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しおりを挟むリトがポツリと呟くと、周りは治癒じゃないかなと言う。
その中で、モルトは思い出した様に話し出す。
「リトは治癒院かもしれないけど、もしかしたら僕達の近くの聖品部屋かもしれないよ」
「聖品部屋?」
聖品とは、信者達が身に付ける信仰のアイテムだ。
ジェリ神を信仰する者は、主に一つ石のブレスレットやネックレスを身に付ける。
教会や神殿以外では、その石に向かって祈りを捧げるのだ。
モルトはリトに貰った癒しの石を取り出す。
モルトはペリトッドで、キキは紫水晶だ。
「僕達にも癒しの石をプレゼントしてくれたでしょう?こういった石に魔力を込めるのってとても大変なんだそうです。その中でも、この石にはとても多くの力が宿されている。聖品部屋の方がこれはスゴイ事だって教えてくれました」
「スゴイ?」
リトは自分がいつも行って来た作業が、普通では無いのだと少しずつ気が付き始めた。
「そう。この癒しの石があれば、魔物討伐に出て怪我をしても、すぐに傷を癒す事が出来る。そしたら神殿騎士団の方々の安全に繋がると。もしかしたら、リトは聖品に携わる事になるかもしれません」
モルトの言葉に、リトは自分にしか出来ない道の扉が開いていく感じがした。
王家からの打診と言う命令により決まった婚約で、リトは幼い頃から品行正しくを心掛けて来た。
両親や兄からは沢山の愛情を注がれたが、婚約者であるルーベルトの対応は、やはり冷たいものだったと改めて思う。
二人で会う時は、それなりに紳士的ではあったが、リトへの愛情は感じられず、これが政略結婚なのだろうと心の奥でもの寂しさを覚えたものだ。
両親も兄も貴族同士とは言え、恋愛結婚だ。
兄は幼馴染で、幼い頃から思い合っていた者同士だ。
兄の相手は伯爵家から嫁いでおり、最初はもっと爵位の高い者をと周りの貴族に言われたそうだが、兄がガンとして譲らなかった。
その姿を見ていたリトは、口には出さないが、思い合って結婚出来る事を羨ましいと思っていたのだ。
「取り敢えず明日の診断までは分からないけど、色んな選択肢を与えてもらえますから。…進むべき道が沢山用意されてるってこんな感じなんだなって、改めて神殿へ来て良かったと思っています」
キキの言葉に、皆で大きく頷く。
もちろん貴族として生まれ生活する事は、とても贅沢な事であったが、慎ましく質素な生活の中での開放感の大きさは桁違いである。
「やっぱり、リト殿はニール様ともお知り合いなの?」
「はい。学校で共に学んでいました」
タイミングを見計らって話しかけて来たパッドの質問に、リトとサランは何故ニールを様付けなのかと疑問に思う。
その様子をキキとモルトはイタズラっぽい顔で笑う。
「ニール様は、今月初めから神官になられたんです」
「ええっ!?神官に!?」
「さすがだね」
リトとサランが驚いていると、モルトが説明してくれる。
神殿入りしたニールは、婚約破棄で後から来る仲間が少しでも過ごしやすい様にと、精力的に浄化の祈りを捧げて回ったと言う。
神殿騎士団の遠征にも着いて行き、各地の浄化を行ったニールは、その浄化の力の高さにより異例の大出世をしたのだ。
各地で浄化を行い、民の治癒も行い、嫌な顔一つせずに生き生きと過ごしているらしい。
「素晴らしいね。やはりニール…様の力は、神殿で発揮されるべきだったんだよ」
サランの言葉に、キキとモルトも頷く。
「やはり神官様ですから、表立ったところでは様付けや神官を付けて呼ぶ事にしようとしたのですが、私達には呼び捨てにして欲しいと。急に昇進してしまってもの寂しさを感じている様です」
「良かった。僕うっかり呼んでしまいそうだもの」
サランの言葉にリトも頷いていた。
それでも貴族出身で神官になったニールを呼び捨てするのは難しいと、パッド達は譲らなかったが。
それにしても、こんなに早く神官になるとは。
やはりニールのチカラは偉大なのだろう。
「ニール様の力はここ数十年に一人の逸材と言われてるんでの。カキー大司教が大変喜んでいましたから」
メロも会話に加わり、リト達はニールの近況に耳を傾ける。
聖者の召喚は成功したのだが、二ヶ月半過ぎた今でも、所在をどちらにするかの発表は行われていない。
国民にも正式な発表がされていないのだが、噂は上に下に既に広がっている。
それなのに瘴気の被害は続いているし、聖者は姿を見せない。
本当に聖者は召喚されたのか、王室が囲っているのではと不満の声も出て来てしまった。
その瘴気を少しでも減らす様にと動き回っている、黒髪黒目のニールの存在は、神殿にとってもありがたいものだった。
ニールは聖者と勘違いする平民達に、自分は王都の出身であり、今は聖者の代わりに動いているだけだと説明し、聖者は必ず現れますと言って回っていると言う。
ニールの評判が上がるに連れ、ニールがそう言うならと周りも納得してくれているのだとか。
更に神殿入りする時、貴族で婚約破棄された事も周りにしっかり話したので、同じ様な立場の者達も暖かく迎え入れて貰えたと言う。
「ニールは自分の居場所だけでなく、聖者様の居場所や私達の居場所も準備してくれていたんだね。本当にありがたい…。その気持ちに答えられる様、私も努めなければ」
