【完結】紅の戦女神は世界を変える

斉藤りた

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夏の熱を含んだ風に乗って、アキラは目の前に現れた。


その30分前。

高野ツバサは自室の机の前に座り、エアコンに冷やされたうなじをひと撫ですると正面の窓のカーテンを開けた。

色鉛筆を使ったような入道雲が青空のキャンバスに描かれ、白く輝く太陽が海へと光の粒を散らし夏らしい風景を彩り、窓が額縁となった一つの絵画のようだ。

朝からやたらと飛び回っているヘリの音が海水浴客のはしゃいだ声に混じって聞こえる。

どれだけ剣道部の練習があっても毎年一度は海で泳ぐのに、今年はまだ泳いでない。

「高校生の夏休みってもっと青春してると思ってたなぁ」

ボヤきながら腕を伸ばして机に広げたプリントを枕にした。

赤点の追試を3回繰り返した辺りで剣道部の顧問と担任が相談し、大量の課題と引き換えに剣道部のエース退部と留年の危機は免れたらしい。

先生達のサポートで全国大会にも行けたし、足を捻挫していたとはいえ準優勝と十分な成果は出せた。

そのおかげで受験生だが大学は推薦がほぼ決まっている。

足も治り、後は課題を終わらせれば受験勉強のない夏休みを満喫出来るのだが・・・

細かい針となった日差しが伸ばした腕をチクチクと刺すので、午前中の勉強は諦めて頭の置き場所を机から枕に変えた。

寝巻きとしても使っている紺の短パンから170cmの身長の大部分を占めている脚をベッドに投げ出す。

トップスは部のマネージャーが作ったお揃いの全国制覇!の文字が踊るTシャツで、ゴロゴロするにはもってこいの服装だ。

先週切ったばかりのショートボブは寝癖がついたまま。

アーモンドのような少し吊り気味の大きな瞳は睨まれるとその気迫に動けなくなる、と揶揄される。

キリっとした眉や通った鼻筋も相まって、中性的に美しい容姿は女子達に大人気だ。

「せめて素振りしたいなぁ」

思春期特有のモヤモヤや自分の居場所が見つからない感じも、全てがどうでも良くなるような退廃的思考も、竹刀を振れば多少はマシになる。

少なくとも課題と向き合うよりは。

留年回避の為に

「気になるニュースをレポートにまとめる・・・」

と口に出しながら人差し指でスマートフォンでニュースの見出しを触ってみる。

世界中の首脳が極秘会談、首相の不倫で奥さんが首相を追いかけ回す姿が激写、無差別連続窃盗事件が頻発。

世界中で異常現象が目撃、県内に出来たショッピングモールでは万引きが多発・・・県内のニュースから地域のニュースに飛ぶと、何故か動画のトピックが半数を占めている。

ローカルニュースなのに動画サイトの話題?貼られたリンクから動画サイトを開くと、物が消える瞬間!や撮影中に黒い影が!などオカルト系の動画が話題になっているようだ。

どうにも興味がそそられるニュースがない。
首相の奥さんの写真はちょっと気になるけど。

ツバサはスマホを持ったままうーんと伸びをした勢いで立ち上がり、窓から浜辺に小さく咲いているビーチパラソルを眺めた。

海の家のかき氷の旗が風に吹かれてこちらを向き「いかが?」と誘っているようだ。

「よし、気分転換しよ」
まだ名前だけしか書かれていないプリントがひらりと床に落ちた。


堤防に座り、酸味を感じないレモン味のかき氷を口に運んで浜辺を眺めると、水着を着ている人が少ない気がする。

もうクラゲの時期か? にしては人は多い。
よく見ると皆スマホやカメラ、大きな撮影機材らしき物を手にしている。

堤防のすぐ近くに片手で持てるサイズのカメラを持ち、水着に大きめのTシャツを羽織った女性がいたので声をかけてみた。

「それ、何撮ってるんですか?」

「うわっ!めっちゃ綺麗な子!」

失礼な反応だがツバサにとってはいつもの事。

無視して質問を繰り返すと、さっき調べたオカルト動画の聖地がここの海岸なのだと教えてくれた。

生まれて18年聞いた事がないが・・・

「この近辺で黒い手の目撃情報が増えてるのよ。
ほら、特にここ数ヶ月」とスマートフォンを見せながら教えてくれた。彼女はユキリンという名前で動画配信をしている女子大生。

