お兄様ヤンデレ化計画。~妹君はバッドエンドをお望みです~

瑞希ちこ

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そして十年経った

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 あれから、幾つもの歳月が流れていった。

「おはよう、リアムお兄様!」
「おはようミレイユ」

 私がオベール家の養女になって、早いものでもうすぐ十年となる。やっと中身と外見の年齢が追いついた。
 前世の記憶を取り戻した日は、もう遠い昔のこと。私が大きくなったように、お兄様も前世で毎日見ていたポスターと同じ姿になっていた。今では本物に毎朝おはようとおやすみを言っている。幸せすぎる。

「ほら、そんなところに突っ立てないで早くおいで。一緒に朝食をとろう」
「うんっ!」

 お兄様の腕に飛びつくと、大好きなお兄様の香りが鼻をかすめる。大人になっても、私たちの距離は幼い頃と変わらずくっついたままだ。

 私とリアムお兄様はこの国一といっていいほど仲の良い兄妹になった。周りから恋人と疑われるほどに。

「今日も飽きずに朝から一緒にいるなんて、仲良しねぇ」

 ふたりで食堂に入って来る私たちを見て、お母様は呆れたように笑う。
 家族で朝食をとっていると、お父様が口を開いた。

「リアム、婚約の話だが、お前がなにも言ってこないならこのまま話を進めるぞ」

 内容はお兄様の婚約の話。

 先日、オベール家と親交のあるバスキエ家のご令嬢、ネリーとお兄様の婚約話が浮上した。
 なんでも、ネリーが以前からお兄様に好意を抱いていたという話を聞き、ずっと恋人を作らないお兄様のことを心配していた両親がその話に食いついたみたい。

 婚約の話を出され、お兄様は隣で浮かない顔をしている。
 お兄様のネリーとの婚約話はゲーム内でお決まりのシナリオだ。なので私は驚くことなく受け入れ、今も黙って話を聞くことに徹する。

「ネリーは素敵なご令嬢だ。リアムの結婚相手に相応し――」
「父様、もうその話はやめにしませんか? 大体……ミレイユの前でする話じゃない」

 これ以上、私の前で自分の婚約話をされたくないのか、お兄様が怒ったような口調でお父様に言った。

「おかしなことを言うな。別にミレイユの前でしてもいいだろう。ネリーは将来、ミレイユの姉になるんだぞ」
「俺はまだ婚約を受けるとは言っていません」
「受けない理由があるのか? ネリーは美人で品も良く、社交界でも人気高い令嬢だ。お前は今年で二十一になるんだぞ。結婚適齢期にこんないい話はほかにない。……そういえば、ミレイユも来月適齢期になるな」

 ユートリスでは女は十八歳、男は二十歳前後が結婚適齢期と言われている。

「ええ。お兄様とちがって、私はまだお相手が見つかりそうにありませんが……」
「ミレイユに結婚はまだ早いだろう。焦って見つける必要なんてないよ」

 私に向いた結婚の話に、お兄様はすかさず横入りする。

「ミレイユは美人だから殿方が放っておかないでしょう。いつもリアムが一緒にいるから、ほかの殿方が話しかけられないのよ」

 続けてお母様がそう言うと、お兄様はムッとした表情をした。

「……その言い方だと、俺が一方的にミレイユにくっついているみたいじゃないか」
「あら、ちがうの?」
「全然ちがう。俺たちはお互い一緒にいたいからいるだけです。ね? ミレイユ」
「ええ。だって、お兄様がいちばん素敵なんだもの」

 私の返答に、お兄様は満足げだ。事実なんだから仕方ない。
 私は前世から今も、リアムお兄様より素敵な男性を未だに見たことないのだから。

「はぁ。そんなこと言ったって、リアムもミレイユもいつかそれぞれ結婚して、離れるときがくるのよ。……そうだわ。明日、王家主催の夜会があるでしょう? ミレイユはそこでいい人が見つかるかもしれないわ!」
 
 お母様の言う通り、明日は夜会に招待されている。王家主催の夜会は定期的に行われており、貴族の社交場となっている。そこで出会い、婚約を交わすものも多い。

「リアムは明日、きちんとネリーをエスコートするんだぞ」

 釘を刺すようにお父様が言うが、お兄様がそのことに対して返事をすることはない。

「……ごちそうさまです」

 それだけ言うと、お兄様は不機嫌そうにナイフとフォークを置いて立ち上がった。

「ミレイユ、今から俺の部屋で食後のお茶を飲まないか?」
「え? ええ」

 まだ私は半分ほどしか食事が終わっていない。お兄様の急な誘いに戸惑っていると、お母様が言う。

「お茶ならここで飲めばいいじゃないの」
「……母様、わからないのですか。最近父様とゆっくりふたりで過ごせていないと、以前俺に愚痴をこぼしていたでしょう。だから、ふたりきりになれるよう気を遣ったというのに」
「ま、まぁリアムったら! 恥ずかしいからやめてちょうだい!」

 愚痴をこぼしていたのは本当だったようで、お母様は恥ずかしそうに両手で頬を押さえている。
 お兄様の話を聞いて、お父様も照れくさそうにしているし、いつ見ても微笑ましい夫婦だ。

