普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした

桜井吏南

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始まりの章

8.絶体絶命

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「パパは死ぬのが怖くないの?」
「父さんにとって一番の耐えられない恐怖は、星歌がいなくなることなんだ。だから今はそんなに怖くない」

 なんの迷いもなく答えられ微笑みまでくれ、ほんの少しだけ心にゆとりが出来そうだったのに、次なる巨大な恐怖はすぐに訪れバイクに乗っていた黒ずくめの男がどこからどもなく現れ再び不気味な笑みを浮かべた。

 空気は更に重くなり気持ち悪さを感じ、本能的に逃げろと赤信号で警告される。
 逃げたくても逃げられない。

「そうだな。龍ノ介がいればお前の勝算があるかも知れないが、あいにくこの結界は強力で、合流するのは無理なんだよな」
「……。なぜお前が生きている?」
「オレのスキルに記憶保持転生って言うのがあってな。魔族に転生後オレは魔王様を復活させるためにまたネクロマンサーの道に進み武道もかじった。そして地球でのほほんと暮らしてる器である魔王の孫娘を迎えに来たんだよ。まさかお前のような英雄候補の落ちこぼれの娘だったとはな?」
「娘は渡さない」
「は、渡す渡さない以前にこうしてほらよ」
「え、パパ?」

 一瞬で私は男に連れ去られ、縄で締め付けられ動きを封じられてしまう。

「娘を返せ」
「無理。この虫けら」

 ダーン

 パパの気迫は一気に上昇し男に詰め寄り攻撃を仕掛けるが、男はさらりと受け流し逆にパパを吹き飛ばす。
 それだけでは終わらず真っ黒な矢が無数に現れ、パパの身体を次々と貫き血で染めて行く。

 英雄の攻撃が何一つ決まらず、男にやられる。
  今すぐ近寄って手当てをしないといけないのに、身動きが出来ない自分が情けない。

「パパ!! パパになんてことをするのよ?」

 今の私には声にしか出せなくて、怖い気持ちを押し殺し男を睨み付ける。

「力の差を見せただけだ。安心しろお前には選択肢が二つある。魔王の器として殺されるか、オレと結婚し新たなる魔王を産むか」
「!?」

 私が生き残る選択肢は聞かされるもそれはぞっとするような物で、考える余地もないほど嫌な選択肢だった。
 だったら死んだ方がマシだ。

「は、それで気配を消してるつもりなのかよ。雑魚の癖してゴキブリ並みの生命力」

 あんな攻撃を受けたにも関わらずパパはいつの間にか男の背後を取るけれど、男にはお見通しのようで頭を鷲掴みし今度は地面へと叩き付け、惨い音が響き渡る。

「英雄候補時代からオレはお前が嫌いだった。どんなにズタボロにしてもお前は立ち上がる。キショいんだよ」

 ドッズ

  それでも立ち上がり攻撃の隙を狙おうとするパパに、男は苛立ち見下す台詞を言い捨て今度はかかと落としで沈められる。
 地面にひびが入るほどの衝撃なのにそれが何度も何度繰り返され、ポロシャツは原型がなくなるほど引き裂かれ赤く染まり目の色は死んでいないものの、血とアザで顔は最早無残なことになっていた。
 男にとってのパパは虫けら同然で、本気にもならない相手。
 一瞬で仕留めることも容易いはずなのに、よっぽど恨みがあるようで弄ばれている。

 地獄絵と言うのは、こう言う景色を言うのだろう。

 これ以上ううんもう限界なんてとうの昔に超えていて、男にどうあがいたって勝ち目がないのはパパ自身良く分かっているはず。

 でも私だから、
 ここで諦めたら、
 何もかもが終わってしまう。
 師匠を失い、最愛の人も失い、生まれて来るはずだった我が子も失い、私まで失ったら死ぬことより地獄でしかない。
 だからパパは死んでも諦めない。

 だけど…………。

「パパ、もう辞めて。私だってもう耐えられない」
「父さんならまだ大丈夫。だから頼むそんなこと言わないでくれ」

 こんなスプラッター映画以上の光景を生で見つづけることが私には出来ず、涙ながらパパに訴える。
 私を助けるために適わない敵に挑み虫けらのようにボロボロになり死んでいく姿なんて見たくない。
 何を根拠に大丈夫と言っているのか分からない。
 そんなに私は強くない。

「ここまでぶちのめされてもまだ自分の弱さがわからないのか?」
「俺は弱いが諦めも悪い」
「あ、そうか。お前は心臓を握りつぶさないと死ねないんだったな。なら」
「……ぐはッ!!」

