。機械の進歩だな!」
「マグナム、あなたもお酒は程々にね。あなたは二日酔いまではしない人だけど、馬車の中が酒臭くて大変だったわ」
「おっと、それはすまねぇ。おこちゃまなお嬢には、酒の匂いはキツかったな」
「……あなたの奥さんに言っとこうかな?」
「お前、その切り札はズリィぞ……親父に似てきたな、そういうとこ……」
メリアに聞こえないように小さな声で愚痴るマグナムは、大きな体をめいっぱい小さくして口を尖らせていた。
「愚痴るくらいなら、積み荷を早く運んでもらうわ。それが終わるまで、お昼ご飯はお預けだからね」
「へいへ~い」
メリアは最後に、俺に軽く手を振ってレストランへ去っていった。
山のような積み荷は、雑用係の手によってどんどん建物内に運ばれて行く。大きな蟻を観察しているようだ。
「お嬢も立派になったよ……良くも悪くも」
両手の人差し指で頭に角を作り、楽しそうに笑っていた。
「昔は親父さんの後ろをついて歩く可愛い子供だったのに、今となっては立派な経営者の顔になったんだからな……俺の扱い方も嗜んじまったよ……」
「よほど嫁が怖いんだな」
「怖いと言うか、せっかくなら楽しい話をしたいじゃねぇか。惚れた女を困らせて喜ぶ男はいねぇって」
渋々といった表情で、マグナムは積み荷で一番大きなものを選び、軽々と持ち上げてしまった。
「そういえば、マグナムはメリアの父親を知ってるのか?」
「当然だ。このレストランを立ち上げたのは、お嬢の親父さんと俺の二人なんだから」
初期からマグナムはこのレストランにいたのか。なら、相当長い期間、ここにいるのだろう。見た目そこまで老体には見えないが、実際の年齢は思っているより遥かに上なのかもしれない。
「待て、なんでマグナムはこのレストランにいるんだ?」
「なんでって、普通に働いてるからだろ?」
「違う。なんで『まだ』このレストランにいるんだ?」
強調して質問すると、マグナムの足が止まった。
「誰かから話を聞いたか?」
「立派なメイド長様に、ここ半年の経緯をざっくりとな」
「ん~、まぁ話してやってもいいが。まずは積み荷を運ぶぞ。仕事が先だ。早く話の続きを聞きたかったら、さっさと運ぶぞ」
マグナムは再び運び始めた。その歩調は、少し早めだ。
俺は、返事はせずに、近くの積み荷を持ち上げるのだった。
☆
積み荷を運び終わったのは、それから一時間後ほどのことだった。
荷物が多いのと、保管場所の違い、食材の品質チェックなど、様々な工程をしているだけで、大きく時間をとられてしまった。それでも一時間程度に収められたのは、むしろ上々だと思う。若い雑用係の指揮を執り、どんどんと軽快に作業を果たしていく様子は、カリメロに似たものを感じた。どいつもこいつも、馬鹿なのに優秀だ。
全てを運び終わって、雑用係たちと一緒に大広間に向かうと、全員分のテーブルにすでに昼食用の料理が並んでいた。これはシチューだろうか。
最初に運んだものに、たしか大きな牛乳の樽があったはず。獲れたて新鮮な牛乳を使って作ったシチューの味は、大広間中に漂うそれの香りが物語っている。絶対に美味い。他にもニンジンのグラッセやポテトサラダ。香ばしい香りのバケット。これまた贅沢な食事になりそうだ。
「みんなご苦労様だ! 昼食をすでに用意してある。存分に食べてくれ。おかわりもしっかり用意してあるからな!」
「よっしゃ食うぞぉ!!」
マグナムの咆哮に呼応し、みんな一目散にテーブルについて食事を始めた。朝から長距離の運転に重労働の連続で、疲弊が頂点に達していたのだろう。一心不乱にご飯にかぶりついていた。
かくいう俺も、テーブルに座った時には急に空腹に襲われてしまった。朝の料理も美味かったが、特にこのシチューはその何倍も俺の食欲を誘ってきた。ここの調理人は、食べ物を出す度により美味いものを作っていく天才なのか?
