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交差する世界とランキング戦
第七話 幻惑の魔女と研ぎ澄まされた五感
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二つの月が地平線に沈みかけ、空が白み始めた頃、俺は異世界の宿屋「岩壁亭」のベッドで目を覚ました。窓の外では、朝靄に包まれた王都が静かに活動を始めている。
「マスター、おはようございます。体内時計、睡眠深度ともに正常です」
「ああ、おはよう、シュタ。……さて、と。あっちの世界も片付けないとな」
俺はシュタに頷き返すと、手早く身支度を整え、見慣れた自室の窓をくぐり抜けた。ひんやりとした異世界の夜明けの空気が、日本の湿度を含んだ夏の早朝の空気に入れ替わる。この奇妙な感覚にも、もうすっかり慣れてしまった。
シャワーを浴びて制服に着替えると、俺はランキング戦二回戦の会場である極大闘技場へと向かった。
――――――――――――――――――
「よう、翔! 寝坊助が今頃来たか!」
「おはよう、翔君。今日の試合、頑張ってね」
闘技場のロビーで瀧と結衣に合流すると、瀧が早速タブレットを俺に見せてきた。そこには、二回戦の対戦表が映し出されている。
神崎 翔 vs 雨宮 栞
「相手は二年の雨宮先輩だ。〝幻惑の魔女(サイレント・ウィッチ)〟の異名を持つ、超厄介な幻術使いだぞ。マスターランクは俺たちより上だ。いいか、絶対に目で見たものを信じるな。視覚、聴覚、全部乗っ取られると思え」
瀧の情報はいつも的確で頼りになる。結衣も心配そうに付け加えた。
「雨宮先輩の幻術は、相手の記憶を読み取って、一番見たくないものを見せるって噂だよ。精神的に追い詰める戦い方だから……本当に気をつけて」
「一番見たくないもの、か。……サンキュ、二人とも。対策はできた」
俺は不敵に笑い、自分の試合が行われるステージへと歩き出した。
ステージの上には、小柄で物静かな印象の女子生徒がすでに立っていた。色素の薄い髪に、どこか儚げな表情。手には星の飾りがついた可愛らしい杖(ワンド)型の智慧武器を持っている。彼女が、雨宮 栞。
試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。その瞬間、彼女は杖を静かに俺へと向けた。
直後、世界が軋みを上げて歪む。
目の前の闘技場が消え、俺は薄暗い道場に立っていた。目の前には、鬼の形相をした親父がいる。何度も、何度も、意識を失うまで打ちのめされた、幼い頃の過酷な訓練の記憶。トラウマそのものだ。
『翔! その程度か! 俺の息子なら、立て!』
親父の怒声が鼓膜を突き破る。一瞬、体が竦んだ。
だが――
「……くだらないな」
俺は吐き捨てるように呟いた。
確かにこれは俺のトラウマだ。だが、今の俺は、もっとリアルな〝死〟の気配が満ちる世界に足を踏み入れている。こんな過去の幻影に、心を揺さぶられている場合じゃない。
俺はゆっくりと目を閉じた。視覚情報を完全にシャットアウトする。そして、全神経を他の感覚に集中させた。
肌を撫でる空気の微かな振動。観客たちの息遣い。そして、異世界で研ぎ澄まされた、魔力や氣の〝流れ〟を感じ取る、第六感。
「シュタ、分析は?」
「マスターの精神に干渉するタイプの魔力波を感知。発信源はマスターの右後方、五時の方向。距離8メートル。本体は幻術の維持に集中しており、完全に無防備です」
シュタの声が、俺の頭の中に直接響く。彼女もまた、異世界の魔力素子を解析し、こちらの世界の戦闘に応用できるレベルまで進化しているのだ。
「――そこだ!」
俺は目を開けることなく、気配だけを頼りに地面を蹴った。
シュタの能力を脚部だけに限定して展開する。ブースターの加速を得て、俺の体は幻影を紙屑のように突き抜け、一直線に本体へと肉薄した。
「え……!? なんで……私の幻が……」
目の前に迫る俺の姿を捉え、雨宮先輩が初めて動揺の声を漏らす。彼女が次の手を打つより早く、俺は無防備なその懐に潜り込んでいた。
だが、振り上げた拳は使わない。
相手は戦意を失っている。それ以上の攻撃は、ただの暴力だ。俺は拳を開き、優しい手刀で彼女の首筋に軽く触れた。
「ぐ……」
雨宮先輩は小さくうめくと、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「しょ、勝者、神崎 翔!」
審判の呆気にとられたような声が響き渡り、遅れて会場が歓声に包まれる。
幻術が解け、元の闘技場の景色が戻っていた。
「強くなったね、翔君。なんだか、戦い方が変わったみたい」
試合後、駆け寄ってきた結衣が、少し驚いたように言った。
「ああ。守るもんが増えると、男は強くなるんだとよ」