この町出身で夏休みの帰省を利用して最近話題のスポットを撮影しに来たらしい。

動画の撮影場所は殆どがこの海岸、特に自宅の近くだ。

昔々にあった祠が海に沈んで祭られなくなったせいとか、フラれた女性が自殺した恨みとか、説はたくさんあるが、黒い手というのが共通している。

「え、怖・・・」

学校が海と反対の山の向こうだし早朝から夜遅くまで部活で海岸に近づく事がなく知らなかった。

お礼を言って離れようとすると

「良かったら動画に出てくれない?!」

と熱心な勧誘を受け、仕方なく連絡先だけ交換した。

「美人の配信で売ってたんだけど、自信なくなるわ~」

というユキリンも茶髪のセミロングを綺麗にまとめ、ぽってりとした唇が魅惑的で充分美人な部類だ。

だが顔よりも大きめのTシャツで隠しきれない立派な胸の方が男性に受けているのかもしれないと思ったが、それは心に秘めておいた。


食べ終わった容器を捨てに浜辺に下りたついでに波打ち際に近づき、サンダルのまま足を濡らす。

冷たさはあまり感じないが、波に撫でられる心地良さは感じる。

こうやって見ると怖い話なんて全く似合わないのになぁ。

眩しい夏の日差し、それを受けてキラキラと輝く海、そして黒い手。

・・・黒い手?

キャー!うわぁ~!とザ・ホラー映画な悲鳴が背後から聞こえるが、自分に向かってくる無数の黒い手から目を離せない。

数十メートル沖から長く長く伸び、自分に近づいてくる様子はスローモーションにも見える。

近づいてきてわかった、これは人の手じゃ無い。

小さな吸盤のような突起がついた指が十数本あり、頭をすっぽりと覆えるほど大きい触手だ。

そう、自分の頭程度ならすっぽりと…視界が真っ暗になった時にやっと逃げなきゃと思い至った。

が、動かした足はもう宙に浮いている。

黒い触手に頭を持ち上げられているのだ。

両手で指らしき部分を掴み広げようと試みるが石の様に硬く動かない。

もがいているうちに呼吸が出来ず息苦しくなり、気が遠くなろうとしたその瞬間。

身体を包むように熱い風が吹いた。

バシャッ!

すぐ近くで弾けるような水音と、その飛沫が身体に当たる。

同時にフッと顔を覆っていた黒い手の力が緩み、煙の様に霧散した。

そのまま波打ち際に落とされたお尻の痛みと眩しさで目が開けなかったが、

「大丈夫!?」

と聞こえる声の方に顔を向け、薄目を開く。

「・・・っ!」

声を出そうとして失敗した。

整った顔を毎日鏡で見てきたが、そんな自分ですら声を失うほどの美形。

まるで漫画やアニメの世界から出て来たような20代前半らしき銀髪の男性。

染めているような人工的な色ではなく、夜空の星のような銀髪はセンター分けにされ、その癖っ毛についた水飛沫が輝きを増幅させるスパンコールのようにきらめいている。

少し垂れ目な二重と長いまつ毛、深い青色をしたブルーサファイヤの瞳は甘い印象だが、キリッとした眉と通った鼻筋、硬く結んだ薄い唇が作り出す凛々しさの印象の方が僅かに強い。

控えめに言っても世紀の美青年だ。

ベージュの短パンに黒のポロシャツというラフな姿で手には薄っすらと光る木の枝。

おそらくツバサよりも背の高いその美青年はツバサの無事を確認すると守るように沖を向いて立ち、びくともしなかったはずの黒い手をいとも簡単に木の枝で振り払っている。

黒い手は枝に触れた途端に黒い霧となり散々に消えている。

沖合では沢山飛んでいたヘリの一台だろうか、近くを飛んでいたヘリコプターの後ろのプロペラを掴もうと触手が伸び上がり、気付いたパイロットが慌てて方向転換して難を逃れるのが見えた。

