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アメリカンドリーム
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みずきはゴールドラッシュの店の中に入るとまっすぐ買い取りカウンターに歩いていった。
「珠希さんいますか?」
みずきはカウンターに立っていた礼二に聞いた。
「珠希は今日休みなんですが、私でよかったら伺いますよ。」
みずきは「礼二」と書いた名札と顔を確認して、この人が珠希の兄らしいというホームページからの情報を思い出した。
キリッとした切れ長の目にスッとしたシャープな顎の珠希とは違って礼二はパグ顔の癒し系だった。
「えーと。」
みずきは一瞬で計画が狂ってしまってどうすればいいかわからなかった。また改めて出直そうか。
その時、携帯のメール着信音がなったので、みずきは慌てて携帯を取り出し、メールをチェックした。
雄二から(どうなった?)という内容のメールだった。
今日2件目の催促メールだ。
もちろんカメオ買い戻すって言ってたけどどうなった?と言う意味なのだ。みずきは返信を返さずに携帯をバックにしまった。
「あっ、あなたこの間カメオ売りに来たよね。」
礼二の隣にいたチャーミーが隣のカウンターから顔を出した。
「あ、そうです。」
みずきはそう答えてから珠希ではなくてこの二人を相手にしようと心を決めた。
礼二とチャーミーの笑顔は爽やかだった。
あまりにも馬鹿爽やかだったから、この人達なら”使える”と思った。
前にカメオを売りに来た時の印象からすると、この二人は水晶のような天然石には詳しくないようだから、この水晶が安物だということをわからないだろう。
ここは女の武器で勝負してみよう。
「そのカメオのことなんですけど、あれ買い戻したいんです。でも4万で売ったのに50万って言われて。」
みずきは悲しい表情を見せて上目遣いで二人を見た。目をうるうるさせようと脳に指令を出す。私は女優。
「あぁ、あれね。あれは酷いよね、ごめんね。でも俺たちにはどうもできないんだ。」
みずきは礼二の心から同情する表情を確認した時、いける。心の中で思った。
「だから今日はこれを売りに来ました。この水晶買い取ってください。50万で。」
みずきはバックから水晶を取り出してカウンターにそっと置いた。
「いくらなんでも50万は無理だなぁ。」
礼二は困ったようにそう言った。宥めるような優しい口調だった。
「お金が欲しい気持ちよくわかるんだけど、これ一つで50万ってわけにはいかないよ。ブランドのバックとか時計とかそういうのあったら高く買い取れるけど。」
礼二は子供に話しかけるようにゆっくりはっきりとそう言った。
礼二は笑顔でみずきの方をじっと見ている。
水晶をよく見ないでも本物かどうかわかるんだろうか。そう思いながらみずきも礼二を見つめ返す。
「私、特別な能力があるんです。」
みずきはそーっと両手を水晶玉にかざした。
こんなことしても信じてもらえないかもしれない。
でも2千円の水晶を50万で売るにはこれくらい強気でないといけない。
「へぇー占い師なの。こんな可愛い顔の占い師見たことないよ。ねえ、占い師ならなんか占ってよ。」
急にチャーミーがカウンターに身を乗り出してみずきに顔を近づけた。
「いいですよ。」
そう言ってから後悔した。こんな悩みのなさそうな人のことなんかわかるんだろうか。
みずきはチャーミーの無防備なその顔から何かを読み取ろうとした。この人なら適当なことを言っても信じるかもしれない。
でもその適当なことさえ思いつかなかった。
口の隅に付いた茶色が気になって集中できない。チョコレートか?こんなチョコレートを口に付けた人の弱みが何かなんてわかるわけない。
みずきが諦めかけていた時、ゴールドラッシュのホームページでこの顔を見たことを思い出した。こんなキャラの濃い人忘れる訳がない。みずきは水晶に集中している振りをして、記憶をたどっていた。ああ、そうだ、スイーツ好きのオタク。
「あーりんが見える。」
