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34. エクセル、想いを明かす
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魔王を倒し、世界を救い、これから素晴らしい時代が始まると思っていたあの頃・・・
平和を信じ、新たなる王国を築く大望の下、日々、忙殺されていた彼マリシアスは、全く気づかなかったのだ。自分を神にも等しい主君として崇め奉っていた家臣たちの人外の存在への恐れに。未来の憂いを払しょくしようと、企てられた恐ろしい裏切りに。
気が付いたときには、すでに手遅れだった。
共に戦った人外の友は殺され、密かに愛していた聖女は絶望に心を閉ざした。
「それにしても、『銀の聖女』ってすごい術師だったのね。魔王でさえ成功できなかった、死者の魂の召喚を成し遂げた。その上さらに、黒竜の魂をこの地に転生させるなんて」
エルサの中の魔王の力の片鱗。そこには魔王の記憶とその知識も含まれている。だからこそ理解できるのだ。その術がまさに奇跡の御業であったことを。
本来、純粋な魔物である竜の魂は、その死とともに分解され昇華して、この世界を構成する力の一部となる。多すぎる不純物ゆえに地から離れることができずに、記憶のみを新たにして生を繰り返す人と違って。
銀の聖女が行ったのは、おそらく、その純粋無垢な魂に異なる属性をすべて付加することで、無理やりこの地上につなぎ止め、新たな肉体を与える禁断の術。
魔王の知識を持ってさえ、推測の域を出ないのだが。
たぶん、術の基本的な構成は、それで間違ってはいないはずだ。
勇者のために鍛えられた聖剣、あらゆる属性を吸収し、放出する無属性の剣『プレスティーナ』。闇と光以外の全属性魔力を操る勇者マリシアス。そして、強大な光属性魔力を生まれ持つ『銀の聖女』自らの魂。
その三つの要素があったからこそ成功した術だ。
リーシャは、勇者の剣が魔王を滅した際にその闇の力を刀身に取り込んでいることを知っていたし、封印をこじ開けて更なる闇の力を手にする術も見出していた。彼女は黒竜が残した魔石を核にその魂を呼び戻し、この地で受肉させるべく、禁断の術を行使したのだ。勇者の命と自らの魂を使って。
「まあ、その術のおかげで、『魔王』の力の一部がこの地に留まり、こうして『私』がいるわけだけど」
「確かに、君は魔王とは異なる存在であるようだ。でも、魔王でないとしたら、一体、君は何なんだ?」
「言ったでしょ。私はエルサ。シャルお嬢様の専属侍女よ。ただ、ちょっと、魔王の力と融合しちゃっただけ」
「融合しちゃった?」
怪訝そうに繰り返すエクセルに、今後のことも考えて、エルサは少し事情を説明してやることにする。
「純粋な人間としてのエルサは、12歳の時に死んだのよ。魔物に襲われたお嬢様を庇って。術の影響で黒竜の魂、つまりお嬢様のそばに在った魔王の力の片鱗が、その体にとりついた。そう言うのが一番近いのかも」
「とりついた?」
う~んと首をひねってから、エルサが言い直した。
「正確に言うと、瀕死のエルサに取り込まれた、かな?」
目を丸くするエクセルに、考え考え、説明を続ける。
「あの時、私は、エルサは、お嬢様を守りたかった。肉体的にも精神的にも。だから死ぬわけにはいかなかったのよ。絶対に。自分のせいで私が死んだと思ったら、お嬢様は立ち直れないんじゃないかと思ったから。ただでさえ、尋常じゃないお嬢様を一人にはできなかった。で、気が付いたら、融合しちゃってた、みたいな?実質的な魔王の力は、ほとんど残ってないけどね。知識と記憶の一部以外は。ま、私の事情はそんなところだと思ってくれる?」
エクセルはわかったような、わからないような顔をして頷いた。
