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暗黙
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店を派手に暴れたボネットは、片付けも慣れたものだった。絶対に間に合わないと思った荒れ放題な客間が、一時間もしないうちに元の綺麗な状態へと回復する。
「いや~いい汗かいたわ」
満足そうに額の汗を拭うボネットは、マグナムとメリア、俺と四人で俺の部屋に集まっていた。一際狭いわけではないが、元々が1人部屋だ。マグナムやボネットのような巨体が押し込まれれば、いやでも窮屈を感じてしまう。
大の大人が四人、小さな机を囲んで向かい合っていた。
「お飲み物はご用意いたしましたので、私はこれで失礼致します。何やら真面目なお話をされるようなので、メリアお嬢様はお店のことは私にお任せくださいね」
四人分の飲み物を持ってきてくれたカリメロは、メリアに微笑みかける。
「責任をもって、本日の業務を指示しますので」
「えぇ、何の心配もしていないわ。お願いね」
カリメロは返事をする代わりに、嬉しそうに口角を上げていた。
「カリメロちゃ~ん。私は氷水じゃなくて、お酒が飲みたいんだけどダメかな~?」
「お水を持ってくるように、とメリアお嬢様からの言伝でしたので、それは出来ません。あれだけ暴れたのですから、少しは反省してくださいね」
「へ~い……」
すっかり酒が抜けたボネットは、残念そうに身を縮こませ、コップの水にほんの少しだけ口を付けた。
「カリメロ! 俺は飲み物なんかより氷嚢が欲しいんだが、頼めるか? さっきトイレで鏡を見たら、顔面が馬鹿みたいに腫れあがってて驚いちまったぜ! がっはっは!!」
「あなたは明日にでも病院に行きなさい……きっと折れてるわよ、それ」
顔面が腫れあがったマグナムを直視できないカリメロは、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「なんだ、あいつ。おいプロト、俺の顔、そんなにヤバそうか?」
「むしろ、平気で喋ってるマグナムが怖いくらいにヤバいぞ」
たしか遠い島国にある日本という国の太古の伝承に『こぶとりじいさん』という話があった。頬に大きなまん丸なコブがある老人の話だ。
今のマグナムは、まさしくそんな感じである。それどころか、物語の老人よりコブが赤く、歪に腫れている分不気味に見えた。
「いいじゃないか、マグナム。多少顔が歪んでも、お前の顔は落ちぶれねぇよ」
ボネットがマグナムに肩を組んで高笑いする。狭い部屋に、喧しく反響した。
「あ~、笑った笑った…………さて」
さっきまで笑っていたボネットから、笑みが消えた。
足を組み、腕組みをして俺とメリアを睨みつける。
「手短に本題に入ろう。プロト、お前はいったい何者だ」
「初めに言った通りだ。ただのアンドロイドだよ」
「ただのアンドロイドは、その体力や腕力は人間の平均値の九割を最大して設定されているもんだろうが。そんな設定で、この私と渡り合えるわけないだろうが」
「奇跡って起こるんだな」
「あぁ、確かに戦いなんて奇跡の応酬だ。素人のパンチがプロの顎を捉えることだって不可能ではない」
大袈裟に語るボネットは、そのまま大きく息を吐いた。
「だが、私の関節技を腕力だけで抵抗するのは、不可能なんだよ」
俺もメリアも何も言い返せない。
マグナムだけが、興味津々な様子で笑っていた。
「なんだボネット。お前プロトに力負けしたのか? そりゃ悔しいわな!」
「それ以上馬鹿なこと言ってると、反対の顔も腫らしてやんぞ」
「これ以上顔が腫れたら、家で母ちゃんが俺の事分からなくなっちまうからやめてくれよ! がっはっは」
ボネットは、馬鹿笑いするマグナムに何か言おうとして、やめた。
「私はあんたが分からんよ。もう」
マグナムをいよいよ無視して、改めて俺に視線を向けた。
「プロト、お前はどこで作られた。正面切って言うのも気が引けるが、お前ははっきり言って失敗作だ。しかも、がっつり違法な危険物だ。早めに機関にでも連絡して修理してもらった方がいいと思うぞ。記憶とかはバックアップしてるだろうし、多少運動機能が落ちても問題ないだろ。今が高すぎるだけなんだから」
「ボネットさん……その事なんだけどね……?」
俺への言葉を遮るように、メリアが小さく手を挙げた。俺もボネットも、釣られてそちらに視線が向く。
「プロトは、特別なアンドロイドなの……」