浜辺から

「こっちだ!早く!」

と声を受け、やっと身体が動いた。

美青年に背を向け声が聞こえた方向へ走り出すと、見知った顔が二つ。

二人とも同じ学校の高校三年生、田舎のせいもあり小中学校も同じでそれなりに友人付き合いはあるが、大の仲良しというほどでもない。

鋭い眼光の切れ長の瞳、腰まである黒髪のロングヘアで制服を着こなす姿はザ・大和撫子な明日真ミコト。

その見た目とは裏腹に、話すと気さくな姉御肌、というよりは貫禄のあるオカンのようだと男女問わず人気者だ。

もう一人は頻繁に顔を合わせる男子剣道部主将の竹之内ユウト。

ツーブロックの短髪に剣道よりアメフトやラグビーが似合いそうな筋肉隆々な身体付きだが、物腰が柔らかく面倒見が良い為隠れファンが多くいるらしい。

高校に入ってから二人でいる姿をよく見かけるようになったので、恋人同士なのだろう。

今日はデートでもしていたのか、二人ともTシャツに短パンというラフな格好だ。
が、ミコトの方は細く長い脚線美を惜しみなく披露するホットパンツスタイルだ。

やっと二人のもとにたどり着いたツバサの腕を掴み

「アキラ!こっちはもう大丈夫だ!」

とミコトが叫んだ。

アキラ?息を整えながら振り向くと、先ほどの美青年が黒い手を払いながらチラリとこちらを見た後、黒い手に向かって大きく手を振り下ろす。

持っていた枝から勢いよく吹き出した煙が絨毯のように海の上を走り、見えていた黒い手を覆い隠した。

煙が出るのとほぼ同時に直径二、三メートル程もある大きなシャボン玉がミコトの横から現れ、逃げる暇もなく中にすっぽりと入ってしまった。

驚いて隣を見ると、ツバサの腕を掴んでいたはずのミコトが別の人になっている。

正確にはさっき見たミコトの服を着ているが、プラチナブロンドのウェーブヘア、パッチリ二重の瞳はサファイアのような透明度の高い青色をしている。

左手でツバサの腕を掴み、反対の手にはやはり木の枝。

シャボン玉はその木の枝から出ていたが、三人をすっぽり包むとプチンっと音を出して途切れた。

「え、誰・・・?手品?ミコトは??」

思わず呟くと、金髪美女は

「あはははは!」

と大きく口を開けて笑い、ウェーブヘアが一緒に揺れた。その笑い方はツバサも知っている明日真ミコトだった。


状況は全く飲み込めないまま促され、唯一の顔見知りになってしまったユウト、おそらくミコトであろう美女と共にシャボン玉に入ったまま砂浜を移動し、先ほどカキ氷を買った海の家に着いた。

「しばらくはコレでごまかせるから、その間に説明しようかね」

三人を包むぷよぷよとしたシャボン玉のような膜にミコトが手の甲で触れる。

海の家に入ろうとしてハッと気が付き周囲を見渡す。

待て。おかしい。

海の家の中にも、少なかったが泳いでる人も流行りの撮影に勤しむ人も、誰もいなくなっている。

いや、よくよく目を凝らすと堤防の向こうには人が居るようだが、砂浜には誰も居なくなっている。

振り向いてミコトを見ると、何を言わんとしたのか察し肩をすぼめた。

「その辺も説明するさね」

美女がミコトの声でそう言うと、海の家に入って行った。

「改めて、こんな見た目ではあるけどあたしは明日真ミコトさ」

手近な椅子に腰掛けて長い脚を組むと金髪美女のミコトが話し始める。

「まずね、この姿は生まれる前、いわゆる前世の姿」

手櫛で髪をとかし毛先を指で遊ぶ。

「地球とは違う世界か違う星なのかはわからないけど、前世の文明は科学じゃなく魔術で発展してたんだよ。まぁ便宜上異世界、と言ってる。こっちに生まれ変わってからも魔術は使えたんだけど、使う時は何故か昔の姿になっちゃうんだよねぇ。でもコレはコレで良くないかい?」

「ぜ・・・前世??」

「そうそう、これでもあたしゃ魔術が発展した世界で魔術大国と呼ばれた国の魔術師団長をしてたのさ。あ、ちなみにユウトは騎士団長であたしの旦那よ」

「はっ・・・はぁぁぁぁあ!?」

最後まで聞こうと思っていたが、無理だった。

ツバサの反応を見たミコトはケタケタと笑っている。

ユウトがオデコに手を当ててため息をつくと、ミコトに代わって説明を始めた。

「混乱させて悪いな。まぁ、前世で違う世界に住んでて、そこに俺達と、お前も居たんだ。お前は孤児だったんだが成り行きで面倒を見てたら剣の才能があってな・・・成人してからうちの騎士団に入って、最年少で副団長までなったんだぞ」

自分ではなくツバサの事を話しているのだが、少し自慢げだ。

「ちょ、ちょっと待って・・・」

こめかみを抑えて下を向くツバサが掌を前に出すが、ユウトは制止に軽く首を振ると続ける。

「国に仕えていた俺達は、国を襲った魔物と戦い死んで生まれ変わったんだ。で、記憶を取り戻したから魔術も使えるし戦える」

「え~っと・・・とりあえず、なんで二人は記憶があって私には無いの?」

下を向いたまま、まず疑問に思った事を口に出した。 

「あ~、コレはまぁあたしも悪い!」

空気を読んで黙っていたミコトが口を挟む。

「転生魔術って言ってね、発動すると魂と身体を切り離して死に至るが、魂を保護して記憶を持ったまま生まれ変われるってのがあるのよ。で、戦ってる途中でもうダメだぁー!と思って死ぬギリギリで発動させたらさ、アンタ近くに居ないんだもの!身体と切り離せないまま魂の半分は保護出来たっぽいんだけど、身体とその保護した魂は食べられちゃったのよ。で、食べられなかった半分の魂が転生して、それが今のツバサ」

「た、食べられた!?」

自分の事を話しているのだとは思えない単語が出てきた。

「そう、俺達が戦ってた魔物は何もかも食べ尽くす魔物だったんだ。俺達の身体を食べ、お前の魂の半分を食べ、そして前の世界生き物を食べ尽くし、食べ損ねたお前の残り半分の魂を求めて世界と世界を繋げ、ここに来たんだ」

「・・・っ!」

理解した。いや、したくないがそういう事なのだろう。

あの黒い手は、違う世界からツバサを食べる為に来たのだ。
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