恋っていうのは

有田 シア

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寂しいケーキ

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デパートの本屋で注文して昨日やっと届いたひばるへのプレゼントはクリスマスラッピングされ、より特別感を感じた。
「メリークリスマス!」
珠希はそう言ってデパートの紙袋ごとひばるに差し出した。
「ありがとう。」
ひばるは赤い包装紙に緑のリボンがかけられたそのプレゼントをしばらく眺めた後、包装
紙をビリビリと破り始めた。
せっかくのプレゼントをめちゃくちゃにされたような衝撃だったが、破られているのはただの包装紙。
珠希は中を早く見たいというひばるのせっかちな行動だと理解して、その姿を見守った。
あまりの勢いでリボンについていた3つのベルが弾けるように飛んで床に落ちた。
ひばるはウエイトレスがベルを拾ってそっと珠希に渡してくれたのにも気付かず、珠希があげたプレゼントに釘付けだった。
「本当はポエムでも書いてみようかと思ったんだけど、無理だったからポエム集買ったんだ。ネットでレビューよかったし、ポエム王イサムとかいう人が絶賛してたから。」
The moon and his shadow というそのポエム集は英語で書いてあって珠希には読んでもよさがよく分からなかったが、挿絵が珠希の好みだった。
「ありがとう。僕も珠希さんにプレゼントあるんだ。」
ひばるはカラフルな花柄の包装紙で包まれたプレゼントを差し出した。
珠希はそれを受け取るとテープを丁寧に剥がして包装紙を破らずに開けて、小さな本を取り出した。
手のひら仏像辞典????
ー仏像を通して見られるその思想、および信仰のあり方を解説。
珠希は1ページ目の「はじめに」の文章をさっと見たところで怯んだ。
珠希は何と反応していいのかわからず、その本をとりあえすテーブルに置いて包装紙を四つに綺麗に畳んだ。
「ありがとう。」
とりあえず、お礼を言う。
「手のひらサイズだから持ち歩くのに便利らしい。。。仏像見に行くときに。」
「。。なるほどね。」
「珠希さん、仏像好きでしょう?インスタで仏像の写真いっぱいあったし、よく奈良とか京都とか行ってるから。」
ひばるは慌てて付け加えた。
確かに奈良と京都に友達がいるから行くことはあったが、特に仏像が好きなわけではなかった。
もちろん興味があったが、珠希にとって仏像はどちらかというと芸術品であって、仏教の信仰の対象ではなかった。
「なんか的外れだった感じ?」
ひばるは珠希の表情を読み取り心配そうに聞いてきた。
正直言ってがっかりした。
「そんなことないよ。気持ちが嬉しい。」
プレゼントというのは難しいものだ。
相手のことを考えたつもりでも、的を得ていないことはあるものだ。

ポエム集をパラパラとめくるひばるを見ながら、本当にひばるはこれを貰って嬉しいのだろうか、という疑問が湧いてきた。
「ねえ、ひばる。このポエム集どう思う?こういうの好きだった?正直に言っていいから。」
珠希は恐る恐る聞いてみる。
ひばるが言葉を選んでいるのが珠希にもわかった。
「気持ちが嬉しい。」
やっぱりそうか。
珠希は気まずさでテーブルに置かれたポエム集と仏像の本を見つめた。
「失敗しちゃったな。」が顔に書いてあるひばると目が合う。
珠希は「お互い様ってことで」を込めたチャーミングな笑顔を返す。

ひばるからプレゼントを貰って嬉しかったことは確かだった。
何を期待していたんだろう。
何も期待なんかしていなかった。
ひばるにプレゼントをあげることで頭がいっぱいで、自分がプレゼントを貰えることも考えてなかった。

テーブルに置かれたその2冊の本は実用的ではないからこそ、プレゼントらしいような気がした。
付き合って2カ月の二人の少し的外れなクリスマスプレゼントは、ほろ苦い思い出として本棚にしまわれる。

「ところでさ、その包装紙そんな綺麗に畳んでどうするの?」
「またいつか使えるかもしれないから、取っておくの。」
「誰かにプレゼントあげる時にそれまた使うの?」
「いや、そうじゃなくって。」
珠希は取っておいても使うことのないその包装紙の捨てれない理由を考えてみた。
「包装紙もプレゼントの一部だから、かな。」
「そうか。。。」
ひばるは自分が無残にちぎって、そのあと丸めた包装紙を申し訳なさそうに見た。


「あー美味しかった。」
ひばると珠希は腕を組みながらレストランから出た。
シャンパンを飲んだせいか少し火照った顔に外の空気が気持ちよかった。

「みずき、今日は出かけてるんだ。」
「そうだよね、クリスマスだもんね。友達とパーティかな。」
「うち来る?」
ひばる意味深な笑顔で珠希に合図を送る。
うん!行く行く!
珠希は心の中でそう思いながらキスで返事をした。

キッチンの電気をつけた時、二人はテーブルの上に一切れのショートケーキが置いてあるのを見た。
その一切れのケーキには一本のろうそくが立っていて、「Happy birthday」と書いてあるメモがあった。
誰の誕生日?珠希はそう聞こうとして躊躇った。
ひばるはそのケーキを見ながらなぜか悲しそうな顔をしている。
「今日、僕の誕生日なんだ。」
ひばるは弱々しい笑顔で言った。
「えっ、今日!?なんで言ってくれなかったの?」
「なんか言いそびれちゃって。自分からって言いにくいよね。」
「言ってくれれば、レストランで誕生日も一緒にお祝いしたのに。」
「いいんだ。ほら、もうプレゼントももらったし。」
ひばるは珠希があげたプレゼントを指して言った。
「でもそれはクリスマスプレゼントだから。」
「誕生日もクリスマスも僕にとっては一緒なんだ。美味しそうだな、このケーキ。きっと藤木ママの手作りだ。」
ひばるは美味しそうと言ったわりのはケーキから背を向けた。
「食べないの?」
珠希はそのケーキに何か寂しいものを感じてそう聞かずにはいられなかった。
「うーん、後から食べる。さっきレストランでデザート食べちゃったからね。あのデザートセット結構量あったよね。」
「確かに。あのクリーム味濃いわりにはさっぱりしてて全部食べちゃったもんね。」
「クリスマスイブ限定のデザートだったしね。クリスマスイブ限定って言われるとやっぱりそれ食べたくなるよね。」
「後から来たカップルもそれ頼もうとしてたのに、本日は終了しましたって言われてたでしょ。あれって私らのが最後の限定だったってことじゃない?」

全ては上手くいっているように思えた。
好きな人と過ごすクリスマス。
これ以上望むものは何もない。
でも珠希の心の奥で何かが引っかかっていた。
それは、レストランにいる時から気になっていた奥歯の間に詰まっている肉のかけらようで、取れそうで取れない。
気になるが、このクリスマスの夜を壊すような重要なものではない。
手を引かれてひばるの部屋に入った時に、忘れてしまうようなもの。

ひばるのベッドの中でひばるの暖かい背中を感じながら、夜中に目が覚めた。
珠希は水を飲みに行こうと静かにベッドから出た。
キッチンのテーブルの上にはまだケーキがそのまま置いてある。
もうこのケーキは食べられることがないんだろうと思ったが、ラップをかけた。
それを冷蔵庫にしまってから珠希は思った。
ひばるに誕生日おめでとうって言ったっけ?
珠希はそっとひばるの部屋に戻った。
ひばるはすーすーと寝息をたてて寝ている。
子供みたいな寝顔だと思いながら珠希は思い出した。

タイミングをのがしてひばるに誕生日おめでとうを言ってなかった。
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