みずきは水晶に予言が映っているようにそう言ってみた。
「本当?俺あーりんのファンなんだ。わかる?すごいな。」
そんな基本的な情報はあなたのスタッフ紹介に載ってますけど。みずきは心の中で笑いながらも平然を保った。
(あだはチャーミー。僕はももクロのファンで特にあーりんが好きです。)そう書いてあった。
「じゃあさ。。。」
礼二は何かを企んんでいるような薄笑いでみずきを見た。
「水晶占いって予言できるんじゃない?予言って出来る?」
みずきは自分が試されようとしているのを感じて身が引き締まるのを感じた。
「いや、こんなところでは。。。」
「予言!いいね!えーっと、何の予言にしようかな。うーん。この世の終わりはいつ?とかそういうやつ。」
戸惑うみずきを遮ってチャーミーが言った。
「そんなの当たってるか確かめられないだろ!」
目を輝かせるチャーミーに礼二はツッコミを入れる。
「そっか。じゃあ、今度の大地震はいつ?とか。」
「いや、身近なことがいい。そうだ!チャーミーが赤田雄二って言う歌手に会えるかどうかってわかる?」
赤田雄二。。
みずきはその名前を聞いて鳥肌が立つように体が反応するのを感じた。あの妻に家庭内暴力を振るうあの雄二のことを言っているんだろうか。確か、雄二は昔歌手だった。
みずきは自分が本当に占い師であるかのように何かが降りて来たのを感じた。占いの力などいらない。運がみずきの味方をしてくれている。
「わかりますよ。」
そう言ってそう言って水晶を覗きこんだが
もちろんみずきには何も見えない。
ただ、この水晶を買い取ってもらえる希望の光が見えていた。
「赤田雄二ね。うん、会えますよ。」
みずきは無表情でクールな占い師を演じていた。
礼二とチャーミーは驚きの表情で顔を見合わせた。
「どうやったら会えるの?」
「彼に会えるところまで連れて行ってあげますよ。でもその代わりに、この水晶50万で買い取ってください。」
もうこれは予言ではなくなっている。でもそんなことはどうでもいい。みずきは余裕の笑みを見せた。
「赤田雄二どこにいるかわかるの~」
チャーミーは大袈裟に関心していた。
礼二はみずきの交換条件を受け入れるべきか考えているようだった。まだみずきのことを信じてないようだ。
「じゃあその情報が本当だったら、水晶買い取るよ。もうすぐ閉店だから、今から行く?」
ゴールドラッシュが9時に閉店した後、みずきは礼二とチャーミーを乗せて雄二の家に向かった。
何度も通った赤田家だったが、夜道を走るのは初めてだった。
悪いことをしているという罪悪感とバレたらどうしようという心配でハンドルを握る手に嫌な汗をかいていた。
「ここです。」
みずきは赤田家を指して門のそばに車を停めた。
チャーミーと礼二は赤田家の方向を見たまま動かなかった。
「でもなんでそんなに赤田雄二に会いたいの?」
みずきは後部座席の二人に問いかけた。
「チャーミーがね、雄二のCD買い取ったんだけど、珠希にそんなの売れないだろうって言われたんだ。でも、チャーミーは本人のサインしてもらえば価値が上がるかもって言って雄二探してたんだ。」
「本当にサインしてもらえばCDの価値上がるの?」
「いや、変わらないと思うよ。そんな歌手聞いたこともないし、流行ったのかなり昔らしいよ。赤田雄二って知ってた?」
知ってる。っていうか、私、赤田家のクリーナーとして働いてたし。この前クビになっちゃったけど。みずきはそう言いたいのを我慢した。
「知らない。」
「いいんだよ、これはもう価値とかそういうのじゃなくて、俺のプロジェクトなんだ。ネットでで調べてたらこの人ブログやっててさ。一発屋の歌手だけど売れなくなってからアメリカに行ってたみたい。英語も話せないのに。かなり大変な目に遭ったりしながらもハリウッドスターになるって言いながらさーめちゃくちゃなことやってるんだこの人。そのことがブログに書いてあったんだけど、なんか夢を追いかける男の情熱が伝わってきたんだよね。ハリウッドのウォークオブフェイムに自分の星を持つのが夢らしい。」
チャーミーは熱くそう語ってみずきに雄二のCDを渡した。
