お兄様ヤンデレ化計画。~妹君はバッドエンドをお望みです~

瑞希ちこ

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ちゃんとしようと思った

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 あれからぐっすり眠りについて、目が覚めたときにお兄様の姿はなかった。変に思われないように、早めに客間に戻ったのだろうか。
 窓から外を見れば、昨日嵐がきたことが嘘のような快晴だった。
 
 よかった。これなら無事に迎えが来られそう。

 ほっと胸を撫で下ろし、身だしなみを整えようと鏡前に立つと、首のところに赤い痣のようなものができていた。

「……これって」

 昨夜のことを思い出す。
 お兄様が首元に唇を寄せたときに感じたちくりとした痛み――間違いない。これはお兄様につけられたキスマークだ。こんな目立つ場所につけるなんて、絶対にわざとじゃない!
 こんなものエクトル様や、他の人に見られたらどう思われるか。

 クローゼットを開けて、首元のつまったブラウスを引っ掴む。痕が消えるまで、しばらくはこういう形の服を着て誤魔化すしかなさそうだ。

 部屋を出ると、居間にはネリーとエクトル様の姿があった。
 ネリーが含み笑いしながら、エクトル様になにか話しかけている。エクトル様は笑ってネリーの話をあしらっているように見えるが、なにを話しているかまではわからない。

「あ、ミレイユ!」

 エクトル様が私に気づき、笑顔で駆け寄ってくる。

「おはようございます。エクトル様。よく眠れましたか?」
「うん。ミレイユは? 雷とかすごかったけど、大丈夫だった?」
「はい。なんとか……」

 嘘を吐くことには、罪悪感を感じた。

 よく考えれば、私はエクトル様に対して最低なことばかりしている。お兄様がいなくて寂しかった気持ちをエクトル様で埋めて、エクトル様と幸せになると決めながら、結局お兄様を拒もうとはしない。
 
 ……お兄様の傷に気づいたときも、私は怒りより喜びが勝っていた。
 お兄様がどうやって私を強引に手に入れようとしてくれるか、そんなことを考えていた。

 でもそれは、エクトル様にはなんの関係もない。
 私のこじらせた性癖にエクトル様を巻き込むにしては、エクトル様は優しすぎた。もっと嫌な人ならよかったのに。最低な一面がある人ならよかったのに。

 目覚めてしばらく経ったすっきりとした頭の中は、眠気まじりの深夜の頭の中に比べて大分冷静だった。

「ミレイユ……珍しい服を着てるね」
「え?」
「いや、あまりそういう形の服を着てるイメージがなかったから。でも似合ってる。すごくかわいいよ」
「あ、ありがとうございます。たまにはいいかなと思って」

 服のことを聞かれて一瞬ぎくりとした。なにか怪しまれたのかと思って、勝手に目が泳いでしまう。
 
「おはよう」

 お兄様が、みんなよりも遅れて居間へとやって来る。入って来るなり、お兄様は私を見てふっと意味ありげに微笑んだ。

 そうこうしているうちに、先にネリーの迎えの馬車が到着したようだ。
 しかしネリーとお兄様はなにやらもめているようで、なかなか屋敷から出て行く気配がない。話を聞いていると、ネリーはお兄様が自分の屋敷へ来てくれないことが不服のようだ。

「わたくし共からもお願いいたします。リアム様。婚約してからというものの、一度もバスキエの屋敷に来ていただいておりませんので……。よければ今日、一緒に来てくださいませんでしょうか」
「……わかった。その代わり、今日だけだ」

 ネリーの付き人にまで必死にお願いされ、お兄様はネリーと一緒にバスキエの屋敷へ行くことを決めたようだ。ソファからすくっと立ち上がり、お兄様は去り際に私とエクトル様にこう告げた。

「俺はもう婚約ごっこを終わりにするけど……君たちはどうするの?」

 それだけ言うと、にこりと笑ってネリーの後を追って屋敷を出て行く。

 ……婚約ごっこをやめるって、意味はふたつにとれる。
 ひとつは正式に結婚を決めるか。もうひとつは婚約を解消するか。

 お兄様の言い方的に、後者の確率が高いだろう。
 ――お兄様はネリーとの婚約関係に終止符を打つ気だ。

 そしてお兄様の言い方的に――私とエクトル様のこの関係も、ただの婚約ごっこにしか見えないってことなのだろう。
 
「ミレイユ」
「あ、エクトル様、ごめんなさい。お兄様がまた変なことを……」
「これって、いいチャンスだと思わない?」
「え?」
「今日はリアムに邪魔される心配はない。よかったら、王宮に遊びにこないか?」

 エクトル様はお兄様の発言に対しなにも言うことはせず、私を王宮へ来るよう誘った。
 断る理由も特にない。私はエクトル様の提案に首を縦に振り、そのままエクトル様の迎えの馬車に乗り込むと、一緒に王宮へと向かった。 

 馬車の中で、無言の状態が続く。いつもはエクトル様が話しかけてくれるのに、今は真面目な顔をして外の景色を見続けている。
 話しかけていいものかわからず、私も同じように外を眺めた。

 ……私は、決してエクトル様と婚約ごっこをしているつもりはなかった。
 本当に好きになりたいと願ったし、一緒にいる時間も、注がれる愛情も全部が夢みたいな時間だった。
 でも結局、私はお兄様とずるずる兄妹とはいえない関係を続け、お兄様にエクトル様から私を奪い返してもらうことを望んでいる。
 
 私のどうしようもない欲望に、エクトル様を付き合わせるのはやめにしたほうがいい。
 これ以上、エクトル様を傷つけてしまうのは怖かった。

 ちゃんと自分の気持ちを伝えて、話し合う時間を作ったほうがいいのかもしれない。
 私は狂った人に興奮を覚える、ヤンデレフェチのどうしようもない女なんですってことも……。せっかくくれた花を踏み潰すような最低男に、愛しさを感じるような女だって。……これはわざわざ言うべきことではないのか?

 でも、エクトル様の中の私はきっと純粋な優しい女の子のままで、こんなどろどろした内面なんて知らない。騙しているような気がするし、本当の私を知ったら、エクトル様は今のように私を愛してはくれないだろう。むしろ愛されたいと思うことがおこがましい。


 ひとりでどうすればいいか百面相していると、いつの間にか馬車は王宮に到着していた。
 エクトル様にエスコートされながら中まで案内され、そのまますぐエクトル様の部屋へと連れて行かれる。

 ……そういえば、エクトル様の部屋に行くのは初めてだ。今までは庭園を散歩したり、テラスでお茶をしたりと、そういう感じだった。お兄様がついて来るせいかもしれないが。

「入って」

 エクトル様に言われ、自分より何倍も広くて豪華な部屋に足を踏み入れた。
 お兄様やお父様以外の男性の部屋に入るのは初めてのことだ。少し緊張しながら部屋の高価なインテリアを眺めていると、エクトル様に強引に腕を掴まれた。

「!? エクトル様……っ!」

 部屋でひと際存在感を放っているキングサイズのベッドに連れて行かれ、押し倒される。
 
「きゃあっ!」

 そのまま乱暴にブラウスのボタンを引きちぎられ、エクトル様は私の首元を露わにした。
 ベッドの上に、跳ねたボタンが散っていく。

「……やっぱりな」

 そう言って私を見下ろすエクトル様の顔は、今まで見たことないくらい、冷たい顔をしていた。
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