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勉強
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最近、夜に眠れない日々が続いている。
今日もカリメロに怒られて、自分の部屋に帰ってからも頭の中で考えがグルグルと回ってしまい、一向に睡魔が襲ってくれないのだ。
どうせベッドで横になっても眠れないから、眠くなるまでテーブルに向かうことにした。いつもは数行しか書かない日記を、今日は頭に浮かぶ思考の全てを書き連ねてみる。アンドロイドとしては、こんなことをする意味も無いのだが。
それでも、黙々と何かをするというのは、不思議と集中することが出来て良い。
ペンが紙の上を踊る軽快な音が聞こえなくなっていく。自分の呼吸音に気付かなくなっていく。肌寒さも、外で鳴くフクロウの声も、どんどん鈍く遠くなっていった。
そして、完全に思考の世界に落ちた俺は、何の音も聞こえない意識の中でカリメロの言葉を反芻するのだ。
『あなたはメリアお嬢様から離れるのが最適解だと思いますか?』
当然、最適解だと思った。コンピューターの思考回路を持つ俺が編み出した答えなのだ。自信があって当然。
でも、今となっては、その自信に亀裂が入っている。
そういえば、メリアの家族の話をしっかりと聞いたことは無かった。そもそも、明確な家族の形なんて、起動したてのアンドロイドである俺に分かるはずもない。
知らないものを知らないままで考えるのは、時間の無駄でしかない。
だからといって、直接メリアに聞いてもいけないような気がする。またカリメロにとやかく言われては敵わない。あまりレストランのメンバーには頼れない話だ。
「そうだ。明日の夜は、あそこに行こう」
そう思った所で、ペンのインクが切れた。
時計は夜の一時を過ぎていた。
☆
若干の寝不足だったが、たいして支障も無かった。
いつも通りスーツに腕を通し、ネクタイを締めながら一階の作業場へ向かう。
階段を降りているところで、ばったりとカリメロとメリアに会ってしまった。まず昨日のことを謝るべきかと思ったが、俺の考えを察したカリメロは、先に俺に声をかけてくれた。
「あら、プロト様! おはようございます! 今日も良い天気ですね」
いつものカリメロ。お調子者で、明るいメイド長だ。
つまり、いつも通りにしろという事か。了解。
「おう。おはよう。メリアもおはよう」
「うん、おはよ」
メリアは明らかに元気がなかった。原因はどう考えても昨日の俺の言葉なのだろう。せっかく整った顔なのに、目の赤らみが収まりきっておらず、泣いたのが誰でも分かってしまう。
「私は今日は、厨房の手伝いに回るわ。フロアは、カリメロとプロトにお願いね」
「は~い! 畏まりました。今日も忙しくなるでしょうし、メリアお嬢様も頑張ってくださいね~」
カリメロはメリアの背中を優しく叩きながら、ひょうきんな口調で笑い飛ばした。それに釣られて微笑むメリアの横顔を見ると、俺も安心してしまった。
「じゃあ、私は今日の食材の確認に行くから、先に行くね」
メリアが足早に去っていく。その背中を二人で眺め、角を曲がって見えなくなったところでカリメロが俺に改めて話しかけてくる。
「昨晩は、考えてくれましたか?」
「あぁ。だが、良く分からない。気が付いたら三時間くらい考えてたが、それでも良く分からないんだ」
「コンピューターって、柔軟性が無いからダメですよね」
ムッとしてカリメロを睨むと、カリメロはわざとらしく別の方向を見ながら口笛を吹いていた。
「きっと俺が言うべき言葉は分かっている。メリアが求めている言葉はな」
「ふむ」
「だが、その意味を理解できていない。適当にその場のノリに合わせてしまえば、すぐにメリアの機嫌を直すことも出来るだろうが……それじゃダメだろ」
「……まぁ、そうですね」
「俺は本当の意味でメリアとの未来を考え、理解した上で言葉にしたいんだ」
