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老婆

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 調味料の店は、大通りから少し外れた場所にあった、知る人ぞ知る隠れ家のような佇まいだった。
 あれだけ溢れかえっていた人込みは嘘のように無くなり、同じ街でもここまで景色が変わるものかと驚かされる。

「なんか急に静かになったな、この辺」
「……」
「行きつけの調味料店があるって聞いてたから、さぞ有名な店かと思ったらこんな辺境にまで連れてこられたから驚きだ。インターネットに検索しても該当する店がピックアップされないし、よほど隠れた名店なんだろうな!」
「……」
 
 何を話しかけても、メリアは俺の隣で黙々と歩くだけで返事を一向にしてくれない。原因は明らかなだけに、どうしようもない空気から抜け出せないでいた。息を吸っているはずなのに息苦しいなんて、こんな不思議な感覚もあるんだな……。
 メリアの横顔を覗き込むと、それに合わせて顔を背けてくる。ずっと見続けていると、顔を背けながらも横目でチラチラと俺が視線を外すのを伺っていた。
「こっち見ないで」
「そこまで怒らないでくれよ」
「怒ってない」
 十中八九、不機嫌な声で答えた。抑揚もなく、素っ気ない。

 どうすれば許してもらえるのだろう。
 二人の足音だけが、寂しく鳴り響く。時々聞こえるメリアの深い溜息が、さらに俺の心に重々しくのしかかってきた。

「反省してるんだ」
「今はプロトの声、聴きたくない」

 どうしよう。会話が一往復で終わる。
 これ以上適当に話しかけても、この溝は深まるばかり。ここから先は、全ての言動や返答を予測して、最適解を導き出さなければいけないのだ。

 そもそもメリアが怒っているのは、さっきの俺がした一連の行動が原因なのだろう。いくら俺がアンドロイドだからといって、淑女の体を不用意に触れたことが彼女の琴線に触れてしまったのだ。その時は、メリアに不要な感情を抱いてほしくなくて振舞ってしまったが、場所が悪かった。人が行き交う道の真ん中はどう考えても利口ではない。ただでさえ街で有名なレストランの令嬢であるメリアが往来でああいう目に合わされれば、世間的にも良い印象を与えはしない。
 加えて、誰がどう見ても異性としての意識をしてしまっているメリアに、俺はあろうことか『何も感じない。だからお前も感じるな』と淡々と言ってしまったのだ。
 そりゃ怒るよな、と今になってみれば、俺でも分かる。護衛だ何だの前に、アンドロイドとして失格だった。サンには、もう少し女性の扱いについてもデータを投入してほしかったよ。

 女性の心情に疎い俺に、メリアが許してくれそうな言葉がそう簡単に浮かんでくるわけがない。
 悩みが無意識に口に出て、唸ってしまう。

 それに見かねたメリアが、やっと口を開いてくれた。
「プロト、本当に私は怒ってないから。だからそこまで思いつめないでくれる?」
 溜息混じりな台詞は、鵜呑みにしても良いのだろうか。

 返事に迷っていると、またメリアが重々しく息を吸った。
「私は、これからどういう風にあなたに接していけばいいのかなって考えてたの」
「どういう風にって……」
「護衛専用アンドロイドとして事務的に接するべきか、人と生きるアンドロイドとして人道的に接するべきか」
 右の眉だけ上げたメリアの頬は、まだ微かに赤く見えたが気のせいかもしれない。

「私は、どうせなら護衛という面だけでなく、一緒に生活する共同体として接していけたらいいなと思ってた。あなたに最初に言った通りにね」
 メリアが俺に最初に言ったこと。それは、俺を人間として扱う、だった。変わった人だなと思ったから、今でも鮮明に覚えている。というか、まだ数日前の話だから、当然忘れるわけがない。

「でも、良くも悪くも適材適所って言葉があるからね。犬に猫の泣き声を訓練させても可哀想なだけだし、鳥は泳げなくても空を飛べれば幸せだし」
 ふとメリアが見上げた先に、小さな鳥が飛んでいた。雲一つない空を、一直線に飛び去っていく。
「プロトは、どう生きることが幸せなの?」
 メリアが俺の目を見つめる。
 それは、俺がまっすぐに見つめ返すには、あまりにも純粋すぎた。
 無意識に目を逸らす。
「俺は……まぁ護衛用アンドロイドだし、護衛を優先した生き方が出来ればいいと思っている。俺を作ってくれたサンへの恩返しにもなるからな」
「そう」
「だが、レストランの人間や、客を見ていると、人間同士の関係に興味が湧いてくるのも事実だ。親子や兄弟、恋人など、なんてことのない一般人にもドラマがある。それを、ただ食事をしている時にも感じる時があるんだ。自分を卑下するわけではないが、人間として生まれるのも良かったかもなんて考える日も来るかもしれない」
「うん」