「うん。神殿の周辺は王都より栄えてないとは言うけれど、王都よりも豊かな感じがするもの。自分を見つめ直して、新しく始めるにはとても良い環境だよね。せっかく与えられた機会だと思って、どこで働く事になるかは分からないけど、明日から一所懸命に努めなくちゃ」
リトとサランの会話を、周りは微笑ましく眺めていた。
実は、貴族上がりで神殿に入る人は少なくなっていた為、パッドやメロ達も戦々恐々としていたのだ。
そところが、ニールが大活躍し、更に貴族出身を鼻に掛けずに笑顔で接していた事もあり、悪いイメージを払拭した様だ。
「神官になると寮が変わるのかな?」
話題に上がるが姿の見えないニールの居場所を問うと、キキが首を振る。
「いえ、こちらの寮ですよ。確か二人の部屋の近くだったはず。今は北へ浄化に行っています。明日にはこちらに帰ってくる予定ですが」
「北に?険しい所だと聞いたけど。凄いね。騎士団の方々に着いて行けるなんて」
ニールの行動力に感心していると、パッドがニコニコしている。
「パッドの恋人も返ってくるものね」
「へへ。今回はニール様がいるおかげで早く帰れるって言ってたからね」
メロが冷やかすと、パッドは顔を赤くしながら喜んでいる。
神殿騎士団と神殿に働く者のカップルは多い様だから、危険な任務が多い相手に心配は尽きないそうだ。
「僕の恋人はナームって言うんだけど、本当に最近はケガが多くって…。魔物が強くなって来ているみたいなんだ。でも、ニール様が治癒をしながら浄化に行ってくださるから、元気に帰ってくるんだ。本当にありがたいよ」
嬉しそうに話すパッドに、やはり神殿騎士団の大変さを思い知る。
そして、瘴気の危険性にも、もっと真剣に取り組むべきだと痛感した。
「…僕、恥ずかしいな。もっと王都では瘴気の危険性や神殿騎士団の重要性を教えるべきだよ。父様達は、魔術の才があるなら、王都の良い貴族に嫁ぎなさいって常々言っていたけど、本来ならこうやって神殿へ進むべきなんじゃないかな?もちろん家を継ぐ必要があったら仕方ないけど、僕なんか三男だし」
サランの言葉に、リトも頷く。
「そうだね。昔は神殿に進む貴族も多かった様だけど、王都の貴族が子供可愛さに囲い出したのが原因だって陛下も言っていたし。カキー大司教の様に、王家から神殿へ進む方もいらっしゃるのにね」
「子供を近くに置いておきたいんでしょう。後は、やはり政略の駒になるのは貴族として避けられませんからね。今は恋愛結婚や思いあった方と婚約を結ぶ事も増えて来ましたが、それでも政略結婚は多いですから。ま、私の所も政略結婚の一つでしたから、こちらに来られて良かったですよ」
キキのさっぱりとした答えに、サランは何かあったのかと聞く。
「私の場合は、お相手のお家が音楽に興味が無い方ばかりだったので。ヴァイオリンも続けられるか不安でした。婚約破棄され、新しい縁談の話が来た時に、親族が神殿の音楽隊を勧めて下さったんです。ニールもおりましたから、その話にすぐ飛び付きましたよ。両親も音楽家ですからね。音楽を続ける為に神殿を希望する私を止めたりはしませんでした」
キキはそのまま、元婚約者には別れも告げずにこちらに来たと言う。
「…僕のお相手は、爵位が我が家より上だったので、両親も抗議くらいしか出来ませんでした」
いつも多くを語らないモルトの告白に、リトもサランも静かに話を聞く。
「元婚約者より良い家柄の方とは失礼にあたるからと婚約は出来ませんし。…僕は彼の事を本当に好いていたのですが、彼は義務的な妻しか必要無かったのでしょう。他に愛人の様な方もいらっしゃいましたし、聖者様の事がきっかけだとしても、きっと他に恋人を作っていたと思うんです」
貴族として従順に生きて来たモルトも、やはり不満はあった様で、皆モルトが満足するまで話を聞こうと頷いている。
「僕が神殿入りを決めたら会えないかと打診がありましたが。ここで会ってしまえば、決意が揺らぐと思い、結局一度も顔を合わせずにこちらに来ました。でも、それで良かったと改めて思います」
うんうんとサランは力強く頷く。
モルトが婚約者であるサンをずっと思っていた事を、サランも知っていた。
「こちらの生活は、とても心が穏やかになりました。今の目標は、新しい染物を完成させる事です」
モルトは笑顔で言う。
とても晴れ晴れしていて、何か憑き物が取れた様だ。
「僕の婚約者は良くしてくれていたけど、結局不誠実だったからね。僕を美しく着飾って連れて歩くのは好きだったみたいだけど、僕の刺繍には見向きもしなかったし。それでもこの容姿で満足してもらえるならって思ってたけど」
次は自分の番だとサランは話し出す。
パッドとメロは、こんなに美しい人でもそんな扱いをされるのかと驚いていた。
「聖者様と天秤に掛けておいて、愁傷な態度で婚約破棄の打診に来たからね。自分に機会があるかを伺っていただけの癖にね。だから頂いた宝石とかは全て返してやったの!…でも取っておけば良かった。寄付に使えば良かったな」
最後に残念そうに話すサランに、周りはサランらしいと笑った。
次はリトの番だと皆の視線に促され、リトは苦笑しながらも言葉にしようと口を開いた。
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