白いTシャツにジーンズの若い雄二が椅子に座っていた。
雄二の顔は一見爽やかだが、みずきには目の奥に微かな悪の陰が見えるようだった。
これを見た人は笑顔が眩しいというかもしれないが、眩しいのは白い歯のせいなのだ。とみずきは密かに思った。
「この人のことよく知らないけど、ウォークオブフェイムの星は無理でしょ。」
礼二が鼻で笑うように言った。
「ウォークオブフェイムって何?」
みずきは礼二に聞いた。
「ハリウッドにある大通りにエンターテイメント界で活躍した人物の名前が彫られた星型のプレートが埋め込んであるんだよ。ドナルドトランプ、トムクルーズ、ジョニーデップとかゆう大物の名前が並ぶそのの隣にこんな奴の名前刻まれるわけないし。」
みずきはそれについてなんと言葉を返せばいいかと言葉を選んでいると、チャーミーが急に大きな声を出した。
「アメリカンドリーーーム!!!」
チャーミーはそう言って車から降りると、何故かみずきと礼二に敬礼して雄二の家の玄関に向かった。
「本当にサインしてくれるかなぁ。」
礼二は心配と言うよりは面白がっているようにそう言った。
みんなには雄二の悪が見えないんだだろうか。あの人は家庭内暴力をする人なのに。奥さんにあんな酷いことするなんて知ったら誰も雄二のCDなんて買わないんじゃないだろか。
「サインしてくれたとしても、そんなCD売れないよ。」
ささやかな反抗でそう言ってみた。この秘密を誰にも言えない変わりにそう言ってやっただけだった。
赤田家から漏れる灯りは暖かかった。
家の中でどんな激しい喧嘩が行われていても、外からは完璧な家にしか見えないのだ。
チャーミーが前庭の小道を走ってこっちに向かってくるのが見える。
「なんと~!サインしてくれたよ。」
チャーミーは誇らしげにCDを見せた。何と書いてあるのか読めなかったが、確かにサインがしてある。
礼二はそのCDを見た瞬間、笑い出した。
「おい、おまえこれお前の名前入りじゃないかよ。」
よく見るとサインの下に「チャーミーへ」と書いてあった。
「あーいや、あれぇー。名前聞かれたからチャーミーです。って言っただけなのに。」
「これ価値あげて売ろうとしてたんだろ?お前の名前入ってない方がいいんじゃないか?全くお前はーこんなの売れないぞ。」
礼二は笑いながらそう言ってチャーミーのミスを笑い飛ばした。
礼二とチャーミーの笑い声にもみずきの頬も緩む。作戦は成功した。
「じゃあ、帰ろうか。」
みずきがそう言って車を走らせようとした時、真顔の礼二がバックミラー越しにみずきをじっと見ているのに気づいた。
「さっき、サインしてもらっても売れないって言ってたけど、もしかしてこうなるってわかってたの?」
礼二は真剣な顔でみずきに聞いた。
「まあね。」
みずきは後部座席の礼二と目を合わせて微笑んだ。
礼二は次の日約束どおり、50万で水晶を買い取り、みずきはそのお金でカメオを取り戻した。
そして再び赤田家へと向かった。
「カメオ取り戻しました。」
みずきは取り戻したカメオを雄二に差し出した。
「あーよかった。なんかごめんね。面倒なことになっちゃって。」
雄二は別人のようだった。角が取れて丸くなったように表情が柔らかい。
髭を剃ったからかスッキリした顔をしている。
「雄二さん、今日はいつもと雰囲気違いますね。」
にかっと笑った歯は異常に白かった。
「俺ねえ、また歌うことにした。」
髭のない顎を撫でるように触りながら雄二は言った。
「俺のファンだっていう人がね、うちまで来てね。オタクっぽい男の子だったけど、俺のブログも見てくれてた見たくて。一人でも応援してくれる人がいる限り俺は頑張るよ。」
「そうですか。よかったですね。。。じゃあ、私はこれで。」
珠希はそれだけ言って軽く礼をして雄二の家を出た。
なんだかいいことをした気分になっていた。みずきは働いていた時の癖で小道の星の模様を数えながら門の外に出た。
門に近い星にYuji Akadaと名前が書いてあるのに気づいた。
その時初めて、今まで見ていた石の星模様の意味に気づいた。