 メリアは否定も肯定もせずに頷いた。足元の小さな石を、よく手入れされたベージュのハイヒールで軽く蹴って転がす。
「私は、プロトには楽しく生きてほしいんだよね。せっかく生まれてきたんだから」
「ただの護衛として生きていても、メリアやレストランの奴らと一緒にいれば暇はしなさそうだけどな」
「それは私も同感。楽しい仲間に囲まれてると、私って恵まれてるなって思うもん」
 メリアが蹴った石が変な転がり方をして、俺の前に来た。それを真似にて蹴ると、思った以上に転がっていって、路地裏に消えて行ってしまった。
「下手だね」
「うるせぇ」
 やっとメリアが笑ってくれた。
 その笑顔に、俺もつられて静かに口角があがるのを感じた。



 人気の無い道の先に、店と呼ぶには不衛生すぎる小さな小屋があった。軒下には、小屋より立派な蜘蛛の巣が張っていて、いつ捕まったものか分からないほど朽ち果てた蛾の死骸が付いている。窓も何年も手入れされていないのだろう。不自然に曇って、中の様子が一切伺えない。中から光が薄っすら見えるので、誰かがいるのは把握できるのだが、まさかこんな所で本当にレストランの調味料を打っているのだろうか。

「酷いな、ここ……。サンの小屋が立派に見えてくる」
「思うよね。私も初めてここに連れてきてもらった時、絶対に仕入れ場所を変えるべきだって抗議したもん。『不衛生すぎる!』って」
「誰に連れてきてもらったんだ?」
「パパよ。レストランの前任者」
 創設者がここを贔屓にしていたのなら、何かわけがあるのだろう。意味も無くこんな汚い店を利用するようじゃ、あそこまでレストランは繁盛しやしない。
「まぁ、中に入りましょう。プロトも驚くと思うわ」
 メリアがその古びた扉に手を伸ばす。すると、錆びで甲高い音を立て軋みながら、ひとりでに勢いよく開いた。
「凄いな、一応自動ドアなのか」
「え、いや。そんなはずじゃ……」

 その瞬間、何者かが一直線に飛び出してきた。子供だろうか。背丈なんて俺の腰までしかなかったぞ。
 何者かは俺とメリアの間を器用にすり抜け、あっという間に人気のない路地を駆けて行こうとする。
「ちょ、待てお前!」
 その背中に手を伸ばそうと振り返ると、その背中を追って店から、いかにも耄碌とした老婆が腰を曲げながら出てきた。
 まるで東洋の昔話にでも出てくるような服装、たしか着物だろうか? 紫を基調とした藤の花が華やかな柄が、老婆の物腰の落ち着きを一層表現している。腰に巻かれた白いエプロンは、小屋の外装とは似ても似つかないほどに清潔に保たれていた。

「おはよう、カブさん!」
 歩くのもやっとな老婆に、メリアが抱き着く。少し驚いた表情の老婆は、メリアの顔を見るなり嬉しそうに目を細め、皺々な手でその頭を優しく撫でた。
「あらあら、メリアちゃんじゃないか。よく来たね」
「カブさんも元気そうで嬉しいわ。朝ご飯はもう食べたの?」
「えぇ、だから今日も元気いっぱいよ」
 まるで孫と祖母のような光景に、俺は何とも声をかけづらく黙っていた。それに気付いた老婆が、ふと俺の方に目をやり、小さく会釈をした。
「あなたはどちら様かしら?」
「どうも、初めまして。メリアの護衛をしている、プロトです」
「メリアちゃんの彼氏さん?」
「違うわ、カブさん。彼は最近レストランで働くことになった、私の護衛なの」
「護衛ねぇ。たしかに、最近は物騒だから、そういうのも必要なのかもしれないね」
 メリアから離れたカブは、俺にそっと手を差し伸べた。
「初めまして、プロトくん。私はここでお店をしている、カブと言います。よろしくね」
 俺も軽く会釈を返し、差し出された手を握った。弱弱しいカブの手は、思った以上に力強く俺の手を握り返してくる。彼女は、見た目以上にしっかりした人のようだ。
 
