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感情
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「アンドロイドは、みんな恋愛感情をインプットされていない、だって?」
「そうだ。知らなかったのか?」
さも常識のようにスターチスが頷く。そこまで普通の情報だったのか?
「俺だって、元から誰かを愛するようにプログラミングされているわけではない。結婚しているアンドロイドも、恋愛小説を書いているアンドロイドも、みんな生活の過程でその感情が生まれたりした結果、そうなっているだけだ」
少しぬるくなった珈琲を一口飲んで、小さく息を吐いた。
「プログラムされた恋愛感情なんて、むしろ気持ちが悪いと思わないか?」
返す言葉が見つからなかった。なんせ、今まで信じてた常識をたった一言で覆されたのだから、思考が追い付きやしない。
「人間だって、成長の過程でそういうのは学んでいく。俺達アンドロイドも一緒さ」
「そ……そうなのか……」
「……お前は、自分は誰とも恋をしないものだと思っていただろ」
図星を突かれ、無言で頷いた。
「俺だって、そうだよ」
スターチスは椅子の背もたれに体重をかけた。
「こんな体だ。一人で朽ちていくものだと思っていた」
「そんな事はない。君はとても良い人じゃないか」
「多少は丸くなったからな」
スターチスは、自分の掌を見つめた。指を一本ずつ曲げ、それをゆっくりと開く。
「俺は特に外見に自信があったわけではない。だが、平均的なレベルは達していたと思っていた」
「初めからそんな姿だったわけではないんだな」
「当然だ。不良品も良い所じゃないか」
笑い飛ばし、珈琲の最後の一口を飲み干した。
「だから、この姿になってすぐの頃は、何度も死のうと思ったさ」
「……」
「まぁ、アンドロイドは自殺できないようにプログラムされているんだけどな」
乾いた笑い声がスターチスから発せられる。それは、今が如何に充実していようが消えることのない悲しき記憶の音だった。
「当時は全ての感情を失っていた俺でも、最後には恋をして今に至る。感情なんて、人やアンドロイドに限らず、分からないものさ」
「じゃ、じゃあ、俺も恋をするかもしれないのか?」
「すべての関係性がそこを辿るわけではないけどな」
友人関係になったり、畏敬になったり、犬猿の仲になったり、関係性は様々だ。どれに至るかなんて、もはや運以外の何物でもない。
「だがまぁ、今はお前が、飯屋の令嬢と仲直りしたいと思っているってだけで良い」
「仲直りって……喧嘩しているわけではないし……」
「でも、見ず知らずの奴に助言をもらいに来るほどには、悩んでたらしいしな」
俺が何も言い返せずに歯噛みしている様子をみて、スターチスは嬉しそうに鼻を鳴らした。自分が冷やかされた分のお返しでもしたつもりなのか。
……彼には、どこか勝てない気がした。
「俺はただ、普段のメリアに戻ってほしいだけだ」
「なら、することは決まっているだろう」
スターチスは、椅子から立ち上がり、俺の珈琲のコップを持ってキッチンへ持っていく。
「こんな所で油を売ってないで、早く飯屋の令嬢と話をしろ」
水道の蛇口を捻り、勢いよく水が出てきた。
黒く汚れたティーカップが、一瞬で元の真っ白な色に戻る。
「女は、時間が経つと中々元に戻らなくなるぞ」
何を適当なことを。
メリアは君が思うより何倍も単純で、快活な女性なんだ。そんな風に根に盛ったり、陰湿な風になったりは絶対にしない。
そう分かっているはずなのに、スターチスの言葉を否定する声が全く出せなかった。
「どうすれば元に戻るかな」
「んなもん、簡単だ」
綺麗に洗ったプリンの小瓶を布巾で拭き取り、それを机に置いた。
「相手の事を考えて行動すれば、何だっていい」
「そんな単純なことか?」
「そんなことも知らないのか。どんなに複雑なことでも、有効な一手は決まって単純な動作なんだよ」