「ついでに、私も訊きたいことがあるんだけど」
「何をだ?」
「あなたこそ、どうして、自分を殺した女の傍にいるの?あ、今は男だけど。恨んでいないの?」
事情を知る者にとっては当然の疑問かと、エクセルは、いや元勇者は思う。
自分に起こった現象が、術の副反応なのかどうかはわからない。が、彼はほどなく悟ったのだ。リーシャの転生に前後して、自分まで、前世の記憶を引きずったまま、生を繰り返し続けなくてはならないのだと。
最初のうちは恨みもした。なぜ、自分はこの世にいるのかと。勇者として信じていた栄光も未来もすべて失って。何度も、何度も、リーシャであった魂を持つ者が報われることのない願いを胸に決して長くはない生涯を送るのを見つめ続けて。
『銀の聖女』の最期の術には、もう一つ、致命的な副反応があったのだ。術を発動したリーシャの魂がこの世にある限り、魔王の力の封印は弱まり、別次元に完全に封じたはずの瘴気が漏れ続ける。逆にリーシャの魂がこの世から離れれば、封印は元に戻る。
『銀の聖女リーシャルーダ』。彼女は、本来、聖女の名にふさわしい優しい少女だった。絶望に狂ったとしても、彼女の本質は変わらなかった。
彼女であった者は、魔王の力がこの世に現れ出るのを、その力の片鱗が人々を苦しめるのを、欲さなかった。リーシャの魂を持つ彼女は、あるいは彼は、黒竜ゾーンの魂との再会を願い、恋焦がれながらも、人々を守って瘴気と戦い、封印が開くのを少しでも遅らせようとした。どうにもならないと感じたときには、自ら命を絶ってまで、この世界を守ってきたのだ。
なんという矛盾。
愛しい唯一の存在のために世界を犠牲にしようとしたのに、自分の命を犠牲にその世界を守ろうとするとは。
元勇者の魂を持つ者は、その度に、彼女の/彼の生きざまを見続けてきた。なんとか救ってやりたいと思いながらも、結局はどうにもできずに。
「なぜ、傍にいるのか、か。そうだなあ、しいて言えば、守りたいからかな、やっぱり」
かつて愛した人の魂を。人外の友との約束を。
「殿下は、あなたを信頼しているようだけど、あなたがあの『勇者』だとは、認識していないのよね?」
エルサが、小首を傾げて訊いた。
「古の記憶が戻る際にちょっとした術をかけた。思い出したくないことを忘れさせるのは簡単なことだ」
「そう・・・まあ、あなたがそれでいいのなら」
その答えに、魔王の記憶を内に持つ女は納得したようだった。
「ただ守りたいから、傍にいる、か。わかる気はするわ。人間って残酷で自分勝手な生き物だけど、大切な存在のために自分を犠牲にすることもできるのよね、ごく自然に。他者の痛みに無関心になれるかと思うと、その痛みを我が事のように感じ、他者を救うために、自分の痛みを無視することもできる」
そんな矛盾しているところ、嫌いじゃないのよ、と小さく呟くと、エルサは笑った。
* * * * *
闇属性の力を操れるエルサと、光と闇以外の属性の力を今生でもかろうじて保持していたエクセル。
エクセルが、エルサから『魔力の吸収方法』の短期集中講義を受け、なんとかその技を会得できたと自信が持てた頃には、すでに2時間が経っていた。
ちなみに、エルサはベルウエザーで、魔物料理をする際の瘴気抜きの作業を通じてその技をマスターしたとか。
なんにせよ、これで何とか『治療』に取り掛かれそうだった。
「始める前に一つだけ約束して」
今にも『治療』に取り掛かろうとしていたエクセルは、エルサの言葉に顔を上げた。
「もし、もしもよ。この身体が闇の力を受け止めきれなかった場合は・・・始末をよろしく。お嬢様には絶対に気づかれないように」
その茶色の瞳に浮かぶ決意の色を受け止めて、エクセルは頷いた。