 握手を終えたカブが、エプロンのポケットから老眼鏡を取り出してかける。そして、眉間に皺を寄せながら俺の顔をまじまじと観察してきた。
「あなた……綺麗な顔をしてるわねぇ」
 感嘆の声をあげながら、まっすぐに褒めてくれた。さすがに気恥ずかしくなって、鼻先を掻いた。
「また、どこぞの貴族様を連れてきたのかと思っちゃったわ」
「やめてよカブさん。あんな奴と一緒にしないで」
 特定の誰かを思い浮かべたように、メリアは眉をしかめる。普段から人間好きな性格のメリアがこんな顔をするなんて、よほど悪い奴もいたものだ。
「顔だけの話よ。顔だけは良かったからねぇ、あの貴族様は」
 カブもメリアと一緒になって嫌そうな顔をして、また二人で笑い合った。半世紀以上も歳の差があるはずなのに、その風景は同年代の娘同士の井戸端会議のように明るい印象を受けた。女性はいつまで経っても女性という事なのだろう。
「良かったね、プロト。カブさんもあなたの事、格好良いってさ」
 メリアが振り返って笑った。別に嬉しいわけではないが、無意識に俺も笑い返す。

「もっと二人とゆっくりお話しがしたくなっちゃったわ。ささ、お店に入ってお茶でもしましょう? 美味しいお茶菓子も用意するからね」
 カブが手招きし、店に俺たちを引き入れた。
 中は、まるで別世界のように整理された空間だった。外観からは想像がつかないほどに床や壁は磨かれている。木製の床はどこも軋まず、つい最近もワックスをかけたように輝いていた。壁は真っ白な壁紙が丁寧に貼られており、ところどころに花柄がペイントされている。市販のシールかと思い指でなぞると、それが直接筆で描かれたものだと分かった。控えめに小さく点々と描かれていながらも、その全てが抽象的な花ではなく、まるで模写かと錯覚してしまうほどの技術には驚きを隠せない。隅に描かれたカスミソウなんて、花弁の一つ一つまで再現されていた。
 そして、店の棚には壮観なほどに並べられた様々な調味料が入った小瓶が飾られている。一般的なものだと塩、砂糖、胡椒だが、その大半は俺でも検索してみなければ名称も分からないものばかりだ。一つを手に取ってみると、中の白い結晶が部屋の光を反射して、星を詰めたような輝きを帯びていた。
「プロト、子供みたいにはしゃいじゃって」
「はしゃいでなんかいねぇよ」
 小瓶を元の場所に戻し、店の端にあった椅子に腰かける。隣に座っていたメリアはニヤニヤと笑いながら、テーブルに頬杖をついていた。
「気になるなら、まだ見てていいのよ? カブさんが戻ってきたら声をかけるから」
「結構」

 今だニヤけるメリアを睨みつけていると、カブが人数分のティーカップとポットを乗せたお盆を持ち、輪をかけてゆっくりとした足取りで戻ってきた。零さないように気を付けているようだが、見ているこっちはカブが倒れないかひやひやしてしまう。
 俺は席を立ち、カブが運んでいるお盆を片手で持ち上げ、空いた片手でカブが座るであろう椅子を軽く引いてやった。
「先に座ってな。こういうのは、言ってくれればやるんだから」
「あらあら、ありがとうね。プロトくん」
 よっこいしょ、と椅子に座り、カブは少し深めに頭を下げた。
「気にするな。誰だってそうするだろ」
 三人分のティーカップを並べ、テーブルに設置された銀の茶葉入れを開ける。
 開けた瞬間、全身の力が抜けるような優しい茶葉の香りが鼻を抜けた。紅茶にはリラックス効果があると言われているが、こうやって実際に香りを味わってみると、それが本当なんだなと思い知らされる。
 深く吸い込んだ香りを、名残惜しく吐き出した。
「プロトくんは、お紅茶は好きなの?」
「いや、知識としてはあるが飲んだことはない」
 それを聞いたカブは、目を輝かせて俺から茶葉入れを受け取った。
「だったら、私がとっておきのお紅茶を飲ませてあげるわ」
「やった! カブさんの紅茶、待ってました!」
 さっきまで俺のことを子供扱いしていたメリアが、子供のように両手をあげて喜んでいた。
「お前、ガキみたいだな」
 お返しに言ってやったら、そんな言葉は意に介さず、キラキラと興奮した瞳で俺を見つめ返してきた。
「プロト、あなたは幸せ者であり、不幸者よ! カブさんの紅茶は最高なんだから」
「じゃあ、なんで不幸者なんだよ」
「毎日紅茶を飲む習慣があるくらい紅茶好きだった私が、カブさんの紅茶以外受け付けられなくなるくらいに美味しいから」


 何を言っているんだと鼻で笑っていたが、この数分後、俺もカブ以外の紅茶では満足できない体になっただなんて、誰にも言えやしない。日記にだけ、記すとしよう。
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