Yuji Akada ーきっとハリウッドで活躍するのは無理だろうけど、頑張ってほしいなと思いながら赤田家を最後にもう一度見上げた。
「珠希さんいますか?」
みずきはカウンターに立っていた礼二に聞いた。
「珠希は今日休みなんですが、私でよかったら伺いますよ。」
みずきは「礼二」と書いた名札と顔を確認して、この人が珠希の兄らしいというホームページからの情報を思い出した。
キリッとした切れ長の目にスッとしたシャープな顎の珠希とは違って礼二はパグ顔の癒し系だった。
「えーと。」
みずきは一瞬で計画が狂ってしまってどうすればいいかわからなかった。また改めて出直そうか。
その時、携帯のメール着信音がなったので、みずきは慌てて携帯を取り出し、メールをチェックした。
雄二から(どうなった?)という内容のメールだった。
今日2件目の催促メールだ。
もちろんカメオ買い戻すって言ってたけどどうなった?と言う意味なのだ。みずきは返信を返さずに携帯をバックにしまった。
「あっ、あなたこの間カメオ売りに来たよね。」
礼二の隣にいたチャーミーが隣のカウンターから顔を出した。
「あ、そうです。」
みずきはそう答えてから珠希ではなくてこの二人を相手にしようと心を決めた。
礼二とチャーミーの笑顔は爽やかだった。
あまりにも馬鹿爽やかだったから、この人達なら”使える”と思った。
前にカメオを売りに来た時の印象からすると、この二人は水晶のような天然石には詳しくないようだから、この水晶が安物だということをわからないだろう。
ここは女の武器で勝負してみよう。
「そのカメオのことなんですけど、あれ買い戻したいんです。でも4万で売ったのに50万って言われて。」
みずきは悲しい表情を見せて上目遣いで二人を見た。目をうるうるさせようと脳に指令を出す。私は女優。
「あぁ、あれね。あれは酷いよね、ごめんね。でも俺たちにはどうもできないんだ。」
みずきは礼二の心から同情する表情を確認した時、いける。心の中で思った。
「だから今日はこれを売りに来ました。この水晶買い取ってください。50万で。」
みずきはバックから水晶を取り出してカウンターにそっと置いた。
「いくらなんでも50万は無理だなぁ。」
礼二は困ったようにそう言った。宥めるような優しい口調だった。
「お金が欲しい気持ちよくわかるんだけど、これ一つで50万ってわけにはいかないよ。ブランドのバックとか時計とかそういうのあったら高く買い取れるけど。」
礼二は子供に話しかけるようにゆっくりはっきりとそう言った。
礼二は笑顔でみずきの方をじっと見ている。
水晶をよく見ないでも本物かどうかわかるんだろうか。そう思いながらみずきも礼二を見つめ返す。
「私、特別な能力があるんです。」
みずきはそーっと両手を水晶玉にかざした。
こんなことしても信じてもらえないかもしれない。
でも2千円の水晶を50万で売るにはこれくらい強気でないといけない。
「へぇー占い師なの。こんな可愛い顔の占い師見たことないよ。ねえ、占い師ならなんか占ってよ。」
急にチャーミーがカウンターに身を乗り出してみずきに顔を近づけた。
「いいですよ。」
そう言ってから後悔した。こんな悩みのなさそうな人のことなんかわかるんだろうか。
みずきはチャーミーの無防備なその顔から何かを読み取ろうとした。この人なら適当なことを言っても信じるかもしれない。
でもその適当なことさえ思いつかなかった。
口の隅に付いた茶色が気になって集中できない。チョコレートか?こんなチョコレートを口に付けた人の弱みが何かなんてわかるわけない。
みずきが諦めかけていた時、ゴールドラッシュのホームページでこの顔を見たことを思い出した。こんなキャラの濃い人忘れる訳がない。みずきは水晶に集中している振りをして、記憶をたどっていた。ああ、そうだ、スイーツ好きのオタク。
「あーりんが見える。」
みずきは水晶に予言が映っているようにそう言ってみた。
「本当?俺あーりんのファンなんだ。わかる?すごいな。」
そんな基本的な情報はあなたのスタッフ紹介に載ってますけど。みずきは心の中で笑いながらも平然を保った。
