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サイカニア星人
しおりを挟むそれは突然だった。
ついに待っていた瞬間が訪れたのだ。
深夜、突然に星來でも分かるほどの空間の歪みが生じる。
嫌な感覚と、チカチカとした電気の点滅。
ほんの一瞬だったけれど、その時アパートにいた者全てがそれに気付いて、表へ飛び出した。
歪みの発生場所は、もちろん103号室と203号室の間だ。
星來と考紀も直ぐに隣室へ向かったが、ついドアを開けるのを戸惑ってしまう。
(もし、ここを開けて惨状が広がっていたら……どうしよう!)
あれから博士とシャーリーが、あの卵の産み主――サイカニア星人の事を教えてくれて、彼らが無害な爬虫類型異星人だと知った。
岩と砂の世界に住む彼らは、独自に宇宙へ行く術を持たないが、公式に他星との交易をしているそう。
狭い場所を好むため、時々、交易の宇宙船に入り込んで他の星まで行ってしまう者がいる事、従順な性質で、主と認めた者に付き従う事を知った。
あの卵の親がどういう経緯で地球へ、それもこのフェザーガーデンへやって来たのかは分からないけれど、警戒するほどの相手ではないと聞かされた。
だけど、やっぱり怖いのだ。
考紀が不思議そうに星來を見ているが、ドアノブに掛けた手がどうにも動かない。
まごついていると、階下から彬、シャーリー、それにリヒトがやって来た。
遅れて金田と楓も現れる。
彬は困った顔の星來を見ると、「ここは私たちに任せて、管理人さんと考紀くんは下がって」と言って、星來に替わってドアを開けた。
ホッとして後ろへ下がった星來は、リヒトに支えられた。
*******
彬がドアを開けると中は真っ暗で、照明を点けようとスイッチを押しても反応しなかった。
部屋の中には竜弥と虎之助、それに彬の部下とU&Eの職員が一人づついるはずだが、やけに静かだ。
「黒永、新井、スミスさん、虎之助……虎之助さん、大丈夫ですか?」
そう声を掛けながら中へ入ると、玄関先に虎之助が飛び出して来たのだ。
「一応、みんな大丈夫なんだが、黒永が大変なことになってるぞ」
虎之助に促されて、彬とシャーリーが代表して部屋へ上がる。
ダイニングも照明が点かなかった。
だが、例の穴の開いている部屋からはぼんやり光が漏れており、人の気配がしている。
妙な緊張感があり、彬も、シャーリーも息をひそめた。
襖の取り払われた部屋へ入ると、ぼんやりとした明かりの元で新井と言う彬の部下が仰向けに倒れているのが見えた。
その横ではスミスと言う生物学者が熱心にメモを取っており、その奥には光るものに寄り添われた竜弥が座っている。
「あ、みや……」
「動かないで!」
喋ろうと口を開いた竜弥は、スミスに一喝されて口を噤んだ。
そして、そっと後ろの光を指さす。
よく見ると、光っているのは人間だ。
いや、人型の地球外生命体か。
髪も、肌も白いサイカニア星人は暗闇の中でぼんやり光っていた。
産まれたばかりだと言うのに、もう楓や考紀よりも大きい。
10年間卵の中で眠って、ある程度育った状態で産まれて来る種族なのだろう。
彼は目を瞑り、口元に笑みらしきものを浮かべ、安心しきった様子で竜弥に寄りかかっている。
それを見て、シャーリーは各所へ連絡を取るために戻り、彬と虎之助はそっと、その三人を迂回して穴へ向かう。
ライトを翳して穴を覗くと、卵にはぽっかりと穴が開いて中は空洞だった。
「やはり……黒永に引っ付いてるのがそうなんですか?」
虎之助に聞くと、彼は全て見ていたそうで、「そうだ。あいつが最初に見たのは黒永だったから、刷り込みが起こったんだろう」と教えてくれた。
「新井は?」
「黒永を庇おうとして目を叩かれた。下手に動くとまたやられるかもしれん。俺は上手く避けたけどな」
彬と虎之助が小声で話していると、衣擦れの音が聞こえた。
