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バルドゥル
二つの家は冬が来る前に整える事が出来た。
今はアルバとサシャ、ヴェルナーとバルドゥルに分かれて暮らしている。
ヤギのエルは「卑猥な大人の姿を見せたくない」と言うヴェルナーの言葉で、ヴェルナーの方で預かられる事になった。
里の冬は本当に厳しかった。
一番大変なのは、雪が多いために雪下ろしをしなくてはならない事だ。
リリアやヴェルナーの様に多少なりとも火系の魔法が使えれば楽に雪が溶かせるが、そうでない者は人力だ。
アルバは力があるし慣れているから疲れを見せないが(むしろ身体が動かせて丁度良いと思っている)、降雪量が少ない場所が出身の華奢なサシャにはきつい。
余りのきつさに、来年の冬は麓の村に降りようと思っていた頃だった。
「そうだ、魔石!」
先日、アルバのマジックバックの中身を整理した時に、以前サシャが預けた屑魔石の袋があった。
サシャは何度もそれを売って欲しいと言ったのに、アルバが「サシャから貰ったものは売れない」と言って隠していたのだ。
サシャはその袋の中から火属性のものと水属性のものを組み合わせて付近に設置し、温水で雪が溶けるようにした。
「たまには雪を溶かしてやろうかと思って来たが……」
サシャとアルバがポタポタ溶けていく雪を眺めていると、洒落た防寒着に身を包んだヴェルナーがバルドゥルを従えてやって来た。
「温水を使っているんだ。
あんまりたくさん降ったり、気温が下がりすぎると効果が無いかもしれないけれどね」
「これは魔石を使っているのか?」
「そうだよ」
サシャがふんぞり返って「オレは少しだけ魔石の鑑定が出来るんだよ」と言うと、バルドゥルが「頼みがある」と言ってきた。
バルドゥルに家へ招かれたサシャは、出された暖かい飲み物を飲んで一息ついた。
何故かアルバの膝に座らされているが、いつもの事なので誰も何も言わない。
暫くするとバルドゥルが小さな袋をいくつも持って現れた。
サシャが許可をもらって開けてみると、中から出てきたのは直径3~5センチ程の球状の魔石だった。
中には少し欠けたものもある。
「これは私が暗部に所属していた頃の仲間です」
バルドゥルはそれらを愛おしそうに撫でた。
*****
バルドゥルはヴェルナーに出会う前、暗部に所属する暗殺者だった。
その頃の呼び名はB-02号。
日々訓練に明け暮れ、依頼があればそれを遂行する毎日。
何人も人を殺し、仲間が殺されて行く日々は、彼の心を殺していった。
バルドゥルが所属していた暗部は当時の宰相の元にあり、その宰相は大変強欲な人物であった。
不正と横領、果てには他国へ情報を流すなどして財産を作った事が公になり、失脚は目前だった。
そんな彼の次代の宰相として名前が挙げられたのがヴェルナーの父、ルベルク伯爵だ。
当時の宰相は自分の不正を暴き、糾弾するルベルク伯爵を暗殺するようにと暗部に命を出した。
しかし、ルベルク家にはヴェルナーがいた。
まだ少年のくせに頭が切れ、剣も魔法も使える彼は、送られてくる暗殺者を次々に倒してしまったのだ。
*****
「そういう訳で最後に残ったのが私でした。
この魔石はその時にヴェルナー様に倒された仲間です」
「え? ちょっと待って。
何でバルドゥルはヴェルナーと一緒にいるの?」
サシャは二人の関係が結びつかなくて混乱した。
「こいつが僕に惚れたのさ、なぁ?」
「……そういう事にしておきましょうか」
「分かんないなぁ」
混乱するサシャを他所に、相変わらずの無表情なバルドゥルをヴェルナーはニヤニヤしながら見ていた。
「それで、これを鑑定したらいいんだね。
オレ、魔物以外の魔石は鑑定するの初めてだから上手くいくか分かんないよ」
「そんなに簡単に壊れるものではないですから、取り合えず見てください」
そうは言っても、いくつかは既に欠けている。
サシャはその中の一つを恐る恐る摘まみ上げた。
最初に手に取ったのは湖の色のような深い青の魔石。
サシャは集中して魔石の情報を読み取った。
それは読み取るというより、頭に流れ込んできた情報の分かる部分を書き出すと言った方が良いかもしれない。
魔物のものよりも難しく意味の分からない情報も多く、サシャは勉強が足りない事を痛感する。
「ん、取り合えず分かったのは、この魔石の持ち主は獣人の女性らしいと言う事。
もしかしたら心が女性と言う事かもしれないけれど、そこは分かんないや。
年齢は19歳、物理防御のスキルを持ってる。
この魔石の色は、この人の目の色かな」
「多分、ジーナですね」
バルドゥルは魔石が入っていた小さい袋に”ジーナ”と書いて、その魔石をしまった。
だが、その日は三つ鑑定をしたところでサシャはとても疲れてしまい、心配したアルバに抱えられて家に帰る事になってしまった。
「バルド」
サシャとアルバが帰ってしまった後、ぼんやりとしているバルドゥルにヴェルナーがそっと声を掛ける。
すると、何も写していなかった灰色の瞳に光が戻り、ヴェルナーの方を見た。
「何でしょうか」
「仲間が恋しいのか?」
「いいえ。 ただ、誰かも分からずに埋葬されるのも可哀そうだと思って。
皆、好きでこの仕事に就いていた訳ではないですから、せめて最後くらいはちゃんとしてあげたい」
ヴェルナーは外にサシャとアルバが見えなくなるとカーテンを引いて、暗くなった室内に魔法で小さな明かりを灯した。
「……その、あの頃はすまなかった」
「何をおっしゃいますか!?
私が今、こうして生きていられるのは貴方のおかげなのですよ?
それに貴方を初めて見た時、私は昔いた孤児院で読んだ絵本に描かれていた神様だと思いました」
「ああ、それで”バルドゥル”と?」
「ええ、バルドゥルは光の神です。
光り輝く美貌と白い睫毛を持っているそうです。
私には貴方がそれに見えたのです」
「ふふ、それがお前の名だと勘違いしてしまうなんてな」
「良いのです、貴方にもらった大切な名前です」
バルドゥルはヴェルナーに近付くと頬に柔らかく触れ、その白銀の睫毛に口付けた。
あの時、ヴェルナーを見たバルドゥルは、跪いて投降した。
そして、いかようにも自分を罰して欲しいと言ったが、ヴェルナーは彼が自分を決して裏切らない下僕となる事で許してしまった。
その後、直ぐに前の宰相が捕まり、もう誰も残っていなかった暗部はそのまま無くなり、バルドゥルは正式にヴェルナーの侍従の座に納まったのだ。
それからは誠心誠意、ヴェルナーに仕え続けている。
しかし本心はそれだけではない。
バルドゥルはヴェルナーを神だと崇めながら、手に入れたいとも思っていた。
聡いヴェルナーはそれを分かっていて、バルドゥルを煽るために色々な事をしてくる。
ヴェルナーだってバルドゥルを特別に想っているのだ。
かつて、二人の関係を父に知られたヴェルナーはバルドゥルの身の安全を盾に、汚い仕事を押し付けられていた。
今、思えば何故あんなに父を恐れていたのだろうと思う。
20年も経てば父だって年老いて、大人になった自分が本気を出せばいくらだって離れる事が出来たのに。
いや、アルバとサシャに出会わなかったら、今だにその事に気付けないでいたかもしれない。
二人は時々、今が幸せすぎて怖くなった。
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