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第12膳
お餅のかたちは丸?四角?餅好きはお正月以外も食べたいものです
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伊緒さんの大好きなもののひとつに、「お餅」がある。
そう、お正月に集中的に食される、白くてもっちりしたあれだ。
ふだんはそんなにたくさん食べられるほうではないのに、お餅だけは別腹が発動するらしい。
あの小さなからだのどこにそんなに入るんだろうと、いつも不思議で仕方ない。
お餅の形が東西で異なるのは有名なお話で、やっぱり関ヶ原のあたりがだいたいの境界線だという。
関西に越してきて伊緒さんが喜んだことのひとつに、"お餅が丸い"ということがあった。
東の方ではのし餅を四角くカットした切り餅が一般的だけど、西の方では根強く丸餅が愛されているのだ。
「はわわ!お餅が……お餅が、まるい!!」
年の瀬も迫ったある日のお買い物時、伊緒さんは餅屋さんのお餅が丸いことに、文字通り目を丸くした。
興奮した彼女はきたるべき新年に備えて丸餅を買い、しばらく考えてやっぱり慣れ親しんだ切り餅も買い足した。
そのお正月のお雑煮には丸と角のお餅が仲良く並び、ここに奇跡の東西融合が果たされたのだった。
でも実のところ、北海道は明治以降の入植であらゆる地方の人が集まっているため、お雑煮のお餅も一概に四角というわけではないそうだ。
それぞれの故郷の民俗を継承して、出身地のお雑煮の形を守る地域や家もあれば、それらが混じり合って新たなスタイルとなったパターンもあるらしい。
伊緒さんのお家ではお醤油味の澄まし汁に焼かない角餅、それになぜか必ずナルトが乗っかっていたそうだ。
ぼくの家ではというと、関西地方のスタンダードである白味噌に焼いた丸餅というスタイルだった。
あくまでこれはぼくのイメージなのだけど、北海道の人は概してお餅好きな気がする。
伊緒さんのことだけではなく、北のほうの知り合いはおしなべてお餅が好きで、東北に共通するある種の文化なのかなあ、とも思ってしまう。
それというのも、岩手の一関(いちのせき)というところに旅行したときのこと。
ここは最も古い刀工集団の本拠地で、古代にはエミシの刀とも呼ばれる「蕨手刀(わらびてとう)」の生産地として有名な地域でもあった。
蕨手刀は日本刀の成立に大きな影響を与えたと考えられており、これについて取材するための旅だった。
ところが一関には「刀のまち」以外にもうひとつの顔があった。
それはなんと「餅のまち」。
一関を含む岩手県南地方では、お祭りや行事ごとがあるとお正月に限らず、たくさんのお餅でお祝いするという風習があるのだ。
しかもその味付けのバリエーションはざっと300種類を超え、なおかつ現在進行形でメニューは増え続けているという。
そして数ある餅料理のなかでも最高のもてなしに、「餅本膳」なるものがある。
これはお餅による本膳料理というべき格式をもち、武家の歴史に由来する礼法にのっとって食事を進めていく。
"おとりもち"と呼ばれる進行役の方がおり、
「本日は至っての堅餅でありますが……」
と、口上を述べるのもなんとも奥ゆかしい。
どのお餅から食べるか、どのお餅ならおかわりしてもいいか等々の作法もあり、頂く側も背筋が伸びる思いだ。
でもこれらの作法はすべて、客人に気持ちよくおなかいっぱいお餅をご馳走するという、おもてなしの心が詰まったものだ。
だから餅本膳は別名を「ふるまい餅」ともいう。
これは喫茶店のスイーツなんかでも同様で、数種類の甘いお餅を盛り合わせたセットメニューを楽しむことができる。
そのときの旅行では小豆あん・ずんだ・胡麻あん・みたらしの4種類の小餅と抹茶をいただいた。
伊緒さんはどれから食べようかじっくり考えた末、半分ずつ順にかじっては、もっちもっちと幸せそうに咀嚼していた。
ほんとにお餅が好きなんですねえ。
さて、伊緒さんを代表とする東北・北海道の人がお餅好きというイメージはともかく、実はぼくが育った和歌山も隠れた餅どころだったのだ。
それというのも、和歌山は日本一「餅まき」を行う地域として、民俗学上つとに名高い。
お祭りのときはもちろん、新築だ厄除けだ学校行事だと、ありとあらゆる機会にかこつけて餅をまく。