「わかった。その代わり、俺の方が保たなかった場合は、そちらでよろしく頼む。アルには秘密で」
改めて視線を交わすと、二人は『治療』に取り掛かった。
平和を信じ、新たなる王国を築く大望の下、日々、忙殺されていた彼マリシアスは、全く気づかなかったのだ。自分を神にも等しい主君として崇め奉っていた家臣たちの人外の存在への恐れに。未来の憂いを払しょくしようと、企てられた恐ろしい裏切りに。
気が付いたときには、すでに手遅れだった。
共に戦った人外の友は殺され、密かに愛していた聖女は絶望に心を閉ざした。
「それにしても、『銀の聖女』ってすごい術師だったのね。魔王でさえ成功できなかった、死者の魂の召喚を成し遂げた。その上さらに、黒竜の魂をこの地に転生させるなんて」
エルサの中の魔王の力の片鱗。そこには魔王の記憶とその知識も含まれている。だからこそ理解できるのだ。その術がまさに奇跡の御業であったことを。
本来、純粋な魔物である竜の魂は、その死とともに分解され昇華して、この世界を構成する力の一部となる。多すぎる不純物ゆえに地から離れることができずに、記憶のみを新たにして生を繰り返す人と違って。
銀の聖女が行ったのは、おそらく、その純粋無垢な魂に異なる属性をすべて付加することで、無理やりこの地上につなぎ止め、新たな肉体を与える禁断の術。
魔王の知識を持ってさえ、推測の域を出ないのだが。
たぶん、術の基本的な構成は、それで間違ってはいないはずだ。
勇者のために鍛えられた聖剣、あらゆる属性を吸収し、放出する無属性の剣『プレスティーナ』。闇と光以外の全属性魔力を操る勇者マリシアス。そして、強大な光属性魔力を生まれ持つ『銀の聖女』自らの魂。
その三つの要素があったからこそ成功した術だ。
リーシャは、勇者の剣が魔王を滅した際にその闇の力を刀身に取り込んでいることを知っていたし、封印をこじ開けて更なる闇の力を手にする術も見出していた。彼女は黒竜が残した魔石を核にその魂を呼び戻し、この地で受肉させるべく、禁断の術を行使したのだ。勇者の命と自らの魂を使って。
「まあ、その術のおかげで、『魔王』の力の一部がこの地に留まり、こうして『私』がいるわけだけど」
「確かに、君は魔王とは異なる存在であるようだ。でも、魔王でないとしたら、一体、君は何なんだ?」
「言ったでしょ。私はエルサ。シャルお嬢様の専属侍女よ。ただ、ちょっと、魔王の力と融合しちゃっただけ」
「融合しちゃった?」
怪訝そうに繰り返すエクセルに、今後のことも考えて、エルサは少し事情を説明してやることにする。
「純粋な人間としてのエルサは、12歳の時に死んだのよ。魔物に襲われたお嬢様を庇って。術の影響で黒竜の魂、つまりお嬢様のそばに在った魔王の力の片鱗が、その体にとりついた。そう言うのが一番近いのかも」
「とりついた?」
う~んと首をひねってから、エルサが言い直した。
「正確に言うと、瀕死のエルサに取り込まれた、かな?」
目を丸くするエクセルに、考え考え、説明を続ける。
「あの時、私は、エルサは、お嬢様を守りたかった。肉体的にも精神的にも。だから死ぬわけにはいかなかったのよ。絶対に。自分のせいで私が死んだと思ったら、お嬢様は立ち直れないんじゃないかと思ったから。ただでさえ、尋常じゃないお嬢様を一人にはできなかった。で、気が付いたら、融合しちゃってた、みたいな?実質的な魔王の力は、ほとんど残ってないけどね。知識と記憶の一部以外は。ま、私の事情はそんなところだと思ってくれる?」
エクセルはわかったような、わからないような顔をして頷いた。
「ついでに、私も訊きたいことがあるんだけど」
「何をだ?」
「あなたこそ、どうして、自分を殺した女の傍にいるの?あ、今は男だけど。恨んでいないの?」
事情を知る者にとっては当然の疑問かと、エクセルは、いや元勇者は思う。