「ほぅ……」
「だから、今日の仕事が終わったら、それを教えてくれる人の所へ行って、色々と話を聞いて来ようと思うんだ」
「それはまた、殊勝な考えですね」
特に思ってなさそうに、自分のメイド服のリボンを整えていた。
「して、どちらへ行くのですか? スターチスさんなら、辞めといた方がいいですよ。あの方は、夜は誰にも会わない主義なので」
「そうなんだ」
「同居人との時間を大切にする方なので」
そう言ってカリメロは、わざとらしく上品に笑って見せた。
「まぁ、今日行こうと思っていたのはスターチスじゃない」
それは意外ですね、とカリメロが呟いた。
「今日行くのは、サンの所だ」
「サン様ですか……何故?」
心底不思議そうにカリメロは首を傾げた。
「いやだって、俺の親みたいなもんだろ? サンって。それに、サンは人間なんだ。家族だっている。ちょうど起動して一週間も経ったし、簡単な身体検査をしてもらいながら、家族について教えてもらおうと思ってな」
「なるほど……私もサン様の家族関係は知りませんが、たしかに新しい話は聞けそうですね」
「だろ? だから今日は、一切残業する必要がないくらいに働きまくるぜ!」
話をしていると、無性にやる気が込み上げてくる。
歩くカリメロを置いて、俺は足早にフロアの掃除へと向かうのだった。
☆
「プロト様、中々行動力はあるんですよねぇ」
走るプロト様を見ながら、誰もいない廊下で一人ごちる。なんとも寂しいものです。私もプロト様みたいな殿方……は結構なので、まともな殿方に愛されたいものですね。
「まぁ、彼の場合は愛なのか否か、私にも分かりませんけど」
人もアンドロイドも同じ。愛は、勘違いの場合もある。
のぼせて茹だって、冷えてみたら食えたものじゃなくて。
勘違いの愛ほど無価値なものはありません。
「でも……」
メリアお嬢様の涙を見て、彼は自分なりに動いていますよ。
「愛されてるじゃありませんか、ねぇ」
どうしてこう、聞かせてやりたい言葉は本人のいない所で吐くんでしょうね。
あのポンコツは。
今日もカリメロに怒られて、自分の部屋に帰ってからも頭の中で考えがグルグルと回ってしまい、一向に睡魔が襲ってくれないのだ。
どうせベッドで横になっても眠れないから、眠くなるまでテーブルに向かうことにした。いつもは数行しか書かない日記を、今日は頭に浮かぶ思考の全てを書き連ねてみる。アンドロイドとしては、こんなことをする意味も無いのだが。
それでも、黙々と何かをするというのは、不思議と集中することが出来て良い。
ペンが紙の上を踊る軽快な音が聞こえなくなっていく。自分の呼吸音に気付かなくなっていく。肌寒さも、外で鳴くフクロウの声も、どんどん鈍く遠くなっていった。
そして、完全に思考の世界に落ちた俺は、何の音も聞こえない意識の中でカリメロの言葉を反芻するのだ。
『あなたはメリアお嬢様から離れるのが最適解だと思いますか?』
当然、最適解だと思った。コンピューターの思考回路を持つ俺が編み出した答えなのだ。自信があって当然。
でも、今となっては、その自信に亀裂が入っている。
そういえば、メリアの家族の話をしっかりと聞いたことは無かった。そもそも、明確な家族の形なんて、起動したてのアンドロイドである俺に分かるはずもない。
知らないものを知らないままで考えるのは、時間の無駄でしかない。
だからといって、直接メリアに聞いてもいけないような気がする。またカリメロにとやかく言われては敵わない。あまりレストランのメンバーには頼れない話だ。
「そうだ。明日の夜は、あそこに行こう」
そう思った所で、ペンのインクが切れた。
時計は夜の一時を過ぎていた。
☆
若干の寝不足だったが、たいして支障も無かった。
いつも通りスーツに腕を通し、ネクタイを締めながら一階の作業場へ向かう。
階段を降りているところで、ばったりとカリメロとメリアに会ってしまった。まず昨日のことを謝るべきかと思ったが、俺の考えを察したカリメロは、先に俺に声をかけてくれた。