「まぁ、一般的なアンドロイドじゃないのは身をもって体感したが」
「プロトの設定は、従来のアンドロイドとは違って、人を守るために調整された、新型作成のための試作品なの。例えば、貴族や重役を暗殺から守るためとか、子供を不意の事故から守るためとか」
「そういっても、違法なのには変わりない」
「違法なのは、今までそういった設定を制御できる技術が無かったからなんだよ。もしこれで、今の力が制御できることを立証できれば、プロトの存在は違法じゃなくて先駆者になるの。それって、凄いことじゃない?」
「……」
「今はまだ起動して数日しか経ってないから良い例も悪い例も見当たらないけど、問題を起こしていないのも事実。今後も正しく日常生活を送ってもらうために、私が責任をもって一緒に暮らしているの。色んなことを教えていくの」
「メリアがわざわざ背負わなきゃいけない責任なのか、それ」
メリアの言葉が止まった。
「そもそも、お前にそんな無神経な頼みをした馬鹿はどこにいる? 頼みを飲んだってことは、メリアにとってもある程度大事な人なんだろうけど、結局はお前に違法な品を使わせているヤバい奴なんだよ」
「でも、サンは私が悪党に襲われることが多いからって……」
「やっぱり、あいつか……」
ボネットは額に手を当て、どうしようもなく首を横に振った。
「あいつは研究熱心だが、愚直すぎる。いつか何かを滅ぼすぞ」
「失敗しないための努力を、私は見てきたわ」
「努力は免罪符じゃない」
一際大きな声で、ただ優しくボネットは言った。
「頑張ったからって、叶えちゃいけないものもあるんだよ」
「そもそも、もしプロトが制御不能になったらどうするんだ。サンは何か、プロトを緊急停止させるようなリモコンを渡したりしたのか? 何が起きても必ず安全に機能停止できるような手段をメリアに与えたか?」
「…………でも、絶対にそんなこと無いって」
「科学者が自分の作品に絶対なんて言葉を使う時点で半人前だ」
メリアの反論を一蹴して、肩を竦めた。
「そんなん、ただのエゴじゃねぇか」
それからしばらく沈黙が続いた。メリアからの返事を待っているようだが、埒が明かない様子だったため、ボネットは俺の方に気だるそうに眼を向けた。
「あ~……まぁ、こんなことを本人に聞くのも野暮ったい話なんだが」
「なんだ?」
「お前は自分の存在をどう見る」
「まだ足りない部分は多いと思う。だが、そこも踏まえて自分で学んでいきたい。こうして生まれた以上は、自分の命に愛着が湧いちまってるね」
「……そりゃ、そうだよなぁ」
また額に手を当てて溜息を一つ。ボネットは、粗暴は悪くて現実を突きつけつつも、俺の言葉やメリアの気持ちも考慮しようと必死に考えてくれていた。
「すまんな」
「いや、お前が悪いわけじゃ無い。無責任な友人を持ったメリアも悪いし……メリアの大事な友達を信用できない私も悪い」
「こんなぶっ飛んだ話なんだ。そうなっても仕方ない。むしろその反応の方が正常だろ。気にすんな。俺も気にしないから」
「……危険な力を持ちながらも、気遣いは出来るわけか。それに……」
ボネットは何か言い続けようとして、そのまま言い淀んだ。
きっと、手合わせしたからこそ感じる不安と信頼があるのだ。
心当たりがあるのは、最後の一撃。
俺は無意識にボネットの目を潰しに行った。それに気付いてから、咄嗟に拳に変えて攻撃をしたが、その一瞬をボネットは汗が目に入りながらも見ていたのかもしれない。
過剰防衛をしてしまうプログラムがありながら、それを制御できる理性がある。
危険でありつつも、一つの命として否定しきれない状態に、ボネットは言葉を慎重に選んでいるのだ。
「あ~もういい。やめた辞めた。私はこの件は不問にする。馬鹿なくせに頭使って、痛くなってきた」
突然立ち上がったボネットは、自分のコップを一気に飲み干し、マグナムの腕を引っ張って立ち上がらせた。
「な、なんだぁ!?」
「マグナム、お前は途中から良い顔で寝てたもんなぁ。ごめんなぁ、退屈な話で」
「ちょ、ボネットさん!? 本当に帰るの?」
「今はどうせ考えても答えは出そうにないからな」
心配そうな顔をするメリアの顔を優しく撫でたボネットは、慈愛に満ちた笑みでメリアの額にキスをした。
「何かあれば、すぐ助ける。ただ、何かある前に、対処できることは対処すること。分かったか?」
「うん」
「あと、プロト」
「何だ」
「メリアを守るってんなら、心身ともに守ってこそだからな」
「……あぁ」
☆
二人がいなくなった部屋は、静かさが耳に刺さり、騒がしかった。
