恋っていうのは

有田 シア

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ゴールドラッシュ

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今まで冷たい光を放っていたダイヤは男のキラキラした目を反射して輝きだした。
男は女の左手を取ってゆっくりと薬指に光を滑らせた。
「えっ、これってもしかして。」
女は右手で口を覆い、戸惑うようにおろおろしてしていたが、体中から期待と喜びがにじみ出ている。
ティファニーセッティングのリングが中指にはめられたということは、そういうことだろう。
「俺と結婚してください。」
男は真剣な表情で女を真っ直ぐに見ていた。
「もちろんです。はい。」

突然のプロポーズが行われたのはリサイクルショップ「ゴールドラッシュ」の店内だった。
プロポーズって中古品がところ狭しと置いてあるこんなところでするもんじゃないでしょう?
こういうのはもっとロマンティックなシチュエーションでするものじゃない?しかも中古のリング。可哀想な女だなぁ、あなたは中古のリングくらいしか価値ないってことなんじゃないの?
珠希は趣味の悪いドラマを見ているような気分で二人を眺めていた。
パソコンを売ろうと交渉していた中年の女のの人も中古のギターを買いに来た若い男の子も二人を見て微笑んでいる。
どこかから拍手が聞こえてきた。
そうだ、これはおめでたいんだ。
20代前半くらいに見えるその二人は周りの祝福に恥ずかしそうに答える。

珠希は心の入っていない拍手をしながら、その指輪を売りに来た女の人のことを思い出していた。
2週間前まではその女の人の指輪だった。
幸の薄そうな顔の女の人だった。
「離婚したんです。」
女はさらっとそう言った。
珠希は静かに頷き事態を理解した。
「これ、いくらで売れますか?」
女は絶望と悲しみを乗り越え、自分で消化しましたという強がりの表情をしていた。
珠希はルーペでダイヤの状態を確認して言った。
「8万ですね。」
「えーたったの8万?せめて。。。12万!」
女は珠希にすがるように言ったが、珠希は客の値切り交渉には応じない。
隙を見せると客は調子に乗ってくるのを知っている。
「12万は難しいです。8万です。」
珠希がきっぱりそう言うと女の表情が仮面を脱いだように変わった。
「あなたに結婚一年も経たないうちに夫に裏切られる気持ちわからないでしょうね!」
女は隠れていた憎しみの塊をを珠希にぶつけてきた。
珠希には夫に裏切られた人の気持ちなどわかるはずがない。多分辛いのだろうということは想像がつく。
珠希はもう一度指輪と持ち主を見た。
ダイヤは痛々しくシャープな光を放っていて
珠希はガラスの破片で切りつけられたように感じ、どきりとした。ここで負けてはいけない。
「8万です。これ以上は出せません。」
「8万。。。。」
女はそう言って大袈裟なため息で不満を吐き出した。そして何かを考えるようにじっと指輪を見ていた。
何を考えるのだろう。指輪の価値か、1年ももたなかった結婚生活か。
「こんな指輪。。。」
女はうんうん、と一人で納得して初めて寂しそうな目をした。
珠希は女の複雑な表情を見ながら、どんな結婚生活だったのだろうかと思った。
珠希にだって今まで付き合った人は何人かいるが、誰にも結婚するほど強い感情を持ったことはなかった。
結婚するほどの幸せの絶頂にいたカップルが1年も経たずに別れるなんてよっぽどのことがあったのだろう。


今、珠希の目の前にいる二人は事あるごとに目を合わせてはいちゃいちゃしている。珠希は二人の絡まった腕に苛立ちを感じて目を逸らした。
珠希は鑑定書を出してそのダイヤについて説明するが、2人の耳には入ってないようだった。
ルーペでしか見えないダイヤの内包物など、彼らにとってどうだっていいのだろう。
「実は本当は今日プロポーズするつもりじゃなかったんだけど、手に取った瞬間なんか今だ!っていうか、これだ!っていうか、感じたんだよね。中古でごめんね。でもサイズもぴったりだし、なんか運命感じるね。」
「中古でも全然いいよ、別に使い古されてるわけじゃないし。」
女は指輪のはめられた左手をいろんな角度から眺めた。
「かなり状態はいい方です。」
珠希は二人に笑顔で言った。
だから、大切に扱って、もし離婚したら、ここに売りに来てください。
珠希はそう思いながら事務的に手続きを進めた。

この店、ゴールドラッシュは社長の幹太が親から受け継いだ宝石専門の質屋を増築した店だ。
今では巨大な倉庫が隣接し、何でも買い取ります。と宣伝する大型リサイクルショップとなっている。
幹太の子である珠希と礼二はカウンターに立ち、買い取りをしながら、スタッフを管理する役目を任されている。

「泉谷ーこれも倉庫行きー」
「へーぃ!」
倉庫担当の泉谷の独特な返事がゴールドラッシュの店内に響く。
泉谷は11月だというのに汗だくで液晶テレビを運んでいった。
泉谷はここで働いて走り回ってるお陰で7キロ痩せたらしい。
奥のカウンターでは絵里がスーツを着た男の人と握手している。
絵里の営業スマイルがあまりにも眩しい。
しかも小さい子供がいるにしては化粧が完璧すぎる。
珠希がふぅと息を吐き出すと、ため息のように聞こえた。

「珠希さーん。」
そう呼ばれて振り返った珠希は気を取り直して背筋をピンとさせた。
「また来ますねー。」
「ありがとうございました。」
珠希は深くお辞儀をして、今婚約したばかりの幸せカップルが腕を組んで出て行くのを見送った。

入り口付近で兄の礼二と父の幹太が話をしているのが見える。
いつも二人が話し込んでいると、珠希なしで仕事上の何か大事なことを話しているんではないかと思ってしまう。
仕事では父の幹太が社長で、3歳上の兄の礼二がライバル的存在なので、いつも二人の関係が気になってしまうのだ。
二人の首にはヒップホップアーティストが付けてるようなゴールドチェーンネックレスが下がっている。
幹太のチェーンの先にはルーぺが付いていて実用的な役割を果たしているが、礼二はただ幹太を真似しているだけで、実際にルーペを付けることはない。
礼二はそれをかっこいいとでも思っているんだろうが、シャツに太いゴールドのチェーンは違和感がある。
それでも珠希はその男同士の繋がりのようなものに嫉妬していた。
珠希はアクセサリーやブランドのバックを身につけることに興味がない。興味がなくても買い取りはできる。個人的な感情がない方が査定しやすい。
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