「ちなみに、このシチューは私が作った。口に合えば嬉しいのだが」
耳を疑った。この美味いシチューはメリアが作ったのか? 確かに技術の取得や微細な調味料の数など、覚えて実践するくらいのことなら実力で出来そうな気がする。
純粋に、エプロン姿のメリアが俺のネットワークを駆使しても想像に難かった。でもそれを言ったら悪い事が起きる気がしたので、黙っていることにしよう。
スプーンでシチューを掬うと、ドロッとした感じで野菜にしっかりまとわりついてた。口に運ぶと、舌の上で乳製品特有の優しい甘さが疲れた脳まで貫いてくる。味覚の遠い場所から出汁が良い仕事をしていて、甘いはずなのにおかずにもなる最高の味となっていた。これは鶏出汁だろうか。きっと満腹でも、これなら食えるかもしれない。
朝と同様にバケットも用意されていた。これの美味さはすでに把握してある。
ただ、シチューを付けたバケットは朝の美味さを簡単に超越してきた。なぜこうも簡単な組み合わせでここまで他者を満足させられるのだろう。
「美味しい? プロト」
一心不乱に食っている俺の隣に、メリアが自分の配膳を持って腰を下ろした。
「美味い。本当にメリアが作ったのか?」
「そうよ。このレストランのレシピは全て把握してるから」
「何種類あるんだよ」
「まだ三桁には行ってないくらいかな?」
「それ全部作れるってことか……?」
「私の店だからね。どこか欠けても、補えるようにしてるわ」
メリアはしっかりと手を合わせてから、自分のバケットをちぎった。零れたパン粉がシチューの上に、雪のように舞う。
「もし調理人が当日欠勤になったら、コックコートを着てキッチンに立つことだってあるんだから」
「何でも出来るんだな。じゃあメイドが欠勤したら、メリアがメイド服を着て配膳したりするのか?」
「余計なことに頭を回さないで」
顔を赤らめながら俺の皿に、自分のバケットを乗せた。これでこの話を終わりにしろということだろうか。まぁ、その件についてはカリメロにでも聞いておこう。面白い話を聞けそうだしな。
「お嬢! 今日のシチューは格別だな!!」
バケットをちぎらずそのままかぶり付くマグナムが、無精髭にパン屑をつけながら歩いてきた。
「ありがとうマグナム。シチューが美味しいのは、あなた達が汗水流して食材を運んでくれたおかげよ」
「これで酒もあれば、最高なんだけどな!!」
「太陽が出てる時間の飲酒は許さないって言ってるでしょ? 酔ってる気分は楽しいんだろうけど、常に酔った状態だと、大切なことが起きた時にすぐ忘れてしまうんだから」
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マグナム、ちょっと遠めの席で食ってるはずなのに、隣にいるかのように会話してくる。あいつの隣に座ってる部下は鍛えられてるなぁ、鼓膜。
「そうだ。午前中に掃除をしたんだ」
「初仕事ね。お疲れ様」
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「知らない」
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言葉に嘘は無い。
知っているのは、メリアの親父さんか。
「メリアの親父さんは、今どこにいるんだ?」
「パパは、馬車で三日くらいの所にある小さな村で新しくレストランをしているわ。カリメロあたりが、その辺のことを教えてたと思ってたけど」
「あいつ、中途半端に隠しやがるんだ。性格悪いよな」
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クスクスと笑い、窓の淵に肘を置いた。
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「一応な」
「何それ」
また笑った。
「一応、うちは社内恋愛禁止ではないから安心してね」
「あいにく、俺は恋愛はしないから安心しろ」
「誰だって、恋は無自覚からよ」
「知った口だな。誰か想い人でも?」
「そう思ってないと、心配なだけよ。自分にその手の話がないからね」
「メリアだって十分綺麗じゃんか」
「私もそう思う」
メリアはコーヒー先にを飲み干し、そのままキッチンの方へ向かった。
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「あ? おう」
なんか、急にさらっと行ってしまった。なんだ?
「女性に綺麗と言うなんて、プロト様も隅に置けませんね」
「お前は当然のように現れるな、カリメロ」
本当にいつの間に居たんだ。
「プロト様、私は可愛いですか?」
「外見はな」
「メリアお嬢様は可愛いですか?」
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「なるほど、分かりました」
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「あなたは良くも悪くも正しいですね。女性の扱いに苦労しますよ」
「え、いやどういう事だよ!」
何度呼び止めても、一切止まらずに行ってしまった。
「え……なんだよ、マジ……」
立ちすくむ俺の肩を、マグナムは無言で叩いて親指を立てていた。
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