いつの間にか、メリアが俺の手を掴んでいた。
メリアが手を離すまでの間、俺はただただ、窓から見える空を見上げていた。
「いや~いい汗かいたわ」
満足そうに額の汗を拭うボネットは、マグナムとメリア、俺と四人で俺の部屋に集まっていた。一際狭いわけではないが、元々が1人部屋だ。マグナムやボネットのような巨体が押し込まれれば、いやでも窮屈を感じてしまう。
大の大人が四人、小さな机を囲んで向かい合っていた。
「お飲み物はご用意いたしましたので、私はこれで失礼致します。何やら真面目なお話をされるようなので、メリアお嬢様はお店のことは私にお任せくださいね」
四人分の飲み物を持ってきてくれたカリメロは、メリアに微笑みかける。
「責任をもって、本日の業務を指示しますので」
「えぇ、何の心配もしていないわ。お願いね」
カリメロは返事をする代わりに、嬉しそうに口角を上げていた。
「カリメロちゃ~ん。私は氷水じゃなくて、お酒が飲みたいんだけどダメかな~?」
「お水を持ってくるように、とメリアお嬢様からの言伝でしたので、それは出来ません。あれだけ暴れたのですから、少しは反省してくださいね」
「へ~い……」
すっかり酒が抜けたボネットは、残念そうに身を縮こませ、コップの水にほんの少しだけ口を付けた。
「カリメロ! 俺は飲み物なんかより氷嚢が欲しいんだが、頼めるか? さっきトイレで鏡を見たら、顔面が馬鹿みたいに腫れあがってて驚いちまったぜ! がっはっは!!」
「あなたは明日にでも病院に行きなさい……きっと折れてるわよ、それ」
顔面が腫れあがったマグナムを直視できないカリメロは、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「なんだ、あいつ。おいプロト、俺の顔、そんなにヤバそうか?」
「むしろ、平気で喋ってるマグナムが怖いくらいにヤバいぞ」
たしか遠い島国にある日本という国の太古の伝承に『こぶとりじいさん』という話があった。頬に大きなまん丸なコブがある老人の話だ。
今のマグナムは、まさしくそんな感じである。それどころか、物語の老人よりコブが赤く、歪に腫れている分不気味に見えた。
「いいじゃないか、マグナム。多少顔が歪んでも、お前の顔は落ちぶれねぇよ」
ボネットがマグナムに肩を組んで高笑いする。狭い部屋に、喧しく反響した。
「あ~、笑った笑った…………さて」
さっきまで笑っていたボネットから、笑みが消えた。
足を組み、腕組みをして俺とメリアを睨みつける。
「手短に本題に入ろう。プロト、お前はいったい何者だ」
「初めに言った通りだ。ただのアンドロイドだよ」
「ただのアンドロイドは、その体力や腕力は人間の平均値の九割を最大して設定されているもんだろうが。そんな設定で、この私と渡り合えるわけないだろうが」
「奇跡って起こるんだな」
「あぁ、確かに戦いなんて奇跡の応酬だ。素人のパンチがプロの顎を捉えることだって不可能ではない」
大袈裟に語るボネットは、そのまま大きく息を吐いた。
「だが、私の関節技を腕力だけで抵抗するのは、不可能なんだよ」
俺もメリアも何も言い返せない。
マグナムだけが、興味津々な様子で笑っていた。
「なんだボネット。お前プロトに力負けしたのか? そりゃ悔しいわな!」
「それ以上馬鹿なこと言ってると、反対の顔も腫らしてやんぞ」
「これ以上顔が腫れたら、家で母ちゃんが俺の事分からなくなっちまうからやめてくれよ! がっはっは」
ボネットは、馬鹿笑いするマグナムに何か言おうとして、やめた。
「私はあんたが分からんよ。もう」
マグナムをいよいよ無視して、改めて俺に視線を向けた。
「プロト、お前はどこで作られた。正面切って言うのも気が引けるが、お前ははっきり言って失敗作だ。しかも、がっつり違法な危険物だ。早めに機関にでも連絡して修理してもらった方がいいと思うぞ。記憶とかはバックアップしてるだろうし、多少運動機能が落ちても問題ないだろ。今が高すぎるだけなんだから」
「ボネットさん……その事なんだけどね……?」
俺への言葉を遮るように、メリアが小さく手を挙げた。俺もボネットも、釣られてそちらに視線が向く。
「プロトは、特別なアンドロイドなの……」
「まぁ、一般的なアンドロイドじゃないのは身をもって体感したが」
「プロトの設定は、従来のアンドロイドとは違って、人を守るために調整された、新型作成のための試作品なの。例えば、貴族や重役を暗殺から守るためとか、子供を不意の事故から守るためとか」