蛇口を締め、俺の方を見た。
「それとも、お前の気持ちは、そんじょそこらの小手先にも劣るものなのか?」
そう言われて、俺は思わず椅子から立ち上がってしまった。
心がそわそわして、居ても立ってもいられない。
「俺、帰るよ」
「次来る時は二人で来な。同居人も喜ぶだろう」
駆け足で玄関に行き、靴を履いていると、スターチスが小さな手提げ袋を渡してきた。中身はよく分からないが、仄かに甘い香りがした。
「カップケーキだ。土産にするといい」
「俺から押しかけておいて、貰うなんて悪いよ」
「気にするな。俺が趣味で作っただけの、安物だ」
自分で作ったのか? 甘党だとは気付いていたが、そのレベルだとは。
「ありがとう。メリアも喜ぶよ」
礼を言い、そのままスターチスの家を出た。心地よい音色を潜り抜け、そのまま俺は走って帰る。
俺は自分のことですら、知らないことが多かった。きっと、もっともっと分からないことがあるに違いない。それでも、間違っていない部分もある。
このカップケーキをメリアに食べさせたら、喜ぶかな。
その時、話をしてみようと思う。今日であったアンドロイドの話を。
友達が出来た、と。
☆
同居人が帰って来てから、俺は今日のことを話した。
プロトのために、素性は隠しておいたが『こんな奴が来て、こんな話をしたんだ』とプリンを二人でつつきながら伝えると、同居人は楽しそうに頷いていた。
「恋愛感情が無いとか、人を好きにならないとか、恥ずかしいことを言っていたが、あいつは良い奴だと思う。良い方に転がってほしいものだ」
「そっか~」
同居人は、満面の笑みで俺を見た。
「昔のスターチスさんと、まったく同じことを言ってたんだね」
そして、トコトコと俺の横へ来て、抱き着いてきた。
「…………」
「今ではこんなに、私の事を好きになってくれてるのに」
「…………」
「ねぇねぇ、昔のスターチスさんの真似をしていい?」
「駄目だ」
「『俺は……愛なんて要らない……一人でいいんだ』」
「駄目だと言っただろうが……!」
余計な話をしなければ良かった。
抱き着いてくる同居人を振り払うわけにもいかず、頬の火花を散らしながら、同居人の頭を優しく撫でてやるのだった。
「そうだ。知らなかったのか?」
さも常識のようにスターチスが頷く。そこまで普通の情報だったのか?
「俺だって、元から誰かを愛するようにプログラミングされているわけではない。結婚しているアンドロイドも、恋愛小説を書いているアンドロイドも、みんな生活の過程でその感情が生まれたりした結果、そうなっているだけだ」
少しぬるくなった珈琲を一口飲んで、小さく息を吐いた。
「プログラムされた恋愛感情なんて、むしろ気持ちが悪いと思わないか?」
返す言葉が見つからなかった。なんせ、今まで信じてた常識をたった一言で覆されたのだから、思考が追い付きやしない。
「人間だって、成長の過程でそういうのは学んでいく。俺達アンドロイドも一緒さ」
「そ……そうなのか……」
「……お前は、自分は誰とも恋をしないものだと思っていただろ」
図星を突かれ、無言で頷いた。
「俺だって、そうだよ」
スターチスは椅子の背もたれに体重をかけた。
「こんな体だ。一人で朽ちていくものだと思っていた」
「そんな事はない。君はとても良い人じゃないか」
「多少は丸くなったからな」
スターチスは、自分の掌を見つめた。指を一本ずつ曲げ、それをゆっくりと開く。
「俺は特に外見に自信があったわけではない。だが、平均的なレベルは達していたと思っていた」
「初めからそんな姿だったわけではないんだな」
「当然だ。不良品も良い所じゃないか」
笑い飛ばし、珈琲の最後の一口を飲み干した。
「だから、この姿になってすぐの頃は、何度も死のうと思ったさ」
「……」
「まぁ、アンドロイドは自殺できないようにプログラムされているんだけどな」
乾いた笑い声がスターチスから発せられる。それは、今が如何に充実していようが消えることのない悲しき記憶の音だった。
