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初夏に
それから2か月が経ち、サシャは両の掌に乗るくらいの大きさの卵を産んだ。
サシャは本能からなのだろうか、その卵が可愛くて大切で、ずっと布団の中で暖めている。
アルバはそれを愛おしそうに見つめ、甲斐甲斐しく世話を焼いた。
そして更にひと月が経ち、段々と大きくなった卵がついに孵って子供が産まれたのだ。
その時アルバと言ったら、今まで見たことが無いくらい喜んだ。
普段はめったに他人と話さないくせに、その時は近所中に報告に行った程だ。
直ぐにリドリーとリリアもやって来てとても喜んでくれて、子供を大切に抱いてくれたので、サシャは子供が望まれて生まれてきたと分かり涙が出るほど嬉しかった。
産まれた子供はアルバと同じ黒い一対の角と黒い髪に、サシャと同じ抜けるように白い肌と、エメラルドのような爬虫類の瞳を持っていた。
名前は”レグルス”。
小さい王と言う意味らしく、ヴェルナーが名付けてくれた。
エルの時もそうだったが、ヴェルナーの名付けが独特過ぎて皆、苦笑いだった。
でも、この時はアルバとリドリーも気に入ったと言うのでこの名前になったのだ。
レグルスが落ち着くと長老が代表して祝宴を開いてくれた。
ここでは子供が産まれると住民のほとんどが集まって、それぞれが子供に祝福の言葉を送ってくれる風習があるのだそう。
沢山の人に囲まれてレグルスは目を白黒させていたけれど、サシャは幸せで楽しいひと時を過ごした。
この時もサシャは本当に嬉しかった。
村では仲間外れにされることが多く、母がいなくなってからは殆ど独りぼっちだったサシャ。
それが今では沢山の人に囲まれているのだ。
男の身でありながらどうやって子供を産んだのかという質問責めにはあったが、心配したように男である事をどうこう言われる事もなかったし(ここで知ったのだが、他にも男性を娶っている者がいた。 竜族はめったに他人に伴侶を見せないので、こう言った場でないと知りえない事もあるのだ)これもアルバに出会えたおかげだと思う。
もしかしたら、サキュバスのおかげかもしれないけれど、彼女たちに感謝はしたくないのでそこはスルーした。
しかし、レグルスは産まれたばかりでも離乳食が食べられるまでに成長していたのに、母乳を欲しがってサシャやアルバの胸をまさぐっていたのには困ってしまった。
そこでヴェルナーに預けていたヤギのエルの出番が来た。
もらった時、既にエルは妊娠していて、冬の間に子ヤギを出産したのだ。
妊娠を知った時にヴェルナーが「エルの純潔を奪ったヤギを殺す」と言っていたのは面白かったなとサシャは思い出し笑いしてしまった。
そんな訳でエルにお乳を分けてもらったり、離乳食を食べたりしてレグルスはすくすくと大きくなり、一年もすると人間で言うところの2,3歳くらいになった。
竜族の子供は人族よりも少し育つのが早い。
言葉もだいぶ話せるようになり、身体もしっかりして来たレグルスは元気いっぱいで、天気が良ければ外を走り回っている。
同じ年の子供がいないのが残念だが、ここの住民は皆、子供好きで子供を見ると構ってくれるので助かる。
最近は年上の子が遊んでくれる事があるので、ちょっと生意気になって来たがそれも可愛い。
自給自足の生活をしながら子供を育てるのは結構大変だったが、皆のおかげでレグルスは人見知りしない大らかな子供に育った。
それにしても本当にレグルスはかわいいと思うのは親の欲目ではないと、サシャは思った。
顔かたちが可愛いとか言うだけではなく、誰もがレグルスに引き付けられる。
家族以外に可愛いなどとめったに言わない竜族でさえ可愛いと言うのだ。
竜族で無い者は尚更だ。
あの長老でさえレグルスには笑いかけ、気に掛けてくれる。
(そう言えば、妊娠した時、サキュバスが何かプレゼントするって……)
思い出してサシャはサーっと青くなった。
(気のせい、気のせいだ。 だってレグルスの身体のどこにも魔法陣なんか描かれてはいない。)と、サシャは思い直した。
「おかーさん」
にっこりと笑ったレグルスの両方の頬には、可愛いえくぼがある。
それがまたレグルスの魅力を増幅させるので、サシャもアルバもお気に入りであった。
だが、そこは夢の中でサシャがサキュバスたちにキスされた場所でもあるのをサシャは忘れていた。
*****
それから2年。
アルバとサシャは再び旅立つことになった。
なぜなら、久しく忘れていたドナから「サシャの父親らしき人物を見つけた」と連絡があったのだ。
その頃はレグルスも落ち着いた来ていて、サシャも魔石について勉強したいと思っていた頃だった。
ルナリとの戦いで咎めが無かったアルバだが、冒険者の契約を切りに一度はエアトベーレンに行かねばならなかったし、それならば一度レグルスに大きな街を見せてやりたいと、家族で旅立つことに決めたのだ。
ヴェルナーとバルドゥルは別れを惜しんでくれて「いつか転移術を覚えて会いに行くからね」と言ってくれたが、本当に来そうで怖い。
リドリーとリリアには反対されたが、必ず帰ってくると約束をして、初夏の気持ち良い風が吹いている日に3人は出発した。
竜族の里を出る時、サシャは振り向いてもう一度、里の様子を目に焼き付けた。
それこそ竜でも住んでいそうな岩山が背後に聳え経つ、長閑で静かで平和な里。
ここには幸せな記憶しかない。
後ろ髪を引かれる思いもあったが、やらねばならない事があると思い直してサシャはアルバとレグルスの後を追った。
「どうした?」
サシャがレグルスを抱いていない方の腕に縋りつくと、アルバが訝し気げに声をかけてきた。
「やっぱり戻るか?」
「ううん、そうじゃなくて。
アルバ、あの時オレを見つけてくれてありがとう。
助けてくれてありがとう。
いつも優しくしてくれて、俺は幸せだったよ」
そう言って、潤む瞳でアルバを見上げた。
「何を言ってる?
これからも『ずっと』だぞ。
俺はお前と離れる気はないからな」
アルバはそう言ってサシャの肩を抱いた。
「そっか、アルバ大好きだよ」
サシャがしらふでアルバにそう言ったのは初めてだったかも。と、気付いたのは、目を親がせて狼狽えるアルバの姿を見た時だ。
その様子にレグルスも気付いてアルバの顔を見ていた。
「おとーさんどうしたの?」
「いや、何でも……」
アルバが照れてレグルスからも顔を背けようとすると、レグルスはアルバの頬を小さな両手で包んで無理やり顔を覗き込んでいる。
「やめろって」
「いやーよ?」
二人の様子は、旅立つことに多少の不安を抱えていたサシャの気持ちを明るくしてくれた。
サシャはもう一人ではないのだ。
心配なんてしなくて良い。
笑顔でアルバの手に自分の手を絡めて、サシャは前を向いて歩いたのだった。
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