県内すべての餅まき日程を網羅した「餅まきカレンダー」なるものがあり、和歌山を「餅まきの聖地」と呼ぶ人もいるほどだ。
餅まきというのはなんというか、眠っていた狩猟本能とか闘争本能みたいなものを呼び覚ます効果があるらしい。
普段は温厚なことで知られる和歌山県民だが、いざ餅まきとなるとその仮面を脱ぎ捨て、獰猛な野性を全開にして牙を剥くのだ。
空中を飛び交う餅めがけて老若男女が殺到し、知らない人が傍から見るとまるで暴徒と化したかのような迫力がある。
軽く打撲するのは序の口で、時には流血の傷を負うことすらある。
かくいうぼくも子どもの頃、地域の餅まきで大人の人波にもみくちゃにされて転倒し、怖い思いをしたことがある。
それ以来、餅まきはある種のトラウマになってしまって、積極的に参加することはなくなった。
大人になってすごーく久しぶりに餅まきに遭遇したのは、伊緒さんと和歌山の家に移り住んでからのことだった。
誰かの厄払いだったのか、新築祝いだったのかよく分からないけれど、基本的に餅まきを見かけたら誰でも参加してよいことになっている。
他府県の人からすれば季節はずれの餅まきを伊緒さんが面白がって、遠巻きに眺めつつまく人に手を振ってみたりしていた。
するとなんとしたことか、ものの見事に丸餅が2つ、放物線を描いて彼女の提げていた買物袋にすとん、すとん、と飛び込んできた。
「すごい!こういうの"日本昔ばなし"でみたことある!」
激しく心の琴線を揺さぶられた伊緒さんは、"なむなむ"とお餅の神さまに手を合わせ、お家に帰ってさっそくおやつにしたのだった。
ひとつはやわらかくなるまで湯に通し、たっぷりきな粉をまぶして"あべかわ"に。
もうひとつはぷっくりこんがり焼き目をつけて、砂糖醤油と海苔で"磯辺巻き"に。
やっぱり幸せそうにもっちもっちと咀嚼しながら、伊緒さんは改めてお餅の丸さに感心していた。
「おうちでおもちをつくれるといいのに……」
なんとなく哀しげにそんなことをいうものだから、
「ホームベーカリーに餅つき機能が付いてるらしいですよ」
と、あわてて言ってしまった。
伊緒さんの顔がぱあーっ、輝く。
これはおそらく、導入の方向で決まりだろう。
パンよりお餅の比率が多くなるかもしれないけれど、伊緒さんと一緒に小餅に丸めるのも、きっと楽しいにきまっている。
そう、お正月に集中的に食される、白くてもっちりしたあれだ。
ふだんはそんなにたくさん食べられるほうではないのに、お餅だけは別腹が発動するらしい。
あの小さなからだのどこにそんなに入るんだろうと、いつも不思議で仕方ない。
お餅の形が東西で異なるのは有名なお話で、やっぱり関ヶ原のあたりがだいたいの境界線だという。
関西に越してきて伊緒さんが喜んだことのひとつに、"お餅が丸い"ということがあった。
東の方ではのし餅を四角くカットした切り餅が一般的だけど、西の方では根強く丸餅が愛されているのだ。
「はわわ!お餅が……お餅が、まるい!!」
年の瀬も迫ったある日のお買い物時、伊緒さんは餅屋さんのお餅が丸いことに、文字通り目を丸くした。
興奮した彼女はきたるべき新年に備えて丸餅を買い、しばらく考えてやっぱり慣れ親しんだ切り餅も買い足した。
そのお正月のお雑煮には丸と角のお餅が仲良く並び、ここに奇跡の東西融合が果たされたのだった。
でも実のところ、北海道は明治以降の入植であらゆる地方の人が集まっているため、お雑煮のお餅も一概に四角というわけではないそうだ。
それぞれの故郷の民俗を継承して、出身地のお雑煮の形を守る地域や家もあれば、それらが混じり合って新たなスタイルとなったパターンもあるらしい。
伊緒さんのお家ではお醤油味の澄まし汁に焼かない角餅、それになぜか必ずナルトが乗っかっていたそうだ。
ぼくの家ではというと、関西地方のスタンダードである白味噌に焼いた丸餅というスタイルだった。
あくまでこれはぼくのイメージなのだけど、北海道の人は概してお餅好きな気がする。
伊緒さんのことだけではなく、北のほうの知り合いはおしなべてお餅が好きで、東北に共通するある種の文化なのかなあ、とも思ってしまう。
それというのも、岩手の一関(いちのせき)というところに旅行したときのこと。
ここは最も古い刀工集団の本拠地で、古代にはエミシの刀とも呼ばれる「蕨手刀(わらびてとう)」の生産地として有名な地域でもあった。
蕨手刀は日本刀の成立に大きな影響を与えたと考えられており、これについて取材するための旅だった。