自分に起こった現象が、術の副反応なのかどうかはわからない。が、彼はほどなく悟ったのだ。リーシャの転生に前後して、自分まで、前世の記憶を引きずったまま、生を繰り返し続けなくてはならないのだと。
最初のうちは恨みもした。なぜ、自分はこの世にいるのかと。勇者として信じていた栄光も未来もすべて失って。何度も、何度も、リーシャであった魂を持つ者が報われることのない願いを胸に決して長くはない生涯を送るのを見つめ続けて。
『銀の聖女』の最期の術には、もう一つ、致命的な副反応があったのだ。術を発動したリーシャの魂がこの世にある限り、魔王の力の封印は弱まり、別次元に完全に封じたはずの瘴気が漏れ続ける。逆にリーシャの魂がこの世から離れれば、封印は元に戻る。
『銀の聖女リーシャルーダ』。彼女は、本来、聖女の名にふさわしい優しい少女だった。絶望に狂ったとしても、彼女の本質は変わらなかった。
彼女であった者は、魔王の力がこの世に現れ出るのを、その力の片鱗が人々を苦しめるのを、欲さなかった。リーシャの魂を持つ彼女は、あるいは彼は、黒竜ゾーンの魂との再会を願い、恋焦がれながらも、人々を守って瘴気と戦い、封印が開くのを少しでも遅らせようとした。どうにもならないと感じたときには、自ら命を絶ってまで、この世界を守ってきたのだ。
なんという矛盾。
愛しい唯一の存在のために世界を犠牲にしようとしたのに、自分の命を犠牲にその世界を守ろうとするとは。
元勇者の魂を持つ者は、その度に、彼女の/彼の生きざまを見続けてきた。なんとか救ってやりたいと思いながらも、結局はどうにもできずに。
「なぜ、傍にいるのか、か。そうだなあ、しいて言えば、守りたいからかな、やっぱり」
かつて愛した人の魂を。人外の友との約束を。
「殿下は、あなたを信頼しているようだけど、あなたがあの『勇者』だとは、認識していないのよね?」
エルサが、小首を傾げて訊いた。
「古の記憶が戻る際にちょっとした術をかけた。思い出したくないことを忘れさせるのは簡単なことだ」
「そう・・・まあ、あなたがそれでいいのなら」
その答えに、魔王の記憶を内に持つ女は納得したようだった。
「ただ守りたいから、傍にいる、か。わかる気はするわ。人間って残酷で自分勝手な生き物だけど、大切な存在のために自分を犠牲にすることもできるのよね、ごく自然に。他者の痛みに無関心になれるかと思うと、その痛みを我が事のように感じ、他者を救うために、自分の痛みを無視することもできる」
そんな矛盾しているところ、嫌いじゃないのよ、と小さく呟くと、エルサは笑った。
* * * * *
闇属性の力を操れるエルサと、光と闇以外の属性の力を今生でもかろうじて保持していたエクセル。
エクセルが、エルサから『魔力の吸収方法』の短期集中講義を受け、なんとかその技を会得できたと自信が持てた頃には、すでに2時間が経っていた。
ちなみに、エルサはベルウエザーで、魔物料理をする際の瘴気抜きの作業を通じてその技をマスターしたとか。
なんにせよ、これで何とか『治療』に取り掛かれそうだった。
「始める前に一つだけ約束して」
今にも『治療』に取り掛かろうとしていたエクセルは、エルサの言葉に顔を上げた。
「もし、もしもよ。この身体が闇の力を受け止めきれなかった場合は・・・始末をよろしく。お嬢様には絶対に気づかれないように」
その茶色の瞳に浮かぶ決意の色を受け止めて、エクセルは頷いた。
「わかった。その代わり、俺の方が保たなかった場合は、そちらでよろしく頼む。アルには秘密で」
改めて視線を交わすと、二人は『治療』に取り掛かった。
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