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面接
しおりを挟む「じゃあ、これで用事は終わりか」
「待って、黒永! 一番大事な事を忘れているよ!」
ましろを抱えて立ち上がろうとした竜弥をスミスが止める。
「面倒くせぇな。じゃあ、呼んでもらえるか?」
「OK」
竜弥が椅子へ座り直すと、スミスがどこかへ連絡を始める。
会話が英語なので、相手も外国人なのか。
そう思いながら新しく淹れてきたお茶を飲んでいると、エレベーターが動き出してラウンジに停まった。
「やぁ」
エレベーターから降りてきたのはリヒトだった。
今日は何故かサングラスをかけている。
休日なのにいないと思ったら、ここに来ていたのか、と思ったが、近付いて来る彼に星來は違和感を覚えた。
(声は似てるけれど、リヒトさん輝いてない。あと服装。いつもと全然違う)
リヒトの服はだいたい襟のあるシャツかポロシャツに、綺麗目なパンツと決まっている。
上着も黒っぽいジャケットか、落ち着いた色のロングコートで、今の彼のような派手な色のパーカーやジーンズを履いているところは見た事がない。
真っ直ぐに星來へ近付いたリヒト? は、星來の前へ立つと、頬にキスしてこようとした。
「どちら様ですか?」
星來はそれを手で制止て睨みつける。
水商売の接客で身に付けた度胸は伊達じゃない。
いつもと違う、堂々とした様子の星來を、皆がポカンとした顔で見ていた。
「リヒトだよ、星來さん」
少し癖のある日本語に、星來はピンと閃いた。
「あなた、もしかして博士の息子さん?」
「You got me!」
彼は笑いながらサングラスを外す。
現れた瞳はリヒトとは違い、博士と同じ澄んだブルー。
落ち着いて見てみれば、リヒトとは身長も、体格も、髪の色も微妙に違う。
そして、「アラン・シアーズです。よろしくね」と、握手を求めてきたので、星來も一応握手を返した。
「今日はどうしてこちらに?」
「面接かな」
アランは星來の隣に椅子を持って来て座ると、人懐っこい笑顔を向ける。
しかし考紀も、楓も、竜弥までもが彼を無表情で眺めていた。
星來としては、博士の息子さんだから警戒する相手ではないと思っているが、確かにリヒトのフリをするなんて意地が悪いと思う。
それに、竜弥は彼が来ているのを知っていて会わせたくなかったようだし、この面接は彼の独断なのだろうか。
(でも……もしかして博士は俺の事を良く思ってなかったとか? アランさんに俺を調べさせたとか?)
あの優しそうな博士に実は嫌われてましたとか、絶対に考えたくない。
胃が痛くなってきて、星來は胃の辺りを擦った。
「それで面接ってなんですか? 博士の命令?」
「あの人は俺に命令なんてしないよ。俺もあの人の言う事なんて聞かないしぃ」
アランがおどけた仕草でそう言うのを、子供たちは睨みつけている。
「うわ、怖い。そんなに睨まないでよ。リヒトに恋人が出来たって言うから会いたかっただけだよ」
「えっ? こっ、恋人……」
「だからって、あんたに関係ないよね」
「うん」
いつの間にか星來の立場が、リヒトの恋人になっている。
しかも、考紀と楓、竜弥までもが否定しないので、星來は困惑した。
恋人……了承したつもりはないが、リヒトが博士にそう報告したのだろうか。
それとも結婚しないなら恋人って事? 等と星來が混乱しているうちに話が進んでいく。
「あいつ、俺の見た目だろ? それは良いんだけど、やっぱり気になっちゃってさ」
そこでアランは、星來に向かってニヤリと笑う。
「だってさ、もし、あいつが恋人を連れ歩いたとして、それが変な奴で、俺がやってると思われたら嫌じゃん? それに恋人のくせに俺とあいつを間違えるような奴だったら許せないし。だからあんたは合格」