見ると、目を眇めた新井が匍匐前進でこちらへ近付いて来ている。
「宮島さん、どうしましょう」
新井は何とか近付いて来ると、側に座った。
「黒永の言う事は聞くのか?」
「多分。僕、殺されそうになったんですけど、黒永が止めろって言ったら、大人しくなってあの状態になりました」
新井の話は大袈裟なので殺される部分はサクッと無視したが、訓練を受けている彼が倒れ込んでいたのを見ると、それなりに強くやられたのだろう。
しかし、竜弥を親と思っているなら好都合だ。
「なるほど……黒永は彼を上手く導けるかな」
「やってみますか?」
「もう少し待って下さい」
小声で話していたつもりだったが、スミスにも話が聞こえていたようだ。
機材が壊れたために、スミスは手書きでサイカニア星人を記録しているので待って欲しいと言った。
ついでにスマホを貸して欲しいとも。
「スミスさん、この子、もう飽きたって」
暫くすると竜弥がそう言った。
どうやら竜弥と彼は言葉が通じるらしい。
本当に刷り込みで竜弥を親と思っているらしく、優しく頭を撫でられると彼は嬉しそうに鳴き、そして、閉じていた目を開けた。
長い睫毛に囲まれた彼の瞳は、吸い込まれそうなくらい大きくて、宝石のような金色だった。
所々に茶と緑の星があり、光を反射して煌めく。
余りの美しさにその場の全員が息を飲み、彼を見つめ続けてしまった。
*******
シャーリーが戻ってきて暫くすると、U&Eの職員がやって来た。
彼らは203号室へ入ると直ぐに、彬や竜弥と一緒に部屋から出てくる。
職員たちに囲まれた竜弥は、卵から産まれたと言う真っ白な少年を、壊れ物でも扱うかのように大切に抱いていて、星來たちと一言、二言会話をすると、そのままU&Eへ行ってしまった。
すれ違った時、星來がサイカニア星人の少年に睨まれたような気がしたのは気のせいだろうか。
それよりあの子はこれからどうなってしまうのだろう。
(どうか、幸せになって欲しい)
あのくらいの子供を見ると、どうしても考紀と重なってしまって仕方がない星來だった。
部屋の方は、直ぐに行政の方から頼んだ業者がやってきた。
部屋の穴は人が出入りできるように大きくされているし、電気系統は変になっているしで散々だったが、業者は何とか直してくれて、部屋は前より綺麗になったくらいだ。
結局、事情を知らない住人は2、3日どころか一週間もホテルへ移動してもらう事になってしまったが、これで全員帰って来られるだろう。
これでこの件は収まったと、星來は安心して胸を撫で下ろす。
佐々木と大橋、田中もやっと戻って来られて安心したと言っていた。
「こんにちは、虎之助さん」
「おう、変わりないか」
「はい、佐々木さんは?」
「元気だぞ。彬のところから医者を紹介してもらってな、今はそっちに通ってる」
相変わらず、虎之助は塀の上に座って、自分が『訪問者』だと知っている人が通ると話しかけている。
それが彼の楽しみらしいと、星來は最近気付いた。
金田のところも変わらないが、あの後、顔を出した時に、渡した作り置きの作り方を教えて欲しいと金田に頼まれた。
どうやらシャーリーが気に入ったらしい。
今度、金田のところで二人に教える予定だ。
リヒトも相変わらず。
ただ、博士に何でもかんでも報告するのは止めてもらった。
どこまでがダメで、どこまでが良いのか、説明するのにはとーーーーーっても骨が折れたが。
あれ以来、時々星來を食べに来るが、あんなに深く繋がる事はなくて、少しイチャイチャするくらい。
変にしつこくされたりしないし、子供の前では絶対に何もしてこないので星來は助かっている。
いつも優しい表情で星來を見ている彼は、本気で一生、星來を守っていくつもりなのだろう。
そこまでされたら、頑なな星來だって絆されてしまうと言うものだ。
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