俺はそう言って、ポケットの中で微かに温かい光を放つ『魔石』を、そっと握りしめた。
この勝利で得たポイントで、また新しい準備ができる。俺の二つの世界の冒険は、まだ始まったばかりだ。
「マスター、おはようございます。体内時計、睡眠深度ともに正常です」
「ああ、おはよう、シュタ。……さて、と。あっちの世界も片付けないとな」
俺はシュタに頷き返すと、手早く身支度を整え、見慣れた自室の窓をくぐり抜けた。ひんやりとした異世界の夜明けの空気が、日本の湿度を含んだ夏の早朝の空気に入れ替わる。この奇妙な感覚にも、もうすっかり慣れてしまった。
シャワーを浴びて制服に着替えると、俺はランキング戦二回戦の会場である極大闘技場へと向かった。
――――――――――――――――――
「よう、翔! 寝坊助が今頃来たか!」
「おはよう、翔君。今日の試合、頑張ってね」
闘技場のロビーで瀧と結衣に合流すると、瀧が早速タブレットを俺に見せてきた。そこには、二回戦の対戦表が映し出されている。
神崎 翔 vs 雨宮 栞
「相手は二年の雨宮先輩だ。〝幻惑の魔女(サイレント・ウィッチ)〟の異名を持つ、超厄介な幻術使いだぞ。マスターランクは俺たちより上だ。いいか、絶対に目で見たものを信じるな。視覚、聴覚、全部乗っ取られると思え」
瀧の情報はいつも的確で頼りになる。結衣も心配そうに付け加えた。
「雨宮先輩の幻術は、相手の記憶を読み取って、一番見たくないものを見せるって噂だよ。精神的に追い詰める戦い方だから……本当に気をつけて」
「一番見たくないもの、か。……サンキュ、二人とも。対策はできた」
俺は不敵に笑い、自分の試合が行われるステージへと歩き出した。
ステージの上には、小柄で物静かな印象の女子生徒がすでに立っていた。色素の薄い髪に、どこか儚げな表情。手には星の飾りがついた可愛らしい杖(ワンド)型の智慧武器を持っている。彼女が、雨宮 栞。
試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。その瞬間、彼女は杖を静かに俺へと向けた。
直後、世界が軋みを上げて歪む。
目の前の闘技場が消え、俺は薄暗い道場に立っていた。目の前には、鬼の形相をした親父がいる。何度も、何度も、意識を失うまで打ちのめされた、幼い頃の過酷な訓練の記憶。トラウマそのものだ。
『翔! その程度か! 俺の息子なら、立て!』
親父の怒声が鼓膜を突き破る。一瞬、体が竦んだ。
だが――
「……くだらないな」
俺は吐き捨てるように呟いた。
確かにこれは俺のトラウマだ。だが、今の俺は、もっとリアルな〝死〟の気配が満ちる世界に足を踏み入れている。こんな過去の幻影に、心を揺さぶられている場合じゃない。
俺はゆっくりと目を閉じた。視覚情報を完全にシャットアウトする。そして、全神経を他の感覚に集中させた。
肌を撫でる空気の微かな振動。観客たちの息遣い。そして、異世界で研ぎ澄まされた、魔力や氣の〝流れ〟を感じ取る、第六感。
「シュタ、分析は?」
「マスターの精神に干渉するタイプの魔力波を感知。発信源はマスターの右後方、五時の方向。距離8メートル。本体は幻術の維持に集中しており、完全に無防備です」
シュタの声が、俺の頭の中に直接響く。彼女もまた、異世界の魔力素子を解析し、こちらの世界の戦闘に応用できるレベルまで進化しているのだ。
「――そこだ!」
俺は目を開けることなく、気配だけを頼りに地面を蹴った。
シュタの能力を脚部だけに限定して展開する。ブースターの加速を得て、俺の体は幻影を紙屑のように突き抜け、一直線に本体へと肉薄した。
「え……!? なんで……私の幻が……」
目の前に迫る俺の姿を捉え、雨宮先輩が初めて動揺の声を漏らす。彼女が次の手を打つより早く、俺は無防備なその懐に潜り込んでいた。
だが、振り上げた拳は使わない。
相手は戦意を失っている。それ以上の攻撃は、ただの暴力だ。俺は拳を開き、優しい手刀で彼女の首筋に軽く触れた。
「ぐ……」
雨宮先輩は小さくうめくと、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「しょ、勝者、神崎 翔!」
審判の呆気にとられたような声が響き渡り、遅れて会場が歓声に包まれる。
幻術が解け、元の闘技場の景色が戻っていた。
「強くなったね、翔君。なんだか、戦い方が変わったみたい」
試合後、駆け寄ってきた結衣が、少し驚いたように言った。
「ああ。守るもんが増えると、男は強くなるんだとよ」
俺はそう言って、ポケットの中で微かに温かい光を放つ『魔石』を、そっと握りしめた。
この勝利で得たポイントで、また新しい準備ができる。俺の二つの世界の冒険は、まだ始まったばかりだ。
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