「え? ありがとうございます?」
少し胸がモヤモヤするが、認められたので、星來はお礼を言った。
子供たちは「なにそれ」とか「最低」とか言っているが、もうこの話は終わりにしたい。
結局、この面接はリヒトや博士の為ではなく彼自身の為だったと分かり、星來は安堵した。
だが、竜弥は思う所があったようで、まだブツブツ言っている。
「お前、星來が変な奴な訳ないだろう。それにな、星來は見た目だけじゃなくて、心も綺麗なんだよ……お前なんかには絶対に分からねぇだろうけどな」
「タツヤくん……」
竜弥はやっぱり竜弥だった。
今日も子供たちの視線が痛い。
その後、アランと少し世間話をした。
彼は音楽の仕事をしているそうで、博士の研究やU&Eとは関りがないらしい。
今回は丁度、日本で仕事があったので、ここへ寄ったとか。
しかも「動画チャンネルもあるから登録してね」とさりげなく宣伝されてしまった。
ましろがうつらうつらしてきた頃、星來たちはお暇する事にした。
ラウンジでアランとスミスとは別れ、星來たちはエレベーターへ乗る。
「今日は来てくれてありがとうな」
「いいって。あの人に頼まれたんでしょ。それに元気そうで良かった。可愛いましろちゃんに懐かれて良かったね、タツヤくん」
「あーそれな。本当は俺が星來に甘えたいのに……あと、リヒトの恋人とか俺は認めねぇし」
「その辺は俺もどうしてって思うけど。あ、もうその話はお終い。ましろちゃんに嫌われたくないもん」
竜弥に抱っこされたましろは、眠そうな眼で星來を睨んでいた。
まるで親を取られまいとしている子供だ。
話しているうちに、途中の階にある住居部分へ、エレベーターが到着した。
「じゃあ、またね」
「おう。考紀と楓もまた来てくれよ。ましろと仲良くなってやってくれ」
「分かった」
「いいよ」
目の前でスーッとドアが閉じて行く。
あんな事を言っていたが、最後に見た竜弥の顔は今までで一番幸せそうだった。
一階に着いてエレベーターが開くと、ホールでリヒトが待っていた。
ソファに座っていたが、星來たちが出てくると立ち上がって出迎えてくれる。
「みんなお疲れ様」
「やっぱりここにいたんですね」
今度こそ本物のリヒトだ。
会えたのが嬉しくて、星來はつい速足になってしまった。
「うん。アランには会った?」
「会った! リヒトとすごくそっくりだね。でも、星來は間違えなかったんだよ」
考紀がそう言うと、リヒトは嬉しそうに笑う。
「そう、それは嬉しいな。ところで食事していきませんか? 今から夕食の準備は大変でしょう。奢りますよ」
「でも、外食は……」
リヒトは外食が苦手だ。
何でも既製品は美味しくないのだとか。
そうなるとちゃんとシェフがいる店になるのだが、そう言う店は店員が様子を細かく見ている事が多いので、『訪問者』とバレそうで緊張してしまうと言う。
「楓と考紀くんの好きなところで良いよ。ね、星來さん。今度、美味しいの食べさせてくださいね」
後半部分は子供たちに聞かせたくなかったのだろう、頭の中で声が響いた。
そう言われると、つい思い出してしまいそうになるが、星來には聞く事がある。
グッと顔を上げてリヒトを見た。
「星來さん、どうしたの?」
「俺もリヒトさんに話があります」
「何?」
「俺、リヒトさんの、こ、こ、こ」
「リヒトさん、いつ星來の恋人になったの?」
星來がどもっていると、考紀が先回りしてそう聞いた。
「考紀!」
「ああ、皆がそう言う事にしておきなさいって。良いですか?」
また事後承諾か。と、思わずにはいられないが、考紀がやけに喜んだのでうやむやになってしまった。
*******
外堀を埋められていきます。
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