「ということだから、俺たちは空気を読んで退散しよう」

 そう言って、お兄様は少し強引に私の手を引いた。私はなすがままにお兄様についていきながら、頭の中でこれからのことを考えていた。

◇◇◇

 ――明日の王家の夜会は重要なイベント。ここが、ゲームの分岐点となる。 

 ゲームは三人の攻略キャラがいて、共通ルートが途中まで、そしてある選択肢により個人ルートへ突入する仕組みだ。今はいわば共通ルートの段階。 
 
 共通ルートでは攻略キャラたちとまんべんなく絡むようになっており、特別な個人イベントなどは発生しない。なので、そこまで重要ではない、本編の前座的なものと考えていい。

 お兄様以外の攻略キャラであるエクトル様とイヴァン様とは、お茶会などを通して、幼少期からそれなりに交流をもってきた。お兄様ほどではないが、良好な関係を築いてきている。

 そして私は明日の夜会で、ゲームのシナリオ通りにいくならエクトル様かイヴァン様、どちらかから必ず婚約を申し込まれる。

 好感度が高いほうから申し込まれる仕様だが、お兄様ばかりを贔屓していたのでどちらから申し込みをされるかは正直今のところ見当がつかない。

 この婚約の申し込みが分岐点となるので、絶対このイベントは起きる――はず。

 話を受ければ、受けたキャラとの個人ルートに入り、断れば――念願のお兄様ルートに入れるのだ。

 その場合、お兄様もネリーとの婚約を断ることになる。ちなみに私がエクトル様かイヴァン様と婚約すると、お兄様はそのままネリーと婚約してしまう。

 なので、もちろん私は断るの一択しかない。
 お兄様ルートに入れば、今朝設けられたふたりきりの時間で夫婦仲が盛り上がった両親が突然長期旅行へ行くと言い出し、両親のいない屋敷での日々が始まることになる。

 私からすれば、それからがいちばん重要なゲーム本編の始まりだ。
 そこからいかに、お兄様を私好みのヤンデレにさせるかが勝負ってとこね。

 ひとりでそんなことを考えていると、いつのまにかお兄様の部屋に到着していた。
 お茶を飲むと言っていたのに、メイドを部屋に入れることもなく、かといって自分がお茶を準備する様子もない。
 ふたりきりの空間で、お兄様は黙って立ったままだ。

「お兄様…?」

 なにも言わないお兄様が心配になって、声をかけてみた。

「あっ……ご、ごめん。お茶だったな。メイドを呼ぼう」
「急がなくて大丈夫よ。もしかして、お兄様は私とふたりで話したいことがあったんじゃない?」
「……うん。その通りだよ。あのさ、ミレイユは、俺とネリーの婚約をどう思ってる?」

 あ、これ、ゲームであった会話だ。

 この時点で、お兄様は既に私に恋心を抱いているのよね。
 お兄様は実は幼い頃一度私に会っていて、一目惚れをしていたけど、その私が妹として現れてしまい、このままよき兄としてい続けるために恋心をなんとか抑えこむようにしているって設定がある。

 ルートに入ると、その抑えていた気持ちが爆発って感じなんだけど。
 私としては早く爆発してもらいたいところだ。こっちだって、お兄様への愛をまだ内側にためこんでいる状態、で爆発寸前だというのに。

 ……えっと、ゲームでのミレイユはこの質問になんて返してたっけ。
 たしか、『少し寂しいけど、お似合いだと思うわ』とか当たり障りないことを言っていた気がする。
 どうせ破棄される婚約なのだし、ここは私も余裕をもって同じこと言っておこう。

「……本当はすっっごく嫌だけど、そう言うわけにもいかないし!」

 ……少し寂しいけど、お似合いだと思うわ。

「えっ?」
「えっ?」

 お兄様の驚きの声、続いて私も同じような声を上げる。

 ――間違えて、心の声のほうを声に出してしまった。
 お兄様は目を見開いて、私のことを見つめている。やばい、どうしよう。

「あ、今のはちがくて、そのっ」
「ミレイユ!」

 慌てて誤魔化そうとしたら、そのままお兄様に思い切り抱き締められた。……なんなの、この展開は。

 大好きなリアムお兄様に心の準備をする間もなく全身を包まれて、心臓が爆発してしまいそう。

「……君の本心が聞けて、すごくうれしいよ」

 自分の心臓の音がうるさくて、お兄様がなにを言っているかよくわからない。
 
「……お兄様、その、私は」
「大丈夫。よくわかったから――なにも言わないでくれ」

 なにをわかっているんだろう。実は婚約を嫌がっていたこと? 
 破棄されるとわかっていたから、そんなに嫌そうな態度はあからさまに出していなかったはずだけど。

 そのまましばらく抱き締められたあと、ゆっくり体を離し、お兄様はにこりと笑って言う。

「お茶、飲もうか」

 それからは、いつも通りのお兄様で。

 まさか私は、このときの言動が兄ルートに大きな影響を与えることになるなんて、思いもよらなかったのだ。
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