普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした

桜井吏南

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始まりの章

10.消えない傷

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「星歌、抱きしめて良いか?」
「うん、いいよ」

 いつもと違ってきつくギュッと抱きしめら心地よい温もりにホッとするも、背中が濡れていくのに気づく。

「なんで俺はこんなに無力でどうしようもないんだろうな? 忍の言う通り俺には結局何も護れない。護ってるつもりが、いつも護られてばかりいる。……星歌も俺は失うのか?」
「…………」

 ちゃんと聞いていないとエアコンの音にさえかき消されてしまいそうな弱々しい声で、今まで堪えていたのだろう本音をゆっくり語り始める。
 今のパパにはそう言う気持ちを全部吐き出すことが必要なんだと思う。

「星歌を護れるのならこんな命どうなってもいい。それは本当だ。同時にこの地獄のような苦しみから逃れたくって早く殺して欲しいとも弱い自分が願ってしまう。……最低だよな」
「そんなことないよ。でもパパは生きていて苦しいの? 私といても幸せじゃないの?」
「すごく幸せだよ。だからこそ誰も護れなかった俺に許されるのだろうかと自問自答し続けてる。時折見せしめのように俺が護れなかった多くの人が殺される夢を見る」

 想像していた以上の深い深い闇を抱えていて相当参っているのか、パパの身体の震えは酷くなるばかりで爪を立て怯えている。

 本当も何も十数年前からパパの心は壊れていて、私がいるからどうにか踏みとどまっていただけ。
 でも心は壊れているから平気で私を命に代えても護るって言えて、その後の事なんて考えられなかった。
 どんな痛みも心の痛みよりも楽だったから、パパは大丈夫だと言っていたんだね。
 パパの苦しみがほんの少しだけ分かって、本当の気持ちを知れて良かった。

「今度からそう言う時はこうやって私をこんな風に抱きしめてもいいからね。そして弱音を吐いて、思いっきり泣いたって良いんだよ」
「……星歌、ありがとう」

 私にはこのぐらいしか出来なくて歯がゆい思いで、パパの背中をそっと優しくさする。
するとパパの声は少しだけ軽くなったものの、背中のぬれ具合は加速していく。

 私がパパの心の支えなら、本当に心の支えになればいい。
 これからは二人三脚で……あれ?
 こう言う感情って好きな人に対して抱く物……だよね?
 イヤイヤ、いくらなんでもそれだけはないでしょう?
 私はファザコンでも、それ以上の感情はない。
 あったらいけない。

 もう少しで目覚めてはいけない物が目覚めそうになりそれを否定したくてパパを突き放しそうになるも、パパのすすり泣きを聞いたらそんなことしたらいけないことに気づき急ブレーキを掛ける。
 理由がどうあれ今のパパを私が突き放したら、自暴自棄になって単身でネクロマンサーに突っ込んで最悪な死を遂げる。
 そんなことになるぐらいだったら私は……。
 あ、そうだ。
 恋をすれば良いんだ。

「私もパパのような素敵な恋が出来るかな?」
「父さんにも出来たんだから星歌はもっと良い恋が出来るよ。恋をすると何もかもが輝きだして、全く違う世界に変わるんだ。片思いの時は自分の醜い嫉妬に苛立ち不甲斐なさに失望するが、両思いになればすべてが報われ楽園の日々だった」
「パパって結構ロマンチストだね」
「そうか? でも星歌も恋を知れば分かるよ」

 恋バナは結果オーライだったらしく、ようやく顔を上げ笑顔で私の頭をくしゃくしゃになぜてくれる。

 そんなに恋が素敵な物ならば、私も恋をして楽園へ行きたいな。
無理矢理恋するんじゃなくって、純粋な気持ちで恋がしたい。

 ただ思いっきり泣いた後だからなのか、顔が酷い事になっていて笑いを堪える。

「……っぷ」

 無理でした。

 声に出して笑うとパパはきょとんとして私を見つめる。

 そんなパパも可愛い。

「パパの顔酷いよ。ちょっと待っていて……ほら」

 手鏡を取り出しパパの顔を映してみせると苦笑する。

「本当だな。顔洗ってくるよ。こんな顔見られたら龍ノ介に何を言われるか分からないからな」
「そうだね。それがいいよ」
「星歌、もう父さんは大丈夫だから。ただやっぱり忍をトゥーランに帰さない限り、星歌は狙われ続ける」
「それはそうだけど……」

 また大丈夫だって言って、やっぱりパパは男のことをほっておくことは出来ないらしい。
 たださっきとは何かが断然と違い別の強い意志が感じられ、頭ごなしに反対は出来なさそう。

「だからお前の力を貸して欲しい」
「え、私の力?」
「そう。お前にも魔王の力が少なからず眠っている」
「そうらしいね」

違う何かとは私への協力要請で頼まれた瞬間さっぱりだった物の、言われてみれば心当たりが滅茶苦茶あることだった。

 男に使った魔王の力。

「使ったのか?」
「うん。パパが気を失って死んじゃうと思ったら、頭の中で言葉に出来ない文字が浮かんで念じたら使えたんだ」
「そうだったのか。父さんの命を救ってくれたのは星歌だったんだな。本当にありがとう」

 協力要請したのに力を使ったことに驚かれて訳を話すと、ホッとしてまた抱きしめられる。
 死にたがっているのに、心の底から感謝された。

「でもその力を使うのは今日限りにして欲しい。お前は確かに魔王の孫娘で半分は魔族の血を受け継いでいるかも知れないが、もう半分は父さんの人間の血が流れていてこうして地球で暮らしている。だからこのことを忘れろとまでは言わないが、星歌は今の星歌のままで生きて行きなさい。父さんも今まで通り娘の成長を暖かく見守っていくからな」

 私の未来だけではなく、自分の未来も考えてくれた。

 ようやく私の思いは救われて嬉しくて泣きそうになるも、その言葉を鵜呑みに出来ず疑ってしまう自分がいる。
 良くあるパターンで口だけそう言って、いざとなったら私のためだと言って平気で裏切る。
 だから最後の最後まで気が抜けないし、鵜呑みにしない。

「だけどその力は偶然だったから、また使えるか分からない」

 嬉しいそぶりを見せず、話を先に進める。

「それなら龍ノ介にごく一部の力を解放してもらいなさい」
「魔術ってなんかズルいよね?」
「龍ノ介がチートなだけだ」
「あ、なるほど」

 恐るべし龍くんの能力。
 異世界だったら富も名誉も手に入れていたからウハウハな生活を送れていたはずなのに、それでも龍くんはパパとの友情を選んで地球に戻り一般人の生活を送っている。
 普通だったらそんな選択なんて出来そうにもないのに、それをやってしまった龍くんは最早神様かも?

「龍くんが親友で良かったね」
「そうだな。今回のことも本来龍ノ介は無関係なはずなのに、嫌な顔一つしないどころか当然とばかりに協力してくれてる。貸しが出来るばかりだ」
「あ、そうか。男の目的は私であって別に世界征服じゃないんだから龍くんには関係がないんだ」

 言われてようやく龍くんが無関係であることに気づく。
 それなのに私と来たら自分勝手なことばかり言って、龍くんに全部を押しつけようとした。
 協力してもらえるだけで感謝しないといけないのに、自分の事しか考えていなかった。

「そう言うことだ。だから俺が高みの見物なんてしていられない」
「そうだよね。でも……」

 理由が分かってもまだパパの身体も心も心配で無闇に頷けなかった。
 でもパパの瞳の奥で燃えている炎は私に弱音を吐いた事で、吹っ切れたのかますます加熱している。
 もうこうなったら誰にも止められない。


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