(あだはチャーミー。僕はももクロのファンで特にあーりんが好きです。)そう書いてあった。
「じゃあさ。。。」
礼二は何かを企んんでいるような薄笑いでみずきを見た。
「水晶占いって予言できるんじゃない?予言って出来る?」
みずきは自分が試されようとしているのを感じて身が引き締まるのを感じた。
「いや、こんなところでは。。。」
「予言!いいね!えーっと、何の予言にしようかな。うーん。この世の終わりはいつ?とかそういうやつ。」
戸惑うみずきを遮ってチャーミーが言った。
「そんなの当たってるか確かめられないだろ!」
目を輝かせるチャーミーに礼二はツッコミを入れる。
「そっか。じゃあ、今度の大地震はいつ?とか。」
「いや、身近なことがいい。そうだ!チャーミーが赤田雄二って言う歌手に会えるかどうかってわかる?」
赤田雄二。。
みずきはその名前を聞いて鳥肌が立つように体が反応するのを感じた。あの妻に家庭内暴力を振るうあの雄二のことを言っているんだろうか。確か、雄二は昔歌手だった。
みずきは自分が本当に占い師であるかのように何かが降りて来たのを感じた。占いの力などいらない。運がみずきの味方をしてくれている。
「わかりますよ。」
そう言ってそう言って水晶を覗きこんだが
もちろんみずきには何も見えない。
ただ、この水晶を買い取ってもらえる希望の光が見えていた。
「赤田雄二ね。うん、会えますよ。」
みずきは無表情でクールな占い師を演じていた。
礼二とチャーミーは驚きの表情で顔を見合わせた。
「どうやったら会えるの?」
「彼に会えるところまで連れて行ってあげますよ。でもその代わりに、この水晶50万で買い取ってください。」
もうこれは予言ではなくなっている。でもそんなことはどうでもいい。みずきは余裕の笑みを見せた。
「赤田雄二どこにいるかわかるの~」
チャーミーは大袈裟に関心していた。
礼二はみずきの交換条件を受け入れるべきか考えているようだった。まだみずきのことを信じてないようだ。
「じゃあその情報が本当だったら、水晶買い取るよ。もうすぐ閉店だから、今から行く?」
ゴールドラッシュが9時に閉店した後、みずきは礼二とチャーミーを乗せて雄二の家に向かった。
何度も通った赤田家だったが、夜道を走るのは初めてだった。
悪いことをしているという罪悪感とバレたらどうしようという心配でハンドルを握る手に嫌な汗をかいていた。
「ここです。」
みずきは赤田家を指して門のそばに車を停めた。
チャーミーと礼二は赤田家の方向を見たまま動かなかった。
「でもなんでそんなに赤田雄二に会いたいの?」
みずきは後部座席の二人に問いかけた。
「チャーミーがね、雄二のCD買い取ったんだけど、珠希にそんなの売れないだろうって言われたんだ。でも、チャーミーは本人のサインしてもらえば価値が上がるかもって言って雄二探してたんだ。」
「本当にサインしてもらえばCDの価値上がるの?」
「いや、変わらないと思うよ。そんな歌手聞いたこともないし、流行ったのかなり昔らしいよ。赤田雄二って知ってた?」
知ってる。っていうか、私、赤田家のクリーナーとして働いてたし。この前クビになっちゃったけど。みずきはそう言いたいのを我慢した。
「知らない。」
「いいんだよ、これはもう価値とかそういうのじゃなくて、俺のプロジェクトなんだ。ネットでで調べてたらこの人ブログやっててさ。一発屋の歌手だけど売れなくなってからアメリカに行ってたみたい。英語も話せないのに。かなり大変な目に遭ったりしながらもハリウッドスターになるって言いながらさーめちゃくちゃなことやってるんだこの人。そのことがブログに書いてあったんだけど、なんか夢を追いかける男の情熱が伝わってきたんだよね。ハリウッドのウォークオブフェイムに自分の星を持つのが夢らしい。」
チャーミーは熱くそう語ってみずきに雄二のCDを渡した。
白いTシャツにジーンズの若い雄二が椅子に座っていた。
雄二の顔は一見爽やかだが、みずきには目の奥に微かな悪の陰が見えるようだった。
これを見た人は笑顔が眩しいというかもしれないが、眩しいのは白い歯のせいなのだ。とみずきは密かに思った。
