隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

ガルドさんとの修行編

どうも、どうやら初めての一撃は新たな扉を開くようです

訓練場に響き渡ったのは、鬼のガルドの、腹の底から楽しそうな、歓喜に満ちた爆笑だった。
俺は、地面に崩れ落ちたまま、何が起きたのか理解できずに、ただその笑い声の主を見上げていた。怒られると思っていた。あるいは、油断した自分を恥じ、さらに激しい攻撃が来るかと身構えていた。だが、目の前の男は、ただただ、本当に楽しそうに笑っている。

「ハッハハハ！見事だ、小僧！ついに、この俺の肌に、そのナマクラで傷をつけやがった！」

一頻り笑い終えたガルドさんは、その巨大な手をごしごしと顔にこすりつけ、涙を拭うような仕草をすると、俺の方へと歩み寄ってきた。そして、無造作に、その巨大な手を俺に差し出した。

「立てるか、化け物小僧」

俺は、その無骨で、傷だらけの手を、恐る恐る掴んだ。次の瞬間、凄まじい力で引き上げられ、よろめきながらも、なんとか自分の足で立つ。

バンッ！と、背中を平手で叩かれ、内臓が口から飛び出しそうになる。

「ぐふっ！？」
「今の最後の一撃。ありゃあ、運じゃねぇ。小手先の技でもねぇ。お前の体が、思考を置き去りにして、痛みと恐怖の果てに掴み取った、本物の『戦士の勘』だ。……ようやく、ひよこの殻を破りやがったな」

それは、ガルドさんが俺にくれた、初めての、 unambiguousな賞賛の言葉だった。驚きと、信じられないという気持ち、そして、胸の奥から込み上げてくる熱い感情で、俺は何も言い返すことができなかった。

「……今日の基礎訓練は、ここまでだ。これ以上やれば、お前の体が回復不能なまでに壊れる。この一週間足らずで、常人なら一年はかかる基礎を、その体に無理やり叩き込んだんだ。上出来すぎるくらいだ。……明日は一日、休め。体の隅々まで魔力を行き渡らせて、傷を癒すことに専念しろ」

ガルドさんはそう言うと、俺に背を向け、訓練場を後にしていった。

一人残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて、ふらふらとした足取りで、宿への道を歩き始めた。

『やすらぎ暴食亭』に帰ると、シュタとリルが、案の定、血相を変えて駆け寄ってきた。

「ショウさん！そのお怪我、一体どうしたんですか！？」
「キュイ、キュイ！」

俺の体は、もはや痣というより、一つの巨大な内出血の塊のようになっていた。シュタは、悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえ、すぐに治療用の薬草と綺麗な布を用意してくれた。彼女の温かい手が、俺の傷に触れる。その優しさが、極限まで張り詰めていた俺の心を、ゆっくりと溶かしていった。

「……大丈夫だ。今日は、ガルドさんに、少しだけ、褒められたんだ」

俺がそう言うと、シュタは、俺の顔と、その傷だらけの体を交互に見比べ、やがて、目に涙をいっぱいに溜めて、それでも、嬉しそうに微笑んでくれた。

その日は、久しぶりにゆっくりと風呂に入った。雑貨屋で買った『無限のシャンプー・リンスセット』を使うと、驚くほど豊かな泡が立ち、森のような、心安らぐ香りがバスルームを満たす。この一週間の汗と土埃、そして血の匂いを洗い流すと、まるで生まれ変わったような気分だった。

夕食は、シュタが俺の回復を願って作ってくれた、特別な薬膳スープだった。その一口一口が、疲弊しきった体の細胞の隅々にまで染み渡り、力が回復していくのがわかった。
食後、部屋に戻って、何気なく自分のステータスを確認してみる。そして、俺はその数値の変化に目を見張った。

ステータス

名前: 神崎 翔 (カンザキ ショウ)
ジョブ: 【自然の支配者】 サブ: 【学生】
Lv: 45
HP: 520
MP: 500
魔力: 440

スキル:
学習力上昇(9)、体術(8)、剣術(6)、魔力操作(6)、身体強化(6) ……他

レベルが上がり、HPをはじめとする基礎ステータスが、ガルドさんの修行を始める前とは比べ物にならないほど上昇していた。特に、スキルの中でも、今回の修行に直結するもののレベルが、著しく向上している。痛みと引き換えに手に入れた、確かな成長の証だった。

俺は、この世界に来てからの出来事を、改めて思い返す。
絶望的なボッチだった俺が、この世界に来て、リルという相棒ができ、シュタという愛すべき人ができ、そして、鬼のガルドという、とんでもない師匠ができた。俺はもう、一人じゃない。

深い満足感に包まれながら、俺はその夜、久しぶりに安らかな眠りについた。

休息日を終え、心身ともに完全に回復した俺は、再び訓練場へと向かった。今日は、どんな地獄が待っているのだろうか。そう思って身構える俺に、ガルドさんは意外な言葉を口にした。

「小僧。この訓練場での稽古は、今日で終わりだ」
「え？」
「いつまでも、こんな狭い場所で打ち合っていても、井の中の蛙になるだけだ。道場で学んだ剣は、所詮、道場剣。戦場で使えなければ、何の意味もねぇ。……最終試験の時間だ。俺と、本物の『仕事』に出るぞ」

最終試験。本物の、仕事。

「俺たちは、これから一つの討伐依頼（クエスト）を受ける。だが、これは修行じゃねぇ。対等のパーティメンバーとしての、共同任務だ。俺はお前の師匠だが、クエストの間は、Aランク冒険者のガルドとして振る舞う。お前のフォローはしねぇ。下手を打てば、お前は死ぬ。俺も見殺しにする。……それが、冒険者の世界の理（ルール）だ」

ガルドさんの目は、本気だった。

「俺が、お前に一対一の戦い方を教えた。だが、世界は、お前と一対一で戦ってくれるほど、甘くはねぇ。お前は、人ならざるもの――空を飛び、炎を吐き、鋼の鱗を持つ本物の魔物を相手に、お前の技がどこまで通用するのか、その身で知る必要がある」

俺は、ゴクリと唾を飲んだ。恐怖は、あった。だが、それ以上に、心の底から湧き上がってくる、武者震いのような興奮が、俺の全身を支配していた。これこそが、俺が求めていたものだ。本物の強さを手に入れるための、本物の戦い。

「その依頼の目標は？」
俺が尋ねると、ガルドさんは、獰猛な笑みを浮かべた。

「――ワイバーンだ。Dランクの依頼だが、その翼とブレスのせいで、並のCランクパーティでも全滅しかねん厄介な相手だ。お前の、最終試験の相手には、不足はねぇだろう」

ワイバーン。空飛ぶ竜。
俺は、その言葉を聞いて、恐怖ではなく、ただ、笑みがこぼれるのを止められなかった。

「はい！喜んで、お供します！」

俺は、最高の笑顔で、そう答えた。
俺の、本当の冒険者としての初陣が、今、始まろうとしていた。