「そういっても、違法なのには変わりない」
「違法なのは、今までそういった設定を制御できる技術が無かったからなんだよ。もしこれで、今の力が制御できることを立証できれば、プロトの存在は違法じゃなくて先駆者になるの。それって、凄いことじゃない?」
「……」
「今はまだ起動して数日しか経ってないから良い例も悪い例も見当たらないけど、問題を起こしていないのも事実。今後も正しく日常生活を送ってもらうために、私が責任をもって一緒に暮らしているの。色んなことを教えていくの」
「メリアがわざわざ背負わなきゃいけない責任なのか、それ」
メリアの言葉が止まった。
「そもそも、お前にそんな無神経な頼みをした馬鹿はどこにいる? 頼みを飲んだってことは、メリアにとってもある程度大事な人なんだろうけど、結局はお前に違法な品を使わせているヤバい奴なんだよ」
「でも、サンは私が悪党に襲われることが多いからって……」
「やっぱり、あいつか……」
ボネットは額に手を当て、どうしようもなく首を横に振った。
「あいつは研究熱心だが、愚直すぎる。いつか何かを滅ぼすぞ」
「失敗しないための努力を、私は見てきたわ」
「努力は免罪符じゃない」
一際大きな声で、ただ優しくボネットは言った。
「頑張ったからって、叶えちゃいけないものもあるんだよ」
「そもそも、もしプロトが制御不能になったらどうするんだ。サンは何か、プロトを緊急停止させるようなリモコンを渡したりしたのか? 何が起きても必ず安全に機能停止できるような手段をメリアに与えたか?」
「…………でも、絶対にそんなこと無いって」
「科学者が自分の作品に絶対なんて言葉を使う時点で半人前だ」
メリアの反論を一蹴して、肩を竦めた。
「そんなん、ただのエゴじゃねぇか」
それからしばらく沈黙が続いた。メリアからの返事を待っているようだが、埒が明かない様子だったため、ボネットは俺の方に気だるそうに眼を向けた。
「あ~……まぁ、こんなことを本人に聞くのも野暮ったい話なんだが」
「なんだ?」
「お前は自分の存在をどう見る」
「まだ足りない部分は多いと思う。だが、そこも踏まえて自分で学んでいきたい。こうして生まれた以上は、自分の命に愛着が湧いちまってるね」
「……そりゃ、そうだよなぁ」
また額に手を当てて溜息を一つ。ボネットは、粗暴は悪くて現実を突きつけつつも、俺の言葉やメリアの気持ちも考慮しようと必死に考えてくれていた。
「すまんな」
「いや、お前が悪いわけじゃ無い。無責任な友人を持ったメリアも悪いし……メリアの大事な友達を信用できない私も悪い」
「こんなぶっ飛んだ話なんだ。そうなっても仕方ない。むしろその反応の方が正常だろ。気にすんな。俺も気にしないから」
「……危険な力を持ちながらも、気遣いは出来るわけか。それに……」
ボネットは何か言い続けようとして、そのまま言い淀んだ。
きっと、手合わせしたからこそ感じる不安と信頼があるのだ。
心当たりがあるのは、最後の一撃。
俺は無意識にボネットの目を潰しに行った。それに気付いてから、咄嗟に拳に変えて攻撃をしたが、その一瞬をボネットは汗が目に入りながらも見ていたのかもしれない。
過剰防衛をしてしまうプログラムがありながら、それを制御できる理性がある。
危険でありつつも、一つの命として否定しきれない状態に、ボネットは言葉を慎重に選んでいるのだ。
「あ~もういい。やめた辞めた。私はこの件は不問にする。馬鹿なくせに頭使って、痛くなってきた」
突然立ち上がったボネットは、自分のコップを一気に飲み干し、マグナムの腕を引っ張って立ち上がらせた。
「な、なんだぁ!?」
「マグナム、お前は途中から良い顔で寝てたもんなぁ。ごめんなぁ、退屈な話で」
「ちょ、ボネットさん!? 本当に帰るの?」
「今はどうせ考えても答えは出そうにないからな」
心配そうな顔をするメリアの顔を優しく撫でたボネットは、慈愛に満ちた笑みでメリアの額にキスをした。
「何かあれば、すぐ助ける。ただ、何かある前に、対処できることは対処すること。分かったか?」
「うん」
「あと、プロト」
「何だ」
「メリアを守るってんなら、心身ともに守ってこそだからな」
「……あぁ」
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二人がいなくなった部屋は、静かさが耳に刺さり、騒がしかった。
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