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帰宅

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「お疲れ様っしたぁ!!」

 今日の俺は、MVPと言っても過言ではないくらいの働きだったと思う。
 カリメロやメイド達が配膳に集中できるように、注文取りは殆ど全て俺が取った。会計も皿の回収も効率の良さを一番に考え、一切無駄のない動きで立ち回った。

 最近はポンコツだ何だと言われていたが、腐ってもアンドロイド。コンピューターの頭脳を使えば、これくらい造作もない。ただ、本当に作業に没頭していたため、ろくに休憩も取らず、昼食もバケット一切れで済ませてしまったために、閉店の時間には疲労と空腹で軽くめまいがした。

「お疲れ様。今日は大活躍だったね」
 
 メリアがコックコートを脱ぎながら、俺に話しかけてきた。
 メリアだって今日は大変だったろう。働いていた感覚では、いつもより客足が多い気がした。俺がテーブルを駆けまわる分だけ、厨房の仕事も増えるのだから、本当のMVPはやはり、厨房担当のみんなだろう。

「おう。今日はこの後に用事があるからな」

 そんな話をしていると、額の汗を拭うカリメロも、少し疲れた表情でメリアの隣に近寄って来る。

「お疲れ様でした、お二人とも。厨房の片付けも終わったので、他の者も全員帰宅させました。残りの作業は控え室の整頓くらいです。私がしておくので、先に上がってしまってください。今日のお二人の働きは目を見張るものがありましたよ。さぞお疲れでしょう」
「疲れているのは皆も一緒よ。最後まで私も手伝うわ」

 コックコートを簡単にたたみ、近くの椅子の上に軽く置いた。

「それより、プロトは用事があるんでしょ? 先にあがっていいわよ?」
「あぁ、助かる」
「ちなみに、用事って何?」
「サンの所に行ってくる」
「へぇ、サンの所に……え、サンの所に!?」

 何ともなしに応えた言葉に、メリアが過剰に反応した。目を皿にして、突然俺の腕を掴んでくる。

「待って、何しに行くの? 施設に行くって話をしに?」
「違う違う! 簡単なメンテナンスだ」
「どこか悪いの?」
「メンテナンスなんて、人間で言うマッサージみたいなもんだ。簡単に体の調整とか検査をしてもらうだけだから!」

 メリアの腕を振り払うと、メリアは放り出された手を収めるわけでもなく、また俺の腕を掴もうか躊躇いながら宙を漂った。

「帰って来るよね?」
「あぁ。まぁ、今夜は泊まると思うから、帰るのは明日の朝だな」
「絶対帰って来るんだよね?」
「大丈夫だって……」

 適当にあしらいたい……だが、昨日カリメロから聞いた話があるから、無下にするのも気が引ける。
 でも、サンの所へ行く理由は……何故か言いたくない。
 怒られるとか、心配させるとかじゃなくて。何というか、胸の奥がムズムズする。
不思議な感覚だ。隠す必要ないのに、隠しておきたいなんて。

 どうしたものかと考えていると、カリメロはメリアに肩を組んでそっと耳打ちをした。

「メリアお嬢様、大人の男性が夜に集まるなんて、素敵じゃないですか……ここは、黙って見送ってあげましょうよ。きっと、淑女たる私たちには言えないようなことをするのではありませんか?」

 カリメロは、メリアに見えないようにグッと親指を立てて、勇ましくアイコンタクトを送ってきた。ここは任せろとでも言いたいのだろうか。
 いや、ありがたいんだが、もっと言い回し他に無かったか……?

「私たちに言えないことって、いったい何をしようとしてるの……」
「やれやれ、メリアお嬢様はまだまだお子様なんですね」

 大袈裟に首を振ったカリメロは、吐息交じりにメリアの耳に囁きかける。

「男が二人、夜中にマッサージ紛いのことをするのです……しかも、朝帰り……おっと、これは香しい薔薇の香りがしてきますね……」

 カリメロの囁きに、メリアは終始ぽかんとしていた。
 ……カリメロが言わんとしていることは、コンピューターの深い部分にある知識で理解したが、それをメリアが分かるはずもない。

 と、思っていた。だが、数秒してから一気にメリアは顔を真っ赤にして口を手で覆いだした。今まで見てきた中で、一番の赤面かもしれない。

「え……でもそれは……不純じゃ……?」
「いえ。これはあくまでメンテナンス。そう、何もやらしいことなんてありません。ただ……濃厚なメンテナンスかも、ですね?」
「盛り上がっている所悪いけど、普通に話したりするだけだから」

 脳みそまで茹だってしまいそうなメリアを他所に、俺はカリメロを睨みつける。
 カリメロは意地悪く舌を出して笑っていた。

「まぁ、ちゃんと帰ってくる。メリアが起きるだろう時間に帰るから、俺の分の珈琲も作っておいてくれ」
「うん。じゃあ……珈琲が冷める前に帰ってきてよ?」
「分かってる」
「あと……夜は少しでも寝るんだよ?」
「普通に寝るから安心しろ」

 ふと時計を見上げる。予定より時間が経ってしまった。
 着替えるのも面倒なので、スーツのまま向かうとしよう。

「行ってくるよ」
「うん。気を付けてね」

 小さく手を振るメリアに手を振り返し、俺はレストランを出た。

 何とも肌寒い夜だ。星が遠くで、強く光っていた。

「サンには行くって連絡してないけど起きてるかな。いや、あいつは毎日夜更かしして何かしてるような男だ。大丈夫だろ」

 誰もいない夜道を、小走りで進んでいく。
 自分の部屋に戻る時よりも、気分が弾んでいる気がした。

 ☆

「メリアお嬢様が手を振ってる……可愛らしいですねぇ」
「う、うるさいわね」

 プロト様の後ろ姿を物憂げな顔で見送ったメリアお嬢様は、その手をそっと引っ込めて自分の服の裾を握った。

「帰って来るって言ってたし、信じても良いんだよね?」
「メリアお嬢様にとって、プロト様が信じるに値する男なのでしたら、信じていいと思いますよ」
「……信じる」

 口を尖らせているメリアお嬢様、めっちゃ可愛い。
 これを見逃すなんて、プロト様も残念でしたね。

「安心してください。プロト様は思ってる以上に愚直な方ですから」
「そうなの?」
「はい。悪く言えば、複雑なことを考えない単純な思考回路をしています」
「いつの間に、そんな毒を吐くまで仲良くなったの……?」
「どんなに仲良くなろうとも、私の親友はメリアお嬢様だけですから」

 大袈裟にメリアお嬢様の頭を撫でてあげると、恥ずかしがりながらも素直に頭をこちらに向けてくる。いくら立派にレストランを切り盛りしていても、まだ二十歳の少女ですね。私だってまだ若いのに、お祖母ちゃんみたいな気持ちになってしまいますよ。可愛くって仕方ありません。

「もしメリアお嬢様をもう一度泣かせるようなことがあれば、その時は私がプロト様の首を斬り落として差し上げますので」
「あなたなら、やりかねないんだけど……」

 そして、やっと笑ってくださいました。

「ありがとう。なんか、安心したら眠くなっちゃった」
「それでは先にお上がりください。残りの作業は私が致しますので」
「うん、お願いするね。ありがとう」

 あくびを噛み殺しながら、メリアお嬢様が部屋を出ていきました。
 やっと、私も一息ついて、グッと体を伸ばす。血流が一気に全身を回るようで、すこぶる気持ちがいい。

「さて、久しぶりに熟睡できそうかな」

 簡単な整頓をすぐに終わらせて、私は静かに控え室の電気を消した。
 
 おやすみなさい、メリアお嬢様。
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