「当時は全ての感情を失っていた俺でも、最後には恋をして今に至る。感情なんて、人やアンドロイドに限らず、分からないものさ」
「じゃ、じゃあ、俺も恋をするかもしれないのか?」
「すべての関係性がそこを辿るわけではないけどな」
友人関係になったり、畏敬になったり、犬猿の仲になったり、関係性は様々だ。どれに至るかなんて、もはや運以外の何物でもない。
「だがまぁ、今はお前が、飯屋の令嬢と仲直りしたいと思っているってだけで良い」
「仲直りって……喧嘩しているわけではないし……」
「でも、見ず知らずの奴に助言をもらいに来るほどには、悩んでたらしいしな」
俺が何も言い返せずに歯噛みしている様子をみて、スターチスは嬉しそうに鼻を鳴らした。自分が冷やかされた分のお返しでもしたつもりなのか。
……彼には、どこか勝てない気がした。
「俺はただ、普段のメリアに戻ってほしいだけだ」
「なら、することは決まっているだろう」
スターチスは、椅子から立ち上がり、俺の珈琲のコップを持ってキッチンへ持っていく。
「こんな所で油を売ってないで、早く飯屋の令嬢と話をしろ」
水道の蛇口を捻り、勢いよく水が出てきた。
黒く汚れたティーカップが、一瞬で元の真っ白な色に戻る。
「女は、時間が経つと中々元に戻らなくなるぞ」
何を適当なことを。
メリアは君が思うより何倍も単純で、快活な女性なんだ。そんな風に根に盛ったり、陰湿な風になったりは絶対にしない。
そう分かっているはずなのに、スターチスの言葉を否定する声が全く出せなかった。
「どうすれば元に戻るかな」
「んなもん、簡単だ」
綺麗に洗ったプリンの小瓶を布巾で拭き取り、それを机に置いた。
「相手の事を考えて行動すれば、何だっていい」
「そんな単純なことか?」
「そんなことも知らないのか。どんなに複雑なことでも、有効な一手は決まって単純な動作なんだよ」
蛇口を締め、俺の方を見た。
「それとも、お前の気持ちは、そんじょそこらの小手先にも劣るものなのか?」
そう言われて、俺は思わず椅子から立ち上がってしまった。
心がそわそわして、居ても立ってもいられない。
「俺、帰るよ」
「次来る時は二人で来な。同居人も喜ぶだろう」
駆け足で玄関に行き、靴を履いていると、スターチスが小さな手提げ袋を渡してきた。中身はよく分からないが、仄かに甘い香りがした。
「カップケーキだ。土産にするといい」
「俺から押しかけておいて、貰うなんて悪いよ」
「気にするな。俺が趣味で作っただけの、安物だ」
自分で作ったのか? 甘党だとは気付いていたが、そのレベルだとは。
「ありがとう。メリアも喜ぶよ」
礼を言い、そのままスターチスの家を出た。心地よい音色を潜り抜け、そのまま俺は走って帰る。
俺は自分のことですら、知らないことが多かった。きっと、もっともっと分からないことがあるに違いない。それでも、間違っていない部分もある。
このカップケーキをメリアに食べさせたら、喜ぶかな。
その時、話をしてみようと思う。今日であったアンドロイドの話を。
友達が出来た、と。
☆
同居人が帰って来てから、俺は今日のことを話した。
プロトのために、素性は隠しておいたが『こんな奴が来て、こんな話をしたんだ』とプリンを二人でつつきながら伝えると、同居人は楽しそうに頷いていた。
「恋愛感情が無いとか、人を好きにならないとか、恥ずかしいことを言っていたが、あいつは良い奴だと思う。良い方に転がってほしいものだ」
「そっか~」
同居人は、満面の笑みで俺を見た。
「昔のスターチスさんと、まったく同じことを言ってたんだね」
そして、トコトコと俺の横へ来て、抱き着いてきた。
「…………」
「今ではこんなに、私の事を好きになってくれてるのに」
「…………」
「ねぇねぇ、昔のスターチスさんの真似をしていい?」
「駄目だ」
「『俺は……愛なんて要らない……一人でいいんだ』」
「駄目だと言っただろうが……!」
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