「この人のことよく知らないけど、ウォークオブフェイムの星は無理でしょ。」
礼二が鼻で笑うように言った。
「ウォークオブフェイムって何?」
みずきは礼二に聞いた。
「ハリウッドにある大通りにエンターテイメント界で活躍した人物の名前が彫られた星型のプレートが埋め込んであるんだよ。ドナルドトランプ、トムクルーズ、ジョニーデップとかゆう大物の名前が並ぶそのの隣にこんな奴の名前刻まれるわけないし。」
みずきはそれについてなんと言葉を返せばいいかと言葉を選んでいると、チャーミーが急に大きな声を出した。
「アメリカンドリーーーム!!!」
チャーミーはそう言って車から降りると、何故かみずきと礼二に敬礼して雄二の家の玄関に向かった。
「本当にサインしてくれるかなぁ。」
礼二は心配と言うよりは面白がっているようにそう言った。
みんなには雄二の悪が見えないんだだろうか。あの人は家庭内暴力をする人なのに。奥さんにあんな酷いことするなんて知ったら誰も雄二のCDなんて買わないんじゃないだろか。
「サインしてくれたとしても、そんなCD売れないよ。」
ささやかな反抗でそう言ってみた。この秘密を誰にも言えない変わりにそう言ってやっただけだった。
赤田家から漏れる灯りは暖かかった。
家の中でどんな激しい喧嘩が行われていても、外からは完璧な家にしか見えないのだ。
チャーミーが前庭の小道を走ってこっちに向かってくるのが見える。
「なんと~!サインしてくれたよ。」
チャーミーは誇らしげにCDを見せた。何と書いてあるのか読めなかったが、確かにサインがしてある。
礼二はそのCDを見た瞬間、笑い出した。
「おい、おまえこれお前の名前入りじゃないかよ。」
よく見るとサインの下に「チャーミーへ」と書いてあった。
「あーいや、あれぇー。名前聞かれたからチャーミーです。って言っただけなのに。」
「これ価値あげて売ろうとしてたんだろ?お前の名前入ってない方がいいんじゃないか?全くお前はーこんなの売れないぞ。」
礼二は笑いながらそう言ってチャーミーのミスを笑い飛ばした。
礼二とチャーミーの笑い声にもみずきの頬も緩む。作戦は成功した。
「じゃあ、帰ろうか。」
みずきがそう言って車を走らせようとした時、真顔の礼二がバックミラー越しにみずきをじっと見ているのに気づいた。
「さっき、サインしてもらっても売れないって言ってたけど、もしかしてこうなるってわかってたの?」
礼二は真剣な顔でみずきに聞いた。
「まあね。」
みずきは後部座席の礼二と目を合わせて微笑んだ。
礼二は次の日約束どおり、50万で水晶を買い取り、みずきはそのお金でカメオを取り戻した。
そして再び赤田家へと向かった。
「カメオ取り戻しました。」
みずきは取り戻したカメオを雄二に差し出した。
「あーよかった。なんかごめんね。面倒なことになっちゃって。」
雄二は別人のようだった。角が取れて丸くなったように表情が柔らかい。
髭を剃ったからかスッキリした顔をしている。
「雄二さん、今日はいつもと雰囲気違いますね。」
にかっと笑った歯は異常に白かった。
「俺ねえ、また歌うことにした。」
髭のない顎を撫でるように触りながら雄二は言った。
「俺のファンだっていう人がね、うちまで来てね。オタクっぽい男の子だったけど、俺のブログも見てくれてた見たくて。一人でも応援してくれる人がいる限り俺は頑張るよ。」
「そうですか。よかったですね。。。じゃあ、私はこれで。」
珠希はそれだけ言って軽く礼をして雄二の家を出た。
なんだかいいことをした気分になっていた。みずきは働いていた時の癖で小道の星の模様を数えながら門の外に出た。
門に近い星にYuji Akadaと名前が書いてあるのに気づいた。
その時初めて、今まで見ていた石の星模様の意味に気づいた。
Yuji Akada ーきっとハリウッドで活躍するのは無理だろうけど、頑張ってほしいなと思いながら赤田家を最後にもう一度見上げた。
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