99.99%人間

2R

文字の大きさ
25 / 33

同族

しおりを挟む
「飯屋の令嬢との喧嘩は終わったのかい?」

 スターチスから何気なく問われた質問は、くしくも俺が話したい内容そのものだった。突拍子もない問いに一瞬珈琲を喉に詰まらせかけたが、すんでの所で留めた。

「どうしてそれを……」
「街じゃ有名な話さ」

 スターチスはプリンを一口頬張る。

「この街の人間は、みんなあの飯屋が好きなんだ。何か起きれば、誰かが察する」
「それは何とも……恥ずかしい話だ」

 俺とメリアのことを、客はみんな気付いていたのか。
 ……まぁ、そうだろうな。あれだけあからさまに動揺されれば、いくら取り繕ってもボロが出る。

「だが、あの店が愛されているのは嬉しい話だ」
「あぁ、それは保証する」

 小瓶の底のプリンをかき集めながら、スターチスは頷いた。

「俺も同居人も、あそこの飯も人も嫌いじゃない。こんな見た目の俺がいても嫌な目をしないし、同居人に対しても良い接客をしてくれる」
「当然だ。うちの店は全てにおいてレベルが高いからな」

 つい嬉しくなって、声が大きくなった。
 スターチスは小さく笑いながら、最後の一口を口に入れた。

「『うちの店』か」
「わ、悪いかよ」
「いいや。尚更、あの飯屋が好きになっただけさ」

 スターチスは、珈琲で唇を濡らした。プリンにさぞ満足したのだろう。空になった小瓶を寂しげに手で弄んでいる。

「……美味いものは、すぐに無くなるからつまらん」

 低くて渋い声で、なんて可愛いことを言っているんだ。

「プリンは沢山買ってあるから、もう一個くらい食べても良いんじゃないか?」
「だが、同居人も食べるだろうし……」
「同居人の分はしっかり残せばいい。だろ?」
「……お前はなんとも柔軟性のあるアンドロイドなんだな」

 微かな罪悪感が残っていそうなスターチスは、悩む表情をしながらも、けっこう軽快な足取りで冷蔵庫に向かい、プリンを二つ取り出して持ってきた。

「そんなに食べるのか?」
「お前の分だ」

 スターチスは俺の前にもプリンを置き、小さく微笑んだ。

「これで同罪だ」
「……だな」

 俺はそれを受け取り、自分の方へ引き寄せた。

「それほど柔軟な思考があれば、他者との喧嘩なんて簡単に回避できるだろう。なぜ困っている」

 ペリッと小瓶の蓋を開ける。スターチスの頬がショートして火花が散る。

「う~ん……」

 なんと説明すればいいのだろうか。
 返事をする前に、珈琲を口に含むことで時間を稼いだ。

 そもそもこうなっている理由が『俺が人間より強い力を持つアンドロイドだから』という以上、俺の存在が罪であることを口外しなければならない。だが、それを平気で受け入れる者は少ないどころか、いないのかもしれない。
 レストランの人達はそこも受け入れてくれたが、それはあくまで内輪の話。部外者に言っても良いものではないはず。

「詳細は難しくて省くが……メリアが、俺のことを心配し過ぎているんだ。俺はまだ起動して一週間くらいしか経っていないアンドロイドだから」

 力の話は抜いて、なるべく嘘の無いように伝えた。
 スターチスもそれを聞いて、何度か頷いて見せた。

「なるほど。だが、それなら初めから関係性に問題があるはずだろう。なぜ後から心配になり始めたんだ?」
「えっと……最近俺がミスをしたからかな?」

 冷や汗が止まらない。

「ミスくらいで怒るのか、飯屋の令嬢は。噂と違って器が小さいのか」
「いや、本当にミスをした時はしっかり教えてくれる。優しいんだ」
「では、それが原因ではないということだ」

 なぜ俺は否定してしまったんだよ。馬鹿か? この人工的な頭脳を持ってるのに。
 落ち着くために珈琲を一口。もう味に集中できん。

 俺の反応はさぞ滑稽だったろう。
 スターチスは、大きく息を吐いた。

「プリンの礼だ。深くは聞かない。だが、お前の反応をみるに、何か悪いことをしたというわけでは無さそうだな」
「……なんでそう言い切れるんだ」
「お前のように嘘が下手な奴が、悪い事を出来るわけないだろ」

 鼻で笑いながら、スターチスは言った。

「頭が良いからこそ、悪いことをしてしまうものだ」

 そして、プリンを一口頬張って頬をショートさせた。

「ま、今の言葉は同居人の受け売りなんだがな」
「素敵な感性を持った人なんだな、同居人さんは。一度お会いしたいもんだ」
「あれは俺のものだ。すまんな」
「取ったりしないさ」
「顔が良い男には何も思わないが、気の利く男は危険だからな」

 そういって珈琲を飲むスターチスは笑っていた。

「スターチスは、同居人のことが好きなのか?」
「…………」

 途端に、めちゃくちゃ頬がショートし始めた。

「……そ、そもそも好きという言葉の意味が多すぎて困る。好意的な好きもあれば恋愛的な好きもある。これは一般的だが、特殊な条件下では皮肉を込めた敵対的な好きもあるわけで、結局のところどれに対応するのか分からないのだが」
「あー、うん。だいたい察した」

 なるほど。

「アンタも悪い奴じゃないみたいだな」
「何が言いたい」
「嘘が下手なもの同士、仲良くしようぜって言いたいだけさ」

 同居人の受け売りというか、絶対直接言われたんだろうな。

 抑えきれないニヤケ顔で見ていると、スターチスは不満そうに低く唸った。

「ふん。生きていれば、誰かに好意を持つこともある」
「アンドロイドでもか?」
「当然だ」
「だけど、俺はそもそも無いんだよ。恋愛感情が」

 ありきたりだが、俺は自分の胸に手を当ててみた。
 もし恋をするならば、ここが熱くなるのだろう。
 もし愛を知るならば、ここが高鳴るのだろう。

「それが、最初からインプットされてないんだ」

 だってそれは、俺が護衛専用に作られたアンドロイドだから。
 守ることだけが目的のアンドロイドだから。

「何を言っているんだ?」

 俺の言葉に、スターチスは何ともなしに、こう答えた。

「どのアンドロイドも、そもそも恋愛感情なんてインプットされていないぞ」

 俺は、耳を疑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...