ところが一関には「刀のまち」以外にもうひとつの顔があった。
それはなんと「餅のまち」。
一関を含む岩手県南地方では、お祭りや行事ごとがあるとお正月に限らず、たくさんのお餅でお祝いするという風習があるのだ。
しかもその味付けのバリエーションはざっと300種類を超え、なおかつ現在進行形でメニューは増え続けているという。
そして数ある餅料理のなかでも最高のもてなしに、「餅本膳」なるものがある。
これはお餅による本膳料理というべき格式をもち、武家の歴史に由来する礼法にのっとって食事を進めていく。
"おとりもち"と呼ばれる進行役の方がおり、
「本日は至っての堅餅でありますが……」
と、口上を述べるのもなんとも奥ゆかしい。
どのお餅から食べるか、どのお餅ならおかわりしてもいいか等々の作法もあり、頂く側も背筋が伸びる思いだ。
でもこれらの作法はすべて、客人に気持ちよくおなかいっぱいお餅をご馳走するという、おもてなしの心が詰まったものだ。
だから餅本膳は別名を「ふるまい餅」ともいう。
これは喫茶店のスイーツなんかでも同様で、数種類の甘いお餅を盛り合わせたセットメニューを楽しむことができる。
そのときの旅行では小豆あん・ずんだ・胡麻あん・みたらしの4種類の小餅と抹茶をいただいた。
伊緒さんはどれから食べようかじっくり考えた末、半分ずつ順にかじっては、もっちもっちと幸せそうに咀嚼していた。
ほんとにお餅が好きなんですねえ。
さて、伊緒さんを代表とする東北・北海道の人がお餅好きというイメージはともかく、実はぼくが育った和歌山も隠れた餅どころだったのだ。
それというのも、和歌山は日本一「餅まき」を行う地域として、民俗学上つとに名高い。
お祭りのときはもちろん、新築だ厄除けだ学校行事だと、ありとあらゆる機会にかこつけて餅をまく。
県内すべての餅まき日程を網羅した「餅まきカレンダー」なるものがあり、和歌山を「餅まきの聖地」と呼ぶ人もいるほどだ。
餅まきというのはなんというか、眠っていた狩猟本能とか闘争本能みたいなものを呼び覚ます効果があるらしい。
普段は温厚なことで知られる和歌山県民だが、いざ餅まきとなるとその仮面を脱ぎ捨て、獰猛な野性を全開にして牙を剥くのだ。
空中を飛び交う餅めがけて老若男女が殺到し、知らない人が傍から見るとまるで暴徒と化したかのような迫力がある。
軽く打撲するのは序の口で、時には流血の傷を負うことすらある。
かくいうぼくも子どもの頃、地域の餅まきで大人の人波にもみくちゃにされて転倒し、怖い思いをしたことがある。
それ以来、餅まきはある種のトラウマになってしまって、積極的に参加することはなくなった。
大人になってすごーく久しぶりに餅まきに遭遇したのは、伊緒さんと和歌山の家に移り住んでからのことだった。
誰かの厄払いだったのか、新築祝いだったのかよく分からないけれど、基本的に餅まきを見かけたら誰でも参加してよいことになっている。
他府県の人からすれば季節はずれの餅まきを伊緒さんが面白がって、遠巻きに眺めつつまく人に手を振ってみたりしていた。
するとなんとしたことか、ものの見事に丸餅が2つ、放物線を描いて彼女の提げていた買物袋にすとん、すとん、と飛び込んできた。
「すごい!こういうの"日本昔ばなし"でみたことある!」
激しく心の琴線を揺さぶられた伊緒さんは、"なむなむ"とお餅の神さまに手を合わせ、お家に帰ってさっそくおやつにしたのだった。
ひとつはやわらかくなるまで湯に通し、たっぷりきな粉をまぶして"あべかわ"に。
もうひとつはぷっくりこんがり焼き目をつけて、砂糖醤油と海苔で"磯辺巻き"に。
やっぱり幸せそうにもっちもっちと咀嚼しながら、伊緒さんは改めてお餅の丸さに感心していた。
「おうちでおもちをつくれるといいのに……」
なんとなく哀しげにそんなことをいうものだから、
「ホームベーカリーに餅つき機能が付いてるらしいですよ」
と、あわてて言ってしまった。
伊緒さんの顔がぱあーっ、輝く。
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パンよりお餅の比率が多くなるかもしれないけれど、伊緒さんと一緒に小餅に丸めるのも、きっと楽しいにきまっている。
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