「あら、プロト様! おはようございます! 今日も良い天気ですね」
いつものカリメロ。お調子者で、明るいメイド長だ。
つまり、いつも通りにしろという事か。了解。
「おう。おはよう。メリアもおはよう」
「うん、おはよ」
メリアは明らかに元気がなかった。原因はどう考えても昨日の俺の言葉なのだろう。せっかく整った顔なのに、目の赤らみが収まりきっておらず、泣いたのが誰でも分かってしまう。
「私は今日は、厨房の手伝いに回るわ。フロアは、カリメロとプロトにお願いね」
「は~い! 畏まりました。今日も忙しくなるでしょうし、メリアお嬢様も頑張ってくださいね~」
カリメロはメリアの背中を優しく叩きながら、ひょうきんな口調で笑い飛ばした。それに釣られて微笑むメリアの横顔を見ると、俺も安心してしまった。
「じゃあ、私は今日の食材の確認に行くから、先に行くね」
メリアが足早に去っていく。その背中を二人で眺め、角を曲がって見えなくなったところでカリメロが俺に改めて話しかけてくる。
「昨晩は、考えてくれましたか?」
「あぁ。だが、良く分からない。気が付いたら三時間くらい考えてたが、それでも良く分からないんだ」
「コンピューターって、柔軟性が無いからダメですよね」
ムッとしてカリメロを睨むと、カリメロはわざとらしく別の方向を見ながら口笛を吹いていた。
「きっと俺が言うべき言葉は分かっている。メリアが求めている言葉はな」
「ふむ」
「だが、その意味を理解できていない。適当にその場のノリに合わせてしまえば、すぐにメリアの機嫌を直すことも出来るだろうが……それじゃダメだろ」
「……まぁ、そうですね」
「俺は本当の意味でメリアとの未来を考え、理解した上で言葉にしたいんだ」
「ほぅ……」
「だから、今日の仕事が終わったら、それを教えてくれる人の所へ行って、色々と話を聞いて来ようと思うんだ」
「それはまた、殊勝な考えですね」
特に思ってなさそうに、自分のメイド服のリボンを整えていた。
「して、どちらへ行くのですか? スターチスさんなら、辞めといた方がいいですよ。あの方は、夜は誰にも会わない主義なので」
「そうなんだ」
「同居人との時間を大切にする方なので」
そう言ってカリメロは、わざとらしく上品に笑って見せた。
「まぁ、今日行こうと思っていたのはスターチスじゃない」
それは意外ですね、とカリメロが呟いた。
「今日行くのは、サンの所だ」
「サン様ですか……何故?」
心底不思議そうにカリメロは首を傾げた。
「いやだって、俺の親みたいなもんだろ? サンって。それに、サンは人間なんだ。家族だっている。ちょうど起動して一週間も経ったし、簡単な身体検査をしてもらいながら、家族について教えてもらおうと思ってな」
「なるほど……私もサン様の家族関係は知りませんが、たしかに新しい話は聞けそうですね」
「だろ? だから今日は、一切残業する必要がないくらいに働きまくるぜ!」
話をしていると、無性にやる気が込み上げてくる。
歩くカリメロを置いて、俺は足早にフロアの掃除へと向かうのだった。
☆
「プロト様、中々行動力はあるんですよねぇ」
走るプロト様を見ながら、誰もいない廊下で一人ごちる。なんとも寂しいものです。私もプロト様みたいな殿方……は結構なので、まともな殿方に愛されたいものですね。
「まぁ、彼の場合は愛なのか否か、私にも分かりませんけど」
人もアンドロイドも同じ。愛は、勘違いの場合もある。
のぼせて茹だって、冷えてみたら食えたものじゃなくて。
勘違いの愛ほど無価値なものはありません。
「でも……」
メリアお嬢様の涙を見て、彼は自分なりに動いていますよ。
「愛されてるじゃありませんか、ねぇ」
どうしてこう、聞かせてやりたい言葉は本人のいない所で吐くんでしょうね。
あのポンコツは。
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