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10「未完成」

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10「未完成」

 小島の部屋を後にした華名子達は構内のカフェで昼食を摂っていた。月原に貼り付けられた怪しげな札のお陰か、あれ以降は普通に食べ、寝ることが出来るようになった。
 華名子はコーヒーと玉子のサンドイッチを口に運ぶと、食べる事の楽しさや嬉しさが改めて分かった気がした。
 目の前の月原も、同じくコーヒーを頼んでいたが、意外なことにこれでもか、という程大量の砂糖を入れていた。無表情で口にしているのも、生クリームがたっぷり入ったフルーツサンドだ。大人びてはいるが、どうやら味覚は子供のようだ。
 先程の小島の前での堂々とした立ち振る舞いとのギャップに少し可笑おかしくなり、華名子は自然と笑みがこぼれた。
 自分が構えていただけで、実は親しみ易いかも――。それならば、先に壁を作った自分がみかたを改めるべきだ。華名子はコミュニケーションをとろうと、月原に話しかけた。
「月原さん、甘いもの好きなのね。ちょっと意外だわ」
「殆どの女子高生は甘いものが好きだと思いますが」
 月原は全くの無表情でそっけない。
「ご、ごめんなさいね。月原さんって、ほら、大人のイメージが」
「大人は甘いものが嫌いなんですか?」
「そんな事は――」
 どうやら会話のキャッチボールをするつもりは無いらしい。内心、くじけそうになるが、すぐに諦めるのもどうかと思い、華名子はまた話しを振ろうとするが、話題が無い――
 いや、先程の小島とのやり取りで――

「そういえば、さっきは驚いたわ。月原さん、いきなりあの絵は好きじゃないって。そういえば、あなたはどんな絵が好きなの?」
 美術の教師らしいその質問に、月原は珍しく首をかしげた。
「先生、あの場にいましたよね? 私の話を聞いていましたか?」
「え、ええ。あのひまわりが好みじゃ無いって……」
 月原はコーヒーを一口飲んでから
「私は、『あの絵』でなくて『絵』が好きではないと言いましたが?」と切り捨てた。
「と、言うことは」
「絵画とか全般に興味が無いんです。だって、ひまわりの絵を飾るくらいなら、より本物に近い写真か、本物のひまわりを飾ったほうが手っ取り早いじゃないですか」
 華名子は心の内にきあがるものを必死に抑えながら、
「しゃ、写真が好きなんだ」と言ったが。
「私、そんな事いいましたか? 写真は写真です。好きも嫌いもありません」
 そういうと、月原は残りのフルーツサンドに手をつけた。その姿を見て、華名子は改めて、認識した。
 自分は月原が苦手なのではなく――嫌いなのだ。
 華名子はこれ以上のキャッチボールをしていると、いつか死球を投げてしまいそうだったので、会話を切り上げ、目の前の玉子サンドに集中した。

 玉子サンドを咀嚼そしゃくしながら、先程の小島とのやり取りを思い出していた。


 未完成の絵が自分に託された。小島はそう言うが、一体誰が、何のために。分からない事だらけだ。どうしたものかと思いあぐねるが、いい案が思い浮かばない。そんな中沈黙を破ったのは小島だった。
「それで、提案なんですが、池内さん。その絵を完成させてみては?」
「え!? どうしてですか」
 華名子は驚いたが、小島は構わず続けた。
「いやね、だれがどういう意図で、というのは分からないですけど、未完成のまま飾られているという事は、きっと描いた人も本意じゃないと思うんです。君ならどうですか?」
「確かに、嫌ですけど……」
「どの道、その絵の所有権は君にあります。好きにしても文句は無いでしょう。それにもしも完成させた事で、君に文句をつける人間がいたら、僕が絶対に守るから」
 華名子は考え込むが、その提案をのむ気になれない。絵を描いた人物と自分の画力に差がありすぎて、手を加える勇気が無いのだ。

「――どうして、そんなに先生に描かせたがるんですか?」
 月原が口を挟むと、小島は少し表情を曇らせた。
「何故って、さっき言った通り、未完成な絵を飾るのが忍びない――」
「なら、小島先生が描いたらどうです? 池内先生と小島先生。どちらが絵が上手いかは知りませんが」
「月原さん! 失礼よ。私なんて足元にも及ばないわ」
 恩師である小島の素晴らしい作品に惹かれ、華名子はこの学校を選んだのだ。月原の発言にはあせらされてばかりだ。
「自分を卑下ひげしてはいけませんよ。あなたの作品も僕の作品も、優劣なんてありません」
 懐かしい小島の言葉だ。才能が無いと、何度も学校を辞めようとしたが、この小島の言葉にいつも励まされていた事を華名子は思い出した。
「そうですか。では尚の事、小島先生が完成させたほうが」
 月原が空気などお構い無しに口を開くと、小島が制した
「月原さん。申し訳ないがそれは出来ません。僕に送られたなら僕がやりますが、あの絵は池内さんに送られたものです」
 小島も引く気は無いようだ。月原はその姿をみて「そうですか」と黙ってしまった。
 気まずい雰囲気の中、華名子はぽつりと口を開いた。
「とりあえず、完成させるにしても、このままにするにしても、やはり絵を描いた人と送ってきた人にきちんと話します。それからでも遅くは無いと思いますから」
 月原がじっと視線を送ってくる。タイムリミットが迫っているのだ。悠長な事を言っている場合か、と言わんばかりだが、ここは華名子も折れなかった。
「そうですか、ではひとまず、うちの学生に尋ねてみてはどうですか? 油絵を描いている生徒も沢山いますから」
 小島が言うなら確かにそれが一番の手だという気がする。全員が油絵を描いている訳でも無いが、生徒は沢山いる。あとは手当たり次第だ。
 華名子は小島に礼を告げると、何か言いたげな月原を引っ張り部屋を後にした。
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