 ついに男はパパの弱点を思い出したのか勝ち誇った笑みで、手を瞬時に鋭い刃物に変化させ胸を切り裂く。

 シュパッ

 血飛沫に吐血が同時に噴水のように噴き出し、体中に強烈な痛みが駆け巡っているのかもがき苦しみ悲鳴が響き渡る。

「心臓はどの辺にあったけな?」
「……ヤメテクレ……」

 初めて聞く命乞い。

「だったら娘を諦めろ。そうすればオレは娘を連れトゥーランに戻る」
「……それは出来ない……」

 しかし男の条件には即答で拒否し必死に腕を掴み逃れようとするも、軽々しく払いのけられ

「ん、これが心臓か」
「グハッ!!」

 胸元をえぐり続け言いながら手を止めると、なんとも言えないうめき声に再び大量の吐血が飛び散る。

「恐怖に怯える激しい鼓動。そんなにオレが怖ろしいか? それともお前でも死は怖いだろう。言葉通りオレは今お前の命を握ってる。今すぐには殺さないから安心しろ」
「……ナニをする? ……」
「お前には娘が魔王になっていく様を冥土の土産に見てもらう。これ以上もない絶望と屈辱を味わわせた後で、何日も痛めつけ魂ごと粉々に砕いてやる」

 完全にパパは男に弄ばれていた。
 男はパパをすぐには殺さず、あざ笑った口調でこれ以上もない残酷な殺し方を思いつく。

 人間ではない。化け物だ。

「…………」

  ついに声を失い声なき悲鳴で懸命に藻掻き苦しみながらも、まだ形勢逆転を狙っているのか抵抗は続けるが、それは力が無くただ動かしているだけ。

「こんな奴に魔王様が殺されたとはな。それなのに最愛の人もガキも仲間さえも護れない。今だってオレに何一つ傷つけられない癖に、偉そうに娘は俺が護る。と言い続ける。お前には誰も守る力なんてないんだよ。むしろお前のせいでみんな死んだ」

 挙げ句の果てにどん底までも追い詰めるかのように今度は残酷な言葉の刃物で、精神苦痛を与え何もかも奪おうとする。

「おっと、危うく握り潰して殺すとこだった」

「……セ……イ……カ……」

 精神苦痛直後の強烈な肉体的苦痛はどんなに辛いのだろう声にならない悲鳴と何かを呟き身体を激しくうねらせた後、吐血の中に泡を混じらせ完全に白目を剥き動かなくなると、男はニヤリと笑い胸から赤く染まった手を抜き壁に目掛けて投げ捨てる。
 
 バジッーン

 壁に叩き付けられても糸が切れた操り人形のようにぐちゃっと地面に落ち、その場も赤く染まっていく。
 辺り一面壁と床に飛び散っている赤は、すべてパパの血…………。
 
 スプラッター映画顔負けの一部始終を見せられた私自身も気が狂いそうで、脳内で何かが切れたのか激しい頭痛が襲う。

 パパが死んじゃう。
 パパが死んじゃう。
  私のせいでパパが死んじゃう。
  今すぐパパの傍に行って血を止めたいのに、無力な私には何も出来ない。
 こんなにパパは頑張ってくれて生死を彷徨っているのに……。

 ふっと頭に冷たく恐ろしい言葉に出来ない文字が沸き上がる。

「辞めて~!!」
 
 残酷すぎる悲惨な地獄絵に私の恐怖は限界を超えていて、無理矢理言葉に出来ない文字を念じれば、風がカマイタチになり鋭く男を襲う。

 シュパッ

 腕を肩から綺麗にそぎ落とす。

 まさか私が攻撃を仕掛け更にダメージを与えるなんて思いもしなかったのか、呆然とそぎ落とされた腕を見つめている。
 私自身何が起こったのが分からなくって激しい頭痛が襲うも、なぜか解かれていた縄を投げ捨て全く動かないパパの元へ急ぐ。

 血だまりの胸に耳をあてると、今にも消えそうで頼りない鼓動だけれど懸命に生きようとして高鳴っている。
 かすかに身体は温かい。

 良かった。まだ生きている。
 
「さすがは魔王の孫娘。どうやらお前の中にも魔王の力が眠ってるようだ」
「私に? それならそれでいい。今度は私がパパを護る」
「そうだな。お前が魔王の力を使いこなせ、オレなんて足下にも及ばない。だが覚醒間近の今ならまだ」

 腕を一本もぎとったぐらいでは形勢逆転にはならないのか、苦痛の色さえ見せず勝ち誇った不気味な笑みを浮かばせ余裕ある台詞だ。
 確かにあの攻撃をどうやって発動させたのかまったく分からないし、頭痛は激しくなる一方。

「それはどうかな?」
「龍くん!!」

 背後から龍くんの声が聞こえ振り向くと、やっぱり龍くんだった。

 ヒーローは遅れてやってくると言うのは本当だった。
 
「ちっ、邪魔が入ったか?」

 初めて男の顔に焦りが見え闇へと消えていく。

「龍くん、パパを助けて」
「え、星夜?」

 男がいなくなったからと言っても、パパの命の危機で龍くんに助けを求めた。
 血の流れがさっきよりも勢いはなくなっているけれど、顔から血の気が引いていて完全に真っ青だ。
 私の叫びに龍くんはパパの一大事に気づき、急いでパパの胸元に手を当てると血の流れは完全に止まる。

 いつの間にか重かった空気が軽くなり太陽の光が差し込み、これで多分大丈夫だと思った瞬間、私の頭痛はピークに達し意識が飛ぶ。


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